ep-003 物にも憑依可能みたいです
ゴブリンの返り血を近くの川で洗い落とし、広々とした草原の中を通る道を少女は歩いていた。
(そういえば、自己紹介がまだだったね。俺の名前は菅田零、この世界とは違う世界から、魂だけやって来た存在だと思うよ)
「なんで自信なさげなんっすか?」
(いやぁ、ちょっとね、俺の読んだことある創作の作品のいくつかだと、実は本人じゃなくて神様が作ったコピーでしたーってのもあるから……)
「作り話を真に受けないで欲しいっすよ」
(でもなぁ、そもそも異世界に行くこと自体が創作の中だけの事だったからなぁ)
「確かにそりゃそうっすけど」
(それで?君の名前は?)
「いきなりっすね」
(こっちのことは話したからね)
「そうっすね。私の名前はイブっす」
(よろしく、イブ)
「よろしくっす、レイ」
(そういえば、イブは何しにどこへ向かってるの?)
「私は勇者として、この国の王様に会いに行くために王都に向かってるっす」
(なるほど、勇者の証が出たんだね。見せて、見せて)
「いいっすけど」
イブは、自分の左手を持ち上げ、その甲を眺める。そこには、ひし形が120°の角度で3つならんだような痣があった。
(わぁー、三っつ菱のマークだ。ってことは、あそこの社員は皆勇者だったり?くふふ)
「なに言ってるんすか?」
(いや、独り言だよ)
「そういえば、レイはなんで勇者の証のこと知ってるっすか?異世界から来たって言ってたっすよね」
(え?勇者の証の事?……あれ?そう言われれば、何でだ?何で知ってたんだ?)
「分からないっすか?」
(全く、これっぽっちも)
「勇者の事はどれくらい知ってるっすか?」
(えーっとね、この世界には時折魔王が産まれて世界を破滅させようとする。その魔王を、倒せる可能性がある存在が勇者、だっけ?)
「その通りっす」
(なんだこれ、怖っ。なんでこんな知識が俺の中にあるんだよ)
「知らないっすよ」
(これは、神様によって産み出された存在パターンがワンチャンあるぞ)
「あったらどうするんすか?」
(あー、どうするんだろ。そういえば、あっちが接触してこない限りは普通の転生でしかないか。なら第2の人生を楽しむしかないよね)
「人じゃないから人生じゃないと思うっす」
(そういや、そうだわ。あはは)
「なんだか陽気な幽霊っすね、本当。それで、体から出る方法は見つかったっすか?」
(あとちょっとの所まで来てる気がするんだけどね、ここをこう、ぐりっとしてこっちをぐにゅっとさせてみたらいけるかもしれない)
「擬音が多過ぎて理解できないっす」
(そもそも幽霊じゃないと理解できない感覚だと思うよ、これ)
「分かったっすから。ちゃっちゃとやってほしいっす」
(そうだね、じゃあ。よっ!ほっ!うぅ、はっ!)
と、そんな変なかけ声とともに、イブの体からすぽんと零が抜け出した。
「うるさいっす!もう少し静かに出来ないっすか!?」
「やったよイブ!凄いね、ゴーストってホントに浮けるんだね!体も透けてる……し?」
少しの間静寂が生まれた。
「「……あれ(っす)?」」
互いに反応が無いことに違和感を覚える。
「レイ?どうしたんすか?」
「聞こえてないのか。なら……」
零は、もう一度イブの中に入っていった。
(イブ、今戻ったよ)
「今戻ったって、もしかして憑依が解けてたっすか」
(うん)
「なら、戻ってこなくても良くないっすか?」
(外で話しかけても伝わらないみたいだったから。それに、よく考えると俺に行きたいところとかないし、それだったらイブに憑いていくのも悪くないかなぁと思って。もちろん、イブが嫌なら憑いていかないよ?)
「なるほどっすねぇ……旅に着いてくるのはいいっすけど、ずっと憑かれてるのはどうかと思うっす」
(なら、何か他にとり憑ける物とか持ってないの?)
「んー、そうっすねぇ」
イブは、鞄を降ろすと、中を探し始める。
「憑依に丁度いい物なんてそうそう、あるもんじゃ……あったっす」
(え?本当に?)
「旅立つときにもらった御守りっす、この人形の御守りを持っていると、もしもの時に身代わりになってくれるっていうんで、くれたっす」
取り出した御守りは、木製の人形でパーツ同士が紐で結ばれたものだった。顔も何もない上に、服の形をしているわけでもない布が軽く巻かれてあるだけの簡単な作りの人形は、玩具用ではないことが容易に想像できた。
(なんだか、デッサン人形みたいだね)
「デッサン人形っすか?なんすか、それ」
(えーっとねぇ、絵を描くときに人がどうポーズをとってると、どこからどう見えるかを確認するための人形かな)
「へぇーっす。レイも絵を描くんすか?」
(いや、俺は描けないなぁ。ちょっとやってはみたんだけど、本当下手くそで、すぐ諦めちゃった)
「そうなんすか」
(イブは?)
「こっちの世界では、絵を描けるのはそこそこの金持ちからっすよ。たかが村人程度では画材は高級品に等しいっすから」
(そうかぁ、そうだよね。紙すら貴重だもんなぁ)
「って、話が逸れてるっす。さっさと取り憑いてみるっすよ」
(あ、そうだね)
零は、イブの手から直に人形へと乗り移る。
「よし、出来た。おーい、イブー」
掌の中で急に動き始め、手を振りだした人形にイブは体をびくりとさせた。
「わっ!?す。急に動き出すのは心臓に悪いっす」
「ごめん、ごめん」
「悪意がないのは知ってるんで、次は気を付けてくれればいいっすけど……ところで、その声どっから出てるっすか?」
「え?声?もしかして聞こえてる?」
「ばっちりっす。口も無いのになんだか聞こえるっす」
「それは有り難いなぁ。喋れなかったらコミュニケーションどうしようかって悩むところだったし」
「ジェスチャーしかないんだろうっすけど、細かいニュアンスとかは伝わらないっすしね」
「まぁ、理由はいつか分かるでしょ!それよりも、日が暮れる前にできるだけ移動しよう!」
「そうっすね!出発っす!」
零の入った人形を首にかけ、イブはまた歩き出すのだった。