ep-007 イブってとても良い子だと思います
「いや、騒がしくしたのは悪いと思ってるよ?でも何にもないからさ、ほら、寝に戻ってて?」
「いや、目の前で剣が浮いてる光景を見て、何も無いとは言えないっすよ……」
浮いている剣が零だと分かったイブは、死ぬほど冷ややかな目をしながら零を見つめていた。
「むぅー、寝てていいんだけどなぁ……それとも、見張りでもしたくなったの?」
「いや、別にっすけど。なんすか?眠いんすか?」
「それがさ、聞いて?全然眠くなんないの。もしかして幽霊って寝なくても言い感じの存在なのかな?イブはどうだと思う?」
ふわふわと上下に浮き沈みしながらそう零は問いかける。聞かれたイブは、律儀にその疑問を解こうと悩み始めた。
「うーん。幽霊って夜に出るもんっすからねぇ……あ、とすると夜行性とかなんじゃないっすか?」
「夜行性って!ふふっ、動物じゃないんだからさ!」
零が笑うのに合わせて、剣がゆらゆらと左右へ揺れ始める。せっかく考えた答えを笑いで返されたイブは少しむっとしていた。
「それを言うと、寝るっていう動作自体が動物のするものっすから、やっぱり寝なくていいんじゃないっすかね」
「え?……あー、なるほど、確かにそうかもね!」
やけっぱちのようにそう言い放ったイブ。その声色には多少険が含まれている。しかし、零の反応は呑気なもので、イブのちょっとした仕返しには気づいていないようだった。
「そうっすよ。……ふわぁ、そんなに重要でもない話してたら眠くなってきたっす」
零の反応で毒気を抜かれてしまい、どうでもよくなったイブは、大きな欠伸を上げた。
「もう騒いだりしないからさ、寝たら?」
「もう起こさないで下さいっすよ?」
「分かってるよ。ほら、お休みー」
ぶんぶん。
「……手を振っているつもりなのかもしれないっすけど、剣が空中でぶんぶん振れてるだけなんすよね。まぁいいっす、もう寝るっす、お休みっす」
「はーい」
がさごそとイブがテントに入っていく、今晩はこれで三度目である。
「さて、騒がないって約束したし、今日の実験はこれくらいにして、本気で見張りしてますか」
そう呟いた零の剣が、月明かりによってキラリと煌めくのだった。
▽ ▽ ▽
「んぅ、今度こそよく寝たっす!今日も1日張り切って行くっすよ!」
すっきりと目が覚めたイブは、大きく伸びをすると、ふと昨夜の事を思い出した。
「眠くてあれだったっすから、ついあんな扱いしてしまったっすけど、よくよく考えると私の為に見張りを引き受けてくれて、その上一人で一晩中見張り続けてくれてた訳で……謝らないとっすね」
申し訳ない思いで心を一杯にしながら、テントの扉を開けたイブ。その目に入ったのは、体育座りのまま微動だにせずに遠くを眺めているゴブリンの姿だった。
「あー、レイ。おはようっす」
イブの呼び掛けに、零は返事をしない。
「えっと、怒ってるっすか?」
近づきながら話しかけても、ゴブリンは微動だにしない。
「昨日は眠くてアレな態度とってしまってすまなかったっす。見張りを引き受けてもらってたわけっすし、レイだって幽霊になったばかりで心細かったりするはずなのに本当無神経な事をしたっす」
イブは、ゴブリンの肩に手をかけた。
「レイ?」
と、ごろんとゴブリンが体育座りのまま横に倒れていった。
「し……死んでるっす!」
イブは忘れているが、このゴブリンは昨晩の時点で死んでいる。あと、零は幽霊なので、生き死にで言えば出会った時から死んでいる。
「いったい誰がやったっすか……」
尚このゴブリンを昨日の夜に刺し殺したのはイブである。
そんなことは覚えていないイブは、周囲を一度見回しつつ静かにナイフを引き抜く。
周囲に音はなく、朝の爽やかな風が流れるのみ。
と、イブの視界の端に何かが映った。
「そこっす!」
「おっと!」
振り向きざまの横一線を、宙に浮かぶ剣が真横になることで回避する。
「ハハハ!三回目だからね!なんとなく読めてたよ!」
イブのナイフを避けられたのが嬉しいのか、楽しそうにふわふわと浮いている零。その柄をイブががっしりと掴んだ。
「あ」
「楽しそうっすね、レイ」
「いや、なんというか綺麗に避けられたからテンション高いだけで……イブなんか怒ってる?」
「いや、怒ってないっすよ。呆れてるだけっす」
「そう。ごめんね、はしゃぎすぎた」
「あー、違うっす。レイが幽霊だっていうことを忘れてた自分に呆れてたっす」
「あ、そう?あぁ、良かったー。呆れられるのはちょっと心に来るからねー」
おどけて言う零に、イブは少し頭を掻いてから。
「……昨日はすまなかったっす」
そう呟いた。
「え?何が?」
「昨日、眠くてレイを雑にあしらったっす。レイには一晩中見張りしてもらったっすし、ゴブリンからも助けてもらったっす。それに、レイはこの世界に来たばっかりっすし、急に幽霊なんてものになって困ってるはずっす。それなのに、あんなことしたっすから謝るっす」
「えっと……あれ雑にあしらわれてたんだ」
「気づいてなかったっすか!?」
「いやさ?普通に疑問解決してくれたし、眠かったんだろうなぁー、起こしちゃって申し訳ないなーとしか思ってなかったんだけど」
「どんだけのお人好しっすか!」
「お人好しかなぁ?ま、そういうことで、あしらわれた本人が気づいてなかったんだから、イブが罪悪感を持つ必要はないからね?」
「……それだけでも十分お人好しっすよ」
「さて、今日の活動を始めようか!まずは、イブおはよう!」
「おはようっす」
▽ ▽ ▽
「さて、朝ご飯も食べたし、テントも片したし、装備も完璧だし、準備はばっちりだね!」
「そうっすね」
荷物は全てバックパックに仕舞われ、夜営地だったことを示すのは燃え尽きた柴の灰だけになっている。
「それじゃ、出発進行!おー!」
「おー!っす」
また道に沿って歩き出すイブ。
「それで、いつまでその姿でいるんすか?」
「んー、気が変わるまで?」
バックパックの横に括り付けられている零はのんびりとそう答えたのだった。