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ALM(オルム)と呼ばれる人に限りなく近い容姿をしたロボットが人間の身の回りの世話をし、人々の間にはパーソナルデバイス、通称PDと呼ばれる重さ10gにも満たない小型機器が急速に普及した。


PDには僕らの生活の全てが集約されている。身分を証明するのも、持ち主の健康管理や人と連絡を取るのも映画を見るのも音楽を聞くのも買い物だって。全てのことはPDがあれば事足りる。


近代におけるこの二つの大発明は、人の暮らしをより自由で快適なものにしていった。





目の前のどこまでも澄んだ青い海に絹傘の嬉しそうな顔が透けて見えた。


「響也、行こうよ」


絹傘はバングル型PDから投射された青い海が映るエアビジョンを僕に見せた。


「こないだ行ったばっかりだよ。僕は嫌だ」

ここで、言わなければいつ言うんだ。

「どうして嫌なの?」

絹傘は悲しげに僕の顔を覗き込む。

「特に理由はないけどさ…」

ごもごもと言い淀む。

特に理由なんか無いけれど、海を見ると胸が騒つく。

その感覚を説明しようとも思えなくて、僕の口は急に閉じてしまった。

口を開かず不貞腐れている僕を見て、絹傘は口角を上げた。


「此間だってそんなこと言ってたのに、楽しんでたじゃないか」

「それでも、嫌なんだよ!じゃあ、逆に聞くけどさ、絹傘は何でそんなに海に行きたいワケ?」

「理由知りたい?」

絹傘は勿体ぶって僕のことをからかい楽しんでいた。

「今度、俺に付き合ってくれたらね」

それだけ言うと、絹傘は軽い足取りで自室に帰っていく。有無を言わせないその笑顔に僕は反対の声をあげる間も無く撃沈した。


僕より10も歳上なのに…。

ぶつぶつと不満の声を漏らすが、彼の耳に入ったところで何の意味も無いのは知っている。


「はぁ…」

僕は呆れたように人工人体化した自分の体を眺めた。

人工人体とは自分の細胞を元に人工的に作られた皮膚や臓器のことだ。僕は交通事故にあってから体の全てを人工人体化していた。だから、瞳の色も人工人体特有の黒灰色だ。髪の毛は後で手術を受けたから、明るい茶髪の髪が植毛されてはいるが。


人口人体化した箇所は、体の体毛は生えない。だから、体が安定期に入ってから瞳の色や毛髪の手術を受けるのが一般的だ。今では、自分の体が人形のように自由に変えられる世の中なのだ。人工人体化するのは、何も珍しいことじゃない。


リビングのダイニングテーブルに座って頭を悩ます僕の視線の先で、女性型ALM(オルム)が家事をしていた。僕の視線に気づくと、用事を聞いてきた。


「用事は無いよ」

そう告げると、ALM(オルム)は中断していた家事を再開した。

家事を行うその姿はまるで人間のようだと思う。僕たちは、科学の恩恵を享受して今日も生きている。

このALM(オルム)は人工人体とほぼ同じもので製造されている。つまり、僕と同じもので体が作られているということだ。そう思うと、ALMに親近感が湧いてくる。


僕とALMの違いと言えば、首の後ろに刻印されている管理タグだけだ。家事をするALMの首元には確かに、管理タグの刻印が見えた。



僕は自分には無いその刻印を確認するように、首の後ろを撫でるとリビングの窓から空を見上げた。



どうせ海に行くなら、晴れるといいな。

空を流れて行く、雲を眺めながらそんなことを思った。




「大きな仕事入ってきて、海行くのは先になりそうなんだ。ごめんな」

体を怠そうに動かすと力なく笑い、僕の頭の上に手を置いた。僕は頭に手を置かれた状態のまま、僕より15センチ以上背の高い絹傘を見上げた。

「大丈夫だよ。仕事手伝おうか?」

「ありがとう。じゃあ、本当にピンチの時に助けて貰うよ」

そう言うと、絹傘は黒髪の柔らかい猫っ毛を揺らした。


絹傘はその日から仕事部屋に缶詰状態になった。いつもご飯だけはALMに任せず僕が作っていたが、絹傘はご飯も要らないそうだ。僕はすることが無くなってしまった。



「さて、どうしようか…」


海に行かなくて良くなったのは、僕にとって好都合だ。

リビングのダイニングテーブルに座って考える。

買い物ついでに散歩にでも行こうか。リビングの窓から外を見ると空は晴れていて、僕の背中を押してくれている気がした。


「絹傘、ちょっと出かけてくる」

廊下の向こうから聞こえる絹傘の声に頷き、家を出た。


外に出ると、空気がしんと体に染みて、秋の気配が迫る温順な気候が丁度良い。

天気も良いし都心部の方へ行ってみようか。


駅に着くと、風に乗って進む足で地下鉄に乗りこんだ。どこか湿り気を帯びた空気の匂いが鼻腔を満たす。暫く乗っていると、車内のアナウンスが目的地についたことを告げた。

暗い地下鉄のホームから出ると、自分の住んで居る長閑な住宅街とは違い、洗練された都会の光景が目の前に広がった。聳え立つ高いビルに空を覆うほどのエアビジョン、溢れる音に、行き交う沢山の人間とALM。


沢山の人で賑わっていて、その活気にあてられるように僕の気分も高揚した。

僕はその街の1人になって、駅前に浮かぶ大きなエアビジョンを眺めた。そこではアナウンサーが急成長したALM製造会社の一連の事件の報道を行なっていた。最近、世間はこのニュースで大騒ぎだ。


ピピピと電子音が鳴ると信号が青になって、黒い群が動き出した。僕もその流れに合わせるようにゆっくりとスクランブル交差点を渡った。どこもかしこも人間とALMだらけで、居ないところを探すのが難しいくらいだ。

僕は念のため絹傘から連絡がないかPD確認し、そこからは、ふらふらと都心部での散歩を楽しんだ。

聳え立つビル群を幾つも通り過ぎて、あてどなく歩き続ける。


どのくらい歩いたんだろうか。

足の赴くままに歩いて行き、僕は大きな公園に辿り着いた。立派な門構えのその公園は、中に入ると真緑の芝生が一面に広がっていて、その芝生の上で大勢の人が思い思いの時間を過ごしている。


都心部にもこんな所があるんだな。

鼻腔を擽る草と土の匂いが高揚していた僕の気分を落ち着かせた。


公園の中を見回すと木でできたベンチがそれだけ、浮いて見えた。

あそこで一休みするか。

僕はそのベンチへ腰掛け、やっと一息ついた。


今度、絹傘にもこの公園を教えてあげよう。

お日様の光がぽかぽかと体を包んで気持ちがいい。軽く目を閉じると、太陽の光が瞼を透かし橙色に見える。僕はその橙色に見守られながら、いつの間にか眠ってしまっていた。





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