海岸
「木戸さん、大丈夫ですか?」
ケイが珍しく他人を心配する顔をしている。二人は自動販売機の前の椅子に座っていた。
「ああ。大丈夫だ。ところどころ抜け落ちた記憶はあるだろうが、大体思い出した。……ただ、もっと早く気が付くべきだった」
今更思い出し、すべてを理解したところで、肝心のブレントはもういない。
「なあ、ケイ。お前が行った灯台って、どこの灯台だ?」
木戸は重い現実を受け入れたような表情でケイに尋ねた。
「西の灯台です。もう使われていない」
ケイがそう告げると、木戸ははっとした様な顔をし、「そこへ行きたい」と言った。
「どうしてです?」
「その近くの海岸は、死んだテオが見つかった場所だ。たぶん、これは偶然なんかじゃない」
海辺には冷たい潮風が吹き荒れていた。午後の海は真っ青に輝き、カモメが数羽魚を奪い合っている。
一七年前、ここで一人の少年が命を落とした。
木戸は一歩一歩踏みしめるように砂の上を歩いていた。何故今まで忘れていたのか、何故テオは死ななければならなかったのか。彼はどのように最後を迎えたのだろうか。ブレントは一体何を考えていたのだろうか。様々な思いが頭の中を駆け抜けていった。考えれば考えるほど身動きが取れなくなるような気がしたが、彼は考えるのをやめられなかった。
「あっ」
その時、後ろを歩いていたケイが突然声を上げ、木戸を追い抜いて走っていった。彼女が走って行く先には黄色い花があった。
「この花……」
ケイは地面にしゃがみ込むと、無造作にその黄色い花をむしり取った。
「どうした?」
「木戸さん。あなたが話したことと私が見たもの、繋がりそうですよ」
ケイは立ち上がってもと来た道を引き返し始めた。
「どこ行くんだ?」
「灯台の中です。着いてきてください」
こっちが怪我人であることもお構いなしにケイは海岸の丘を勢いよく駆け上がっていった。
灯台は午後の太陽に照らされて、一見象牙のように光り輝いて見えるが、近くまで寄ってみると、今はもう使われていないだけに、薄汚れたコンクリートの塊に過ぎなくなっていた。階段を一段一段踏みしめる。ここにブレントがいた。そう考えるだけで自然と全身に力が入った。
上まで登りきると、床の上に置かれた小さな花瓶と、そこに差し込まれた黄色い花が目に飛び込んできた。花瓶の花はさっきケイがむしり取った花と同じものだった。
「この花瓶は?」
「たぶん、チャンが……いや、ブレントが置いたものです。朴曰く、彼はここに前から出入りしていたみたいです。これは単なる私の推測ですが、一七年前に死んだあなたの友達と何か関係があるのでは?」
ケイはそう言って海岸の方を指さした。
「よく見えるんですよ。ここから」
灯台の上からは砂浜がよく見えた。木戸の頭は混乱するばかりだった。
「つまりこの花はテオに手向けられたものだと?」
「さあ? あくまで私の妄想ですから、真に受けないで欲しいんですけど。少なくとも、彼は自分が人を死なせたことに対して後悔するようなまともな人間ではありませんよ。もし私の妄想が真実なら、何か特別な思い入れでもあったのでは? 例えば、初めて自分の手で死なせた人間だったとか。唯一自分の本性を見破った人間だったとか」
木戸は、テオがブレントのことをあまり好いていなかったことを思い出した。みんながブレントのところに群がる中、彼だけはその仲間に加わらなかった。
「おい、要。あのブレントってやつ、なんか嫌だよ。近づかない方が良いって」
あの時彼はそう言った。すべてを見抜いていたのだろうか。ブレントという、悪魔のような少年のすべてを。




