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太陽系レースの地球ステージが終わってから一週間。
ルーパス号の自室で、ハルナ・カドクラは、前日に届いたエリナ・イースト・アズマザキのメールの内容を確認していた。
『ハルナ・カドクラ様──
明日のお昼頃、ハルナのお父様と一緒に、ルーパス号に戻ります。連絡できなかったのには理由があります。ちょっとハルナのお父様と、新しいビジネスについて、プランを出しあってみたら、とても、面白いアイディアが浮かんだのです。
だから、明日は、ミユイさんのお兄さんと、ハルナのお父様と、シラネさんと4人で、ルーパス号に戻ることになりました。
何か、地球の食べ物で、ハルナが、食べたいものがあったら、お土産に持って行くから、遠慮なく言ってね♪
新しいビジネスプランは、ハルナも、絶対、気に入ると思うから、それまで、賞金稼ぎのお仕事は、お休みしててください
アカギさんにも、ゆっくり羽を伸ばすように、伝えてください』
ハルナ・カドクラ…16歳
2111年…人々は、宇宙にも、その居住空間を拡大して、太陽系以外の4つの恒星系に、進出を果たしていた。
この──ピンクの瞳が印象的な少女──ハルナは、カドクラホテルの社長である、シンイチ・カドクラの娘で、2112年の新年を迎えた後に、カドクラホテルの次期社長となることが決められている。
21世紀からやってきたイチロウ・タカシマに説得され、ルーパス号チームの一員として、太陽系レースに参加することになったハルナは、社長に就任するまでの期間限定で、ルーパス号のクルーとなっていた。
「そろそろ、社長をお迎えする準備をいたしましょう…髪は、いつものように束ねればよろしいですね…」
「うん、そうね…いつもと同じで」
ハルナ付きメイドのアカギは、ハルナの髪を手に取り、ブラシを使って、ハルナのやや赤みを帯びた黒髪を、丁寧にほぐし始める。
「アカギは、シラネから何も聞いていないの?」
シラネというのは、カドクラ家に仕える執事で、今は、シンイチの許婚者となったエリナの世話をするために、地球に降りている。
「はい…あまり曖昧な返事はしたくないので、しつこく聞いたのですが、シラネは『着いたらわかることだから』…というだけなんです」
「エリナ様もお父様も、電話に出ないし…この1週間で、送ってきたメールも、これ1本だから…何やっているのか、全然、わからない…
アカギは、どんなことだと思う?新しいビジネスって?」
「わたくしの予測を言ってもよろしいですか?」
「もちろん…」
ハルナの髪を梳る手を休めることなく、アカギは、穏やかな口調で、話し始める。
「ミユイ様のお兄様のライト・リューガサキ様が、一緒にいらっしゃるということからの推測なので、外れてる可能性はありますが、何か、新商品の販売を計画されているように思います。
リューガサキ研究所の情報は、カドクラ研究所とは異なり、その研究用の資材、消耗品や、必要機材まで、全て公開されていることは、ハルナ様も、ご存じですよね」
「うん…知ってる」
「そのリューガサキ研究所が、大量の入浴剤を、レース以後、購入しているのです」
「入浴剤?もしかして、草津温泉?」
「はい…」
「ライトさん…先週会った時には、そんな研究してるなんて、一言も言っていなかった…」
「ライト様に、直接聞いてみれば、案外、素直に答えてくださるように思えますが…」
「ライトさんには、ハルナ程度の色仕掛けは、全然、通じないから、たぶん、それは無理…それに、もうすぐ、みんな来るんだし…エリナ様が戻ってくれば、全部、わかることだから」
ハルナの髪に、光沢のあるピンク色の長いリボンを、丁寧に編み込みながら、アカギは、微笑する。
「でも、シラネも1枚噛んでいそうなのが、わたくしとしては、不安ではあります」
「そう?まぁ、シラネのことだし…」
「ハルナ様は、気付いていらっしゃらないですか?」
「え?どういうこと?」
「シラネは、エリナ様に、恋をしています…」
「え?だって、エリナ様は、お父様と婚約してるのに?」
「他の男性のパートナーだからと言って、恋愛の対象から除外することが困難なのは、ハルナ様も、経験があるのではないですか?他人の庭は、輝いて見えるという例えもあるように…
それに、たぶん、シラネにとっては、一目惚れだと思います」
「エリナ様って、独善的で、生意気で、我儘勝手なのに、なんか守ってあげたくなっちゃうんだよね…」
「その気持ちは、なんとなくわかります」
「やっぱり、アカギもそういう気持ちになる?」
「ええ…もっとも、わたくしは、社長から、ハルナ様と同じようにエリナ様を守るように、仰せつかっておりますから、守る…という意味…ニュアンスは、若干ですが、異なります」
「そうなのかな?」
「ハルナ様は、エリナ様に愛されたいと、お考えでしょう?」
「うん…」
「わたくしには、そういう気持ちはありませんが、シラネが、エリナ様を見つめる目は、ちょっと…」
「ちょっと?」
「護衛の任務のために見つめる眼とは違っています…ハルナ様も、今日、シラネに逢った時、聞いてみたらいかがですか?
もっとも、聞くまでもなく、シラネの視線の先を追えば、わたくしの言ってることが正しいと確信できるはずですよ」
「シラネの視線の先…ずっと、エリナ様のお顔を眺めてるとか?そういうこと?」
「お顔だけではないですよ…胸元とか、お尻のあたりにも、ちょくちょく眼が行っています…エリナ様は鈍感なので、気付いていらっしゃらないと思いますが」
「ハルナは、全然、気付かなかった…そうなんだ…でも、エリナ様の胸元とか、あんまり見て楽しいとは思えないんだけど…お尻ならともかく…」
「シラネが楽しんでるかは、わかりません。むしろ、苦しんでいるように見えますから…」
「へぇ…あの朴念仁のシラネが…エリナ様のどこがいいんだか…よくわからないよね」
「ハルナ様は、エリナ様のどこが、お好きなんですか?」
「え?」
「答えなくて、よろしいです。その回答だけで、3~4時間くらい、かかってしまいそうです」
「でも、シラネとは長いつきあいだけど、今までも、そういう事ってあったの?」
「そういうこととは?どういう事でしょうか?」
「シラネが女の子を好きになったこと…」
「ハルナ様が気付いていらっしゃらないなら、きっとなかったんだと思いますよ。少なくとも、私は気付きませんでした」
「シラネと、エリナ様を一緒の部屋に入れてあげたら、間違いが起こったりして…使用人が、未来の社長夫人に手を出したりしたら、それこそ一大事だよね」
「そうですね…考えたくないですが…」
「チャンスがあったら、やってみない?」
「いえ…100%間違いが起こりますから、やらないほうが……」
「100%?すごい確率ね…どうして?」
「エリナ様は、そういうことについて、絶対に抵抗しませんから…」
「え?嘘?」
「社長に口説かれた時、エリナ様が、抵抗したと思いますか?」
「……確かに、想像できない…かも」
「女が抵抗しなかったら、男は、やりたい放題ですよ…特に、エリナ様は、そういうことについてだけは、純粋過ぎるから…好きだとか言われたら、たぶん…」
「だって、お父様と婚約してるのに…」
「ああいう女の子も珍しいです…」
「じゃあ、やめておきます…とりあえず、アカギに相談しといて良かった」
「わたくしが停めなかったら、やっていましたか?」
「もちろん!!だって、シラネの動揺する顔とか、ちょっと見てみたかったし…」
「思いとどまってくださって、ほっとしました」
アカギは、溜め息混じりに、無邪気なハルナの顔をみて、苦笑してみせた。
そして、アカギは、髪を整えた後で、ハルナの正面に向き合うと、唇用のブラシに、ピンクのルージュを塗りつけて、ハルナの唇に、ピンク色のコーティングを施した。
「ありがとう…少し早いけど、ブリッジに行って、お父様たちが来るのを待つことにします…」
「お伴いたしますね」
ハルナと、アカギが、他愛もない会話を交わしている間…
すっかり、ルーパス号で請け負う配送業務の事務作業全般を任されることになってしまったミリー・クライドは、今週1週間の配送計画表を作成していた。
ミリー・クライド…11歳
本業は、ゲームプレイヤー。
特に太陽系を中心に催されるメジャーなゲーム大会には、ほとんど第1シードで参加しているほどのゲームオタクである。
その類まれなシューティングセンスを生かして、ルーパス号が、危機に陥った時は、狙撃手・砲撃手として、敵を駆逐する役割も持っているので、ルーパス号クルーの中でも、怒らせると怖い存在の一人でもある。
「エリナが帰ってくるんだってさ…」
ミリーは、相棒のギンに、言葉で話しかける。
ウルフドラゴンのギンは、人の言葉を発声することはできないが、人や動物、植物の思考を読みとって、相手の考えを感じることができる。
だから、ミリーが言葉にしなくても、ミリーが聞きたい事や知りたい事を感じることはできるのだが、言葉にしたほうが、より明確にギンに伝わることを知っているので、二人で部屋にいる時には、ミリーは、出来る限り言葉を発するように心掛けている。
(そうらしいね…いったい、この1週間、地球で何をしていたのかなぁ)
ギンの思考が言葉になって、ミリーの頭の中に伝わってくる。
「ハルナのお父さんと、いちゃいちゃしていただけじゃないとは思うけど…エリナも、いつも、肝心なことは言わないんだから…いやんなっちゃう」
(口下手って意味じゃ、イチロウと、あまり変わらないよね)
「そうかなぁ?エリナは、イチロウと違って、おしゃべりなのに口下手だから、始末が悪いと思わない?」
(イチロウは、ああ見えて、いろいろ言おうとはしてるんだけどね…)
「そうなの?」
(そうだよ…でも、ミリーやエリナが、しゃべり始めると黙ってしまう…それだけだよ)
「まぁ、あたしやエリナに黙ってろとは、イチロウの性格からして、絶対言えないしね」
(そういうこと…あれで、言えないでいることはいっぱいあるみたいだから、今度、聞いてやると、イチロウも喜ぶはずだよ)
「イチロウとは、結婚した後に、いくらでも、おしゃべりできるから…」
(ほんとに、ミリーは、イチロウと結婚するつもりなんだ?)
「当然でしょ…ギンには、説明しなくてもわかるはずだから、くどくど言わないだけだよ…」
(ライバル多いよ…最近は、特に…負けない自信ある?)
「もちろん…でも、イチロウには、いっぱい女の子と付き合ってもらうほうがいいかなって思ってる…最後には、あたしが独占しちゃうことになるんだから、それまでは、ちょっと女遊びしててもいいかなって…まぁ、許容範囲ってことになるのかな?」
モニターに映る、配送順路と、配送時間の確認をしながら、ルーパス号船内の倉庫カメラを順次切り替えて、積載商品、積載荷物に異常がないことを確認したミリーは、イチロウの私室に、コールサインを送ってみる。
返信は、即時にミリーのモニター画面に届く。
「イチロウ…今週のスケジュールを、とりあえず伝えておくね」
『ああ…』
「詳細は、今、計画表を確定したから、そっちの情報から確認してね」
『ああ…』
「とりあえず、今週の木曜日までは、この地球の周辺で、ルーパス号は移動しないで待機…ハルナもアカギさんもいるから、配送は、Zカスタムをメインにして、コゼットと、ルージュの2機を使えば、なんとかこなせる範囲だよ」
『Zカスタムは護衛用じゃなかったのか?』
「配送用には、どっちかというとライトニング・ファントムのほうが適してるんだけど…まぁ、荷物も、さほど多くないし、イチロウも、乗りなれたZカスタムのほうがいいでしょ」
『まぁ、確かにそうだ』
「安心して…ナビは、あたしがやるから…」
『了解…』
「そして、金曜日から、ルーパス号で、第2恒星系に移動して、大型の貨物と、食料関係…エネルギーコンテナなんかも、持っていくことになるから…移動は大したことないけど、着いた後が、ちょっと大変かもね」
『特に、仕事以外で、第2恒星系に用事はないから…忙しいくらいがちょうどいいよ』
「へぇ…せっかく、第2恒星系の仕事取ってきてあげたっていうのに、感謝の言葉はないんだぁ…へぇ」
『なんだよ…その感謝の言葉って…』
「レースの後、セイラさんと、連絡取れてないんでしょ…」
『彼女も、歌の仕事で忙しいらしいし…』
「今日、エリナが帰ってくるの知ってるよね」
『あぁ、昨日、ハルナから聞いた』
「エリナに逢いたいからって、ニレキアさんも、来ることになったのは知ってる?」
ミリーは、イチロウとの会話を、【サウンド・オンリー】から、【サウンド&ビジュアル】に切り替えた。
簡易スーツを身に着けた、イチロウの姿が、モニターに現れる。
『ニレキアさん?エリナの親友の赤い髪の女の子だっけ?』
「そうそう…次のGユニットシリーズの主役が決定してるニレキアさん…」
『例のセイラが主題歌を歌う新シリーズの主役が彼女だったんだ』
「そういうこと…ニレキアさんだったら、少し、セイラさんの情報を掴んでる気がするんだよね…ちょっと聞いてみたら?」
『でも、用事があれば、セイラのほうから、連絡をくれるはずだから、わざわざ聞く必要もないんじゃないかな?』
「イチロウは、セイラに、ちゃんとメールとか送ってる?」
『返信は、ちゃんとしてるよ』
「返信だけじゃなくて…今度、第2恒星系に仕事で寄るから、逢いたい…とか、そういうメッセージ入れてるのかってこと」
『……』
「入れてないんだ…」
『返信した後、こっちから、メッセージを送るのは、失礼だろう…セイラが、メッセージをくれれば、ちゃんと返信してるんだから、メッセージが来るのを気長に待つさ…』
「でもさ…そうも言ってられないんだよね…」
ミリーは、モニター越しに腕組みをして、努めて難しい顔をして見せる。
「セイラさんが、イチロウに、Gユニットの新シリーズのパイロット役を約束してくれたって、そう、イチロウは言っていたよね…それは、間違いないんだよね」
『半分は、冗談だと思うけど…ずぶの素人が、役者とか、無理だろうし』
「そのずぶの素人が、太陽系レースで優勝しちゃったんだから…無理とか言わないの」
ミリーが、苦笑する。
『なんだよ…その言い方』
「イチロウが、俳優さんになるんだったら、あたしも勿論応援するんだけど、配送の仕事を受けるのに、パイロット不在じゃ困るんだよね」
『そういうことか…』
「イチロウが、やりづらいっていうなら、あたしが直接、セイラさんに連絡を取ってみるから、セイラさんの連絡先、教えてくれるかな?」
『あれ?エリナから聞いてないのか?』
「エリナは、ケチだから教えてくれないんだよ…数少ない友達リストなんだから、横取りしないでよ…とか、変な言い訳してさ…エリナの友達を取る気なんか、全然、ないのにさ」
『わかった、今、送るよ』
イチロウは、なにも躊躇することなく、ミリー宛てに、ショートメッセージを送った。
それを受け取ったミリーは、メッセージの内容を手早く開くと、軽く頷いてから、イチロウに対して、モニター越しに手を振る。
「ありがとう…用事は、それだけだから…切るね」
そして、ミリーは、イチロウの返事を待たずに、イチロウとの通信回路を一方的に閉じる。
マリーメイヤ・セイラ…第二恒星系を中心に、活動している歌手である。
ルーパス号のクルーで、やはり歌手活動を行っているキリエ・ヒカリイズミの紹介で、イチロウとエリナは、彼女と知り合うことになった。
その後、ハルナとセイラが、親友関係であることがわかって、太陽系レースに参戦する前に、オータ癒エクスプレス会長が主催するパーティ会場で一度だけ顔を合わせている。
その日は、オータケ会長の家でセイラたちと一緒に宿泊することになったが、その後は、直接顔を合わせる機会を持てずにいた。
ミリーがイチロウとの会話の中で言った、役者云々…のいきさつについては、イチロウが、太陽系レースで優勝することができたら、セイラが、オープニング曲を担当するドラマの主役級に口添えするという約束を、セイラのほうから、言ってきたらしいのである。
【マリーメイヤ・セイラ様
ルーパス号クルーのミリー・クライドです。
当艦所属…イチロウ・タカシマへの役者オファーの件について相談したいことがありますので、お手すきの折、返信、もしくは、下記宛てに、ご連絡をお願いします。
×××―×××―××××
追伸
夜中なら、GD21に常駐していますので、そこで声をかけてくださっても構いません
よろしくお願いします
ルーパス配送サービス
ミリー・クライド】
ミリーが、メッセージを送信すると、ほどなくして、セイラからの直接通信連絡が届いた。
ミリーは、発信元がセイラであることを確認すると、すぐに通信に応じた。
「こちら、ルーパス号 ミリー・クライドです」
『マリーメイヤ・セイラです…』
張りのある明るい声の返事が、【サウンド・オンリー】を示すモニター越しにルーパス号にあるミリーの私室に穏やかに響いた。
モニターの表示は、瞬時に、【サウンド&ビジュアル】モードに切り替わり、セイラの特徴的なピンク色の髪とエメラルドの瞳を、モニター越しに確認することができた。
「今週の木曜日に、私たちは、第2恒星系に届け物があるので行きます。
なので、イチロウが言っていた、ドラマ出演のオファーの事、できれば、直接セイラさんから、お聞きしたいのですが…」
『今、忙しいので、直接、逢う事はできないと思います…でも、その事については、あたしも伝えなくちゃと思ってたので…
メッセージで詳しいことは、連絡します。連絡は、イチロウさん宛てが、よろしいですか?』
「イチロウは、忘れっぽいから、できれば、あたし宛てにしてくれると嬉しいです。
でも、プライベートな連絡を一緒にするなら、イチロウに直接 伝えてください」
『詳しい連絡は、ミリーさんに、送ります…
イチロウくん、元気ですか?』
「元気ですよ…ミナトさんの事を考えて、ぼーっとしてることが多いけど、まぁ、一応、仕事は、しっかりミスなくやってくれてるから、問題は、まったくありません」
『ミナトさん、まだ、ルーパス号に残っているんですか?』
「いますよ…邪魔だから、早く帰って欲しいんですけどね」
『大統領の娘さんですからね…居座ってしまったら、梃子でも、動きませんよ…彼女は…』
「そうみたいね…表向きは、イチロウの身の回りの世話をするんだって言ってますけど、どうも、他に目的がありそうです」
『スパイされて、気分の良い人はいないですからね…困ったものです』
「うん…GD21で遊んだ時も、マイペースな人だなって感じたけど…でも、きっと、今日、エリナが戻ってくれば、帰ってくれると思う…エリナから重大発表があるらしいから…」
『エリナさんって、本当に重大発表とか好きなお嬢様なんですね…ミナトさん、イチロウくんには、ちょっかい出したりしていませんか?』
「出してる…出してる…もう、ずっと、くっついたまま…」
『……』
「気になるなら、直接、連絡してあげればいいのに…」
『平気です…どうせ、ミナトさん、イチロウくんには、本気じゃないから』
「イチロウが、ちゃんと、そう感じてるか、それが、どうしてもわからないんだけど…」
『……』
「この電話…イチロウにつなぎましょうか?」
『いいえ…どうせ、ミナトさんが、一緒にいるから…』
「気にする事ないのに…」
『でも、今、ミナトさんと話したら、喧嘩になっちゃうじゃないですか』
「え?…そういうこと?」
モニターの向こう側で、セイラの顔が、これ以上ないほどの笑顔に変化する。
『冗談ですよ、男の取り合いで、喧嘩するほど、男に飢えていないですから…ただ、男の子のハートをいただくなら、こっぴどく振られた後に、優しい声をかけてあげたほうが、効果的だとは思ってるけど…』
セイラの笑顔が、悪魔的な微笑に変化している。
「う~ん…どうなのかなぁ?あたしには、よくわからない」
『ライバルのミリーちゃんには、教えておいてあげる…あたしが、欲しいのは、イチロウくんの遺伝子…イチロウくんのハートには、それほど、興味はないんだ』
「はっきり言うんですね」
『はっきりしないのは、嫌いなんだ…それに、あたしには、ミリーちゃんのように守ってくれる家族は、一人もいないから…自分のことは、自分で守るしかないの…そのために、仕事も頑張っているんだし』
「イチロウに守ってもらえばいいのに…」
『……』
「どうしましたか?」
笑顔が消えて、きょとんとした顔になってしまったセイラに、ミリーが声をかけてみる。
『その手があったんですね…』
「もしかして、セイラさんって、しっかりしてるようで、天然さんだったりしますか?」
『ハルナには、よく言われます…セイラは、おまぬけだって…ほんとうに、何度も言われました』
「自分を守るためなら、利用できるものはなんでも利用しないと…ミナトさんに、遠慮しているようじゃ、まだまだですよ」
『ミリーちゃんは、平気なの?』
「あたしには、ギンがいるから…」
『でも、彼は、ウルフドラゴンですよね…』
「え?」
『イチロウくんより、ギンくんのほうがいいんですか?』
「……」
ミリーの隣で、ギンが笑いを堪えて、苦しそうにしているのが、セイラのほうからもわかった。
「あの…ギンが、心を読むことができるっていうこと、言ってませんでしたっけ?」
『……』
「ギンは、ミナトさんの正体…というか、イチロウへの本当の気持ちを知ってるから…で、あたしは、それを教えてもらっているから、安心して見ていられるんです」
『ミナトさんの正体…イチロウくんが知ったら、ショック受けるんだろうなぁ』
「イチロウは、人を疑うことをしないから…好きだと言われれば、すぐに、信じちゃうし…ちょっと、エリナと似たところがあるのは、確かね」
『また、はっきりしたら連絡します』
セイラは、そう言って、通信は終了した。