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若葉が青々と茂っていたあの夏。
高度技能センターで行われたALM製造会社を招いたフォーラムで◻︎◻︎さんと初めて会った。
大人が俺を見る目は大体決まっていて、大概が子供の扱いをしてくる。
けれど、あの人は俺を最初から大人として、1人の人として扱ってくれた。
「初めまして。今日は宜しくお願いします」
そう言って、そのお世辞にも綺麗とは言えない皺だらけのスーツで手を伸ばし、腰を折ると俺に握手を求めてきた。第一印象は変わった人。
あの人の番になって、俺はそわそわしていた。それは、彼が如何にも自身が無さそうな風体だったからだ。
スーツはあちこちに皺が残っていて、掛けている眼鏡のレンズ部分が顔を大きく覆い隠している。そして、薄っぺらい上半身が少し丸まっていて、自身の無さが現れているようにも見えた。
大丈夫かな。この人…。
俺は何だか落ち着かなくて、首の後ろを撫でた。
「インウィズダムコーポレーションの◻︎◻︎◻︎◻︎です」
彼のマイクから会場に伝わるその声は低くて柔らかい響きを持ってその場を包み込んだ。
そうして、自分の心配が杞憂であったことを知った。
彼は、その場で行われたどのものよりALMの未来がどれだけの価値を持っているのか熱心に語った。今の限界へ、そして、未来へ勇敢に立ち向かって行くその姿は勇ましく、感情を激しく揺さぶられた。それは、自分のあるべき場所に帰ったような奇妙な感覚と天啓とも呼べるような閃きを俺にもたらした。
この人と共に仕事をしたい。
人に影響されること自体初めてだった。自分はこの人に触発されている。
それを認識すると同時に、体の中をゾワゾワと未知の感覚が駆け巡る。
何かが強く俺に囁いた。
今まで、天才と周りに言われて生きてきた。それが俺の人生で将来への不安などは少しも感じた事がなかった。けれど、満たされた心とは違うところで自分に欠けているものがあることは理解していた。
ただ、その足りない何かを知る術は無く。
こうして、生きて死ぬのだろう。
目の前に積み上げられていくものを、作業のように片付けていく人生。
それが繰り返された、俺の人生の当たり前。
そんな中でのあの人との出会いは、頭を殴られたような衝撃だった。
あの時、少しだけ見えたあの人の世界をもっと。より近く広く見てみたい。
そんな発作的な気持ちだけが自分を突き動かす。行先を失いかけていた情熱に新しい世界を見せることが出来るかもしれない。
誰も見たことの無い、ALMと人間の幸せな未来へ。
無味で繰り返された毎日は変化し、眩しいくらいに輝いた。
高度技能センターを飛び級で卒業した俺は、迷わずあの人がいるインウィズダムに就職を決めた。
センターの大人達には散々止められたが、俺が言うことを聞き入れないとわかると皆が揃って悲嘆した。
「君は最新鋭の研究環境が整ったここで、何の不自由も無く研究を続けられるんだぞ。後で後悔するのは君だ」
そう言ったのは誰だったか。
俺が後悔するかどうかなんて、どうして他人にわかるのだろうか。
今までの自分はもういないのだ。積み上げてきたものは、既に過去のもので俺はもう次の一歩を歩き始めた。
「先生、お言葉は大変有り難いのですがーーーーー」
4月の爽やかな春風が若葉を揺らす頃、◻︎◻︎さんと再会した。あの時とは違う、上司と部下として。あの人の驚いた顔が忘れられない。俺は笑いを噛み殺した。
やっとここまで来れた。
あの人の近くでスタートラインに立てたんだ。
全身を包み込むような多幸感。望む未来は明るかった。
俺は嬉しさを噛み締め、これからの未来へ想像を羽ばたかせた。