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エリナ・イースト・アズマザキは、マス・ドライバー・ハルナから打ち上げられたシャトルに乗って、ルーパス号の待つ宇宙空間へ帰還した。
婚約者であり、ハルナの父であるシンイチ・カドクラとエリナの護衛任務、そして、身の周りの世話をするために、エリナに随行した執事のシラネ、そして、主に脳科学について研究をしている──リューガサキ研究所の所員であり、研究者のライト・リューガサキの3人も、エリナと一緒に、宇宙に上がって来ていた。
「お帰りなさい…お姉さま…シラネに、変なことされてないですか?」
ブリッジで出迎えたハルナは、開口一番、ぶしつけ過ぎる質問を、エリナにぶつけた。
「シラネさんが?…いえ、温泉で、背中を流しますと言われたけど、恥ずかしかったから丁寧に断わりましたが、それ以外は、特に…」
「ハルナと同じ扱いではダメですよと、釘は刺しておいたのですが…でも、無事でなによりです」
「無事もなにも…シラネさん、お料理は上手だし、お掃除も、髪の手入れとかもしてくれて、今まで、こんなに良くされたことないから、なんか、お姫様になったような気分でした」
小さめのリボンで左右二つにまとめた髪に、少しだけ手を添えながら、エリナが、恥ずかしそうにハルナに報告をした。
いつも、寝起きのように、寝ぐせがついているエリナの髪が、今日はストレートに整えられ、ふんわりと落ち着いているように見える。
「エリナ様の髪質は、悪くないのですが、どうも、ケアが行き届いていないようで、ストレートに揃えるのに、苦労しました」
「それは、言わないでって言ったじゃない…もう…シラネさんは、全然、お世辞とか言わないんですよ…二言目には、だらしがないとか、信じられないとか…貴方様は、女性としての自覚があるのですかとか…」
「そういうことを…お姉さまに、直接言ってはいけないと、ハルナは、何度もいいましたよね…忘れちゃったんですか?」
「はぁ…いや…でも、どうしても、口を突いて出てしまう物は、止めようがなくて…」
「まぁいいです…今日からは、シラネは、ハルナの身の周りだけ守ってくれればいいので…お姉さまのお世話は、アカギに全てやってもらいます」
「あ…いえ、エリナ様の癖や行動も、食事の好みなども、把握できてきましたので、できれば、このまま、エリナ様の、お世話は、私が続けたいのですが…」
「ふぅん…でも、背中を流すのは断られたんでしょう…一番、大切なお世話ですよ…肌の手入れと髪のケアは、女にとって欠かせないものなんです…」
「わかってはおりますが、エリナ様が嫌がることを無理やりするわけにもいかず…」
「じゃあ、それだけは、ハルナがやります。お姉さま、これからは、烏の行水は許しませんから…ハルナ直々に、お姉さまの身体を綺麗にしてあげます…よろしいですね?」
「ということは…いつも、ハルナと一緒に、お風呂に入らなくちゃいけないの?」
「そうです…不満ですか?」
「ううん、嬉しいよ…それに、新しい商品についても、ハルナに直接相談することができるし…」
「その商品開発を、ハルナにも協力して欲しいと思って、今日は、やってきたんだが…立ち話もなんだから、どこか、落ち着いて話せる場所に案内してほしい」
ハルナとエリナの再会のやりとりが落ち着いたところで、カドクラホテル代表取締役社長のシンイチ・カドクラが、会話に加わった。
「その新商品開発って…なんなんですか?お父様」
「もう、隠す必要もないからな…新しいタイプのボディソープとシャンプーを作ろうと思っている」
「ホテルに備え付けるものを自社開発するということですか?」
「開発―製造―販売―配送までを、全て、カドクラで行おうという計画なんだよ」
「……開発から配送まで…ですか?」
「うん…まぁ、うまく計画通りにいけば…」
「それって、どこでもドア開発計画とリンクするんですか?」
「計画名は…『いつでも煙突計画』…あくまでも、今の段階では、仮の名前だがね…ニュアンスは、伝わるだろう?」
「『いつでも煙突計画』?」
「お姉さま…どこに連れていくつもりなんですか?」
歩きながら、会話を続けていたハルナが、先頭を進むエリナの行き先に不安を感じて、声をかけてみる。
「あたしの工作室…だって、開発の道具とか資材とか作り掛けの発明品とか、みんな、あそこにあるから…ちょうどいいかなって」
「あそこに、6人は入れないですよ…それに、一応、ミリーやイチロウも呼んでるし」
「じゃあ、どこにしようか?」
「ライブラリに行きましょう…あそこなら、資料閲覧も簡単にできるし」
「OK…じゃあ、シンイチさん、こっちです…付いて来て下さい」
通路を直進しようとしていたエリナは、進行方向を変更して、ライブラリ・ルームへ向かった。
エリナとシンイチが、ハルナたちに伝えた『いつでも煙突計画』は、二つの計画の複合計画であった。
一つは、純粋に、カドクラホテルグループが、新商品を開発するという計画で──脳を活性化するための薬剤を混入したシャンプーとボディソープを開発し、販売するという計画であった。
そして、二つめは、この商品を含めた、今後、カドクラホテルグループが開発し、販売する商品の全てを、宇宙ステーションファクトリー内に製造工場を置いて、そこで、量産し、製造工場から、直接、購入者に届けるという、宇宙工場直販計画を、合わせて実施しようというものだった。
「難しいのは、地上を離れて製造工場を作ることができるかどうかなんだが…」
「中央政府の計画でも、ずっと先送りになっていた課題ですからね…理論上は可能でも、宇宙用工場で働きたいと言う働き手は少ないです…中央政府の職員でも、命令されない限り、自分から手を上げる者がいないのが現状だと…父は、いつも言っています」
ミナト・アスカワは、シンイチが切り出した課題に、眼を輝かせて食いついてきた。
ミナトの父…ツカサ・アスカワは、現中央政府の大統領を務めている。
中央政府の下に、日本、アメリカ、中国などの独立自治区が存在している。
中央政府が干渉するケースは、それらの独立自治区が、中央政府が定めた全世界憲章を正しく守っているかどうかを監視し、指導することが、主ではあるが、それらの独立自治区からの税収入を使用して建設した施設の維持管理なども、当然ながら中央政府が、統括管理している。
中央政府の主な施設は、恒星系内を移動する際に使用される銀河鉄道路線、恒星間を結び付けているワープステーション、その他、共同宇宙ステーションや、月基地、火星基地など、いずれの独立自治区にも属さない土地…必然的に、宇宙に建設された施設が大多数を占めることになるのだが…に於ける、商業施設や宿泊施設、研究施設などの全てと言っていい。
中央政府の下に、宇宙海軍が存在し、独立自治区同士の、もめ事に眼を光らせる役目を担い、核を搭載した兵器を装備・配置できるのは、この宇宙海軍だけと決められていて、その武力を持って紛争解決に当たっている。
紛争解決のための武力の中には、報復武器の他、恒星間航行用の最新鋭のスターシップも用意されていて、宇宙警察機構と協力して、宇宙空間で略奪行為を行う、いわゆる宇宙海賊を駆逐する役目も担っている。
宇宙海軍とは別に、宇宙警察機構があり、こちらも恒星間航行用のスターシップや、武装を用意して、犯罪者の確保、犯罪防止や定期便路線の交通障害排除などの任務を与えられているが、この宇宙海軍と、宇宙警察機構も、中央政府の監督下に置かれている。
もっとも、宇宙海軍の核兵器使用の命令権限は、中央政府大統領は持っておらず、宇宙海軍のトップを構成する、5人の最高評議委員により決定されるシステムとなっている。
ミナトは、父であるアスカワ大統領の補佐役として、中央政府の中枢で行われる協議や会議、新しい宇宙開拓計画などにも、顔を出す機会が多いために、ここに集まった、どのメンバーよりも、中央政府がやろうとしてできなかった計画の全容に詳しかった。
「ワープステーション自体は、中央政府の職員が交代制で運営しています。
でも、ワープステーションに一時的に宿泊する人や、コンサートなどのイベントに来る人は、住居自体は、惑星や衛星にあって、宇宙空間施設に住んでいる人は、ごく僅かです。
宇宙に住居を構えて、宇宙で仕事をすることについては、希望者が少ないのが現実です。
宇宙旅行はしてみる気にはなるけれど、足を地につけて生活したいというのが、ほとんどの人の希望…ということです」
「工場誘致が、生活圏の拡大を促す要素になるのは、確かですが、工場自体を宇宙につくることの困難さが、生活圏の拡大を抑止することになっています」
「新しい恒星系…第2恒星系や第3恒星系に、地球と同じように水を湛えた惑星や衛星も発見されていますから、余計、地上ではなく、空気のない宇宙で無理やり生活をしてみようか…そんな気持ちにならないことも、わかりますけれど…」
シンイチの説明とミナトの補足説明に、その場にいる他の者が耳を傾ける。
「しかし、新しい試みをしてみないことには、前進することもできない…なので、まず、無人運営のファクトリーをつくることにした」
「無人工場の試案は、父も持っていて、政府でも準備検討委員会が組織されています」
「政府の税収を予算にして運営を開始しても、利益を出す形にするには、相当の時間が必要になるという試算表は、中央政府から公開されています…ならば、民間の企業でできないか…というのが、今回の計画なんだよ」
「利益を見込めないから、税収で実施する事業は、当然あります。宇宙開発の殆どが、莫大な費用がかかるために、政府主導でやるしかない状況なのは確かで、政府の予算が付かなければ、計画は絶対に前には進まない…
なので、利益を生まない限りは、民間企業では、手を出すことができない」
「ただ、無人工場を宇宙に建設することは、今の技術で、難しいことではなくなった…特に、宝船鉄工所が、このファクトリー建設に、協力する姿勢を示してくれている」
「ワープステーションと、ブシ・ランチャーを作った企業ですね…この前の太陽系レースでも、決勝に残って、ルーパスチームとも戦った、あの企業…」
「ハルナは、だいたい理解できているか?」
「まぁ、だいたいは…ですが…お父様のことですから、利益を無視しては、計画していないことも、わかります」
「そう…まずは、何を作るか…だった」
「『どこでもドア』なら、予約を受け付ければ、すぐに、買い手が付く事は試算されていますよね…エリナ様なら、今すぐにでも、『どこでもドア』を商品化することができると思いますし…」
「『どこでもドア』の量産化は、この計画の次の段階で取り組む予定なんだ」
「量産化の権利を、既に手に入れたような言い方ですね…お父様の話をうかがっていると…」
「まだ、手に入れたわけではないが、エリナさんの協力があれば、カドクラ研究所が、その権利を得ることは、難しいことではない」
「エリナ様が、『どこでもドア』の特許申請を出したのは、3年前…当然、その時点で製造・販売を開始したのでは、民衆パニックが起こったのは確かでしょうが…今ならば、法の整備も進んでいるし、ワープする先のバリア対策、ブロック対策も進んで来てはいますからね…」
「『どこでもドア』は基本的に、生物の移動だけに使用されることになる…という取り決めが、中央政府によって、決定されている…つまり、本人が、目的地に着いても、身に着けた衣服以外の衣料品などは、基本的に『どこでもドア』では運べない…この問題をまず、解決したいと考えている」
「その解決策が、『いつでも煙突』なんですね…」
ミナトが、ライブラリの端末に映し出された、『いつでも煙突』計画の詳細を、読み下しながら、呟く。
イチロウも、ミナトが眼を通している画面を、覗き込むようにして、計画の詳細を眼で追ってみる。
「この計画って…荷物を、宇宙に放り投げてから、地上に落とすっていうことなんですか?」
「長ったらしい技術説明を取り除いて、ざっくばらんに言うと、そういうことになる…」
イチロウが、ざっくりと表現した言葉を、シンイチは、苦笑しながら肯定した。
「俺が思いつく程度の問題点は、きちんと解決策が載っているし…マスドライバーの増設は、ちょっと時間がかかりそうだけど、でも、実績はあるし、人を打ち上げることを考えなければ、マスドライバー施設自体は、コンパクトにできるわけですよね…近距離なら、マスドライバーから、宇宙まで放り上げずに、直接、煙突に放り込むことができる…」
「イチロウくんのいた時代よりも、長距離ミサイルの到達精度は、遥かに上がっているからね」
「危険物反応があるものは、マスドライバーのセンサーに引っかかって打ち出せないか……完璧かどうかは、専門家に聞いてみないとわからないけど、技術的な問題が解決されているなら、この装置…使えそうですね」
「試案は、今までも出されていた技術だから…その課題も、課題解決の方法も、いろいろな研究所で研究されていたし、コストの問題は、カドクラグループで、赤字覚悟で挑戦するから、まぁ、カドクラが破たんさえしなければ、なんとかなる…それは、次期社長の手腕にかかってくるわけだけどな」
「娘に、変なプレッシャーかけないでください…でも、それで今なんですね…この計画の公表と実行は…」
「昨日の段階で、実用化プランの詳細資料は、中央政府のデータベースに登録してあるから、この詳細資料を見て、見落としている課題があれば、1週間以内には、連絡が来るはずだ…ハルナに迷惑は掛けたくないから、半年以内には、全てを解決して、10月の『どこでもドア』の販売時期に間に合わせたいと思っている」
「着替えるくらいなら、一回、自宅に戻れば済むけど、ゴルフバッグや、スキー道具を『どこでもドア』で移動してはいけないことは、決定していますしね…宅配業が、大打撃になるけど、それは、『どこでもドア』の販売が発表された時点で、もう、関連業種企業は、みんな業務移行を進めているはずだし」
ハルナも、軽く頷いて、『いつでも煙突』の現時点での計画を理解したことを示した。
「もっとも、ミナトさんは、いろいろと課題を見つけたようですけど」
「ええ…でも、それは、ここで言うより、専用の課題管理ボードに書き込めば済む問題ですから…課題解決の方法をシュミレーションした結果と合わせて、投稿しておきます…」
「それで…問題は、無人ファクトリーのほうですよね」
イチロウが、もう一つの計画書のページを開いて、呟くように、静かに、シンイチに訊ねた。
「それを、ここで決めるつもりなんですか?お父様とお姉さまは…」
「この商品が売れるかどうかは、ハルナの販促活動にかかってるんだ」
「この商品を全て、宇宙工場で作ろうとはしてないですよね…」
「そうなんだが、宇宙工場で製造したものは、プレミアを付けて売り出そうと思っているんだ…まさに、宇宙工場直販で、注文確認後、瞬時に、直接、いつでも煙突に届けられる仕組みを作れば、受けること間違いない…と私は、思っている」
「お姉さまも同意見なんですか?このトリプル・ルージュシリーズののシャンプーとボディソープの製造販売のことは…」
「あたしは、ほら、何が売れるかとか、いくら儲かるかとか、あんまり興味ないから」
「でも、試作品は当然、お試しになったんですよね…」
「うん…試したけど、ほら、あたしの場合、ボディソープで、多少磨いたからって、そんなに急に綺麗になるわけじゃないってわかってるから…結局、胸は小さいままだし…」
「お姉さまは、そのこと、気にし過ぎです」
「商売に関しては、あたしなんかより、ハルナのほうが商才に長けているわけだからさ…いいアイディアを出して欲しいんだ」
「この商品開発に、なんでライトさんが関与しているのかも、なんとなく、わかりましたけど…」
ハルナは、不機嫌な顔をしたままで、ライト・リューガサキの顔に視線を送る。
「『ブレインソープ』のネーミングは、僕が考えたんだよ。ちゃんと脳を活性化させることができることも、こっちのページで、証明してあるし…ちゃんと医薬品登録も済ませているし、本当に、ちゃんとした薬なんだ」
「そこまで、ちゃんとちゃんとって繰り返されると、かえって疑わしくなっちゃいますけどね…まぁ、それは良しとしましょう」
「ハルナが気にしてるのは、トリプル・ルージュを、おおっぴらに宣伝することに抵抗があるってことか?それとも、キャッチコピーの『ラブリーポーション』がイヤってことか?」
苛立ちをつのらせるハルナの代弁をする意味もあって、イチロウは、口を挟んでみる。
「だって、言葉にすれば、ラブ・ポーション…媚薬入りと誤解されちゃうじゃない…なんか、ハルナが、いつもいつも、媚薬に頼ってるみたいに、絶対、思われちゃうよ…そんなの…」
「まぁ、確かに、俺も、そんな感じはしたけどさ…でも、キャッチコピーにはインパクトも必要だと思うし…ハルナが気にしてるのは、そのキャッチコピーのことだけ?」
「ライトさんが、天才だってことは、ハルナだって、よく知ってます…だから、100%安全で、効果も証明されたものだってことは、信じられます」
「ハルナ様…わたくしは、このキャッチコピー、嫌いではありませんよ」
それまで、黙って成り行きを見ていた、ハルナ付きメイドのアカギが、そこで、ハルナを説得する意味合いの言葉を発した。
「嫌いではないってことは、好きでもないってことですよね」
「むしろ、トリプル・ルージュとしては、活動をし易くなると、わたくしは、思いました」
「ラブ・ポーション…が?なんで、それが賞金稼ぎに結び付くの?」
「ラブ・ポーションのことは、とりあえず置いといて、トリプル・ルージュブランドの商品が販売されれば、カドクラグループが、今まで持っていなかった、自社ブランドを手に入れることができます。カドクラグループ傘下のホテル全てで、この商品を常備常設することだけでも、良い宣伝になりますし、消費アイテムですから、継続的に、需要があります」
「そんなことは、言われなくてもわかっています…」
「それならば、このプランに、トリプル・ルージュの3人…協力すること、問題はないのではないですか?ハルナ様…」
「ライトさん…」
「はい…」
「ラブ・ポーション…のキャッチは保留にしてください…」
「あ…それはかまいませんが、何か、よいキャッチコピーがありますか?…それと、僕が考えたのは、ラブリーポーションで、ラブポーションとは、意味が違います」
「ここで、ハルナが、そのキャッチコピーをひねり出せるようなら、こんなにいらついたりしていません…」
「そうですか…」
「そうです!!!」
「では、キャッチコピーは、保留にするとして、一応、このラブリーポーションを成分にした商品……ブレインソープを、宇宙ファクトリーで製造することについては、問題ないということで、よいでしょうか?」
ライトは、ハルナのいるほうに、身を乗り出すようにして、同意を得るための質問を投げかける。
「失敗覚悟と、お父様が言っているのですから、反対する理由はありません。宇宙ファクトリーの建設は、カドクラにとっても、いつかは解決して乗り越えないといけない課題ですから…そのことについては賛成です」
「ミセス用がアカギ・シリーズ、ミス用が、ハルナ・シリーズで、男性用は、シラネ・シリーズというラインナップで考えています」
「男性用のシラネ・シリーズにも、このラブリーポーションを入れるわけですね」
「そうです…美肌効果美髪効果、プラス脳の活性化で、身体の中からも綺麗にするということを、特に前面に押し出して、販促展開をします」
「なんか、人選を間違っている気もするけど…シラネよりも、イチロウやソランさんとかのほうが、男らしいし」
「ハルナさんは、身近にいるから気付かないだけですよ…シラネさんの立体フィギュアを欲しがる女性ファンが、今、けっこういるんです」
ライトの説明を補足するように、ミナトが、説明資料とは別のページを、端末に映し出して、ハルナに見るように促す。
そこには、先週の太陽系レースの決勝の時の写真が掲載されていて、その写真の中央に、でかでかと写っているのが、日本刀を腰に帯びて、仁王立ちしているシラネの姿だった。
「このシラネさんの立ち姿が、ちょっと話題なんだよ…ハルナちゃん…ガレージキット化されたという噂も流れているの…知らなかった?」
オータケ会長の自宅でメイドを務めていた時とは、まったく異なる砕けた口調で、そう、ハルナに話しかけるミナト。
ルーパス号に無理やり押しかけてきた彼女は、年長者であることを強調するように、上から眼線で、ハルナやイチロウに接してくることが、ハルナは、ちょっとだけイヤではあった。
(早く、オータケ会長の家に戻ればいいのに…)
「あいにくだけど…もう少しだけ、この船に滞在させてもらうことになってるの…ごめんね、ハルナちゃん」
「いいえ、ミナトさんに聞こえるように考えたことですから…」
今度は、はっきりと声に出して、ハルナは、ミナトに答える。
ミナトが、他人の心を読み解く能力を持っていることを、ハルナは、イヤというくらい知っているからだ。
「販売開始は、今年の7月…工場は、今月の末には完成する予定なので、そこで、製造ラインと、出荷個数を決めて、生産を開始します…製品の出来と、工場の稼働状況を確認するために、僕は、地球には戻らずステーションに残ります。できれば、ルーパス号に滞在したいのですが、この船は、いつも地球圏に停泊しているわけではないですよね」
「そうですね…今週も、第二恒星系に行く予定になっています」
「こういう便利なスターシップが、もっと量産されれば、宇宙も、もう少しだけ住み易くなるんですけどね…」
「居住タイプのスターシップは、製造が制限されていますから…海軍を退役した空母タイプのスターシップなら、生活物資を積み込めば、住めるようになるとは思いますが…難しいでしょうね。今、宇宙を飛んでるスターシップのほとんどは、ミニクルーザーの運搬用タイプですからね」
「ルーパス号が、特A級犯罪者を乗せた逃亡船でなければ、もっと、居住タイプのスターシップの製造認可も緩かったのですけど…それは、今さら、言ってもという感じだし…『どこでもドア』が、量産販売されるようになれば、また、違う形のスターシップが建造されるはずだから…それまでは、現状維持が無難だと思いますしね…」
「じゃあ、このタイプの船は、そう多くないのか…」
「一応、イチロウにわかるように、説明したつもりなんだけど…理解できた?」
「なんとなくは…」
「来月の太陽系レースは、火星周回コースで、レギュラーチームは、もちろん、全部、出てくるはず…そのどのチームも、ルーパス号のような母艦を使っていないこと…確認すれば、わかるはずだよ」
「了解…確認しておく」
「サットン・チームのように、月にクルーザー整備用のガレージと、お店を構えてるチームもあるし…あのチームは、月から、専用の運搬船を使って、レース会場まで、クルーザーを持ってきていたでしょ…」
「ああ…なんとなく思い出したよ」
「ごめん、ごめん、ちょっと脱線しちゃった…どこまで、確認が済んだんでしたっけ?ライトさん…」
「シラネさんを、男性用シリーズのキャンペーン用にしてもいいかどうかって、ところだったはずです。ハルナさん…」
「そうか、まぁ、シラネが、いいって言うなら、ハルナは反対しないよ」
ハルナは、そう言って、シラネに視線を合わせる。
「私は、社長とお嬢様が決定されたことに従うだけなので、異存は、ございません」
「そうすると、次のページの、特別プレミア付き特典キャンペーンも、OKしていただけますか?」
「プレミアの上に特別が付くのって、ちょっと変じゃない?」
そう言いながら、そのページを、ざっと読み下す。
「このキャンペーンも僕が考えた企画なんです…なんか、このラブリーポーションを商品化してもらえるってことで、どんどん、アイディアが溢れてきちゃって…どうです?やってもらえませんか?」
「……」
「どうです?ハルナさん…?」
「このキャンペーンは、却下です」
最後のページに、大きく『スペシャル特別プレミア特典』と大書されたページに書かれていたキャンペーン企画とは、トリプル・ルージュの三人が、それぞれの愛機…三色のスバル・ルージュに乗って、購入者のうち、抽選で当たりを引いた人の家に出向いて、一日メイド(執事)を務めるという内容だったのだ。