―3―
ハルナの腕に巻かれている携帯端末の呼出し音が軽快に鳴り響いた。
ハルナが、発信者を確認すると、このライブラリには、まだ来ていないミリーからの呼出しであった。
『今、ニレキア・ガーシュウィンさんが、ルーパスに到着しました。どこに案内すればいいですか?』
「ニレキアさんが、到着したようです…お姉さま、お迎えに行かれますか?」
「ん…と、どうしよう…ちょっと待って」
エリナは、自分専用の携帯端末を操作して、ニレキア宛てに電話をし始めた。
「あ…ニレキア?」
『今、第1デッキに来たところ…勝手に入っても構わないかな?』
「ライブラリで、みんな集まってるから…ちょっと、難しい会議やってるんだけど、まだ、あたしも、席を外せないから…うん…来て!」
『わかった…ライブラリだね…ハッチだけ開けてくれれば、勝手に入って、そっちに行くよ…』
「途中まで、迎えに行こうか?」
『いいよ…難しい会議なんだろ?席を外したら、ついて行けなくなるんじゃないの?』
「うん…そう言われると、そうかも…今、ハッチのロック、解除したから…開くはず…じゃ、待ってるから」
『ありがと』
エリナとニレキアの電話のやりとりが終わるのを待って、ライブラリでの会議は再開された。
「では、反対意見は…1票なので…この企画は、このままのプラン通りでいいですね?」
「ちょっと…ライトさん!」
ライト・リューガサキが、強引にまとめようとする意味の言葉を発したので、ハルナが、そう言って、ライトを睨みつける。
「カドクラグループの取締役会議では、OKをいただいています…ハルナさん、お1人の反対意見では、覆りません…そうですよね、カドクラ社長…」
「まぁ、そういうことだ…次期社長の顔を売る、良い機会だという意見も多いので、このプランを承認した」
「ちょっと…お父様!ハルナは、メイドの仕事なんか、やったことないんですよ…あんな、難しい仕事…ハルナには無理に決まっています」
「その事なら、問題ない…3か月あれば、シラネとアカギの二人で、充分教育することができる…それに、ハルナが担当するのは、10組の家族だけだ…適当に、ホームステイでもする気持ちで、仲良くやってくれれば、それでいいよ」
「だって…お父様…ハルナは、お料理も作れないし…お掃除なんか、アカギ任せで、1回もやったことないし」
「ちゃんと、お教えしますから、ご安心なさってください」
アカギが、悪戯っぽく微笑む。
「もしかして…アカギもシラネもグル?」
「何を人聞きの悪い…別に、この機会に、ハルナ様にも家事を覚えていただこうとか、自分でできることは、自分でやっていただこうとか、そういう気持ちで言っているわけでは、ございませんので…あくまでも、社長が、おっしゃっているように、ホームステイする気持ちでいらっしゃれば、それでよろしいと思いますよ」
アカギが、シラネに目配せをしながら、ハルナに言う。
「ハルナは、絶対にやりません…」
「困りましたね…では、代案はありませんか?ハルナさん」
ライトが、こちらも、穏やかな笑顔で、そう言ってから、ハルナの答えを待つ。
「あのさ…ハルナちゃん…自分でできないって決めつけるのは、おかしいと思うんだよね…あたしだって、オータケ会長の家で、メイドやっているんだし、ちゃんと家政婦としての訓練をしておけば、料理も、掃除もできるようになるよ」
ミナト・アスカワが、挑発するように、ハルナに言う。
「今は、やっていないじゃないですか?」
「今は、休暇中だから…メイドにだって、休暇を取る権利はあるんだよ…そうだ、ハルナちゃんに、家政婦が、どうふるまえばいいか、あたしが教えてあげてもいいよ」
「結構です…」
「今は、イチロウくんの食べる食事もイチロウくんのお部屋の掃除も、あたしがやってるんだから…全然、イチロウくんだって嫌がってないし…ハルナちゃんが、料理や掃除をできるようになれば、一番喜ぶのは、イチロウくんだと思うけどな…そうは、思わない?」
「なんで、ここで、イチロウがでてくるんですか?」
「だって、聞いて見たら、イチロウくん、この船で、ろくなもの食べてないみたいだし…誰も、何も作ってくれないって…だいたい、コックも、いない船っていうだけで、あたしには、信じられないのに、こんなに女の子が揃ってて、誰ひとり料理ができないっていうじゃない…ありえないんですけど」
「今は、そういう話をしてる会議じゃないですよね…それに、ミナトさんは、部外者では、ありませんか?」
「へぇ…だから、黙ってろって言うんだ…部外者だから黙ってろって…へぇ」
「話のすり替えをしないでください…と申し上げているんです」
「ハルナ…」
「なんですか?お父様?」
「せっかくの機会だ…ミナトさんと、アカギたちに、いろいろ教わってみたらどうだ?エリナさんに、話を聞いたら、ルーパス号にいる間、やることがないから、賞金稼ぎをすると言っていたようだが、もう、次期社長となることも、公になっていることだし、余り危険なことは、父の立場からも、社長の立場からも、やってほしくはない…ミナトさんの家事手伝いということで、いろいろと教えてもらう事は、絶対に、ハルナのプラスになると、私は思うが、どうだ?」
「結局、この会議って、ハルナを説得するための会議なんですか?」
「まぁ、ぶっちゃけて言えばそういうことになる。カドクラの取締役会で決定した以上、ハルナが、どんな素晴らしい代案を出したところで、取締役会をやり直すと言うのも、面倒だ」
「ハルナも、我儘言わないで、シンイチさんの決めた事なんだし…やってみたら?」
エリナが、ハルナの手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握りしめる。
「あたしも、応援するからさ…」
「お姉さま…」
そして、唇を一度ギュッと噛みしめたハルナは、重ねられたエリナの手を逆に握り返した。
「わかりました…お姉さまが、一緒にメイドの仕事を覚えるというなら、ハルナもやることにします」
「へ?あたしは関係ないよね…」
「お姉さまがやらないというなら、ハルナも、絶対にやりません」
その場の、全員の視線が、エリナの顔に集中する。
「ハルナがやらないなら、あたしもやらない…」
小さな声で、エリナが、絞り出すように言った。
「ということで、お父様…結論は出ました。このキャンペーンは、別のプランに変更してください」
「エリナさん…」
シンイチが、本気で困った顔になって、エリナの顔を覗き込もうとする。
「シンイチさん、ごめんなさい…シンイチさんに協力したい気持ちは、本当に、いっぱいいっぱい、山ほどあるんです…でも、掃除は無理…絶対、無理…」
「エリナさん…」
「リンデが、教えてくれたことがあったの…でも、そのたびに、ルーパス号の中が、どんどん荒らされていくの…綺麗にしようと思えば思うほど…汚くなってしまうの…あたしには、絶対無理…」
「でも、お姉さまのお部屋は、いつも綺麗ですよね…お花とかも飾ってあったりするし…」
「だって、それは、時間になれば、メイドロボットのクリントンが、プログラム通りに動いて綺麗にしてくれてるから…」
「……」
「クリントンを連れていけば…もしかして、掃除の件は解決?」
「う~ん…解決と言っていいのか?どうなのか…」
「でも、目的は、ハルナに掃除をさせるのが目的じゃなくて…抽選に当たった人の家に行って、お手伝いをするってことですよね…だったら、メイドロボットを使うのは反則じゃないと思います」
この話題になって、自分に矛先が向いてきてから、俯いたままでいたエリナが、やっと顔を上げて、きっぱりと言い切った。
「お掃除さえ、なんとかなれば、お料理は、なんとかなるよ…ハルナ」
「お料理って…お姉さまが作れるのは、鯖の味噌煮だけじゃないですか…」
「それで充分だって…だって、行くのは、一つの家庭に1日だけなんだよ…10件とも全部のお家で、同じメニューだって、全然、問題ないよ…」
「お姉さま…それは、確かに、素晴らしい提案です」
「でしょ…でしょ」
「ただ、お姉さまと違って、ハルナには、もう少しだけ、料理のレパートリーがあります」
「そういえば、ハルナの作るカレーライスは、確かに美味しい」
その時、ライブラリの扉をノックする音が響いた。
「ニレキア・ガーシュウィンです…入室してよろしいですか?」
ノックの後、数秒の間があった後で、インターフォンのスピーカーから、ニレキアの声が流れた。
「どうぞ…入って…」
エリナは返事をするとすぐに、手元の端末を操作して、ライブラリの扉を開いた。
ニレキア・ガーシュウィンが、開いた扉の中央に立って、軽く会釈をする姿を、ライブラリの中にいる全員が見つめた。
「失礼いたします」
会釈をした後で、そう短く言ってから、ニレキアは、ライブラリの中に足を踏み入れた。
迎えに出ようと腰を浮かそうとしたエリナに、軽く手を挙げて制止すると、足早に、エリナのそばまで、やってきた。
ニレキア・ガーシュウィン…19歳。
先日開催された太陽系レースでは、ボールチームから、ナビゲータとして参戦していた、赤い髪と赤い瞳が特徴的な、少女である。
ボールチームの母体は、エクセリオンプロという芸能プロダクションで、ニレキアも、レースに参戦する時以外は、主に女優をしている。
エリナの肩をポンと叩いて、簡単な挨拶を済ませたニレキアは、エリナの隣の席が空いていなかったので、少し離れた、空いてる席に腰を下ろした。
「会議が済むまで、ここで待たせていただきます…いいよね、エリナ…」
「あ…ええ、もちろん」
「なかなか、面白そうな会議なので、ちょっと盗み聞いていました」
ニレキアは、左手の携帯端末を右手で示した後で、にっこりと笑ってみせた。
「どうぞ、続けてください…」
「では、最後に…ハルナさん、アカギさん、そして、シラネさんにお願いがあります」
ライト・リューガサキが、そう言いながら、3人それぞれに視線を合わせた。
「このプロジェクトが完了するまでの3か月間…3人には、太陽系に、留まっていていただきたい…ルーパス号が配送で、他の恒星系に行く場合には、同行しないで、地球上空のレジャー用宇宙ステーションか、ワープステーションに宿泊していただきたいのです。できれば、地球に降りて、活動をして欲しいというのが、本音です」
ハルナは、ライトの真剣な表情と視線から、眼をそらさず、しっかりと受け止めた後で、ゆっくりと微笑した。
「この場で、回答しないといけませんか?」
アカギ、そして、シラネに、順番に視線を送って二人の微笑を受け止めた後で、ハルナは、ライトに質問を投げかけた。
「今日中に、返事をいただけると嬉しいですね。ビジネスは、スピードが命です。即断即決が、ハルナさんのポリシーと聞いています。ハルナさんの回答をいただくまで、このルーパス号にお邪魔させていただきますよ」
「では、この会議は、終わりということでいいでしょうか?エリナ様の、ご友人も到着されたので、エリナ様だけでも、解放してあげたいのですが…お父様は、他に、何か決定を急ぐことが、おありですか?」
「いや、伝えるべきことは伝えたから…他には、特にないな」
ハルナは、父の言葉を受け止めて、にっこりと笑うと、席を立ち、エリナの背後に移動した。
「では、お姉さま、行ってらっしゃい」
「あ…でも、ニレキアは、イチロウに用事があって来たんだよ」
ハルナの言葉に、エリナが、そう応える。
「ええ…実は、そういうことなんです。ということで、イチロウさんを、連れ出しますね」
ニレキアも、すっと席を立つと、イチロウの傍に寄って、ポンと、イチロウの肩をたたく。
「俺に用ですか?」
「新作ドラマの打ち合わせ…わたしが、主役…そして、あなたが、ライバルに決定してるから…これから、半年の間…よろしくね!イチロウくん」
「それって、もしかして…セイラさんが言ってた、Gユニットシリーズの新作のことですか?」
「もちろん!セイラから聞いてるんでしょ…そのことで、私が、今日ここに来るってことも」
「いえ…聞いていないですよ」
「はぁ?」
ニレキアは、その特徴的な赤い瞳を、大きく見開いて、イチロウの顔を、まじまじと見つめる。
「セイラと、毎日、話をしてないの?」
「いや、ショートメールをやりとりしてるだけですよ」
「なんで?」
「なんで……と言われても…」
「あ……それって、たぶん、あたしが、何度かイチロウくんに掛かってきた、セイラちゃんのコールに出ちゃったからかもしれない…」
ミナトが、眼を細めて、大きな声でニレキアに伝える。
「そうなんですか?イチロウくん?」
「いや…気付かなかった…そういうことか…セイラから、もう電話しないから、メールだけ確認してねって言ってきたのは…」
「まぁ、いいか……じゃ、セイラが言えなかったこと、全部、このニレキア姉さんが教えてあげるから…覚悟してよね」
「あの?覚悟って?どんな覚悟がいるんですか?」
「まず…実物大のGユニットを完璧に乗りこなすこと……そして、役者としても、顔を出すことになるから、ちゃんと、演技スキルもあげてもらわないといけない…あと…」
「ちょっと待ってください…演技とか、聞いてないんですけど……」
「それは、イチロウくんが、そのメイドさんと、ずっと、いちゃいちゃしてたから、セイラが、へそを曲げて、言えなかっただけのこと…もう、配役も、ドラマで使うGユニットの製造も始まってるんだから、イチロウくんの事情に合わせて、スケジュールを変えるとかできないんだよ」
「ちょっと待って…俺、役者とか、絶対無理ですよ……」
「だいじょうぶ、エリナが、掃除を覚える困難さに較べたら、イチロウくんが、台詞を覚えることなんて、屁でもないと思うよ」
「あの……ニレキア…あたしが、掃除覚えるのって、イチロウが台詞覚えたりするのより、難しいの?」
「エリナは、自分でできると思ってる?」
「ううん……全然、一生かかってもできるわけないと思ってる」
「じゃ、あたし、間違ったこと言ってないよね」
「そうなるのかな?」
「とにかく、エリナは、もう口を、はさまないで…イチロウくん、しばらく、借りるからね」
「あ……うん、それは、かまわないけど」
そして、ニレキアが、イチロウの手を引っ張って、席から立たせる。
「ここじゃ、落ち着いて話せないから、クラッシュボールで、二人だけになって、いろいろ、教えてあげるよ」
「はぁ…」
イチロウは、困惑の表情で、自分の手を強引に引っ張る、ニレキアの後をついて、ライブラリから出て行った。
「お姉さま…ニレキアさんて…?」
「うん、ちょっと強引なとこがあるでしょ……あんな感じで、あたしも、無理やり、親友にさせられたんだよね」
「ちょっと?」
「う~ん…すごく強引かな?」
「イチロウくんに、クラッシュボールを操縦させてあげるよ」
「クラッシュボール……?」
「興味あるんでしょ…あれも、エリナの作った最高傑作だから…」
「レースの時は…」
「そう…レースの時は、なんか、あたしが負けたような感じになったけど…あれを、自分で操縦すれば、エリナの凄さが実感できるからね」
クラッシュボール──球形タイプのミニクルーザー…普段は、7人乗りで、惑星間の移動の為に使われるものであるが、太陽系レースの時は、ツーシーターの二人乗りに内装を変更して、レース仕様にした上で、使用される。エリナが、ニレキアと友達になった時に、ニレキアの要請…半ば、脅しに近い形での要請であったが…で、設計・製造した機体である。
「今日は、レース仕様にしてあるから、最高スピードを出すことができるよ」
クラッシュボールの操縦席に腰を落ち着けたイチロウに、ナビゲータシートに先に座ったニレキアが、気さくに話しかける。
「ふぅ…」
「なぁに?いきなり溜め息?…デートの相手が、あたしじゃ不満?」
「デートって…」
「若い男と女が、狭っ苦しい宇宙船の中で、身を寄せ合ってるんだから、デートでしょ…行く先は任せるから、イチロウくん──イチロウの好きなところ連れてってよ──冥王星とかでもかまわないよ」
「冥王星?」
「セイラに聞いてるからね──冥王星に彼女が眠ってるってこと──」
「ああ…」
「あたしは、連れてってくれないの?」
「もう、香苗のことには執着していないからな」
「へぇ…ミナトさんに決めちゃったってこと?」
「ミナトさんは関係ないですよ」
「まぁいいや…おしゃべりは、飛びながらでもできるから…もう、発進させていいよ。基本はタッチパネル操作だけど、コントローラでも操縦できるから、好きな方法で、どうぞ──」
イチロウは、操縦パネルのスタートボタンにタッチする。
ルーパス号のフライトデッキに着艦していたクラッシュボールが、デッキから離れ、宇宙空間に解き放たれる。
「さすが、宇宙飛行士…テイクオフは完璧だね──」
「ただ、ボタン押しただけだけどな」
「それが難しいんだよ──特にエリナの作ったやつは、癖が強いから」
「エリナのこと…好きなんですか?」
「好きじゃなきゃ…親友やってないよ」
「そりゃそうですよね」
「イチロウ…敬語禁止──」
「え?」
「これから、同じ作品を作っていく仲間なんだから…」
「──」
「返事は?」
「わかったよ──」
「よくできました…」
「で、イチロウ──行先は?」
「とりあえず、ワープステーションまで行ってみようと思う」
「こんな時に、仕事ルートを選ぶんだ?」
「知らないルートで迷子になったら、かっこ悪いからな」
「そうだね──じゃ、ワープステーションに寄って、スイーツバイキングおごってよ」
「了解!」
イチロウは、行き先をワープステーションに設定すると、自動操縦に切り替えた。
「自動操縦にしちゃうんだ?」
「ニレキア…さん…は、仕事の話をしにきてくれたんだよね」
「まぁね──」
「俺、頭悪いから、台詞とか無理だよ」
「そんなことは、なんとでもなる──心配なのは、Gユニットの操縦のほう」
「むしろ、そっちのほうが、少しは自信はある──」
「だから心配なの──」
「──」
「今回登場する機動騎士──モビルナイトの武器は、近接武器がほとんどなの──」
「近接武器──剣や槍ってことかい?Gユニットは、基本的にビーム主体じゃないのか?」
「100年以上もシリーズが続いてれば、変な設定の作品もあるってこと」
「セイラは、そんなこと、何も言ってくれなかった」
「中央政府のトップ──大統領の娘さんと、乳くりあってる男に、まともな話なんかできないって思ったんでしょうね──あの子、そういうところ、繊細だから」
「俺が悪いってことか──」
「そこで、落ち込まないの──」
「落ち込んじゃいないが…」
「まぁ、あのミナトさんのことは、とりあえず、どうでもいいや──あたしは、セイラと違って、イチロウに惚れてるわけじゃないからね──」
「あのさ…」
「なぁに?」
ニレキアは、ヘルメットの奥の赤い瞳を大きく見開いて、イチロウの瞳をまっすぐに見つめる。
イチロウは、その燃える瞳に射すくめられるように、身体を固くする。
「質問があるんでしょ?黙ってたら、答えられないよ」
「あぁ──」
「なぁに?」
それでも、イチロウは、伝えようと思った言葉を発することができなかった。
「心配した通りだね──」
「──」
「その状態で、あたしと真剣勝負をすることができる?」
「──」
「だ・か・ら──黙ってたら伝わらないって言ってるよね──」
「それは…」
「今、あたしに心奪われていたでしょ──ドラマの中では、敵同士で、殺し合いをしなくちゃいけないんだから…そういうハート型の目で演技とかされると、困るんだよね」
「あのさ──」
「俺、ほんとうに演技とか無理だから──」
「今更、そういうこと言うんだ…」
「って言うか──」
「セイラに、太陽系レースで優勝したら、ドラマのモビルナイトのパイロットに、推薦してもらえるって言われて頑張ったんでしょ──つまり、イチロウには、その気があったってことだよね」
「──」
「ごめん、ごめん…今のはあたしが、意地悪し過ぎちゃった…気にしないでね──あたしに、見つめられて、その気にならない男なんていないってこと、自覚はあるんだけど…イチロウにも効くか試したかったんだ」
「いや…」
「自意識過剰だって思った?でもね、美人でもなんでもないあたしだけど、この能力だけは、誇れるんだ──だから、女優なんて仕事を続けていられる──」
「セイラは…」
「別に、ミナトさんに夢中になってるイチロウのことを怒ったりしていないから、安心していいよ…聞きたかったのは、そのことでしょ?」
「そうか…」
「今度、カナエ・アイダって人のこと、詳しく教えてね。セイラが嫉妬してるのは、むしろ、カナエさんのほうみたいだからさ」
イチロウの顔色を伺いながら、ニレキアは、イチロウの膝頭の上に、手を載せる。
「さて…と、じゃ、ここからは、本格的に仕事の話になるからね──とりあえず、第1話の台本モニターに映すからね」
「わかった──」