身代わり
目的地である路地はうっすらと暗く、佐倉は本能的に嫌なものを感じた。隅には木箱やダンボールが無造作に積み上げられ、時折悪臭が鼻についた。佐倉は一体中に何が入っているのだろうと気になったが、自分の腕に鳥肌が立つのを感じ、気を紛らわそうと、ついさっきまで運転手であったチャンという男に話しかけた。
「ねえ、あとどれくらい? もっと急いだほうがいいんじゃない?」
しかしチャンは何も返事をしなかった。
「答えてください。もしかして、さっきあなたを責めたことを怒っているんですか?」
口の利き方を変えてみても駄目だった。相変わらずチャンは黙ったままだ。どうも嫌な予感がする。
しかし、この気まずい沈黙はある意外な人物によって破られた。
「あのー、もしかしてお困りですかー?」
突然、自分とそう歳の変わらない女が曲がり角から飛び出してきたのだ。満面の笑みを浮かべ、通路をふさぐような形で二人の前に立ちはだかっている。
「きゃっ、何?」
佐倉は突然現れた女に驚いて飛び上がった。
「女の子? こんなところで何をしてるの?」
佐倉は女の顔をまじまじと見つめた。年齢は若いこと以外よくわからない。白いシャツを着て、袖からは引き締まった細い腕がのぞいている。ブロンド髪は無造作に切られたような仕上がりで、一瞬少年と見間違えるほど短い。しかしよく見れば目鼻立ちの整った顔をしている。
「安全な地区に出たいんでしょう? だったらこの道を通らないと。そっちは危ない。人さらいが出るんですよ」
少女はそう言って佐倉の手を引っ張る。
「馬鹿を言え。こんなところで何をしていた? お前がその人さらいなんじゃないのか? お前、どこの人間だ」
すかさず隣にいたチャンが女の手を掴んだ。
「私、知ってるんです。強盗や人さらいと手を組んで、金儲けをしている卑怯な輩がいることを……」
少女はじっとチャンの顔を見つめている。三人の間に張り詰めた空気が漂い始めた。
「知りたい? お前だよ」
女はそう言うと佐倉の腕を思い切り引っ張り、自分が出てきた通路の中へ引きずり込んだ。そして自分の腕を掴んでいた男の手も引きはがすと、佐倉の背中を乱暴に押して真っ直ぐ町まで走るよう怒鳴った。
しかしチャンの方もそれを見て黙っているはずもなく、止せばいいものをすぐに懐から刃物を取り出した。おかげで佐倉の方もすっかり怯えてしまい、女の言う通りに一目散に逃げてしまった。
「走って、マーティンという人を探して!」
走る佐倉の背後で女の怒鳴る声が聞こえた。