取引
時計の針が六時を回ったころ、ビスカッチャのドアはガチャガチャと耳障りな音を立てた。
佐倉は相変わらずカウンターの椅子に座ったままケイの帰りを待っていたが、ドアが開かれる音を聞いた瞬間、もげるほど猛烈な勢いで首をそちらに向けた。
そこには数時間前に路地で出会った人物とは似ても似つかない女が立っていた。癖のある薄茶色の髪を適当に一つにまとめ、上は胸元の空いたシャツ、下はショートパンツにショートブーツといういかにも元気そうな出で立ちである。決して童顔というわけではなく、どう見ても二十歳は越えているように見えるが、どことなく子どもじみた雰囲気をまとっている。
「ただいまー」
女は何食わぬ顔でそう言うと、佐倉の隣の椅子を引いてどっかりと腰かけた。
「なんだジュナか。ケイはどうした? うまくいったか?」
マーティンはアジの酒蒸しを皿の上に乗せながら、ほぼ確信した様子で尋ねた。
「幸い、朴の言ってたことは正しかったみたいだよ。でも強盗たちについては、どっから湧いた奴らかわからなくて……ケイはチャンのところに行っちゃったし、強盗の方は木戸に任せることにした。私は面倒だから帰ってきちゃった。私はただのここのアルバイトだし」
ジュナという女はマーティンから魚の乗った皿を受け取ると、佐倉の方に差し出した。
「で、佐倉サンはチャンにいくら渡した?」
「え?」
予想外の質問に佐倉はしきりに目を泳がせた。どういうわけかジュナは佐倉の名前を知っていた。この手の人間には噓をついてはいけないという気がした。
「五万? 十万? もっと上?」
ジュナはそう言って無邪気な眼差しを向けている。彼女の目に自分の怯えた顔が映っている。
「い、いくらだっていいじゃない! 実質お金は全部強盗に取られちゃったんだから……」
佐倉は絞り出すように言った。
「いいなあー。あなたからたんまり貰った挙句、荷物丸ごと盗んで、更にはケイをどっかのジジイに売り飛ばして、チャンは一体いくら儲かったんだろう? 仲間の強盗と分けるにしたって、それなりの額が手に入ったでしょうに。……マーティン、お酒取って」
ジュナは自分の分の魚をナイフでつつき回しながら言った。
「あなた、何者? ケイちゃんと面識があるの? あの子はあれからどうなったの? チャンに捕まったって、それ大丈夫なの?」
「質問はひとつずつにしてくれない? あの人さらい愛好会が誰と取引したのかも、とっさの判断であんたとケイの存在をすり替えることも、こっちは全部予測してたの。と言っても、強盗の存在は想定外だったけど。今回の目的は二つあって、一つは二日前に誘拐された女の子を救出すること。そしてもう一つは――」
ジュナはマーティンから酒のボトルを受け取ると、並々とグラスに注いだ。
「もう一つは、あなたからお金を巻き上げること。つまり、客の横取りね」