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「絹傘ー。ご飯できたよ」
廊下から数度声をかけたが、反応がない。
「絹傘?入るよ」
真っ暗な室内に宙に浮かぶ沢山のエアビジョンと部屋の隅に簡素なデスクとチェアが見えた。僕が部屋に入るのと同時に部屋の電気が付いて、その眩しさに一瞬、目を細める。
「なにこれ?」
絹傘のデスクの上に置いてある小さな白い箱が僕の目に止まった。
手にとって見てみると、箱の表面に細かな細工が施してあり、ザラザラとしている。
振ってみると、箱の中で何かが小さくカラカラと音をたてた。
何が入っているんだろう。
開けようとしたその時、廊下から絹傘の声が聞こえた。
「響也ー?」
あ、ご飯出来たから呼びに来たのに。忘れてた…。
「今行くー」
僕は急いで白い箱をを元の場所に戻すとリビングへ向かった。
リビングのテーブルの上には、僕が作ったご飯が湯気を立てていた。
絹傘はキッチンに居たALMに何か指示を出していた。
「どうしたの?」
「いや。ちょっとコイツを頼んだだけ」
絹傘はそういうと、ALMに薄汚れたハンカチを渡した。
「ふーん。ご飯食べよ」
それからは、いつもと変わらない日が続いた。絹傘と一緒に毎日を過ごして、桔梗さんと会って。季節は緩やかに冬になって、空には雪がちらつき始めた。
「そこの名物がすごく美味しくてね。響也くんとも食べに行きたいな」
「いいなぁ、行ってみたい!あまり旅行したことないんです…」
「響也くんの家では、あまり旅行行かないの?」
「僕が出不精だから。でも、家族はすぐ僕を海に連れて行こうとするんです。海嫌いなのに。」
「へぇ」
桔梗さんは僕を見た。
「海嫌いなんだ。どうして?」
「嫌いなものに理由なんてないですよ。あっ、もう僕の家です」
僕は灰色の温かそうなウールのマフラーを巻いた桔梗さんを見上げた時に、聞き慣れた声が聞こえた。
「響也…っ」
「絹傘。外まで迎えに来るの珍しいね」
絹傘は僕を見た後、隣にいる桔梗さんの姿を見てその動きがを止めた。
「絹傘、こちらは僕がいつもお世話になっている公園で会ったお兄さんだよ」
一瞬、ピリッとした緊張がその場に走った。
「君だったのか…」
「はい…」
えっ?
桔梗さんをみると、今まで見たこともないくらい和やかな表情をしていた。
「ご無沙汰しています、賢明さん」
桔梗さんは伏せていた目線を少し上げて微笑みながらそう言った。