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足音

 それから数日が経ったある日、ケイは町の新聞に奇妙な記事を見つけた。

 いつものようにポストに詰まった物を指で摘まんで引きずり出す。いつもはその場で読むことなど滅多にないが、この日だけはその場でページをめくった。

 それは小さな記事だったが、そこにははっきりと『人身売買組織 壊滅か』と書かれている。

 よく読んでみると、例の組織そのものだった。文面には日野という名前も出ている。確か日野というのは、あの組織のトップにいた死神のような男の名前だったはずだ。彼も何者かによって頭部を撃ち抜かれ、殺害されたと書かれている。

「仲間割れによって自滅、全員死亡……?」

「何読んでるの?」

 気が付くとジュナが真後ろに立っていた。

「例の組織が壊滅したって」

「どれどれ見せて」

 ジュナは強引にケイから新聞を奪い取った。彼女のガサツさにはいつも驚かされる。

「え、じゃあチャンも死んだってこと?」

「わからない。確か朴の話では、メンバーはチャンも含めて一三人。今回死んだのは一一人」

「死体が二つ足りてないわけね」

「おまけに朴も数日前に姿を消してる」

「巻き込まれてるかもねー。そうだ、アンナにそれとなく聞いてみたら? 何か知ってるかも」

「アンナの家にはこの前行ってみた。もぬけの空だった」

「ふうん。それは残念」

 ジュナはそう言って腕を組んだが、その顔は全く残念そうには見えなかった。彼女はいつもそうだ。物事に首を突っ込んでくる割に、何が起きても他人事のような態度をとる。

「それはそうと、この前事務所に来たナントカってストーカー……」

「チャーリー・グエン」

「そう、そいつ。前にちょろっと写真を見たんだけど、あのファイルどこにある? なーんか気になってさ」

 ジュナが本当に気になっているのはその話題なのだとケイはすぐに理解した。

「来て。ファイルがある」

 事務所に戻った二人は、マウラーに断りを入れて無用心に木戸のデスクの上に置きっぱなしにされたファイルをめくった。木戸は浮気調査に出かけていて留守だった。そこにはチャーリーの写真や住所、電話番号、性格などが書き記されている。ジュナはチャーリーの写真をまじまじと見つめ低い声で唸った。

「うーん。この男どっかで見た気がする。何であの時私を呼んでくれなかったの? 直接会えば何かわかったかもしれないのに。これじゃ画質が荒すぎる」

「サボり魔が久々にカフェの仕事やってるみたいだったから」

「本当に見覚えがあるんだよ。ずっと前に……」

 ジュナはしばらくの間唸りながら頭を捻っていたが、とうとう思い出すことはできなかったらしく、最終的に直接チャーリーに会わせろと言ってきた。

「嫌だ。面倒くさい。これから報告書を書くのに」

 ケイはジュナからファイルを奪い取った。

「そこをなんとか。なんか、すぐに会わなきゃいけない気がするんだよ。知ってるでしょ、私の第六感は鋭いって」

 ジュナはそう言って珍しく真剣な眼差しを見せた。本当に珍しい光景だ。ケイはしばらくその目を見ていた。また胸の奥がざわつく感覚があった。

 ケイはまずチャーリーの家に電話をし、部屋にいるかどうか確かめようとした。しかし何度試みても電話が繋がることはなかった。自然と冷汗が頬を伝った。何か、とてつもなく悪いことが起きているような気がした。

「車に乗って」

 ケイは車のキーを無造作に掴み取るとジュナを連れて外に出た。幸い木戸は車を使っていなかったのだ。

 エンジンを掛けようとすると、どういう訳かうまくいかなかった。まるでアメリカンホラー映画のワンシーンのように、何度も何度も試みた。こうしている間にも、どんどん時間は過ぎていく。

「なるほどね。だから木戸は車を使わなかったのか」

 助手席でジュナがため息をつく。六回ほど試してようやくエンジンが掛かった。

「良かった。なんとか動きそうだ」

 ケイは手の甲で冷汗を拭った。車を走らせていると、おもむろにジュナが口を開いた。

「そういえば、ケイって運転できたの? いつも助手席にいるイメージだったから、できないのかと思ってた」

 その質問に対し、ケイは何も答えなかった。ただ黙ってチャーリーの住むアパートまで車を走らせた。

 木戸と来た場所と同じ空き地に車を駐車すると、アパートの方から叫び声のようなものが聞こえてきた。


「誰か! 誰か来て!」

 声のする方へ駆け寄ってみると、チャーリーの部屋のドアが開いていた。ドアの前には隣の住人らしき中年の女性と初老の男性がいた。男性は女性をなだめようと必死だ。

「どうかしましたか。悲鳴が聞こえたので」

 ケイが二人に声を掛ける。女性のほうが震える指で部屋の中を指さす。その指先を、ゆっくりと目で追った。

「さっき……ついさっきのことなんです。突然隣から銃声と犬の吠える声が聞こえて、それで来てみたら、彼が……死んでいたんです」

 チャーリーの遺体を指さしながら、女性は隣にいた男性にしがみ付いた。どうやらこの二人は二つ隣の部屋に住んでいる夫婦らしい。

 遺体は玄関の前にあった。頭部を銃で撃ち抜かれている。その顔に苦痛の表情はなく、彼は即死したようだった。右手には彼の命を奪った銃が力なく握られていた。

「あ、こいつ――」

 チャーリーの遺体をまじまじと観察していたジュナが不意に口を開いたが、ケイは右手で彼女の口を瞬時に塞いだ。女性の方に話しかけるのは諦めて、男性の方に向き直った。

「警察と救急車は、まだ呼んでいませんか?」

「いや、私がもう呼んだから、じきに来るはずだ」

「そうですか。大変申し訳ないんですが、私たちはこれから急ぎの用がありまして……」

「あ、ああ。むしろすまなかった。嫌なものを見せてしまったね」

 男性はそう言って頭を下げた。

「ねえ。この人、誰にやられたか心当たりは?」

 車に戻ろうとするケイを無視してジュナが男性に話しかけた。

「え? いや、何しろ関わりがなかったものでね。今日、初めて間近に顔を見たんだ。だけどこれ、自殺だろ?」

「ほら、ジュナ」

 ケイはジュナを睨み付けた。

 車を停めた空地に戻る途中、二人は薄汚れた小型犬が辺りをうろついているのを見つけた。首に赤いバンダナを巻いた醜い犬だった。

「わ、ブサイクな犬だ」

 ジュナは面白がって犬に近づいた。犬の方は怯えきってその場に小さく丸まった。

「その犬は……」


 ――ついさっきのことなんです。突然隣から銃声と犬の吠える声が聞こえて……

 ――アパートの部屋には俺の飼ってる犬のマリーしかいなかったはずだ。


「マリー」

 ケイが声を掛けると縮こまっていた犬の耳がぴくりと反応した。おそらくドアが開いた時に逃げ出したのだろう。飼い主を失って行き場をなくしているのだ。

「え、まさか連れて帰るの?」

 隣で顔をしかめるジュナを無視してケイは犬を抱き上げた。

「ああ、そうだ。ジュナ、さっき何か思い出したようだったけど?」

 そのままジュナの方に目線を向ける。

「……チャドックだった」

 ジュナは少し黙った後、小さな声でつぶやいた。

「は?」

 チャドック。聞き覚えのある名前だ。

「路地裏の廃病院にいたとき、二人失踪したでしょ? 一人がリサ。もう一人、リサの前に失踪したのがチャドック。ついさっき、死んだ男だよ」


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