大晦日(1)
年越しから新年まで。短い小説でも書こうかと。
大体一時間ごとに更新していきます。
よいお年を。
蔵井鴎は詐欺師である。
最近被害者が増えているオレオレ詐欺のような詐欺はしていない。男であるため結婚詐欺というのも些か厳しい。もう少し、いやもっと生まれ持った顔がイケていたのならばホストなんてことをしても良かったのだが、残念ながら持て囃されるほど二枚目ではない。平凡どころかやや不細工に近い顔であることは自覚している彼である。話術は得意ではあるが、舌八丁口八丁で切り抜けるのはどちらかと言えば苦手である。
彼は演技派だ。
狙いも限っている。
金が大きく動くような麻薬組織や銃火器の密輸グループ、オレオレ詐欺の大本である違法企業、そう言った組織の運び屋を詐欺る。
具体的には詐欺るというよりは強奪に近い仕事をしているのだが、彼自身は一応平和的に詐欺活動をしていると言い張っている。もちろん、彼自身抗争やら乱闘やら喧嘩騒ぎの荒事は苦手だと自称しているので最終手段以外では基本的には騙し欺く。
そんな彼なわけだが、今現在大きなへまをやらかして指名手配虫であり、狙い狙いで裏社会からも疎まれているために逃げ場がなく大晦日の夜にもかかわらず露頭に迷っている有様だ。
◆
「うにゃうにゃ、何つーか寒い。言い様もなく寒い。比喩も暗喩もなくただただ寒い。」
所々汚れている紺色のコートを着た華奢な背格好の青年が先日の雪が解け残っている橋の上を一人悪態を吐きながら歩いていた。手荷物は何もない。
彼は鴎。
現在指名手配中の詐欺師である。
「くっそ、こんなことになるならさっさと県外逃亡しておくべきだったな。まさかホテルに襲撃をくらうとか、日本警察も優秀なこって。はあ、今日は宿無しか。」
彼は一時間前の八時前後に止まっているホテルに警察による強制捜索を行われ、必死こいて逃げ出したばかりである。その為着の身着のまま、鞄も携帯電話すらホテルに置いてきていた。当然、財布もない。これでは宿も取れないどころか逃げるのさえ一苦労する。彼も追われること自体は慣れているため逃亡の手順はいくらでもあるのだが、如何せんこの冬の寒さにおいて野宿を行うのは厳しいものがある。明日までこせば数少ない彼の仲間が自身の居場所を特定して助けてくれるかもしれないが。とにかく、現在の状況は二進も三進もいかないものだった。
「一銭もねえのがつれぇ。十円玉があれば救援を呼べるし、百円あればなおさら、千円あれば飯食ってお釣りが出るというのに。……通帳はあっても銀行しまっているからな。ATMとかはだいじょうぶだっけ?公園とか駅のホームとかはすぐばれるから、野宿するのもやっぱりちと辛いな。うぬぬ。」
鴎の隣りを一台のトラックが追い抜いて行った。
ナンバーは北海道。遠い所から来たものだと鴎は思った。
「日々旅にして旅を住処とす、芭蕉かな、ははは……笑えねぇ。」
力なくそういうと彼は橋の欄干に肘をついた。ひんやりとした冷たい金属の感触が布越しに伝わってくる。
はあ、と吐いた溜め息は白く濁っている。
「――どっから間違ったのかねぇ?」
「――どこから間違えたのかな?」
唐突に声が重なった。
寒空の下、人通りも少ない橋の上、静寂の下では人の声はよく響いた。
鴎は自分以外の声が聞こえた方を向く。
人は追いつめられているときにはよくよく視野狭窄に陥るものだなと鴎は思った。
ハスキーボイス気味の声の主は鴎と同じように橋の欄干に肘をついている未成年の少女であった。
そして彼は少しだけ目を見開いた。
「おいおい、大丈夫か?」
鴎は優しい人間ではない。
人を気遣う優しさがないとは言わないが、自身が追いつめられているときに手を貸してやれるような善人ではない。
しかし例えば自身よりも追いつめられている人がいるのならば――
少女の服装は肌蹴たブラウスと、ロングスカートの下に見える破れかけている黒のストッキング、片方だけのハイヒール。
そしてなによりも泣き腫らしたような赤い顔。
鴎はその姿を見たことがあった。
それは強姦された後の少女の姿と酷く似ていたのだ。