ep-013 ローブはそこに干されてました
「こ……これはいったいどういう……?」
その場に固まっていたソールが、ぽつりとそう呟く。
「こちらの方は、幽霊のレイさんだそうです」
「どうも、菅田零です」
キュヒールの紹介に合わせて、ペコリとお辞儀する零。
「あぁ、それは丁寧にどうも。ソールだ、よろしく頼む」
混乱しながらも、零の挨拶に体が反応して差し障りのない返事が出来てしまったソール。その横で楽しそうに微笑んでいるキュヒール。
「それにしても、キュヒールはなぜ彼のことを……彼でいいのか?」
人形の状態の零を覗きこんで観察するが、分かるはずもないので素直に尋ねるソール。
「あ、うん。僕は男だよ」
「……彼の事を知っていたんだ?」
「お城に来る途中で、強引にナンパしてくる男達から助けて貰った時に知りました」
「そうだったのか。それで、そのナンパしてきた男達は大丈夫だったのか?」
「えぇ。お二人が穏便に解決してくれましたので、無駄に手を汚さずに済みました」
「えぇっと、ちょっと待ってソール。なんでナンパしてる側を心配してるの?あとキュヒール、なんか雰囲気変わった?」
零の言葉を、キュヒールはたおやかな笑顔で返す。しかし、なぜか零は存在もしない背筋に氷水が流し込まれたかのような感覚に襲われた。
「あぁ、君達はまだなのか。このキュヒールはな、こんな優しそうな笑顔をしているが結構な腹黒だ」
「そうなんっすか!?」
「酷いですよソールさん。私はただ何の役にも立たない人達とか鬱陶しい人達を蹴散らしているだけなんですから」
「いや、蹴散らしているから絡んだ側の方を心配しなきゃならないんだろ」
「……はは、なんだかキュヒールって思ったより怖い娘?」
二人のやり取りを見て、イブの胸の辺りでカタカタと震える零。
「そういえば、ソールとキュヒールは知り合いなんっすか?」
「一応そうなるな」
「そうですね」
「同じお城に勤める同僚とかっすか?」
「私は確かに城の兵士だが、キュヒールは違うな」
「私の所属は一応教会ですからね。救護兵への指南役としてお城に派遣されてはいましたが」
「へぇー、キュヒールってシスターさんだったんすね」
「はい。主に治療を得意としております」
「それは頼もしいっすね!よろしくお願いするっす!」
「えぇ、皆さんのお役に立てるように沢山働きたいと思います♪」
「よろしくね、キュヒール!」
イブと零の二人が歓迎ムードのなか、キュヒールの事を知っているソールだけが冷静にその様子を見ていた。
「いや二人とも騙されるな、キュヒールの仕事が増えるってことは誰かが怪我をするって事だ」
「「あっ」」
二人ともその言葉で一転静まり返る。
「ふふっ、もちろん冗談ですよ♪」
その様子すらも楽しそうにキュヒールは笑っている。
「はぁ……キュヒール、ほどほどにな。それじゃ、私のできることも教えておこう。私ができるのは盾と直剣を使った前衛だ、後は火起こしや見張りなどもできるな」
「戦える人は心強いっす。戦う時とかは指示出してもらってもいいっすか?」
「あぁ、任せてくれるのなら指示もしよう」
「よろしくっす」
軽く会釈をして了承の意を表したソールの視線がイブに向く、イブはソールから視線を逸らすと零へと目線を向けた。
「え?俺?」
「お願いっす」
「まぁいいけど。俺は菅田零、さっき言って貰ったとおり幽霊で、できることはなんでもモノに取り憑いて操れることだね。それ以外は幽霊成りたてでどういう事ができるかはまだよく分かってないよ」
「なんでもというのは生き物もか?」
「そう、人とかも操れるよ。あと、物に取り憑いた時は少し浮けるっぽい」
「なかなかに恐ろしい力だな……」
「確かにそうだけど、でも結構不便でもあるんだよ?夜寝れなかったり、この人形の状態だとろくに物も持てなかったり」
「そうなのか。それで、その力を好き勝手使いたいと考えたりしたことはないのか?」
少しばかり鋭い目付きになりながら零へとそう聞くソール。零がこの力を悪用しようとする人物かどうかを見極めようとしての事であった。
「え?今も十分好き勝手使ってる気がするんだけど」
「は?」
しかし、あっけらかんとそう答えた零に、思わず言葉が口から溢れてしまうソール。
「いや、だってこうやってお城に忍び込んじゃってるわけだし、前にはイブの体を勝手に使って実験とかしたし、結構好き勝手やってるよね?」
「聞いている分にはそこまで好き勝手というほどのことはしていないと思いますが」
これには流石のキュヒールも呆れたような様子で呟いた。
「……ははは!どうやら君は根っからの善人らしい。心配するだけ無駄だった訳だ」
「そうっすね、レイはいい幽霊っすから」
「えー?別に普通だと思うんだけどなぁ」
「十分にいい人だよ、君は」
「うーん……まぁいいや!ほら、最後にイブの番だよ!」
「そうっすよね、そうなるっすよね……」
「どうしたの?イブ」
「分かってるっす、言うっす。私のできることは料理と、畑仕事の手伝いと、麻袋を作ることっす」
「へぇー、イブって麻袋も作れたんだ」
「食いつくところはそこじゃないっす!それともわざとやってるっすか!?」
「え?」
「レイも思った筈っす!私はろくに戦えないってこと!」
「あぁ、それの事?確かにそう思ったけど」
「勇者である私が一番足を引っ張りそうで凄く情けないっす!」
「大丈夫だイブ」
「何がっすか?」
「今まで戦わずに暮らしてきた勇者が戦えないのはよくあることなんだ。だから覚醒の泉を目指すことになっているのだしな」
「覚醒すれば戦えるようになるっすか?」
「あぁ。それに、それまでの間に私からも戦いかたを教えていくし、心配しなくても大丈夫だ」
「それなら安心っす」
「とりあえず今日のうちに知り合っておけばいいのはこのあたりか?」
「そうですね」
「なら、今日はこれで解散するっすか」
「そうしようか」
「それじゃあ、明日の待ち合わせもお城のこの部屋という事にしませんか?」
「分かったっす」
「イブがそれでいいなら私も賛成だ」
「それじゃあ今日は解散で、お疲れ様でした」
「お疲れっす」
ぺこりと会釈して出ていくキュヒールにイブがテーブルの上の皿等を片す手を止めて返事をする。
「イブ、片付けは城の侍女達がやってくれる。そのままで大丈夫だぞ」
「そうっすか。じゃあ私もここで失礼させて貰うっすかね」
「そうだな、出口まで案内しよう」
軽くお皿を纏める程度に留めてイブ達が部屋を出る。それと入れ替わるようにして素早くメイドさん達が部屋の中へ入っていった。
▽ ▽ ▽
城の門の所でソールと別れたイブ達は、宿の部屋へと戻ってきていた。
「女将さんの料理美味しかったねー」
「そうっすね、王都だけあって色んな食材が出てきたっすね」
「それでさ、イブ。この後の事なんだけど」
「なんっすか?」
「俺出てった方がいい?」
「なんでっすか?あの二人と息が合いそうにないからとかっすか?」
「え?あ!いやいや、そういうことじゃなく!今晩イブが寝るときに部屋から出てった方がいい?って話だよ!」
「そっちの話っすか!紛らわしい言い方しないで欲しいっす」
「で、どうなの?」
「確かに……それでいいんだったら外に出てて欲しいっす……」
「オッケー、オッケー♪じゃあ明日起きたら下の椅子の所で待ってて?」
「いいんすか?」
「うん、もちろん。夜の町の観光だってできるし見張りの時に比べて退屈はしなさそうだしね」
「そうっすか」
「それじゃ、そろそろ外に出るから。おやすみ~」
「おやすみっす」
(まぁ、俺は寝れないんだけどね)
人形から抜け出して窓をすり抜けて部屋の外へと出る。少し高いところから眺める王都は、日が落ちて薄暗くなった所にいくつもの光の玉が浮かんでは人々を照らしていて、かつての世界では見たことのない景色に零は少し圧倒されてしまった。
(昼間と結構様子が違うなー、なんていうか大人な香り?)
ふわりふわりと漂いながら、上空から大通りの様子を眺める。
(あれ?あれってソール?)
ふと見つけた見たことのある顔に、少し近寄って確かめる零。
(うん、ソールだ。どうしたんだろ、寝ないのかな?)
そう思っているうちに、ソールは明かりのない路地裏へと入っていく。零がしばらくその後を追っていると、ソールの前になにやらひそひそと話している男の二人組が現れた。
「おいお前ら、ここで何をしている?許可のない商取引は禁止されているぞ?」
暗い路地裏にソールの声が響く。
(なるほど、巡回してたのか)
「いやぁ、特に何をしていたわけではないんですよ。こいつが酒に酔いすぎて気持ち悪いっていうんで、ここで吐かせてただけで」
「その割には先程までしっかりと立っていた様に見えたが」
「気のせいじゃないですかねぇ?ほら、ここは暗いですから」
そこで、空から眺めていた零はあることに気づいた。角材を持った男がソールの背後から近づいていることに。
(くそっ!間に合えっ!)
勢いよく地面へと落ちる零。
「何を隠している」
「いえ、別に?」
男二人と話していたソールは、相手の男の頬が微かににやけた事に気づく。それと同時に背後に危機感を感じ、ばっと後ろを振り向いた。
ソールの視界に映ったのは、角材を振りかぶっているもう一人の男の姿。避けきれないと判断したソールは左腕を盾にすることでダメージを減らそうとする。
しかし、思ったような衝撃がいつまで経ってもこない。
「くっ!?なんだこれは!」
左腕をどかして見たその光景は、真っ黒なローブが腕の部分を巻き付けるようにして角材を止めている姿だった。
「どうも、少し早いけどお化けの登場だよ」