ep-009 イブまで叫ばなくてもいいと思います
(ほら、着いたよ!そろそろしゃんとして!)
(ふぇ?)
そんな零の声で、さすがにイブの意識がトリップから戻ってくる。
(あれ……ここはどこっすか?)
(門番さんに紹介された宿の前だよ!)
(いつのまにここに来たっすか?)
(俺が運んできたの!もう十分町の様子を見たでしょ?さっさと宿とってお城に行くよ!)
(わ、分かったっす)
(じゃあ、体渡すからね)
(はいっす)
宿の前でチラシを見た状態のまま固定していたイブの体をイブに渡すと、零はイブの首に下がっている人形に入り込んで、受け渡しが済んだことを知らせるようにカラリと音を立てた。
「じゃ、入るっすか」
重厚な扉を押し込んで開くと、扉に着いていた鈴がチリンと鳴る。
「いらっしゃい!」
カウンターの向こうから、恰幅の良い女将さんが声をあげた。
「よく来たねぇ、お嬢ちゃん一人かい?」
「いや、二人っすね」
「後から来るのかい?」
「え?……あっ!?えぇっと……間違えたっす!いつもの癖で!」
「そうかい……まぁ、いいさ。一人用を一部屋でいいんだね?家は晩飯付きだよ。いつまで泊まるんだい?」
「いつまでっすか……うーん」
「そういや、嬢ちゃんは一人で何しに来たんだい?」
「勇者の証がでたので、王様に会いに来たっす!」
「あぁ、なるほどね、勇者様か。ならひとまず4泊くらいがちょうどいいと思うよ」
「そうっすか!ならそうさせて貰うっす!」
「あいよ、4日で32Gだね」
「はいっす」
財布から32G出して、カウンターの上に置く。
「確かに。じゃあ、この札を渡しとくよ」
女将に渡されたのは、なにやら一辺が変な形になった木の札だった。
「その札で客かどうか判断してるから、無くすんじゃないよ?部屋に行きたい時は、その札をここに立ってる人に見せてくれればいいから」
「分かったっす」
「それで、先に荷物でも置くかい?」
「そうさせて貰うっす」
「じゃ、鍵も持っていきな」
「ありがとうっす」
受け取った鍵には、2-4という数字の彫られた木の飾りがぶら下がっていた。
「晩飯は6時から一階の食堂で出してるからね。鍵見せれば飯が出てくるよ」
「分かったっす」
女将にそう言ってからカウンター横の階段を上り、四号室の扉を開ける。四号室には、ベッドが一つと小さな丸机だけが置かれていた。
「狭いっちゃ狭いっすけど、綺麗っすね」
「おー、ファンタジーの宿屋そのものだねぇ」
部屋に入ったところで、ようやく零が口を開く。
「基本宿ってこんなもんじゃないっすか?」
「基本はね?でも、使われてる素材がほとんど木材だけって、俺の世界じゃ珍しくなってたし」
「なるほど、素材が違うんすね」
「うん、あとはやっぱり宿屋ってなると特別感があってね」
「あー、それは私もなんとなく分かるっす。普段旅なんかしないから宿屋って特別な感じがするっすよね」
「でしょ!」
零の言葉にうんうんと頷きつつ、背負っていたバックパックを下ろしたイブ。
「さて、行くっすか」
「りょーかーい」
しっかりと鍵を閉めて鍵を女将さんに返し、宿の外に出る。
「んで、お城ってどっちだったっすかね」
高い建物で遮られ、お城の位置が分からなくなっているイブは、独り言のようにしながら零へと尋ねる。
「んーとねぇ、お城のあった方角はこの宿の裏の方だね」
周りから聞こえないように、零は小声でそう返した。
「そうっすか、じゃあさっさといくっす!」
そう言ってイブは近くの小道に入っていく。
「え、大通りから行った方が良くない!?」
「方向は分かってるっすから、そっちの方向に向かって歩いていけばいいっすよ。それで大丈夫っす!」
零の言葉をはねのけて、イブは小道を進んでいった。
▽ ▽ ▽
「その結果がこれかぁ」
入り組んだ路地の中、日の射さない湿気ったその場所で二人は道に迷っていた。
「す、済まないとは思ってるっすよ」
「ま、いいんだけどね。別に行くとこは無いから」
「そうっすか」
「にしても、路地裏かぁ。もしかして、女の子助けるイベントとか起きちゃったりなんかして」
「いや、私も女っすよ?それ私が惚れられないっすか?」
「あー、そうだね」
「それに、そんなベタな状況そうそう起きるもんじゃないっす」
「まぁねー。あ、あそこに人がいるみたいだよ?」
「これでやっとこの路地裏から抜けられるっすね!おーい!っす!」
「あれ……あの人達なんだか……」
近づくにつれて人影の様子が分かっていく。まず三人の人影であることが分かった。そして、その内訳が男二人に女一人であることが分かった。
「凄い……あれっすね」
「うん、こういうことって実際あるんだね」
二人の目の前には、嫌がる女の子を無理やりナンパしようとしている男二人といういかにもテンプレートな光景が広がっていた。
「ま、見てしまった以上はほっとけないっすよね」
「あ……イブ?」
「やめるっすよ!嫌がってるっす!」
零の静止は少し遅く、イブは大声を張り上げて男達の注意を引いてしまった。
男達の視線がこちらに向く。
「お?なんだい嬢ちゃん、嬢ちゃんも遊びたいのかい」
「君可愛いねぇ、君も俺達と遊ばない?」
「あれ?なんか流れが違くないっすか!?」
男達の反応がおかしいことに気づいたイブが声をあげた。
「そりゃそうだよ!物語のあれは男だからこそのやつで、イブがそれ真似したところでカモが一匹増えるだけだよ!」
「まじっすか!?」
「それに、もし成功したとしてもそのあとどうするのさ!男二人に素手で勝てるの!?」
「無理っす!」
「でしょ!?」
「嬢ちゃん、一人でなに喋ってんだ?」
零とイブのやり取りを傍目から見ていた男の一人は、おかしな人でも見るように少し距離を保ちながらそう答えた。
「おい、その娘も連れてさっさと行くぞ?」
そのやり取りを見ていなかった男は、女の子の腕を掴みながら、イブの目の前にいる男に声をかけた。
「あぁ、もう!仕方ないなぁ!」
そろそろ危ないと思った零は、ふわりとイブの首もとから浮かび上がると、男二人に気づかれるようにカラリと音を鳴らした。
「ん!?なんだこれ!?」
「人形が浮いてる!?」
さすがにそれには気づいたのか、男二人は零を凝視したまま固まる。
「穢らわしき者供よ、この者に触るな」
出来る限りの低い、おどろおどろしい声でそう言い切る。
「はは、嬢ちゃん凄い芸だね」
「どこからその声出してんの?」
「レイ、どうしたっすか!?」
三人の言葉が錯綜した。
そして、イブのその慌てようを見て、どうやらイブ自身がやっている訳ではないのではないかと思い始めた男達は、顔を青ざめさせていく。
「触るな……触るな……触るな!」
「「「ひぇっ!?」」」
零の迫真の演技に、三人一緒に恐怖で喉をひきつらせる。
「まだ分からないか、ならばお前達に地獄のような苦痛を味わう呪いを与えよう。さもなくば、ここから立ち去れ!」
「「「わ、わぁぁぁぁあああああ!?」」」
耐えきれなくなって一目散に逃げ出した男達、それと共鳴するようにイブもまた叫んでいる。
「……あのさぁ、イブ。なんで君まで叫んでるわけ?」
「だって、呪いっすよ!?呪い!それも地獄のような呪いっす!そんなの想像しただけで……あぁ」
「いや、俺そんなの使えないから」
「は!?騙したっすか!?」
「別段君を騙そうとした訳じゃないから!君が勝手に自分で騙されてただけだから!それに俺味方だよ!?百歩譲って人を呪えたとして、君にかけるわけがないから!」
「もしかしたらレイが気づいていないだけで、レイは呪いが使えて、今ので私達を呪ってしまってるんじゃ」
「なんでだよ!?」
「ふふっ」
二人の漫才のようなやり取りの中で、知らない女の子の声が響いた。
「助けてくれてありがとう」
二人が顔を向けると、はじめに絡まれていた女の子が、頭を下げていた。
「そんな、いいっすよ。当たり前の事をしただけっす!」
「やったの俺だしね」
「うるさいっす!」
「それであなたは、こんなところで何していたの?」
女の子がイブに向かって尋ねる。
「えっと、お城まで行こうとして道に迷ったっす」
「えーっと、こっちの小道はお城とは別方向に繋がってるよ」
「本当っすか!?」
「私もお城に行こうとしてた所、着いてきて?」
「いいっすか!?それはありがたいっす!」
「助けて貰ったお礼、今度はこっちが助ける番」
「人助けはするもんっすね!」
イブ達は、女の子を先頭にして歩き出す。
「そういえば、あなたの名前は?」
「私の名前はイブっす!こっちの人形の方がレイ、幽霊っす!」
「えーっと、どうも菅田零です」
分かりやすいようにペコリと頭を下げる零。
「やっぱりもう一方いらっしゃったんですね。先程はありがとうございます」
「いえいえ」
「で、そっちの名前はなんて言うっすか?」
「私は、キュヒールといいます」
「そうっすか!よろしくっす、キュヒール!」
「はい、短い間かもしれませんがよろしくお願いします」