ep-005 夜は幽霊のホームグラウンドです
「えっと!とりあえずイブを起こさなきゃ!?」
零は、急いで人形に戻ると、テントを叩く。しかし、ぺちぺちと軽い音がするだけで起きてくる様子はない。
「うー……まぁ、まずは俺が暫く見張りに立てばいいか。眠くなったらイブを起こそう」
そう言って零は、テントの扉の前の地面に腰かけた。幽霊の状態であれば、そこらに浮かんでいることもできるのだが、零は無意識の内に座りこんでいた。
風が、さぁっという音を立てながら草原を吹き抜けていく。空の上では、月と星の明かりにぼんやりと見える雲が、ゆっくりと流れていた。
「……暇だ」
速攻で零は、そう溢した。
「壮大な自然は、凄いなぁとは思うけど、ずっと見ていられるほど楽しいものでもないし。ゲームもないし、イブは寝てるし……めっちゃ暇だ!
っていうか見張りってこんなうるさくしてていいのか?あ、俺幽霊だから声なんて誰にも聞こえてなかったわ!あははは!」
零の笑い声が草原に響いていくことはない。
「……暇だ」
地面に生えている草を引き抜こうとして、零の手がするりと草をすり抜けてしまう。
「小説の中のキャラって毎日こんな何もない闇を眺め続けてたのかぁ、凄いなぁ」
零は、寝転んで月を見つめ続ける。
「うーん、ちょっと傾いた?いや、気のせいか?うーん」
そして寝転んだまま、ゴロゴロと地面を無造作に転がっていると、なにやら声のようなものが聞こえてきた。
「んん?イブが起きたのかな。いや、でもなんか子供の声みたいに聞こえた気が……あ、まただ。こっちからかな?」
音のした方に歩いていくと、遠くに子供の人影のようなものが三人分見えた。
「あ、いた。おーい、やっほー!あ、違う、こんばんはー!」
零は相手が気づくように大きく手を振った。しかし、零は今幽霊である、見えるはずはない。
「あれ?おーい!こんばんはー!」
手を振りつつ近づいていく零。すると相手の会話が聞こえてきた。
「くいもの!くいもの!」
「にく!にく!」
「あ、お腹空いてるの?でも、ごめん。食料は全部イブの物だから、分けたりは出来ないんだ」
「うばう!かり!あぁ!ひさしぶり!」
「えぇ!?そんな物騒な!……って、えぇ!?」
ある程度近づいた結果、三人の姿がはっきりと見えてきた。すると、そこにいた三人の姿は、昼間に出会ったゴブリンと全く同じだったのだった。
「ゴブリンじゃん!?俺ゴブリンに話しかけてたんじゃん!?そりゃ、答えてくれない訳ですよ!」
答えてくれないのは幽霊だからである。
「というより、早く戻ってイブ起こさなきゃ!でも、イブ簡単には起きてこないし……もしかして、俺がなんとかしなくちゃいけない?」
零が迷っている間にも、三匹はジリジリとイブの寝ているテントへと近づいていく。その姿は、まさしく狩る者という姿で、全く音を立てることなく草原を進んでいく。
まぁ、零の位置からは丸見えなのだが。
「えっと、先頭は剣持ちで、後ろに続く二匹は棍棒か……どうしよう?あ、そういえば昼間みたいにゴブリンに乗り移ることもできるんだよな……あれ?これ強くね?」
相手から見えない、物理攻撃は効かない、相手に取り憑いて操ることができる。どう考えたって最強である。
「なんだかいけそうな気がする、よし!」
零は、勢いをつけると、棍棒持ちのゴブリンへと取り憑いた。
そして、持っていた棍棒を振りかぶると、目の前にいた剣持ちのゴブリンへ、勢いよく振り下ろした。
「グゥェ!?」
潰れた蛙のような声を出して、剣持ちゴブリンが地面に倒れ込む。
「なにする!なにする!ころす!」
「あっ!?」
その声の方向に零が首を向けた頃には、もう一匹のゴブリンの棍棒が勢いよく零の頭に振り下ろされていて、もう避けられそうになかった。
ゴブリンの棍棒が、もう一匹のゴブリンの頭を叩き潰す。その上、ゴブリンはしっかりと止めを刺すためにもう一度棍棒を潰れた頭に振り下ろした。
「ころした!にんげん!ばれる!はやく!かり!」
今の音でテントの中のイブが起きたと焦ったゴブリンが、テントへと駆け寄ろうとして、あることに気づいた。
「なん……で?」
自分の胸を剣が貫いていることに。
「そりゃそんな反応になるよね」
ゴブリンが動かなくなった事を確認して、零はゴブリンから剣を引き抜いた。すると、緑の血が抜いた部分からぼたぼたと流れてきた。
「うぅ……こう、全て終わって冷静になってくると、なんだか凄いことしちゃった気がするなぁ」
草原には、ゴブリンの死体が二つ倒れている。唯一、剣持ちのゴブリンだけがその場に立っていた。
「にしても、ほんとに綺麗にはまったなぁ」
この世界において、戦い慣れていない零は正面戦闘において最弱と言ってもいい、だから零は一切正面戦闘をしないように行動した。
まず、剣持ちへの背後からの不意討ち。そして憑依解除しての同士討ち、この時点で零は剣持ちのゴブリンに憑依していた。そして最後に残った方への不意討ち。
もしこれがはじめに剣持ちを乗っ取ったとしたらどうだろうか。振り向きからの不意討ちは、効く可能性もあるが効かない可能性もある。もし、不意討ちを防がれると、二対一の戦闘状況が生まれてしまい、もしかしたらその片方がイブのテントに突撃する可能性もあった。
「よし、改めて考えても大正解!俺って最強じゃね!?」
ぶんっと剣を振って、剣に付いていた血を払っていると、がさがさとテントから音がしてイブが顔を出してきた。
「まったく……うるさいっすねぇ、レイ、静かにしてほしいんすけど……って」
「あ、イブ?起きた?ちょっと問題があってさ……」
「う、わああああぁぁぁぁ!?ゴブリンっす!?」
ゴブリンを見たイブは、眠そうな顔を一瞬で恐怖に染めながら叫ぶ。
「え、ちょっ!?イブ!」
腰の鞘からナイフを引き抜くと、イブはそれを腰だめに構えながら勢いよくゴブリンの胸へと突き刺した。
「また……この……パターン……?」
暗くなっていく意識の中で、必死で人形に呼び掛けるイブの声だけが聞こえていた。
(俺は……こっちなんだよなぁ……)