灯台
「嫌な予感がしてたんだ。俺はこいつを観察してたからな。こいつ、アンナを材料に何か企んでやがった。あいつを島の外に逃がしていたら遅くなった」
朴は吐き捨てるようにそう言った。
「なんだ生きてたのか。確かに新聞を見た限り死体の数足りてなかったもんね。あれ、朴だったのか」
ジュナは倒れたチャンの側に跪き、ぴくりとも動かない彼をまじまじと眺めた。
「なんか、随分とあっけないね。やっぱり撃てば死ぬんじゃん。残念というかなんというか、これでよかったのかな……?」
ケイは銃を構えたままその場に立ちすくんでいたが、ジュナの言葉を聞いてゆっくりと銃を下ろした。
「どうしてここがわかったんです?」
「ここにたどり着いたのは、勘に過ぎない。チャンはよくここに出入りしてたんだ。こいつ、俺を一番最初に殺すべきだったな」
「ここに、前々から?」
ケイは改めて灯台を見上げた。何の変哲もないただの白い灯台だ。ここに出入りする理由など思いつかない。
「彼はここで何を?」
「さあな」
朴はそう言うとケイに背を向け、再び夜の闇の中へ消えていった。
「ちょっと! 殺すだけ殺して帰らないでよ! せめて掃除屋か誰か呼んで」
ジュナが朴の背中に向かって怒鳴ると、暗闇の中から返事が返ってきた。
「ここは崖の上だろ。海にでも放り込んでおけよ。それが許される場所なんだから……」
ケイは灯台の方まで真っ直ぐに歩いて行った。中へ入ると、上へと続く階段を駆け上がる。後ろからジュナの「待って」と言う声が響いてくる。
階段の上には海が見渡せる狭い部屋があった。ちょうど雲の隙間から満月が顔を出し、部屋の中をぼんやりと照らし出した。
部屋の真ん中には花瓶が置かれ、そこには黄色い花が一輪差し込まれていた。
「何これ?」
後から上ってきたジュナが拍子抜けしたように呟いた。
「ケイ、チャンはここで何をしてたっていうの? てっきり死体でも隠してるのかと思ったんだけど」
「……わからない」
部屋の中を隅々まで見て回ったが、他には何も見当たらなかった。ただひとつ、花瓶に花が差し込まれているだけなのだ。
「もういい。降りよう。チャンをなんとかしなきゃ」
飽きたのか、ジュナは階段を下りて行った。ケイは部屋の真ん中に座って少しの間考えていた。しかし、外から聞こえてきたジュナの悲鳴によってはっと我に返った。
「ケイ! あいつの死体がない!」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が凍り付いた。そんなことがあるわけがない。だって、彼は――
ケイは灯台の階段を駆け下りた。月明かりに照らされた草の上に、死んだはずの彼の姿はなかった。
「逃げた? それとも……」
ジュナは崖の下を覗き込んだ。まるで、真黒な夜の海が口を開けているようだった。
それからチャンの行方は分からなくなってしまった。まるで初めからそんな人間など存在しなかったかのように、彼は忽然と姿を消してしまったのだ。逃げたのか、崖から落ちたのか、戻ってきた朴が何かしたのか。
朴に話を聞こうにも、あれきり姿が見えない。散々探し回ったが、手掛かりとなるものは何一つ見つからなかった。