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路地裏の子供たち

「どこかの娼婦街で生まれた私は、すぐに売られた。だから、私には『本物の名前』がない。

 それからある夫婦の元に引き取られて、養子として育てられた。まあ、よくある話でしょ。売られたり、誘拐されたりした子供を養子として引き取るなんて。

 子供に恵まれなかった夫婦は、私を一人の『娘』として、一二歳まで育てた。私が一二歳になった次の日、両親は飲酒運転の車に追突されて死んだ。犯人も即死だったと思う。後部座席に乗っていた私だけは、幸い軽い怪我で済んだ。ほら、やっぱりシートベルトって着けておくべきでしょ? まあ、本当は着けていない方が良かったのかもしれないけど。

 それからは、ずっとお婆ちゃんの煙草屋にいた。でもこの前、その煙草屋のお婆ちゃんも死んだ。たぶん老衰だと思う。あの時生まれて初めて、人がまともな死に方をするのを見た。これから先のこと? さあ? 第一私の今までの人生を知る人はもういない。学校には途中から行かせてもえなかったから、友達もいない。私の『両親』は死ぬほど過保護だったみたいだから」



 数年前、この時ケイはまだ調査事務所の人間ではなかった。

 両親とは血が繋がっておらず、それは本人も早い段階から知らされていた。まだケイが小学校に通っていた頃、どこからともなくその噂は蔓延した。

 ――お前、闇で買われたって本当?

 ――人っていくらで買えるの? 私妹が欲しいんだけど!

 クラスメイトが好奇な目をして質問してくるようになった。子供は純粋である反面、残酷だ。ケイも最初は悪い冗談だと思ったが、どうしても気になって両親をしつこく問い質した。すると両親は突然激怒し、ケイを学校に行かせるのをやめてしまった。

 その日の晩、ケイは両親の会話を盗み聞きした。


「誰が流したのかしら。ケイの噂が広がってる」

「そんな……一体どこから漏れたんだ。本人には何て言うつもりだ? 『ごめんなさい。本当は娼婦の娘なの』とでも言うつもりか?」

「馬鹿言わないで。絶対教えないわ。でももう学校に行かせるのはよしましょう。あの子のためにならないわ」


 そんな両親が事故で死んでしまってから、ケイはとあるタバコ屋に母方の祖母と二人で住んでいた。しかしその祖母がこの世を去ってから、ケイは生きる目的が定まらない日々を送るようになっていた。そんな時、ある少女が煙草屋にやって来た。彼女の名前はリサといった。

「あなた、もしかして一人? 私たちのグループのリーダーにね、言われたの。あなたに声を掛けるようにって」

 リサはケイに対し、そんなことを言った。

「グループ?」

「前から気付いてたの。あなたが寂しそうにしてるの」

 きっかけはそんな些細なことだった。

 彼女の言うグループというのは、自分と同じような境遇に置かれた若者たちの寄せ集めだった。彼らは路地裏の廃墟になった病院を勝手に占拠し、酒や煙草などに手を出した。時には麻薬を持ち込んでくる仲間もいた。

 その仲間の中にはジュナの姿もあった。だが、当時はケイと特別口を利くような仲でもなく、飽くまで同じ空間と時間を共有する他人同士に過ぎなかった。そんな二人の距離が近づいたのは、リサが忽然と姿を消した時だった。この不自然ないなくなり方には前例があり、ケイがやって来る少し前にチャドックという少年が突然消息を絶っており、次にリサがいなくなったのだ。

 土砂降りの雨の中、ジュナと二人で町中を探し回った。だが、消えた少女はついにケイたちの前に姿を現すことはなかった。ケイたちはどうすることもできず、ただ時間だけがずるずると過ぎていった。


 廃病院にいる間、何一つ意味のある行いなどしなかったが、一人で客の来ないタバコ屋に閉じこもっているよりはずっとマシだった。小さな廃病院は何もない場所で、気が向いたときに好きなだけそこにいて、好きなことをしていればそれで良かった。時には殴り合いにまで発展するような喧嘩もあったが、孤独で退屈な人間にとっては生を実感するための良い刺激だった。

 メンバーの中に、リーダー格の青年がいた。彼は、自らをチャンと名乗った。本名かどうかはわからない。ここにいる人間は大抵自分の好きなように名乗っていた。そもそも、他人の本名に誰も興味など持っていなかったのだ。

 新入りのケイに対し、チャンはその場の誰よりも寛容だった。愛想の悪いケイのことを良く思わないメンバーもいたが、彼のおかげでケイは皆の輪に入ることができたのだ。彼がみんなの前で言ったことを、ケイは未だにはっきりと覚えている。

「聞いてくれ。ケイは何も間違ったことはしていない。誰だって、最初はそうだ。珍しいことじゃない。誰だって、少しずつ環境に馴染んでいくんだ。……いや、違うな。もしかしたら馴染む必要なんて、初めからないのかもしれない。好きな時にここへ来て、好きなだけ居座って、好きな時に出ていく。ここはそういう場所であって欲しい」

 チャンには、追い詰められた弱い立場の若者を束ねる才能があった。ただ、酷く金に困っていたせいで、しょっちゅうスリや盗みを働き、何度かは失敗して怪我をしていた。だがグループの皆は盗んだものを分け与えるチャンの姿を見て、彼のことを兄のように慕うようになっていった。社会から外れた名前もない若者のグループは、やがて疑似家族のようになったのだ。

 そんなあるとき、グループの子供たちがこれまでの人生を打ち明け始めた。自分の話なんてする機会のなかったケイは、つられるように彼らに自分の過去を打ち明けた。



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