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チャドック

 チャーリーはスコッチを飲み干した。どういうわけか、酒が回ると過去の記憶が鮮明に思い出されるような気がした。鉄の塊のように重い頭をもちあげ、辺りを見回してみる。店の中はまだ騒がしかったが、それでも今日の客はいつもより少ない方だった。

その時、背後から誰かに声を掛けられた。振り返ると、自分とそう歳の変わらない男が立っていた。

「やあ」

 彼はそれだけ言ってチャーリーの隣に腰掛けた。

「最近、雨ばかり降っていて困るな。ここのところ、ずっとクソみたいな天気だ」

 初対面の人間に天気の話を振るなど、よくあることである。チャーリーはなんてつまらない奴だと思った。天気の話ほどつまらないものはない。

「それがどうしたって?」

 チャーリーは素っ気なく返事をした。しかし、次に男はおかしなことを口にした。

「随分と退屈そうだな。突然で何だけど、君の素性を当ててみようか?」

「素性? お前、酔ってんのか?」

「いや。今来たばかりだ。君は暇そうだから、ちょっと腕試しさせてくれないかと思って。大丈夫だ。金なんて取らない」

「へーえ。じゃあやってみろや」

 チャーリーがそう言うと、男は少し考え込んでから、おもむろに口を開いた。

「まず、君は小説家、もしくは記者だ。いや、たぶん小説家だな。それと、独身でお婆ちゃんっ子、いや、おじいちゃん? ああ、お爺ちゃんだね。どうだ? ここまで当たってるか?」

「……当たってる」

 チャーリーは目を見開いた。男は面白そうに話を続ける。

「じゃあ、次。ここにはしょっちゅう来ている。少なくとも、初めてではないはずだ。そして、もしかしたら会えるかもしれない誰かを待っている……」

「す、すげえ……!」

 チャーリーはすっかり感心した様子で手を叩いた。酒のせいでただでさえ熱かった体がさらに熱くなった。

「お前何モンだ? どうしてそんなことがわかるんだ?」

「たいしたことじゃないさ。練習さえすれば、誰にだって出来る小技だ。でもありがとな」

 男は笑いながらそう言うと、酒を注文しだした。チャーリーは是非ともこの技を盗みたいと思った。

「なあ、それ、どうやってやるのか教えてくれないか?」

 やや食い気味に男に尋ねた。すると男は照れくさそうに微笑んでからこう言った。

「それは別に構わない。でも、一つだけ気になることがあるんだが、聞いていいか?」

「気になること?」

「ああ。さっき言った『もしかしたら会えるかもしれない誰か』って、どういうことなんだ? ほら、さすがに詳しいことまでは推測できないじゃないか」

「ああ、それか。実は、長い話になるんだが、俺は昔、友達だと思ってた奴に騙されたかもしれないんだ。六年以上も前の話だけどな。この店で待ち合わせてたんだよ。そしたら奴の友達を装ったクソ野郎に薬を盛られてな。それからひどい目に遭った。奴は度々ここで飲んでたみたいだから、もしかしたら会えるんじゃないかと思ってる。もし会ったら真相を確かめて、ぶっ飛ばしてやるんだ」

「はは。ぶっ飛ばしてやるのか。それは推測できなかったな。でも、君はどうして今ここにいるんだ? どうやって助かった?」

 男はチャーリーの言ったことに余程興味が沸いたらしく、真っ直ぐな目線を向けている。チャーリーはついさっきまで辿っていた記憶を再び呼び覚まし、すべて目の前の男に話した。偶然車が事故に遭ったこと、その後逃げた街に親切な老夫婦がいて、しばらくの間世話になっていたこと、一年前にこの島に戻って来て、今ではあまり売れない小説を書きながら、自分を裏切ったかもしれないチャンという名前の男を探していること……

「そうだ。そういえばお前、名前は? 俺はチャーリー」

 チャーリーは男に尋ねた。男はしばらく考え込むような仕草を見せた後、落ち着いた低い声でこう名乗った。

「ブレントだ。ブレント・スチュワート」

「今、ちょっと間があったな。さては偽名だな?」

 チャーリーが尋ねると、ケントと名乗る男は噴き出すように笑った。

「違うさ。本名だからこそ、ちょっと考えてしまったんだ。君には教えて大丈夫かなと思って。死んだ父親がよく言ってたんだ。名前を教えるってことは、命の半分を渡すことだって。……でも、よく考えたら、何も問題なかったな」

 


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