ep-012 どのタイミングで正体を明かせばいいんですかね?
「さて、さっさと確認するぞ」
そう言い出したブレイは、ずらりと並んだ人達のうちの左端の人からどんどんと拳同士を突き合わせるという謎の動作をしていく。
「えっと、兵士さん。アレ、何してるっすか?」
「あぁ、すみません。ご説明がまだでしたか」
部屋の隅に立っていた兵士さんが静かにイブに近づいてくる。
「……なんか、そういうの多いっすね」
「本当に申し訳ありません。なにぶんギリギリの所でイブ様がいらっしゃられたので、こちらもてんてこ舞いになっておりまして……いや、こちらのどうこうよりもまずは説明ですよね」
「そうっすね、お願いするっす」
「ではまず、女神様の証の事についてからお話しさせていただきます。実を言いますと、女神様が授けて下さる証は二種類存在するのです」
「えっ、二種類の勇者が存在するってことっすか?」
「いえ、そういう訳ではございませんが。イブ様の持つ証を勇者の証といたしますと、もう一つの方は勇者の『仲間』の証とでも言うべきものでして、勇者様と共に旅をし、勇者様をお助けする可能性を大いに持つ人に現れるそうです」
「なるほどっす。それでその確かめ方がアレって訳っすね」
イブがちらりと見た先には、最後の人と拳を合わせ終えようとしていたブレイの姿。
「はい。あのように証同士を近づけますと、引かれ合う証だった場合、光り出すのです。あっ、あのように」
ちょうどよくイブと兵士の目の前で、ブレイともう一人の男の拳がぱっと光った。
「よく分かったっす」
「では、先ほどのようにしてお仲間をお探しください。それではブレイ様、次は━━」
説明が済んだ兵士さんは、次の説明のためにブレイの方へと歩いていく。それと、並んだ人の中から先ほど光った人と合わせて二人、列から外れてブレイの側に立っていた。多分それがブレイの証に反応した『仲間』なのだろう。
「それでは勇者様、よろしくお願いします」
「あ、はいっす」
促されたイブは、待っていた男と拳を突き合わせる。男の拳には丸が一つと、その丸の中心へ向かうような正三角形が120度おきに三つ並んだ模様の痣がそこにあった。
「……光らないっすね。これは違うっていうことっすよね」
「はい、そうですね」
「じゃあ次にいくっす」
次のは、僧侶の格好の男が拳を出して立っている。
「よろしくお願いします」
「よろしくっす」
しかし、この人にも証は反応しない。
どんどんと列の人々と拳を合わせていくが、その誰とも証は反応しない。
「いないっすねぇ……」
そうしていると、いつの間にかキュヒールの番になっていた。
「よろしくお願いします、イブさん」
「さっきぶりっすね、キュヒール」
「そうですね」
「水くさいっすよ、こうなること教えてくれたら良かったっすのに」
「すみません、本当に勇者か確かめてからっていう規則でしたから。でも、大丈夫だっていうことは分かっていましたよ」
自信ありげにそう言い切るキュヒール。
「そうなんすか?」
「もちろんですよ、だって」
すっと、拳を合わせるキュヒール。すると、キュヒールとイブの証が光を放ち始めた。
「助けていただいた時から、この証が反応していましたので」
そのまますっと右手を差し出すキュヒール。にっこりとした笑顔が、とても眩しい。
「これからよろしくお願いします、イブさん」
「よろしくお願いするっす、キュヒール!」
その右手を、がっちりととって握手するイブ。
「それでは、また後で」
「はいっす」
キュヒールの手を離し、最後の待ち人の前に立つ。
「ソールという、よろしく頼む。この国の騎士をやっている」
ソールと名乗った彼女は、すらりとしたスタイルと、さらりとなびく金髪をしていた。しかし、女性らしい美しさだけでなく、強さを感じさせる筋肉がしっかりとそこにあった。
「イブっす、よろしくっす」
すると、互いの拳がぱっと光った。
「そうか、私がそうなのだな。これからよろしくお願いする」
「こちらこそ、色々お世話になると思うっす。よろしくっす!」
イブがソールとも握手していると、ブレイに説明を終えたのであろう兵士がさんがイブの元へとやって来た。
「お仲間が見つかられたようですね。それでは、これからの事を説明させていただきます」
「はいっす」
「とりあえず、本日はここで解散となります。挨拶等はイブ様の方で済ませていただく感じで、明日以降は王国を出て北にある覚醒の泉へと向かっていただきます」
「覚醒の泉っすか」
「はい、詳細はそちらのソールが知っておりますのでお気軽にお尋ね下さい。支援金の配布等も明日になります」
「とりあえず気になることがあれば私に聞いてくればいい」
兵士の隣に立っていたソールがそう言う。
「分かったっす」
「それでは本日はこれで。自己紹介などでお部屋をご使用になられたい場合はお申し付けくださればご用意します」
「えっと……どうするっすか?」
「私はどこでやってもいいが」
「部屋を借りて早く自己紹介を済ませてしまいましょうか」
「そうするっすか」
キュヒールの提案に、イブが賛同する。
「では、こちらに」
兵士に案内されるまま、はじめに待たされた時のような部屋で、三人はテーブルを囲む。案内を終えた兵士は、そのままどこかへと行ってしまった。
「……さて、ではレイさんから自己紹介お願いします」
三人が席に着いた途端に、キュヒールがそう言い出した。
「えっと、確か勇者様の名前はイブだったよな?レイというのは誰のことなんだ?」
突然に知らない名前を聞かされて困惑した様子をみせるソール。
「こちらの方のことですよ」
キュヒールがイブの首に下がっているレイを指す。
「いや、彼女はイブだろう?」
しかし、ソールからしてみればイブの事を指しているようにしか見えず、また首を傾げるのみ。
「えーっと、ごめん。本当にこっちなんだ」
どうすれば一番びっくりさせずに名乗れるか考えていた零だったが、どうにも無理そうだと感じたので軽く頭を掻きつつそのままソールへと話しかけた。
そんな零を見たソールは、がたりと椅子を立ち上がった格好のまま固まっていた。そして、そのソールの様子を見ていたキュヒールが楽しそうに微笑んでいたのだった。