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絹傘は僕に"彼"の話を話した。


「俺は、彼が目を覚ましてくれて本当に嬉しかったんだ」

「恋人はどうしたの…?目指していた…夢は?」

みっともなく声が震えて、直ぐ横にいるはずの顔が見れない。僕の体は氷のようだった。

爪の先から体の血液が冷え固まって、僕を動けなくする。



「昔はそれが一番大切だったよ。けど、あの瞬間からどうでもよくなった」


ーー手の中で大事にしていたものが途端に石ころ見えたんだ。

淡々と告げる彼の声が何重にも重なって聞こえた。


僕は自分を騙すように首から上を力の限り動かす。

この先に何があるか分かっていても、僕の口は止まらなかった。


「絹傘…、きっとショックでおかしくなっちゃったんだよ…」

「おかしくない」

「絶対そうだって。今は、そう思っているだけだって、だから…」


焦ったように口早になる僕を絹傘は何も言わずに見つめた。

彼の佇まいは静かな海を思わせた。全てを飲み込んだどこまでも深いその海の底に何があるのか僕は知りたくない。


彼の瞳は僕にとって恐怖だった。

飲み込んで尚、向かってくる真っ直ぐな瞳は。


「だから…」

手で耳を覆ってきつく目を閉じても近づく気配からは逃げられない。

「響也…」

「だから、絹傘は!!」

絹傘は僕の両手を掴むと強引に手を引き剥がした。

「本当は気づいてるんだろ…」

「痛い、離してよ…。僕は、聞きたくない…」

被りを振って、目を瞑って世界から絹傘の声から逃げようとした。

けれど、蓋を失った耳に絹傘の声は、残酷なまでにはっきりと聞こえた。


「これは!!全部君の話なんだよ!」


その瞬間、どこまでもついて来る無数の刃に背中から貫かれた。

長い刃は僕の心臓まで確実に到達するだろう。はっきりと感じる体を貫く刃の果てのない冷たさと体の中を流れる自分の血潮の熱をしっかりと感じた。相反する二つに僕の体は鮮血の飛沫をあげながら、空気の抜けたような浅い呼吸を繰り返す自分を笑った。




なぜ、自分はあの時は死ねなかったのだろう。














彼の華奢な体がゆっくりと地面に向かって落ちていく。

重力に支配された体は法則に則り、ただただ地面を目指す。





落ちるその瞬間、彼の顔に笑顔を見た気がした。




2xxx年



高度技能センターにいた頃から彼、鴻島( こうじま)響也( きょうや)は名を知られている有名人だった。まだ研究生ながら彼が考案したプログラムは従来のものと異なり、ko-jimaモデルと言われその画期的な設計は世界に衝撃を与えた。



このプログラムを作ったのが彼が10歳の時。

彼は10歳にして天才と呼ばれた。





そして、ちょうどその頃ALMオルム業界は一つの転機を迎えていた。


違法ウイルスによる相次ぐ犯罪や技術の進歩と共に出てきた新たな問題は、時勢を絡め年々深刻なものとなり、人間とそれほど容姿に差を持たないALMが人間に脅威を振るう姿は、人々の心に深く不信感を抱かせた。


莫大な資金をつぎ込んでいたメーカーは失墜したイメージ回復に躍起になった。それは何も業界に限った話ではなかった。国の産業の一つとして経済推進の柱にしようとするプロジェクトが控えている今、国も国民の不信感を拭う事に必死になっていた。


“より良いALMとの生活を”


エアビジョンで空を覆い尽くされた都心部ではそんな白々しい文字が街を彩り、キャッチコピーから滲み出る必死の梃入れは更にALM離れを助長させた。


そんな風潮の中で鴻島響也の存在は正に低迷する業界を救う救世主そのものだった。

彼は高度技能センターを首席で卒業すると、センターに残って研究を続けずに企業に就職するという道を選んだ。


こうして、世間に降りることになった「天才」を皆こぞって欲しがった。彼の才能は金を産む。企業が大金を積んででも欲しい存在だったのは間違いない。

誰もがその当時ALMのトップメーカーに就職するだろうと思っていた。しかし、蓋を開けてみたら、彼は業界の中でも業績不振の続くインウィズダムコーポレーションに自ら志願して入社した。


「おい、うちにあの鴻島響也が来る事になったぞ」


その時の驚きをまだ覚えている。

上司から聞いた後、同姓同名の別人がうちに来る事になったのかと色々考えたものだ。天才と言われ将来を有望される彼がトップメーカーの誘いを断ってまで、うちみたいな小さな会社にきたのだから。外れたと思っていたくじが実は当たっていたかのような思いもよらない歓喜と興奮は俺の中に長いこと渦巻いた。





賢明(たかあき)さんがあの鴻島響也の上司だなんて驚きですね」

シルクのカバーがされた掛け布団に包まって、桔梗はベッドの上で悪戯に笑う。情事の跡を色濃く残す血色の良い赤い唇から白い八重歯がのぞいた。

形だけのね。そう心の中で独りごちて、床に散らばった服から煙草を見つけ、火をつけた。

「僕の部屋で吸うのやめてくださいよ…」

「あぁ。すまない」

咥え煙草で服を着ると桔梗の部屋を出た。全面ガラス張りの窓から、眩しいくらいの日が差し込む。都心部の景色が一望できるこの部屋からの眺めは結構気に入っていた。それを眺めながら、ぼんやりと煙草を吸った。


煙を味わうように肺に吸い込むと自分の中で煙が循環しているのがわかった。

脳の血管が収縮して、モヤがかかったような頭が鮮明になっていく。都心部の眺めとなんとも言えない爽快感と幸福感。これ以上の幸せはないだろう。

俺は煙草をふかすと、黒い革張りのソファに座った。


吐き出した紫煙の中に、真剣な面持ちで俺に釘を刺してきた上司の姿がぼんやりと見えた。

上司は額にかいた汗をハンカチで拭くと、口早に俺に告げてきた。


「3ヶ月の研修期間の間だけ、お前が彼の上司だ。失礼の無いようにしっかりお世話しろよ」


お世話って言ってもなぁ…。鴻島の年齢を考えればそうなるのか。自分が15歳の時は何をしていただろうか…。遠い昔の自分の姿を手繰り寄せていると、服を着た桔梗が部屋から出てきた。


「今日はどうしますか?」

汗でしっとりと濡れた髪が上気した肌に張り付いている姿が艶かしい。絹傘は桔梗の姿を横目で追いながら、煙草の煙を吐いた。

「この間、桔梗が食べたいって言ってた店に行こうか」

その言葉を聞くや否や、先ほどまで纏っていた雰囲気を吹き飛ばす勢いで桔梗は瞳を輝かせた。

「F57地区のカツカレーですか?嬉しい!」

「良かった。じゃあ、準備出来たら行こう」

桔梗は笑顔で頷くと鼻歌混じりにバスルームに消えて行った。

シャワーの水音がリビングまで聞こえてくる。


桔梗の笑顔を見ると心が温かくなる。嬉しい時、幸せそうに微笑む彼の表情が好きだった。くるくると変わる豊かな表情は見ていて心が和む。彼の笑顔を思い出すだけで、笑顔になってしまう自分は幸せだ。今、この瞬間も笑顔になっている自分に気づき、苦笑した。


俺は煙を長く吐き出すと、吸い終わった煙草を灰皿に押し付けて、桔梗の後を追うように水音が聞こえるバスルームへ向かった。





「鴻島響也です。今日から宜しくお願いします」


会って見ると彼は、想像した以上に幼かった。15歳ってこんなだっただろうか。

これじゃあ、まるっきり子供じゃないか。俺は瞬時にそう思った。


艶々とした絹糸のような黒髪が彼が動く度にサラサラと揺れ動く。

自分の視線よりずいぶん下にある彼の中性的な顔立ちに、思春期特有のしなやかな体のラインを隠すようなスーツを着た彼はセンターの入所式を彷彿とさせる。

スーツに着させられてるな…。


スーツから彼の顔に視線を戻した時にふと気づいた。

彼の焦茶色の瞳は幼いそれを装いながらも眼光炯々と俺を見ていた。幼い容姿とは裏腹に突き刺すような眼差しで俺という人間を推し量っているように見える。

暫くすると鴻島は観察を終えたのか俺の手を取ると、まだ幼さの残る柔らかい手で握手をした。


「あの、絹傘さん。質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「なぜ部下に対して敬語なのでしょうか?」

鴻島は不思議そうに首を傾げた。

「お気遣いは嬉しいのですが、歳下の部下に対して敬語は使うのは一般的ではないように思います。他の方と同じように扱ってください」

鴻島は自分の考えに何の迷いも無くそう告げた。


それが、俺と響也の邂逅だった。


鴻島響也は物怖じしない人間だった。初対面の人間、それも自分の上司に向かって、臆することなくそう言い放つのだから。それに彼は、自分というものの存在をよく分かっていた。

彼の理解力と膨大な知識、そしてその2つを超越して生み出される柔軟な発想。本物の天才というのは彼のような者のことを言うのか。

俺は彼の天賦の才能にだた圧倒された。



彼は本当に難しいことを簡単にしてのけた。

周囲にとってもそれが当たり前だった。

周りが彼に抱いている印象はそういうものだ。

皆は意識的に或いは無意識に彼にそういう印象を持っていた。



その後、彼は3ヶ月の研修期間を終えると、当時社会問題になっていた対独立型(スタンドアロン)ウイルスの問題をいとも簡単に解決した。

彼が開発した"特効薬"のおかげで、世間でのALM批判も日に日に鎮火していった。彼は本当に救世主だったのだと、誰もが口を揃えて言った。


そして、その熱りが冷めた頃、響也はその功績を買われ一つのプロジェクトを任された。そのプロジェクトには、俺と桔梗も開発チームの一員として入っていて、俺は手元を離れた筈の鴻島と再び仕事を共にするようになった。仕事は多忙を極めたが、それ以上にやり甲斐を感じられた。夢見た未来は現実になる。童心に返ったような胸の高まりは今まで以上に、自分の目的地に近づいていることをはっきりと教えてくれた。



「まだ体が出来てないのに、そんなのばっかりで体に悪いよ」

どこか非難めいた声に視線をあげると、桔梗が固形のインスタント栄養食を食べている響也を叱っていた。

その言葉に響也は驚いた様子で、

「今時、そんな考えの人がいるんですね」

どこか感心するようにしみじみと言ってのけた。


あ…。これは。

響也のその言葉に俺は嫌な予感がした。


桔梗は勢いよく立ち上がると、バンッとデスクを両手で叩いた。

それはもう清々するくらいに。

「響也っ!!暫くうちで夜ご飯を食べて行きなさい」

拒否権はないから。

桔梗は上司に向かって、なんの躊躇いもなくそう告げたのだった。

俺はそのやり取りをみた瞬間、目を覆った。


桔梗は、食べ物に関しては並々ならぬ拘りを持っているのを知っていたが、響也のあの言葉が彼の逆鱗に触れたようだ…。

彼が無事に帰れますように。心の中で、そっと手を合わせた。


彼の逆鱗に触れた響也にどんな仕打ちが待っているのかと、内心気が気では無かったが、桔梗は本当に彼を心配して言ったようだった。3人で食べる食事は拍子抜けなほど、終始和やかに終わった。

最初は渋々といった様子だった響也も、桔梗の強引さに折れたのか次第にそれが日常になっていった。桔梗が作った料理を食べながら、3人で色々な話をしたよ。桔梗はまるで響也の兄のように彼の面倒を見て、あれこれと世話を焼いていた。一人暮らしをする彼に料理を教えたのも桔梗だった。

休日には、インスピレーションが得られるという響也の言葉に触発され、3人でよく海に出かけた。俺たちは同志でありながら、家族のような関係を築いていったんだ。

毎日がセンター時代に帰ったように、笑いあった。大人になってから、こんなに笑ったことがあっただろうか。



楽しい毎日は光のように過ぎた。

それに伴い、響也は絵に描いたようにどんどんとその才能を開花させ、出世への階段を登っていった。

任されているプロジェクトを成功させ研究者としても地位を確立し、低迷していた会社の業績を回復させた。それに伴い社内での彼の発言力は力を増していく。


彼なら、例え問題が起きたとしても、その問題さえ輝かしい経歴に変えてしまうだろう。

誰もが彼に尊敬と羨望の眼差しを向けた。彼は天才に約束された道を何の迷いも無く進んでいるように見えた。




休みの日に家で寛いでいるとチャイムがなった。

桔梗が何か忘れ物でもしたのかと思い、モニターを覗くと響也の姿が見えた。


「入りなよ」

ドアの生体認証ロックを外して、響也を招き入れた。

「今さっき、桔梗は出かけたよ」

話しながら、リビングに戻ろうとしたが、後ろに彼の気配を感じない。おかしいと思って振り返ると、彼は不安げに玄関で立ち竦んでいる。そんな彼の姿を見るのは初めてだった。

「響也どうした?」

俺は玄関で立ったままでいる、響也の側に近寄った。

呼びかけるように彼の肩を叩くと、彼の華奢な体が軸を失ったようにふらふらと左右に揺れた。

「俺、気付きました」

主語の抜けた響也の言葉に俺は首を傾げた。彼の口から出そうなものを何個か想像したけれど、彼の口から俺が予想した言葉が出ることはなかった。

「自分の気持ちです。絹傘さんに伝えられなくなるかもしれない。そう思ったんです」

彼は、ボソボソと言葉を繋いだ。


「絹傘さんのことが好きです」


唐突に投げ出されたその言葉を理解するのに少し時間がかかった。

ようやく響也が言っていることが頭に入ってきた頃には、心臓が煩く音を立てて、何故か汗が背中を伝った。


「響也…俺のこと好きなの?」

聞き間違えたのではないかと自分の耳を疑った。

「はい」


けれど、俺の聞き間違いでは無く、響也は俺のことが好きだと言う。

何がどうして、そうなったのか全く見当もつかなかった。

最初に考えたのは桔梗のことで、次に目の前にいる響也のことを考えた。自分の気持ちを伝えたら、傷つけてしまうだろうか。

一瞬躊躇ったあと、自分の素直な気持ちを彼に告げた。

「ありがとう。でも、響也のことをそういう目で見たことがないよ」


その言葉を聞くと、響也は顔を上げて笑った。まるで子供が悪戯を成功させたような顔をして。

「絹傘さん、驚きました?」

「冗談か…、驚くよ。タチが悪いな…」

真剣に考えた自分が馬鹿らしく思えて、頭をかいた。


「実は今日は絹傘さんにお願いがあって来たんです。これなんですけど…」

響也は笑いながら、自分の服のポケットから小さな白い箱を取り出すと、俺の前に差し出した。

「これは?」

「中身はバックアップ用のデジタルモメントです。しばらくの間預かっていて欲しいんです」


彼はしばらく玄関先で会話すると帰って行った。



そんなことがあってしばらくした頃、響也は僻地にある新型オートローマンの研究所への異動が命じられた。


異動先でのことは社内でも重要機密で俺たちの耳に響也のことは全く入ってこず、彼との連絡も次第に途切れがちになっていった。

彼からたまに来る連絡では、 彼は以前に増して研究に打ち込んでいたようだったが、半年と少し経った頃、新型発表会見の場に姿を現した彼は、俺たちが知っている彼では無かった。


頰は痩け、眼窩は落ち込み、まるで現世のものでは無いように見えた。艶のあった黒髪はその輝きを失い、とても18歳の男には見えないほどパサパサに痛んでいた。以前から白かったその肌は、更に青みを増してその存在を浮き立たせる。


久しぶりに見た彼の姿に胸が騒ついた。

「響也の姿が見えないー」

桔梗は押し寄せる人波に彼を見れなかったようだ。

「あぁ…」

桔梗の言葉を聞きながら、言いようの無い不安を覚えた。

虫の知らせのような何の根拠も無い、心の中に芽生えた不安。



そして、その数時間後、その不安は現実のものとなった。





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