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灯台

 島の西側の海岸に真っ白な灯台が立っている。ケイはためらうことなくその中に入っていった。中にはランタンが置かれていた。床を見て見ると、点々と血の跡が付いていた。

「やあ、ケイ」

 頭の上から落ち着いた声が聞こえてきた。カツン、カツンと階段を下りてくる音がする。

 そこには確かにチャンがいた。しかし、左手で右肩を押さえている。指の間からは血が流れ出ていた。

 彼は階段の途中に腰を下ろし、ケイのことを見下ろした。

「要も変わったな。別人みたいだった。それは僕も同じだけど」

 傷口を確認しながらチャンはため息をついた。

「彼は、今どこにいるんです?」

「どうして僕に対してそんな喋り方するんだ?」

「もう他人だからですよ。あの時のようにはいかない。あなたと私は初対面も同然です」

 ケイはそう言って服の下から銃を取り出し、チャンの頭に狙いを定めた。

「ケイ! それ事務所の引き出しのでしょ? 勝手に持ってきたら後で怒られるよ!」

 後から付いてきたジュナが後ろから呼びかける。

「リサには会えたかい?」

 チャンは驚いた様子もなく、気味が悪いほど落ち着いていた。

「ええ。もう二度と会うこともないでしょうが」

 そう言うとケイはゆっくりと安全装置を外した。

「僕を殺しに来たのか」

「できれば、私が引き金を引く前に失血死して欲しいんですがね」

 チャンの右肩からはまた血が流れているようだった。

「ねえ、ホントに殺すの? やめときなよ」

 ジュナが口をはさむ。だがケイはすでにトリガーに指を掛けていた。そんな彼女を落ち着いた様子で見つめながら、チャンは長々と語り始めた。

「どうして君がリサや僕にこだわるのか、ずっと考えていたんだ。今なら少しわかるような気がするよ。きっと気に入らないんだ。僕やリサが。僕らは、君が知らず知らずのうちに求めてしまう要素をすべて持っているから。誕生日、実の両親、その両親から貰った名前、兄弟、家庭、そして一人の『人間』として価値。それなのに、僕らは君と同じ場所にいた。君と同じレベルのゴキブリになった。まあ、僕の場合は自分から捨ててしまったけれど。君は心のどこかで僕らが持っている物を手に入れれば、『普通の人間』になれると信じていたのかもしれない。だとしたら酷な話だ。特にリサの事は。君が一番嫌悪感を抱いている場所に行ってしまったんだ。他でもない、僕の手によって。おまけに彼女は、そこで生活する自分を肯定している。あの時……君が僕に売られた時、君が朴から逃げなければ、もっと早くリサに会えたかもしれないね。そうすれば、違う結果が待っていたかもしれない」

 チャンは静かに微笑んで立ち上がると、階段を一段一段下り始めた。

「ケイ、やっぱりこいつ殺していいんじゃないかな」

 ジュナがケイの耳元で囁いた。

「君たちがいなくなってから、路地裏の廃病院にいた子たちは大混乱だったようだよ。みんなが疑心暗鬼になっていたんだ。もっとも初めから信頼し合うような仲でもなかったけれど……所詮烏合の衆だからね。僕はいくつかの嘘をばらまいてから姿を消した。どういうわけか、みんな僕のことだけは信じてくれた。いつもそうだ。誰も見破ってくれないし、見破ろうともしない。いや、見破られたら困るんだけれど。僕は見破られないようにできる腕を持っている。どういうわけか、僕はこの()()()()をやめられない」

 チャンはケイとジュナの横を通り過ぎると、よろめきながら灯台の外に出た。外は冷たい風が吹いていた。夜の海はどこまでも黒く、まるであの世の入り口のようだった。

 ケイは銃を構えたままゆっくりと後を付いていった。

「人身売買組織を壊滅させたのも、あなた?」

 ケイの問いかけに、チャンは弱々しく頷いた。

「路地裏の子供たちをバラバラにした後、一瞬ゴールが見えたような気がした。でも、気のせいだった。僕は目標を間違えていた。路地裏の子供たちが家の外にいるゴキブリなら、組織の奴らは家の中にいるゴキブリだったんだ。初めから、こうやって使うべきだったんだ。僕は、そのための人間じゃないか? だからそうしたんだ。そうしたかったから。ここは、それが許される場所なんだ。でも、僕は一つミスをしてしまった。それは――」

 その瞬間、乾いた銃声が鳴り響き、チャンの言葉は遮られた。

 一瞬、ケイは自分がチャンを撃ってしまったのかと思った。しかし、自分の指を見てみると、トリガーは引かれていなかった。

「俺を早い段階で殺さなかったことだろ?」

 暗闇の中から一人の男がぬっと姿を現した。

「みんなそいつを『化け物』みたいに言ってたが、なんだ。たったこれだけで終わりか! 組織の人間を殺したのはこの際仕方ないと思うことにする。それだけのことをした人間だ。でも、お前みたいなやつも生かしてはおけない」

 姿を消したはずの朴がそこに立っていた。手にした銃からは火薬の臭いが立ち上っていた。


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