手掛かり
木戸が電話を切ってからというもの、ケイは同じ所を行ったり来たりしていた。何かが起きた。おそらく、チャンに関係する何かが。
「いい加減にしなさい。目が回るわよ」
メイヤーがケイの肩を掴んだ。ジュナはマーティンのカフェへ仕事をしに行っていた。
「心配なのもわかるけど、それよりこのぶちゃいくな犬を何とかしてちょうだいよ」
彼女はケイがチャーリーの自宅から拾ってきた犬のマリーを指さした。マリーは部屋の隅で小さくなっている。
「ああ、あれですか」
「そうよ。怯えちゃってかわいそう。抱っこでもしてあげたら?」
ケイは言われた通りにマリーを抱き上げた。すると自分の緊張もいくらか和らいだ。
「あれ?」
マリーの背中を撫でていると、バンダナに何か挟まっていることに気が付いた。バンダナを外し、広げてみると小さなノートが入っていた。どうやらチャーリーが書いたものらしい。
広げてみると、ある男の特徴が書かれていた。
『ブレント・スチュアート・・・イングリッシュパブで出会った男。茶髪、やや大柄、細身、どこか人の良さそうな顔。どことなくチャンと似た空気をまとっているような気がするが、奴とはまた別物。特技は素性当て。探偵か?』
ページをめくる。今度は小さな文字でびっしりと埋め尽くされていた。小説の下書きのようだった。
『ある荒れ果てた街に、無邪気な悪魔が住んでいた。彼の名は 。彼は昔から嘘が好きだった。
やがて彼は、自分には周りの人間を追い込み、操る才能があることに気が付いた。彼は自らの置かれた環境を崩してしまうのが好きだった。それがどんなに平和で統一されたものであったとしても、バラバラに分解し、それを違う形に作り替えるのが好きだった。いや、そうしなければ生きられなかったのかもしれない。自分が解散したとおりに他人が動くのを見ていると癒された。自分にはそれができるということを何度も繰り返し確認した。
そんなことを続けているうちに、彼の周りには誰もいなくなってしまった。家を出て、初めてできた仲間たちの絆を引き裂き、何もかもめちゃくちゃにしたとき、彼は自分の目の前にゴールを見たような気がした。しかし、彼は気が付いた。ゴールの先にも、まだ道は続いていたのだ。』
またページをめくる。そこには明らかに筆跡の異なる文字が並んでいた。
『久しぶりだねケイ。西の繁華街に、噴水広場があるだろう? 今日の夜九時、リサがそこで待っているはずだ。君がずっと知りたかった答えがそこにあるんじゃないか? そのために僕の邪魔をしたんだろう? 用が済んだら、そのまま近くの灯台まで来るといい。僕が死ななかったら、そこで君を待っているはずだ。ああそうだ。リサには「イーサンは来られなくなった」って伝えてくれ』
「リサ……」
「ケイ? どうしたの?」
メイヤーが心配そうにのぞき込む。
「なんでもありません。ジュナを呼ばなきゃ……」