5 争いの原因
大陸一番の商業都市は、コムフィット王国最西端のウルバネシティである。流石に大陸一と言うだけあって、各国の偉い人が見物や買い物に来ることも多い。
その日もコムフィット王国の王子が散歩に来ていた。そして、買い物を楽しんでいたノーム共和国の大臣の娘に惚れてしまった。
その日のうちに、王子は娘の親の大臣に娘を貰いたいと交渉したが、既にネオレド王国の王子と婚約が成立していると断られた。
断りの返事を受けると、今度はネオレド王国に譲ってくれと使者を出した。勿論、こちらにも断られた。
そして、王子は、まだコムフィット王国領内に滞在していたその娘を捕らえて監禁した。
どう聞いても悪いのはコムフィット王国側である。
加害者側に属するマーブルが酒を飲まないと話したがらなかったのもよくわかる。特に、彼の場合、アンチネオレド王国主義の立場の為に被害者側に回れないのだから、その思いも複雑だろう。
フガイ他、仲間の剣士達が知らないのも、戦意を喪失させない為には必要な手段とも思う。
ところで何故マーブルだけが真相を知っているのだろうか。
クリスはマーブルに尋ねてみた。
「俺だけじゃない。アットも知っている」
リーダーのアットが知っているのは、言うなれば当たり前である。ただ、以前マーブルは、アットも別の国の人間だと言っていた。それを考えると、アットが何故知っているのかも気になるし、知っていて何故コムフィット王国に雇われたのかも気になる。
気になることがどんどん増えていくが、マーブルが酔っているのでチャンスだ。酔ったマーブルは色々と話してくれそうだ。
それで、クリスは次から次へと質問を続けた。
まず、マーブルが真相を知っていたのは、アットに教えられたからである。そして、アットが知っていたのは、ネオレド王国で当事者、つまり婚約者である王子に直接聞いたからである。
アットがどうしてネオレド王国と繋がりがあるのか、なのに何故コムフィット王国に雇われたのか、マーブルは知っているようだが、アットのことをこれ以上教える訳にはいかない、と話してくれなかった。酔っていても、口止めされていることに関しては、口が堅いらしい。
最後に、人付き合いの悪そうなアットが何故マーブルにそんな重要なことを漏らしたのか、尋ねた。
これも教えてもらえないかと思ったが、躊躇することなく教えてくれた。マーブルとアットは親友だそうだ。
マーブルの親友なので、アットもコムフィット王国側に付いたと言うことか。
「コムフィット王国では剣士達と距離を置いているが、普段は愛想の良い奴だよ」
マーブルはそう言うが、クリスとメイプルには想像が付かない。
日が地平線近くまで落ちた頃、一行はネオレド王国の首都スレッドに到着した。マーブルの酔いはほとんど醒めたが、メイプルの名前の件は有耶無耶である。
スレッドシティは一国の首都だけあって、フリクトシティより活気がある。大陸の中心で、かつ、交通の要所にあるこの首都は、タンレリア大陸でウルバネに次ぐ規模を持つ。
夕方近くと言うこともあるだろうが、人通りが非常に多い。特に商店街は他人に触れずに歩けないほどである。
だが、人並み溢れるスレッドシティの中で人通りがほとんどない一角があった。ネオレド王国の政務機関や他国の大使館などが並ぶ、ネオレド王国の政治の中心地である。この通りの先にはネオレド王国の王城スレッドリンドル城があり、通りの入り口からは立派な正門とセットで眺めることが出来た。
この通りの入り口や大使館の前には何人も兵士が立っていて、非常に物々しい。コムフィット王国と対立状態にあるのだから、当然と言えば当然なのだが。因みに、普段は門の前に二人立っているだけで、この通りももう少し人通りが多い。
別に通行を規制している訳ではないようで、クリス達が通りに入っていっても、特に呼び止められたりすることはなかった。
ウィラーン王国の大使館は通りの一番奥、スレッドリンドル城に一番近いところにある。そこに目的の人物、ロウディ・ヴィドゥニが滞在しているはずである。
クリスは、メイプルとマーブルに断ることもなく、館に近付くとそのまま中へ入っていこうとした。
マーブルはクリスの行動に目を疑った。どうやってロウディ・ヴィドゥニの暗殺を謀るか、そしてそれをどのように失敗するか、まだそれを三人で話し合っていないのだ。これをきちんと決めておかなければ、三人が無事に戻れなくなる可能性も出てくる。
メイプルも何も言わずに館に入ろうとするクリスに驚いていたが、同時に少しの期待も抱いていた。最初に偽名で名乗ったクリスは、その後で本名を教えてくれた。あの時のような驚きをまた与えてくれるかも知れない。そう、クリスはウィラーン王国の出身だと言っていた。もしかするとクリスとロウディ・ヴィドゥニは知り合いかも知れない。だとすると、それを知らないマーブルがはらはらするのを見て楽しむのが正しい対応なのかも。
何にせよ、入ろうとするクリスを引き留めるなどと言う行為は、怪しいと思われるだけである。メイプルとマーブルも何食わぬ顔でクリスの後に続いた。
クリスは受付ホールも通過して、奥へと続く通路をすたすたと歩いていく。警備兵が何人も立っていたが、クリスが気にせずに通り過ぎてゆくので、メイプルとマーブルも意識しないようにクリスの後を付いていった。大使館で帯剣した剣士が三人歩いているシチュエーションは危険だと思われるのに、不思議なくらい誰にも呼び止められることはなかった。
途中で見付けた階段を上がり、更に奥へと進む。クリスが立ち止まったのは、執務室と書かれた扉の前だった。
クリスはメイプルとマーブルの方を向き、執務室の扉を指差した。
「ここだ。入るぞ」
小声で告げると、メイプルとマーブルの反論を待たずに、クリスは扉をノックした。
「誰だ?」
扉のすぐ内側から反応が返ってきた。話し方と場所から、返事をしたのは警備兵と思われる。
「おまえこそ、誰だ?」
メイプルとマーブルは、今度は耳を疑った。質問に答える、あるいは答えないのならわかるが、尋ね返す、それも失礼な尋ね方をするか、普通!?
部屋の中が少々騒がしくなり、扉の前に人が集まってきているのが物音でわかる。
もし中にロウディ・ヴィドゥニがいるとしたら、完全に暗殺は失敗だ。アットの指令は果たせそうだが、無事に戻れるかどうか、非常に心許ない。マーブルは予想が現実になりつつあることを感じていた。
一方のメイプルはと言うと、マーブルが真実を知った時どんな顔をするんだろう、とどきどきしていた。メイプル自身も真実を知らないのに。
そして。
中から扉が開けられ、出てきた男が最初に発した言葉は、
「久し振りだな」
クリスに対する挨拶だった。




