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サイコキラーはここにいない  作者: 生吹
Knave And Youth
2/32

強盗

「動くな! 今すぐ車を降りろ!」

 運転手が赤信号で車を止めた時だった。強盗に矛盾する命令をされ、助手席に座っていた佐倉は困惑の眼差しを隣に向けた。ろくに考えもせずにこんな場所に飛び込んでしまったのは温室育ちである彼女の未熟さが招いたことだった。

 強盗は体格のいい男の二人組で、一人の手には鋭利なナイフが握られている。

「大人しく車を降りないと殺すぞ!」

 ナイフを持っている男がどすの利いた声で言った。

「ちょっと、何してるの。早くアクセルを踏んでよ」

 佐倉は隣で怯えているやけに顔の整った運転手を肘でつつきながら、小声で急かした。しかし運転手は硬直したまま一ミリも動かない。まるでマネキンのようだ。

「……ダメです。降りましょう。彼らの言うとおりに」

 ようやく声を絞り出したかと思えば、運転手はそんなふざけたことを口走った。コンコン、と運転手側の窓が何か固いものでノックされた。

 銃だ。強盗の武器はナイフだけではなかったのだ。続いて助手席側の窓にも銃が突きつけられる。

「五秒数える。五――」

 助手席側の男はそう言ってカウントダウンを始めた。運転手は男が「五」と言った瞬間にはシートベルトを外していた。

「ちょっと――」

 佐倉が何か言うよりも早く、運転手はドアのロックを外して車から降りてしまった。ロックが外されたことにより、助手席側のドアも外から男に開けられてしまい、佐倉は問答無用で車から引きずり降ろされた。

「両手を頭の後ろに組んで、膝を地面につけろ!」

 男たちは銃口をこちらに向けたまま興奮したように喚いた。佐倉はこの野蛮な男たちにこの場で殺されるか、もっと残酷な目に遭わされると思い、固く目を瞑った。しかし一向にトリガーが引かれるような気配はなく、銃声の代わりに聞こえてきたのは車のドアを閉める音と車が走り去る音だけだった。

「ああ助かった。結局、彼らは車が目当てだったんですよ」

 佐倉が恐る恐る目を開けると、そこには運転手がぽつりと座っているだけで、車はどこにも見当たらない。

「助かった? よくそんな平気な顔ができたもんだわ! あの車の中には、私の大事な予定表とか、メモとか、カメラとか……とにかく大事なものが入ったバッグが置いてあったのよ! こんな丸腰で、これからどうしろっていうの!」

「知りませんよそんなの。あなたを乗せる前に言いましたよね? たとえ命を落とすようなことがあっても、僕は責任取れないですよって。それであなたは『覚悟の上です』とかなんとか言って、お金を払った。全部自業自得じゃないですか。あ、言っときますけど、お金は返しませんからね」

 運転手はそう言って立ち上がると、膝についた砂をだるそうに叩き落とした。

「ふざけんじゃないわ。あの時アクセルを思い切り踏んでいたら、絶対に逃げ切れたのに。どうして自分から車を降りるなんて馬鹿なことをしてくれたの」

 佐倉は目に涙をためてうな垂れた。そして、自分の「知り合いの知り合い」だからという理由で安易にこの運転手を信用した自分を責めた。

「これからどうすればいいの?」

「歩いていくしかないですね。この道を真っ直ぐ行ったところに路地があります。この地区から抜け出す最短ルートですから、そこを通りましょう」

「路地? そんな所こそ危ないんじゃない? 変な集団がたむろしてない?」

 佐倉は疑いの目を運転手に向けた。彼の落ち着き様はかえって佐倉の警戒心を煽った。この交差点に来るときも、運転手は「まあ、たいしたことないですよ」などと言って意気揚々と車を走らせていたのだ。

「いいえ。あの路地は安全な地区に通じる近道ですから、しょっちゅう警官が見回りに来るんですよ。だから、一番安全なルートと言えます。ここから出たいんでしょう?」

「ええ……」

 どのみちこんなところに突っ立っていては元も子もない。また妙な連中に見つかってしまえば、今度こそ殺されかねない。

見知らぬ土地で車という最善の移動手段を失った今、佐倉に選択の余地はなかった。

「わかった。そこまで案内して」

 力なくそう返事すると、運転手の後をついて行った。


・ケイ

調査事務所の人間。チャンに裏切られ、人身売買業者に売られそうになった過去を持つ。小生意気な性格で誰に対しても臆することなく発言し、故意に相手を煽ることもある一方、自分より立場の弱い子どもや純粋な人間に甘い。


・マーティン

調査事務所に隣接するカフェ『ビスカッチャ』のマスター。元探偵。度々ケイや木戸に手を貸している。ファーストネームはジョン。


・ジュナ

ビスカッチャでアルバイトをしているが、サボり癖が酷くしょっちゅう町をぶらついている。いい加減で気分屋。私生活にも謎が多い。


・木戸要

調査事務所の人間。マーティンとは子どものころからの仲で付き合いが長い。貧乏くじばかり引かされるがここぞというときに強運を発揮する。


・マウラー

調査事務所の『顔』。基本的に彼女が依頼を引き受けたり、依頼者のカウンセリングを行ったりする。一見ただの小太りのおばさんだが元警備員。暴れ牛を素手で締め上げたという伝説を持つ。



・朴

人身売買組織の関係者でチャンとも接点がある。意外に気が弱く家庭にも問題を抱えている。ケイによってスパイに仕立てあげられる。


・チャン

ケイのかつての馴染みであり、ケイを売り飛ばそうとした張本人。現在は様々な悪い噂が飛び交う人物。恐ろしいほど端正な顔立ちをしているが、それは整形によるもの。


・佐倉

新米記者。知識のないまま単独で飛び込んでしまったためにチャンやケイの餌食になる。調査事務所の人間には単なる金づるだと思われている。


・ローズ

会員制クラブ『TUBEROSE』のオーナー。健全な商売をする一方、裏で人身売買業者と繋がっている。マーティン曰く拉致した人間を如何わしい商売のために使っているという。


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