2 合流
クリスとメイプルは、アットとマーブルに連れられて、コムフィット王国内にある彼等の仲間の所へ行くことになった。
コムフィット王国は、西側でエルテック王国と、東側と南側でネオレド王国と接している。
余談だが、南側はネオレド王国の首都から遠い上に、領地が細長く、大きな町もないので、管理が行き届いていない。更に、細長い領地の西端の先にWE街道という主要道がある。盗賊が多い所以である。
コムフィット王国の対ネオレド王国の拠点は、東部のフリクトシティにあり、WE街道からはかなり離れている。歩くと数ヶ月間はかかる距離だ。
クリス達は乗り物を使用して一週間後の昼には到着した。途中、食事や宿泊など、待遇は最高級だったが、彼等の間に会話はほとんどなかった。
ただ、マーブルが意外に気さくな人間であることだけがわかった。
アットが宿の手配など所用でいなくなった時に、
「クリスが俺の手から剣を弾き飛ばしてくれたから助かったよ。斬られたら手当とか大変だし」
「大理石の棒を振り回して相手を倒すのが得意なんだ。自分の名前にちなんだ武器を使ってみたいから」
などと話しかけてきた。
クリスも、
「ロングソードよりはそっちの方が似合っている」
と返事をして、多少打ち解けたのだが、アットが戻ると会話はなくなった。
アットとマーブルの関係はまだよくわからない。
フリクトシティは、コムフィット王国の都市の中では、ネオレド王国の首都スレッドに最も近い。また、大陸の中心部に位置し、大陸を横断、あるいは縦断する多くの旅人がフリクトシティを通過する。だが、あまり栄えていない。ほとんどの旅人がスレッドシティを利用する為だ。
拠点は、千平方メテルほどの面積の、二階建ての建物だった。これが住居ならば百人くらいは住めそうな感じだ。建物の周囲は更地になっており、同じく千平方メテルほどある。
中に入ると、一階はだだっ広い部屋の端の方に階段と、テーブルやソファーが幾つかあるだけで、他には何もない。広い空間を区切ってもいない。そこには剣士らしき者が十八名いたが、彼等がいなかったら空虚という言葉が似合いそうだ。普段はここに剣士が集まり、方針を聞いたり、鍛えたり、くつろいだりするらしい。
剣士達はクリスとメイプルの方を見ているが、それらを無視してアットは二階へ上がった。
二階には個室がずらりと並んでいて、コムフィット王国が雇う剣士達全員に部屋を貸している。アットは、クリスとメイプルにそれぞれ一室を与えた。
「簡単に状況を説明しておく。対立しているネオレド王国の方でも、剣士を沢山雇っている。二国間の争いの原因が些細なことなので、お互いに軍隊を動かすことも出来ず、臨時で雇った剣士達同士で決着を付けることになった。それだけだ」
それだけだと言った通り、他には何も言わずアットは階段を降りてどこかへ行ってしまった。
肝心の理由を聞いていない。まあ、もし聞かされたとしてもコムフィット王国に偏った理由しか聞けないだろうから、結局はクリス自身が理由を調べる必要があるのだが。安易に深入りして、クリスの名を貶めないようにしなければならない。
アットがいなくなると、マーブルが幾つか追加で説明をしてくれた。
「ここには全部で十室ある」
一室の収容人数は六人とのことだが、アットとマーブルはそれぞれ一人で一室を、他の剣士は三人で一室を使っているそうだ。
ということは、一階にいた十八人で全員と言うことか。
「一階にいた剣士がコムフィット王国が雇った剣士だ。全部で十八人だ」
マーブルが答えてくれた。
その後、マーブルは二人を一階に連れていき、仲間達に紹介した。と言っても、メイプルの名前を知らないので、紹介したのはクリスだけだけど。そして、今度は仲間達をクリスに紹介する。
全員の紹介が終わると、クリスとメイプルは、マーブルと一緒にお茶でも飲もうと、テーブルに座った。
「よお、新入り」
そこへ、早速クリスに声を掛けてきた奴がいた。マーブルに紹介された時クリスは聞き流していたので、それが誰だかわかっていない。
「クリスでいい」
「がはは、クリスか。クリスを名乗るとは大層な自信家だな」
クリスが剣の妙手本人であることを信じていないようだ。
「お前も金に釣られたのか?」
その男が尋ねる。そうでもないのだが、とりあえずクリスは頷いた。
「女連れとは結構なこった。アットの野郎、俺には、女は許さんって言いやがったのに」
クリスは、
(俺の時も言われた)
と思ったが、わざわざ言うようなことでもない。
「悪いが、名前をまだ覚えていないんだ。誰だったかな?」
クリスが尋ねると、その男は気分を害したようだ。何の為の紹介タイムだ、とでも言いたそうな表情である。
クリスが聞き流していなかったとしても、一度に十八人も名前を覚えるのは難しい。それで機嫌を損ねられても困る。
その男の名は、フガイ。雇われ仲間の中では強い方らしい。その分、報酬が多いと自慢している。
最初は雑談したいだけだと思っていたが、しばらく話を聞いて、フガイがクリスを挑発していると気が付いた。新入りとどちらが強いのか勝負がしたいのだろう。
(勝負したいなら、そう言えばいいのに。勝負したげるから)
内心思うクリス。
(報酬を比較して俺を怒らせようとしても無駄なんだよね。そんなことで怒るような俺ではないし。第一、俺の方が報酬が多いじゃないか)
クリスは呆れてしまった。隣でメイプルも笑いを堪えている。テーブルの向かい側でマーブルも楽しそうである。
とりあえずクリスは、フガイの報酬額が平均的な剣士に対する報酬額に近く、コムフィット王国の金に対する感覚が麻痺している訳ではないことを知って、安心した。そして改めて、クリス、メイプル、マーブルに対する報酬額が破格であることを認識した。
続けてフガイが剣の自慢を始めた時には、メイプルは急いで腕で口を塞ぎ、ひーっと変な声を漏らしながら小刻みに震えだした。
フガイはここにいるのがクリス本人だと信じていないので、クリスが持っている剣も『紅葉』とは信じてないのだけど、いや、もしかしたら剣の妙手・クリスの剣は名剣『紅葉』と言うことを知らないのかも知れないけど、まあどっちでもいい。兎に角、メイプルは隣にいる人が本物のクリスだと知っているし、剣も『紅葉』と知っているから、それを相手に剣の自慢を始められた日には、笑いすぎて腹痛で死ぬか、話を聞かないようにするしかないのである。
でももう聞いちゃったので、メイプルは腹筋が破裂しないように必死で笑い声を押さえ込むしかない。
形振りを構わないメイプルは珍しいので、クリスはそんなメイプルを観察していたかったが、フガイがメイプルに気付いていちゃもんを付けても困るので、やや不機嫌にフガイに目線を向けていた。
まったく怒る気配のなかったクリスにいらいらしていたフガイは、クリスが不機嫌そうなのに気付いて、逆に自分が怒り出した。
「俺と勝負しろっ!」
(だから、初めからそう言えばいいのに)
クリスは思ったことを口に出さず、
「いいよ」
と一言だけ返した。




