金づる
「ジュナ! おいジュナ! いないのか?」
マーティンは大声で姿の見えないジュナという人物に呼びかけた。返事はない。薄暗い店内には古めかしいレコードの音だけが響いている。なんだか不安になった佐倉はおもむろに口を開いた。
「あの、ここは誰の店なの?」
「一応、俺の店だ」
マーティンはそう言ってカウンターの椅子を引いて佐倉に座るよう促した。佐倉が腰かけると、年季の入った椅子は悲鳴のような音を立てた。
「まあ、お前が百キロのデブとかでなきゃ、ぶっ壊れないさ」
マーティンはそう言って佐倉の前に氷水の入ったコップを差し出した。そして思い出したかのようにまた口を開いた。
「そうだ。さっきの話だけどな、あのチャンっていう男、実は俺にもよくわからん。ただわかっているのは、奴が詐欺師である可能性があるということと、人身売買組織と繋がりがあるということだ。たぶん、最初の強盗ともグルだろう。まあ、今は代わりにケイが攫われてくれているだろうが、チャンはまだお前を探すかもしれない。俺たちにはちょっとした依頼があって、奴の妨害に入ったわけだ」
「代わりに捕まったケイちゃんっていうのは……その、大丈夫なの?」
佐倉は恐る恐る尋ねた。あの時は何も考えずに自分の身を守ることだけ優先してここまで逃げてきたのだ。
「心配ない。夜には飯を食いに戻って来る。心配ならここで待てばいい」
マーティンは飛んできた蝿を追い払いながら、あっけらかんとした態度で答えた。
「あの、お願いです。何とかして私を助けてくれませんか? お金なら必ず払いますから」
佐倉はまだマーティンをすっかり信用したわけではなかったが、ストックホルム症候群とでもいうのだろうか、どうにも彼を信用しないわけにはいかなくなった。いずれにせよ、今の状況から脱却するにはこの島に詳しい誰かの手が必要なのだ。幸い、金にも困っていない。
「警察にでも頼んだほうがいいんじゃないか?」
マーティンはにんまりと笑った。
「この島の警察は使い物にならないそうじゃないですか! あなただってよく知ってるでしょう?」
「確かに優秀とは言えないな。落とし物を拾って詐欺師扱いされた奴を知ってるし、痴漢に遭って掛けられる言葉も『それで、我々にどうしろっていうんですか?』ってレベルだ」
「私が誘拐されかけたとか、荷物を盗まれたとか言ってみたところで、真摯な対応をしてくれると思う?」
「はは……どうだか」
マーティンは佐倉の言葉を聞き流しながらおもむろに煙草に火を灯した。そして呑気に煙を吐き出すと、佐倉の方に向き直ってこう言った。
「いいだろう。お前、今自分が言ったこと、忘れるなよ」