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大晦日(2)

やば、年越した!!


続きます。

 午前十時過ぎ、鴎は一人の少女を保護する羽目になった。

 保護をすると言っても今現在鴎自身追われている身であり、尚且つ一文無しなために、年長者としてできれば温かいコーヒーの一つでもおごりたかったのだがそんなことは到底できず、恥ずかしい話男の尊厳も糞もなく、一応彼が昔使っていた橋の下の掘立小屋に寒さを凌ぐために招待したのだった。


「まあ、適当に座ってくれ。ここボロいけど寒さだけは凌げるし、掃除は一応定期的にしてるから汚れたりはしねぇ。」


 彼は近くにあるロウソクにポケットから取り出したライターを使い灯をつけた。

 仄かな明かりが部屋を照らす。

 そこには六畳よりは少しだけ広い間取りの部屋にはちゃぶ台一つと幾つかの座布団、最低限の食器、僅かな食料の缶詰が雑多に置かれていた。

 少女は一度部屋を見渡した後、座布団を一つ手に取り、敷いた上に静に腰を下ろした。

 

「ここは隠れ家というか、借家みたいなもので、友人つーか知人に借りている。許可は取ってあるからそこにある缶詰とか食べたいものがあれば食っていいぞ。」


 不器用に彼は言った。詐欺師の彼らしくないと言えば彼らしくないが、詐欺師である前に人なのだ。保護してしまった手前、しかも未成年の少女を冷遇するわけにもいかない。


 実際、切り札と言っても過言ではなくできれば使いたくなかった手段の一つでもあるこの隠れ家を躊躇いなく切る羽目になっている。

 

 らしくねぇな、と鴎は思った。


 強姦されて泣き顔になった未成年の少女。似たような待遇の奴など幾多にも見てきた彼だが、どうしても今日だけは放っておけなかった。捨て置けなかった。見捨てることができな方。


 大晦日に見ていい顔じゃねーよな、そう考えつつ彼は頭を掻いて少女が座っている目の前にドカリと腰を下ろした。

 少女は俯いたまま黙ったままだ。


 鴎はそんな彼女を見て、天井を見て、もう一度彼女を見て、そして溜息を吐く。


 気まずい。

 

 重い空気から逃げるように彼は話しかけた。


「俺はさあ、蔵井鴎つーんだ。んでまあ、ちっとした賭けに負けて今日は泊まるところもなくてな、だから橋の上で愚痴っていたわけだが……。」


 鴎は嘘を吐いた。

 後ろめたさもなく。


 彼の悪い癖とでもいうべきか。彼は気を紛らわすときによく嘘を吐く。演技こそが彼の真骨頂ではあるが詐欺師としての職業病のような無意識に行ってしまう長年の間に染みついた癖だった。


「あんた、何があった?」


 しかし、いくら嘘を吐こうとも、詐欺師だとしても、彼は彼女を助けようなんて思っていなかった。故に率直。ストレート。言葉は飾らない。


「流石によ、あんたみたいな未成年の少女がそんな格好して泣き顔でこんな時間帯に人気のない橋の上で死にそうにしていたら、俺のような小さい奴は思わず声を掛けてしまう。」


 少女は黙ったままだった。

 死んだように、全てに絶望したように。


 鴎はうんともすんとも言わない彼女を見て戸惑った。

 やりづらい。


「俺にはあんたに何があったのか、あんたが話してくれない限り何もわからねぇ。概ね予想はつくけどな。だけど、思いつめて、もしくは思い破れて、いや、死にてぇからあそこにいたんだろ?この時間帯、あそこを通る人なんざいねえ。ましてや、今日は大晦日だ誰も通らない。自殺にはもってこいだ。」


 やはり、少女は黙ったままだった。


 鴎はいい加減じれったくなってきたが、特に何ができるわけもなく言葉を繋げた。


「……死にたいなら、すぐに飛び降りるでもなんでもすればよかった。だけど怖くなった。いや違うな。情けなくなったか。」


 少女は全く動じなかった。

 

 いや、微かにその肩が震えていた。

 静かに、声も出さず、少女は下を向いたまま悲鳴を上げていた。嗚咽を漏らしていた。


 鴎はそれを見て、押し黙る。


 時刻は十一時を回っていた。


 相変わらず外は静かなままだった。


 それから十数分経って、少女はようやく泣き止み顔を上げた。

 ぐしゃぐしゃの泣き顔だった。酷い顔だった。


「……気分はどうだい?」

 

 こんな時にコーヒーの一杯でも出せれば、ココアのほうが効果的か、いずれにせよ不可能だが。現実は非情である。


「…………数江、今一数江。私の名前です。」


 震える声で言った。消えそうな、それでも鴎の耳にはしっかりと聞こえた。


「そうかい。――うし!」


 鴎は唐突に立ち上がった。


「両親が心配しているだろう?流石に送って行きますとは言えないが、近くまではついていってやるよ。だから、今日は取りあえず帰りなさい。」


「――ない」


「うん?」


「両親はいない。」


「まさか、一人暮らしか?へえ、ていうと大学生か?てっきり高校生かと思ったが。」


 制服は着ていないが、背丈や顔の幼さから何となく勝手に想像していた鴎のあてが外れた。


 少女は答えることはなく、また顔を俯けた。



「…………。」


「取りあえず行くか。」


 少女はコクンと一度頷きそっと立ち上がった。


 そして、鴎が掘立小屋のドアを開けたとき――


『蔵井鴎!!貴様は既に包囲されている!!』


 光が彼を包んだ――

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