依頼
荒れ果てた島の南側には、白いペンキの剥げかけた木造の小屋があり、入口には『カフェ・ビスカッチャ』と何とも雑なタッチで書かれている。そしてその隣には、無機質なコンクリート造りの建物があり、入口には『調査事務所』とだけ書かれている。
「この子、ついさっき友達が誘拐されたんだってよ」
心地よい日差しの降り注ぐ昼下がりのことだ。カフェのアルバイト店員、ジュナによってその依頼はケイの元に舞い込んできた。
「いきなり変な奴らに囲まれて、僕には何もできなくて……!」
ジュナの後ろにいたひ弱そうな少年が早口でまくし立てた。どうやら彼が依頼人らしい。
「頼む、助けてくれ! お金ならちゃんと払うから」
ケイは真剣な目で訴える少年から目を逸らし、ふてぶてしい表情でジュナの方を見た。ジュナは隣のカフェのアルバイトだが、とにかくサボり癖が酷く、しょっちゅう町に出歩いている。そのついでにケイの仕事になりそうな話を気まぐれに拾ってくることがあった。
「うちは警察署じゃない」
二人分のコーヒーを淹れながら、ケイは眉間にしわを寄せた。
「そう言わずに。絶対簡単な仕事になるから」
ジュナは少年を勝手に長椅子に座らせると、自分もその横に腰を下ろした。
「今日は木戸さんもマウラーさんもいない。木戸さんは昨日依頼が来てイノシシを殺しに行ったきり戻ってこないし、マウラーさんはまだインフルエンザが治らない」
不機嫌なケイの淹れたコーヒーが、香ばしい匂いを放つ。
「でも、グッドタイミングなことに女の子を誘拐したのはあんたのよく知る奴らなんだよ。チャンが関わってるかもしれない」
ジュナはケイの顔色が変わるのを見てにやりと笑った。
「確かちょっと前、あんたがチャンに騙されたのがきっかけで、スパイを手に入れたよね? 朴、だっけ? あれ、まだ使える状態でしょ? あいつから何か聞いてないの?」
「さあ? 最近はコンタクトを取ってないから」
ケイはそう言って、淹れたてのコーヒーとミルクをテーブルに置いた。
「どちらにしろ、その朴からまた情報を流してもらえばいいじゃない」
「簡単に言わないで。仮に、奴らの所にその女の子がいたとして、どうしろと? 朴に隙を見て逃がしてもらえとでも?」
「それは、あんたが考えるんだよ」
ジュナはにんまり笑いながら痛々しいウィンクをケイに飛ばした。静まり返った事務所内に、乾いた舌打ちの音が響いた。
「あの、助けてくれるの?」
少年が恐る恐るケイに尋ねた。顔には殴られたような傷があった。顔色も相当悪いようだ。
「お願いだ。あの子、エリっていうんだけど、お婆さんと二人暮らしで、あの子がいなくなったら困るんだよ。さっきも言ったように、お金はちゃんと払うから」
「アテはある?」
「おれはもう働いてるから。それでも足りなかったら――」
少年は俯きながら小さな声でそう言った。ケイは一分ほど黙り込んでから、観念したようにため息をつき、少年の前に向き直った。
「わかった。引き受ける」
ケイがそう言った途端、少年の顔色はみるみる回復した。
「まだ上手くいくと決まったわけじゃない。最悪の事態は覚悟しておいて。今のうちから喜ばないように」
「はい、ありがとうございます」
喜ぶ少年の横でジュナのコーヒーを啜る音が鳴り響いた。
今回は作中で無理のある展開がとにかく多いですが、何卒ご容赦ください。苦手な三人称視点の練習になればいいなと思います。