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ライブラリで行われた販促会議から解放されたエリナ・イーストは、ハルナの部屋で、アカギ、シラネと一緒に、お菓子をつまみながら、おしゃべりをしていた。
「ハルナが、メイドとかって、絶対、似合わないよね──ね、アカギさん」
エリナの言葉に、アカギは、にっこりと微笑む。
「メイド服は、お似合いになると思いますよ」
「そうかなぁ?ハルナ、自分で似合うと思う?」
「思わない…全然」
「ピンク色のメイド服なら似合いそうだけど、どうかな?」
「お姉さま…服はどうでもいいんです。アカギやシラネのような完璧な仕事はできないって言ってるんです」
「あのさ、ハルナ…別に、誰も完璧にやれとか言ってない気がするんだけど」
「ハルナが、我慢できないんです…ハルナは、お姉さまと違って、完璧主義なんです。だいたい、毎日カレーって、絶対、ばれるでしょ…そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないですか」
「そうかなぁ?」
「そうです──」
「だって、ハルナを指名する人って、ハルナのブログのファンとかだと思うんだよね。そういう人たちが、ハルナの悪口とか、ブログに書いたりしないと思うんだよね」
「お姉さまは、考えが甘いです」
ハルナは、シラネが焼き上げた甘い味のクッキーを口に放り込んで、幸せそうな顔をしているエリナに、口をへの字にして、抗議した。
「ハルナも、食べてみなよ…シラネさんのクッキーおいしいよ」
エリナは、隣に座っているハルナに、ぴったりと寄り添うと、ピンクの唇のわずかな隙間に、クッキーを無理やりねじ込もうとした。
観念したように、ねじ込まれたクッキーを口の中に迎え入れると、ハルナは、それを、ゆっくりと噛み砕いた。
「ね、おいしいでしょ」
「うん…おいしい」
「今度、シラネさんに、作り方教えてもらう約束したんだ──そしたら、次は、あたしが、ハルナに教えてあげる──」
「お姉さまが、ハルナに?」
「うん、それなら、お姉ちゃんが、妹に教えてあげることになるから、ハルナも抵抗ないでしょ」
「ハルナは、別に、抵抗とか、そういうことじゃ…」
「その道のプロに、手ほどきを受けるのって、恥ずかしいことじゃないんだよ…自分勝手に学習するほうが、よっぽど、遠回りだしね…うまくいかないほうが多かったりするんだよね…もっとも、完璧主義のハルナは、そういう経験ないんだろうけどさ」
「ないこともないですけど…」
「あたしにも、お姉ちゃんらしいことさせてよ…ね、ハルナ」
「お姉さまには、かないません…お父様と結婚したら、とんでもない、教育ママになっちゃいそう…」
「……」
黙りこんで、俯いてしまったエリナの様子をハルナは不思議に感じて、まだ自分の体に、体を密着させているエリナの足の先から、伏した頭の先まで、素早く視線を走らせてみる。
そこには、むき出しの膝頭から頬まで真っ赤に染めたエリナの姿があった。
「何を、今更、恥ずかしがってるんですか?地球では、ずっと、お父様と一緒だったんですよね──」
「えと…なんていうか、シンイチさん、仕事が忙しくて…」
「このプロジェクトの件で、社長は、連日、奔走しておりましたから──」
シラネが、そこで、初めて口を開いた。
「そうなの…だから、地球にいる間は、ずっとシラネさんと一緒で…すごく良くしてもらって──」
「エリナ様──何度も、申し上げていますが、私たちのことは、アカギ、そして、シラネと呼んでいただけないと、困ります」
「それは無理です…絶対…」
「使用人に敬称は無用です。こればかりは、慣れていただかないといけません」
「アカギの言うとおりです。お姉さま…ハルナも気になってました。人を使う立場になるのですから、そこは慣れないといけません」
「そう…なの?」
エリナが、助け船を求めるように、シラネの顔を上目遣いで見上げる。
「ええ…私のことは、シラネと呼んでください」
「ちょっと、シラネ…お姉さまと、ずっと一緒にいて、そのことを、ちゃんと言っていなかったの?」
「申し訳ありません」
「シラネ…もしかして、お姉さまのこと、好きになったりしていないですよね」
「そんなことはありません」
「では、なぜ、お姉さまの入浴のサポートを怠るのですか?」
「それは、あたしが、断ったから…シラネさんは、社長命令なので、お世話させてください…そう何度も言ってくれたの…だから、ハルナ、シラネさんを怒ったりしないで」
「お姉さま…シラネさんじゃなくて、シラネと呼んでください」
「だって…」
「いい?シラネ…あなたに、エステティシャン・ライセンスを取らせたのは、お父様…現社長の意思です…もちろん、ハルナの意志でもあります。その技術を生かす絶好の機会であったはずです」
「あの…ハルナ…髪は、毎日、本当に綺麗に手入れしてくれたの…シラネさんが…」
「今は、お姉さまには、聞いていないですよ…どうなの?シラネ…ちゃんとプロとしての仕事ができないのなら、カドクラ家の執事として契約を続けることはできなくなるわ」
「以後、気をつけます」
「ちょうどいいわ…それを取って」
ハルナは、部屋の隅に置かれた化粧ケースを指差して、言った。
シラネが、指差されたボトルを手にして、ハルナに手渡す。
「このボディソープが、例のラブ・ポーションをたっぷり詰め込んだ新製品なんですよね──お姉さま──」
「うん、そうだよ…ハルナも使ってみて」
「後で、ハルナも使うけど…今は、お姉さまが使ってみせてください…シラネ、次期社長命令です。このボディソープを使って、お姉さまの体を隅々まで、綺麗にしてみなさい…ハルナのシャワールームを使ってかまいませんから…いい?シラネ…」
「ちょっと、ハルナ…」
「お姉さま、社長夫人になることを、きちんとわきまえていただかないと、困ります」
「ハルナ…」
「……」
エリナが、うなだれて、肩を震わせる。怒りなのか、悲しみなのか、それ以外の意味があるのか判断できなくて、ハルナは、不思議そうに、エリナの顔を覗き込もうとする。
「だったら…」
エリナが、小さく、消え入りそうな声で、それでも、絞り出すように、言葉を発する。
「だったら、あたし、もう、結婚なんかしない…」
「お姉さま…」
「ハルナはいいよね…胸も大きいし、ウエストも細くて、足も長いし…恥ずかしいなんて、きっと、思ったことないんでしょ」
「何を言い出すんです?お姉さま…」
「誰もが、ハルナみたいに理想的な身体を持ってるわけじゃないんだから…」
「お姉さま…」
「ハルナが、あたしが胸が小さいことで悩んでるの知ってて、いろいろアドバイスしてくれるのは知ってる。プロのマッサージ技術で、綺麗になるって言ってくれた…シラネさん…シラネが、そういう技術を持ってるのも教えてもらった…でも、無理…せめて、ハルナと同じくらいに胸が大きくなってからならいいけど──今は、絶対無理…本当に無理だから──」
「ハルナお嬢様…」
アカギが、顔を伏せたまま肩を震わせているエリナの肩に、そっと手を添えながら、ハルナを振り返る。
「エリナ様のお世話は、私がしますから…シラネほど上手くはありませんが、心得はありますから、ハルナお嬢様も、それで、許していただくわけに参りませんか?」
「許すもなにも…」
「ハルナお嬢様…申し訳ありません…結果的にお嬢様の命令を無視する形となりましたことにつきましては、私の不徳の至りでは御座います。しかし、エリナ様の意思を尊重したいと考えましたので、お許しください。エリナ様のお体のケア以外は、誠心誠意、きちんと役目を果たします」
「だから、許すとか許さないじゃなくて…」
「ハルナお嬢様…シラネも、こう申しておりますから、お許しを」
「ああ、もう…アカギまで…では、シラネは、お姉さまのこと、ぞんざいに扱ったわけではないのですね?」
「もちろんです」
「では、お姉さまのこと…好きですか?」
「はい…もちろん、ハルナお嬢様の次に好きです」
「ハルナのことは、今は、どうでもいいです」
「はい…ずっと、一緒にいさせていただいて、これからも、ずっと守っていきたいと、そう思いました」
「わかりました…お姉さま、いつまでも、泣いてるフリは疲れるでしょうから、顔を上げてください」
「……」
「それと、お姉さま…心にもない嘘を吐くのはやめてください。結婚しないなんて、絶対、本気で考えてなかったですよね」
「うん…」
「お姉さまに、嘘を言わせたハルナにも責任はありますが、ハルナは、嘘を吐く人を信用できませんから、もう二度と、ハルナには言わないでくださいね」
「うん…でも、あたし、イチロウには、いっぱい嘘のこと言ってるよ」
「男の子には、それでいいんですよ。女の嘘を笑って許せるくらいの男の子でちょうどいいんです」
「そうなの?」
「今日は、特別に、ハルナがお姉さまの体のケアをしてあげます。せっかく、お姉さまが届けてくださった、このラブポーションの効果、効能を試してみたいですから」
「でも、胸を大きくする効能はないみたいだよ、それ…」
「だったら、ライトさんに頼んで、発売までに改良させますよ」
「そっか、その手があったね。じゃ、あたしからも頼んでみる」
「お姉さま…」
「わかってる…冗談でしょ?」
「そうです…」
太陽系の第一ワープステーションで、スイーツバイキングを堪能してきたイチロウ・タカシマと、ニレキア・ガーシュウィンは、ルーパス号へ戻ってきていた。
「無理やり、つき合せちゃったけど、イチロウは、けっこう、甘いもの好きみたいだね」
「ああ、嫌いじゃない」
「さてと…じゃ、エネルギーも充填できたことだし、いよいよ、やらかしますか?」
「やらかす?って何を?」
「ずっと、オートパイロットで飛んでいたから、クラッシュボールの性能を説明できなかったじゃないの…初めに言ったでしょ。エリナが、どれだけ凄いか…凄い機械を作ることができるか、教えてあげるってさ──」
「充分、わかった気がするけど…」
「あたしが、Zカスタムとか、ちゃんと操縦できれば、イチロウには、このまま、クラッシュボールに乗ってもらって、バトルするんだけどね──さて、どうしようか?」
「俺が、Zカスタムに乗ろうか?」
「それじゃ、意味ないんだよ──わかってないなぁ」
『ニレキアさん──コゼットの準備できてますから、発進させましょうか?』
突然、クラッシュボールの受信スピーカーから、ミリーの声が聞こえた。
「おお!ミリーちゃん、相変わらず、気が利くねぇ」
「じゃ、すぐ出ていくから、そっちの準備もよろしくね。」
「オーケー!オーケー!イチロウの心の準備以外は、こっちも、準備万端、整ってるから、いつでも仕掛けてきていいからね」
「何をするんだ?」
「イチロウは、ミリーちゃんと、バトル練習したことないの?」
「俺が、やったことがあるのは、ミリーが、コゼットを使った移動砲台になってZカスタムを、狙い撃ちするって練習だけだけど、あいつ、狙撃手だけあって、狙い撃ち精度、めちゃくちゃ高いんだよな」
「たいがいのパイロットなら、百発百中の的にされちゃうんだけど…イチロウは、どれくらいかわせる?」
「3発のうち2発は食らうことになる」
「へぇ…さすが、正式に宇宙飛行士の訓練を受けただけのことはあるね」
「あいつの狙撃能力は、常軌を逸してるからな──」
「このクラッシュボールなら、ミリーちゃんの攻撃を100パーセントかわせるんだよ」
「え?」
「まぁ、やってみてよ──」
そう言ってニレキアは、前面のタッチパネルのオートパイロット解除ボタンを押す。
「あたしは、もう何にもしないからね──イチロウのやりたいようにやってみてよ」
ルーパス号のカタパルトデッキから飛び出してきたミリー・クライドの愛機「コゼット」の装備は、超長距離ビーム砲をメインに、追加装備として、超電磁拡散ビーム砲も組み込まれていた。
コゼットは、その名の通り、Zカスタムの支援用に、日産製のフェアレディZのボディパーツを流用した形状で、後部ユニットを付け替えることで、様々な後方支援が可能になるように設計された機体である。
Zカスタムが、超高速フライト仕様であるため、敵機体に後方に付かれた場合に、狙撃で撃ち落とすことを想定している。だから、通常選択される装備は、エンジンブースターの代わりに、支援用の火器を装備する。
そのため、スピードに関しては、大した性能を発揮することはできないが、コゼット自体を狙われた場合でも、敵にロックオンされる前に、ミリーが、射撃体勢の敵機体を撃ち落とすことが可能であるために、作戦的には、まったく支障がないと言ってよかった。
そのエリナが設計開発をしたコゼットに、太陽系内のゲームプレイヤーの中でも、常にナンバーワンの座をキープしているミリーが乗り込むと、無敵の狙撃用兵器になるのである。
「とりあえず、あたしのコントローラで操縦してみてよ」
ニレキアは、前面パネル下部の収納ポケットから引っ張り出した真っ赤な色のコントローラをイチロウに手渡す。
「普通に、前後左右上下に操作できるんだけど、Zボタンがワープだからね──Wボタン使うと、わかり易過ぎるから、あたしの場合、Zに設定してあるけど、設定は、パネルのSETTINGボタンで合わせられるから──使いにくかったら、変更していいよ」
『イチロウ…準備はOK?』
前面パネルモニターに、目を細めたミリーの顔が大映しになる。
「俺のほうは、初めて乗る機体なんだ…手加減よろしく──」
『あは──そのクラッシュボールの機体性能なら、超高速実弾ビームで何の問題もないから、いつもみたいな手加減しないで遊べるよ──覚悟してよね…イチロウ──』
そう言ったミリーの言葉が終わらないうちに、クラッシュボールの進む方向──つまり、目と鼻の先を、収束された一本のビーム光が通り過ぎていった。
『とりあえず、今のが、スタートの合図ってことで──いい?どんどん撃つからね』
「まだ、今のうちは、バリアーを展開しといたほうがいいみたいね──今の実弾だよ。手加減されてなかったら、沈んでたよ」
ニレキアが、補助用のコントローラを使って、高速操作でコマンド入力すると、クラッシュボールが、淡い赤っぽい光に包まれた。
途端に、機体を揺らす衝撃が走る。
「さすが、ミリーちゃん──相変わらず狙撃センス抜群だね」
「くっそー、かわしたはずなのに──」
「わざわざ当たりに行く必要ないんだよ──イチロウくん」
『イチロウの反射神経と、行動予測はプログラミング済みだから、この距離で外すことはありえないよ──イチロウ、ちゃんと操縦方法マスターしてよね…今のままじゃ、あたし、ただの弱い者いじめになっちゃうから』
ミリーは、イチロウに話しかけながらも、攻撃の手を休めることはしない。
さらに、2発3発と、クラッシュボールに衝撃が走り、大きく揺れる。
「バリアーを切ったほうが、スピードアップできるんだけど、とりあえず、今は、かわすコツを覚えて──」
「かわせと言われても──初めて扱う機体で、そうは、うまいことできないよ」
「イチロウならできるよ──でも、後十発食らうようなら、あたしが、お手本を見せてあげるから、よく覚えるようにね」
ニレキアが、コントローラを握りしめるイチロウの手に、邪魔にならないように、気をつけながら、そっと手を添える。
『イチロウ、初めの一発以外、全然、まったく、さっぱり、かわせてないよ──美人と一緒だから、緊張してるの?』
「そんなことはない──けっこう必死なんだ、話しかけないでくれよ」
『はいはい…約束どおり、手加減しないからね』
「わかってるさ──」
『イチロウ──今、エリナも、ハルナも、この戦闘シュミレーションを見てくれてるから、あんまり、みっともないとこ見せると、次のレースで、パイロットの席、ハルナに取られちゃうからね…しっかりしてよね』
「それは困る」
『そうだよ、せっかくドラマ出演決まったのに…みんなを、がっかりさせないでよね』
しかし、そんなやり取りをしながらも、イチロウは、ミリーが、容赦なく浴びせるビーム砲の嵐を、かわすことができない。
「イチロウに、あの機体は合ってないみたいですね──お姉さま」
シャワールームのモニターに映し出されるミリーとイチロウのバトル映像を見ながら、ハルナが、エリナに正直な感想を伝える。
「もともと、ニレキア専用の機体だからね──それでも、誰でも扱い易いようには、手を加えたつもりなんだけど」
「今度、ハルナも、ミリーちゃんに、あれ、やってもらおう」
「ルージュの設計図もらってきたから、今度、ルージュの改造もやらせてね…いいよね、ハルナ──」
「いやって言っても、やってしまうんでしょ…お姉さまのことだから…」
「うん…たぶんね」
「じゃ、今は、いやって言っときます」
「ミリーちゃん、相変わらず、すごい腕だね──ほんとうに、百発百中なんだ」
シャワールームから、なかなか外に出てこないエリナとハルナを、少しだけ気にしながら、アカギが、シラネに話しかける。
「俺たちでも、あの集中砲火をかわせるか……」
「今度、頼んでみる?ミリーちゃんに…」
「ハルナお嬢様も、同じことを考えてるかもね…」
「かもしれないな──」
「ところで、シラネはさ…エリナ様のこと、どれくらい、好きなの?」
「どれくらい…とは?」
「思いっきり抱きしめたいって、いつも、思ってるんじゃない?」
「ノーコメントだ──」
「へぇ、否定はしないんだ」
「だから、ノーコメントだ」
「嘘は吐けないもんね」
「なかなか、面白い…」
ライブラリルームに残ったシンイチ・カドクラも、突然、ライブラリのモニターに映し出されたバトルシーンに興味を示した。
「カドクラ社長も、エリナさんに、愛車の改造を頼まれていましたよね」
一緒に、ライブラリに取り残された形になったライト・リューガサキも、画面の映像を食い入るように見ている。
「お、かわした…」
「ええ…どうやら、パイロットが代わりましたね」
「連続十発…さすが、ミリーちゃん、素でやってたんじゃ、絶対、かわすのは不可能だって、わかった?」
「くっそぉ、Zカスタムなら…」
コントローラを手にしたニレキアの問いかけに、悔しさを隠さずにイチロウが、ぽつりと呟く。
そのイチロウの言葉が発せられるのと同時に、ニレキアは、ミリーが、撃ちだしたビーム砲を間一髪かわしたように見えた。
「え──」
イチロウが、ニレキアの手元をじっと見つめる。
「あたしの手元を良く見ててね──そうすれば、イチロウも、同じことができるようになるから──」
クラッシュボールが被弾すれば、ビームはバリアーに弾かれる。
ニレキアの操縦に代わってから、ミリーが撃ち出すビームは、クラッシュボールを貫通していくように見える。
「Zボタン…ワープか?」
「ご名答!」
「信じられない…ワープ座標の計算と転移を、こんなに瞬時にやってのけるなんて──」
「このZボタンは、あくまでも、きっかけを作ってあげてるだけ──ビームの接近を感知した機体が、勝手にショートワープを繰り返してくれる…」
「まさか、拡散ビームも──」
「どんな攻撃も、よけてしまえば当たらない──つまり、当たらなければどうということはない──それを、パイロットの腕じゃなくて、機体性能で実現させてしまう──それが、エリナの凄さなんだ──」
無数に襲い掛かる超電磁拡散ビームの嵐のすべてを、クラッシュボールは、かわしてしまう。
「あたしの我儘で、ミニクルーザーを注文した時、エリナは、どんな形になってもいい?凄い不格好なクルーザーになるかもって、繰り返し聞いてきたの──その結果、出来上がった機体が、このクラッシュボール」
「全然、不格好じゃない──」
「エリナの美的感覚は、ちょっとずれてるけどね──このクラッシュボールより、イチロウのZカスタムのほうがかっこいいって、本気で思ってるんだからね」
「いや、Zカスタムは、かっこいいと思う」
「そう?ってことは、イチロウの美的感覚も、ちょっと…っていうか、相当ずれてるね。でもね…エリナが考えた、パイロットの命を守る為の究極の形が、このクラッシュボール…どう、やってみる?」
「ああ…」
再度、ニレキアからコントローラを受け取ったイチロウは、ミリーが乗るコゼットから撃ち出される超長距離ビーム砲の光跡を、とりあえず目で追う。
正確な射撃であることはわかっているから、コンマ何秒か後に、自分たちの操るクラッシュボールに到達することは、明らかである。
イチロウは、Zボタンを軽く押して、ビームの到着を待つ──当たった──そう、イチロウの研ぎ澄まされた感覚が伝えた瞬間、ビームは、クラッシュボールを貫通していく。
ワープしたことは間違いないはずなのに、ワープした感覚が残っていない。
『イチロウ…よく、かわせたね──』
ミリーの屈託のない笑顔が、モニターに現れる。
『どんどん撃つからね──Zカスタムとの違い、全身で感じ取ってよね』
「わかった──」
その後の数分間──ミリーのコゼットから放たれる全てのビームをかわしたイチロウは、横に座るニレキアの顔を、苦い笑い顔で、見つめる。
「エリナの凄さがわかったよ──」
「エリナを大切にしてやってよね」
「もちろんだ…これだけの才能を消し去るわけにはいかない──」
「よくできました。じゃ、最後の仕上げ…あのミリーちゃんのコゼットを駆逐しに行くよ──」
「え?」
「逃げてるだけじゃ、つまらなかったでしょ──最後は、あのコゼットに、こっちのビームをヒットさせて帰ろう」
「──」
「あたしと代わる?」
「いや…」
「ミリー…今から、そっちを迎撃する──」
『わかった…負けないよ、イチロウ』
「宣戦布告かぁ、イチロウ、律儀だね」
今まで、一定の距離を保っていたイチロウとニレキアの乗る、クラッシュボールが、進行方向を変化させて、コゼットに迫る。
ほぼ一直線に迫ってくる、クラッシュボールに対して、移動することをやめて、固定砲台となったコゼットからは、今まで以上のビーム砲が、発射される──が、クラッシュボールは、直線移動のままで、やはり、その全てをかわす。
「相手は、すでに固定砲台だからね──一発で決めて終わりにしよう」
「ああ──」
クラッシュボールのメインウェポンであるビーム砲のターゲットを、コゼットにロックオンした瞬間、イチロウは、コントローラの発射トリガーを握りしめる。
一条の光跡が、コゼットに届き、コゼットのピンポイントバリアに正確にヒットした光が、霧散してから、静かに消える。
『あーあ、初めて、やられちゃった──イチロウ、腕を上げたね』
「このクラッシュボールは、とんでもない機体だ──」
『うん、知ってるよ』
終始、笑顔のままだったミリーが、さらに目を細め、嬉しそうにVサインを作って、イチロウに突き出して見せる。
「ルーパスに戻ろう──ミリー」
『そうだね…ところで、例のドラマの話は、詳しく聞けたの?』
「ああ!バッチリだ」
『なら、良かった。これでも、心配してたんだよ』
そして、クラッシュボールと、コゼットの2機は、ゆっくりと、ルーパス号の着艦デッキに、その機体を落ち着かせた。




