再会
ケイとジュナが事務所に戻った来ると、ちょうどデスクの上の電話が鳴っていた。いつもいるはずのメイヤーがいないので、どうしたものかと辺りを見回していると、トイレから大声が聞こえてきた。
「ただ今取り込み中! 至急誰電話に出るように! 繰り返す。至急――」
「もう、わかりましたから」
ケイはメイヤーの言葉を遮って受話器を取った。
「……ケイか?」
聞こえてきたのは浮気調査のために町に出ていた木戸の声だった。
「どうしました?」
尋ねると、少しの間沈黙があった。受話器の向こうから微かに町のざわめきが聞こえてくる。聞こえなかったのかと思い、もう一度質問を繰り返そうとすると、木戸は唐突にこんなことを言い出した。
「そっちで何か変わったことはなかったか?」
声が明らかに動揺していた。こんなに動揺しているのは珍しい。何かを知っているのか、彼は妙に焦っているようだった。
「変わったも何も、チャーリーが死にましたよ。銃で頭を撃ち抜かれて」
「何?! 死んだ? いつ? どこで?」
「アパートです。私とジュナが駆け付けた時には、もう遅すぎました。一見、自殺のように見えましたが……本当にどうしたんですか?」
受話器の向こうで悔しそうなため息が聞こえた。
「今日、会うことになってたんだ。待ち合わせ場所に奴は来なかったからな」
「知りませんでした」
「言ってないからな……」
木戸はそう言って押し黙った。だが少しの沈黙の後、木戸は突然奇妙なことを口にした。
「ケイ。チャンの特徴がどんなだったか確認したい」
「何故?」
「いいから」
「……はあ、身長は一七五から一八〇センチ。茶髪のセンター分け、幅の広い二重、山のある眉毛、こげ茶色の目、それから――」
「わかった。用はそれだけだ。ありがとう」
ガチャリという無機質な音がした。唐突に電話が切られたのだ。
チャーリー・グエンが銃弾に倒れる二日前、彼から一本の電話が入っていた。
「もしもし木戸さんか? 実はちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?」
「馬鹿言え。今何時だと思ってる」
電話は深夜二時に掛かってきた。ここのところ不眠症気味だった木戸は、すぐに受話器を叩き落そうとしたが、チャーリーの意味深な言葉を聞いてその動きを止めた。
「死人が出るかもしれない。大事な話なんだ。空いてる時間があれば、二人で会ってくれないか?」
「なんだ気持ち悪いな。どういう意味だそれ」
「詳しいことはここじゃ言えねえ。奴はどこかから俺を観察してるんだよ。ほんとにもう、わけがわからねえ!」
「ストーカーが遂にストーキングされ始めたのか?」
木戸は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「いや、やめてくれ。笑い事じゃねえんだよ。頼む。お前だって無関係ってわけじゃないんだぜ。最近、俺の周りの人間が消えてんだ」
チャーリーは急に声のトーンを落とした。声も少し震えている。
「何があった?」
「だから、直接話すって言ってるだろ。事務所じゃなくて外でだ。このこと誰にも言うなよ。場所は、そうだな……西の大通りに、噴水広場があるな? あそこの近くに『CLUE』って名前の喫茶店がある。時間はどうすればいい?」
チャーリーは得意の早口でそう言った。
「……明後日の午後二時とかなら」
木戸がそう言うとチャーリーは「必ず来るんだぞ。後ろに気を付けてな」と言って強引に電話を切ってしまった。
「クソ。変な奴だ」
それから木戸は指定された日時に喫茶店『CLUE』を訪れたが、そこにチャーリーがやって来ることはなかった。三杯目のコーヒーを飲んだところで嫌気が差し、外に出ようと席を立った。すると、ふと誰かのじっとりとした視線を感じた。
最初はチャーリーかと思った。しかし、全身に鳥肌が立つのを感じてすぐに別の人間だと覚った。誰かが、どこからか自分を見ている。
喫茶店を出てからすぐにチャーリーの家に電話を掛けた。しかし電話は繋がらず、仕方なく事務所に電話を掛けたのだ。電話にはメイヤーでなくケイが出た。
「そっちで何か変わったことはなかったか?」
「変わったも何も、チャーリーが死にましたよ。銃で頭を撃ち抜かれて」
「何?! 死んだ? いつ? どこで?」
「アパートです。私とジュナが駆け付けた時には、もう遅すぎました。一見、自殺のように見えましたが……本当にどうしたんですか?」
どうしたもこうしたもない。自分も何か妙な厄介ごとに巻き込まれているのだ。木戸が口を開こうとした時、また視線を感じた。
電話ボックスの中から外の様子を窺う。一人の男がこちらを見ていた。身長は一七五から一八〇センチ。茶髪のセンター分け、幅の広い二重、山のある眉毛、こげ茶色の目、黒いジャケット。
「ケイ。チャンの特徴って、どんなだった?」
「何故?」
「いいから」
「……身長は一七五から一八〇センチ。茶髪のセンター分け、幅の広い二重、山のある眉毛、こげ茶色の目、それから――」
間違いなかった。しかし、何故。
チャンらしき男はじっとこちらを見ている。木戸と目が合うと、少し笑った。
――冗談じゃない。
木戸は強引に電話を切ると、電話ボックスから飛び出して人ごみの中に溶け込んだ。それからしばらく歩き続けた。しかし、このまま事務所に帰るというのも、どうもすっきりしない。
――ケリをつけるべきか。
木戸はわざと人気のない路地へ入り込んだ。ポケットからナイフを取り出し曲がり角で待ち伏せした。ナイフの使い方はマーティンに教わっていたためそこそこの自信があった。
「久しぶりじゃないか。要。強盗の手柄を横取りしていったのは君だよね」
曲がり角に差し掛かる前に、男はすべてを見透かしたような調子でそう言った。
「お前は誰だ? 久しぶりって、前に会ったことでもあるか?」
自分のことを下の名前で呼び、さらに久しぶりだとは一体どういうことか。
「お前、チャンじゃないのか?」
木戸は曲がり角から姿を現し、男と向かい合った。
「今はチャンだ。でも、前は違った。久しぶりっていうのはそういう意味だ」
「何を言ってる? チャーリーを殺ったのはお前か?」
木戸はナイフを前に突き出した。男は落ち着いた様子で一歩だけ後ろに下がった。
「本当に僕がわからないのかい?」
「わかるわけないだろ。この整形野郎」
「そうか。わからないか。でも、僕はまた君と再会できて感動しているよ。本当に面白いんだ。すべて偶然のはずなのに、ちゃんと繋がっているんだ。佐倉、ケイ、朴、ジュナ、チャーリー、リサ、要、そして僕。まるで最初からそうなる運命だったように、元々無関係だった者同士が、僕を中心にまとまっていく。普通ならあり得ない。本当驚いたよ。まさか、ケイが君と繋がっていただなんて」
「なんだよ。つまり、これまでのごたごたには全部お前が関係しているとでも言いたいのか?」
木戸はナイフの先端をチャンの喉へ向けた。頭の中で警告音がしているような気がした。体の中の細胞ひとつひとつが、目の前の男を殺せと言っている。
チャンはそんな木戸の心を見透かしたように微笑んでいた。
「じゃあテオのことも、忘れちゃったのかい?」
それだけぽつりとつぶやくと、彼は懐から慣れた手つきで銃を取り出した。