虚像の世界へ
あけましておめでとうございます。
年越しました。
今年もよろしくお願いします。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
遠くの方で除夜の鐘が鳴っている。
『蔵井鴎!!貴様は既に包囲されている!!大人しく投降して出てこい!!』
鴎の頭の中で警報も鳴りだしていた。
時刻は既に十一時半を過ぎている。もうそろそろ年明けも近い。
サーチライトの光は鴎の顔を陰ることなく強く照らし出す。
逃亡劇の終幕が近づいてきている証でもあった。
◆
蔵井鴎は今までに置いてかつてないほどのパニックの極みに陥っていた――わけではない。
寧ろ、彼にとって包囲されることなど日常茶飯事であり、日本警察の様に包囲される暇もなく射殺してくるようなヤクザやマフィア、もしくはアメリカ警察に比べれば冷静でいられる。
ただ、その背後に少女を庇いつつなんていう事態は流石に初めてではあるが。
どうすべきか。
対処はいくつかある。
一つとしては、大人しく捕まる。これは分かりやすくシンプルで難しい演技などせずに済み、それでいてあわよくば背後の彼女を警察に保護してもらえる可能性がある。
単に彼女をお願いすればいい。流石に善良なる一市民であるこの少女を国家公務員の警察が無碍に扱うことはないだろう。
問題としては俺が捕まらなければならないこと。非常に厄介だ。できればある程度、少なくとも今日は逃げ切りたかったのだが。幾らなんでも、今日の日本警察は有能すぎる。裏がありそうだ。
二つ目は一つ目の発展形。途中まで捕まる素振りをしてまず彼女を保護してもらい途中で逃げ切る。
これのリスクとしては背後の彼女を完全に保護してもらえるか、逃げ切れるか、演技が要り様になるかなどなど。完全なアドリブにおいて演技するのは難しい。それに彼女がどのような動きをするかわからない。
警察だって俺の演技に騙されるかどうか。
三つ目は最初からこの包囲網を突破して逃げ切るという方法。
これもやることはシンプル。ただ、可能性は限りなく低い。
それに初めから逃げるために彼女を保護してもらう交渉を全くできないという欠点がある。
大きく分けて三通り。数江を見捨てるかどうかが一番の問題なわけだが。
因みに当の本人は完全に鴎の背後に隠れて、縮こまってしまっている。
警察の恫喝は一般人には何もしていなくても恐怖を感じさせるものだ。
怖いよな、国家権力。恫喝脅迫強制捜査。
「怖いかもしれないが、こっから先はあのお巡りさんたちに保護してもらいなさい。」
そんなことを考えつつ、彼は小声で数江に指示を出した。
促すように彼女を前に出そうとしたが彼女は頑なに鴎の背後から動こうとしなかった。
未だに彼女の震えは収まっていなかった。
それは、果たして純粋に威圧に対して恐怖しているだけなのかそれとも――
『早くでてこい!!』
「うるっさいな~」
静かに彼は一旦ドアを閉めた。
作戦を考えよう。
「鴎さん、あの……」
「うん?どうしたんだいお嬢さん。飽きてきたらいつでも言ってくれ、直ぐにあの封建組織に送ってあげるから。安心してくれ、ここよりは温かい場所でコーヒーぐらいは出してくれるだろうさ。」
皮肉をこめて、自虐を籠めて、鴎は言う。
「――私と一緒に逃げませんか。」
空白
「…………はあ!?」
詐欺師としては珍しく、鴎としても珍しく、久々に素の声を上げてしまった。
「いや、あん――今市ちゃんは別に俺と逃げる必要はないだろう?駆け落ちどころか逃避行なんて俺みたいな社会のクズと一緒になってやるもんじゃ」
「――私は人を殺しました。」
鴎の言葉が止まった。
またしても珍しく、詐欺師が口を閉ざした。
「だから私もクズです。しばらくすれば、私も犯人扱いされるでしょう。だからと言っては何ですが、旅のお供に、逃避旅行のお供として連れて行ってくれませんか?」
それは縋る様な、しがみ付くような、懇願だった。
独白と懇願。
我が儘で自分勝手な振る舞い。
成程、今まで黙っているわけだ。
流石に云えないな、自分が人を殺したなんて。
「はっ、はは」
「…………。」
蔵井鴎は善人ではない。
「ははははは、はははははは」
同情で、憐れんで少女を拾ったに過ぎないし、助けてやるつもりはなかった。
「ははははははは、ははははははははは」
彼女の事情なんて知ったこっちゃないし、関わるつもりもなかった。
「ははははははははははははやひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「面白れぇ。
愉快、滑稽、痛快、喜劇。
全く、人生らしい人生を送っていやがる。」
「よっしゃ!そこまで言うのならば。態々人殺しを告白するぐらいならば、逃げてみるか。新年まで後僅か。逃げってみようじゃないか!」
よって、開幕する逃亡劇。
今度は道連れが一人。
◆
いち、に、さんの合図で数江と鴎は扉を開けて飛びだした。
一直線に包囲網に向かい掛けていく。
サーチライトの向こうには如何にも警察組織らしい装備をした警官隊が陣形を組んで包囲網を形成している。
当然、ただ包囲網に向かっていくだけでは文字通り一網打尽である。
しかし、どんな陣形であっても穴はあるというモノ。しかも、陣形を組んでいればその機動力は遅くなることは必至である。
追い囲むように動く警察隊を二人はフェイントと入れて上手く誘導し、最も人数が手薄になっている川岸、その穴に飛び込むように二人は走り抜けていく。
「かわにはいったらそのまま流されて下流に行く、手ぇ離すなよ!!」
「はい!!」
そう、狙いは川。
暗闇のなか川に飛び込めば探すのは難しい。
問題は冬の川の温度に耐えられるかということその一点のみである。
警察隊は完全に逆を突かれ突破されていた。
追いついてくるものはいない。
「いくぞ!!」
「はい!!」
サーチライトが暗闇の川を照らす。
二人の影が川に写る。
鴎が数江の手を握り、全速力で飛び込んだ。
――瞬間、水面が光を放って大きく歪んだ。
それは、大きなうねりを作り、二人を飲み込んだ。
大晦日の夜の出来事だった。
その日を境に二人の世界は大きく変わっていくことになる。
「おいおい、どこだここ……」
To Be Continued.
一睡してまた書いていきます。