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無気力女子と、敬語男子。  作者: 猫成 永久
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出会うべくして、出会ったのかもね。

初投稿なので、誤字脱字があり、見にくいかもしれませんが、お楽しみ頂けたら幸いです。

 生温い赤の中、黒い男が、笑った。

 愉しげに。嬉しげに。

 私はそれを、ただ、見ていた。

 彼は、しなやかな筋肉を持ち、そして、無駄のない動きで何人もいる相手を薙ぎ倒していく。それは、


 見惚れるほどに美しい。


 不意に、意識が遠退く。

 あぁ、まだ、まだ私は彼と…

 彼と一緒に、


 目覚めると、頬が濡れていた。右手で、頬に触れる。もしかしたらとは思ったが、やはり泣いていたらしい。

 いつも、夢の中で謝るあの人は誰なんだろう?謝らなくていいよと言いたいのに、誰かも分からないし、毎回あの人が謝ったところで目覚めてしまう。泣きながら謝られる、その意味は何なのですか?

 何で、僕は泣いているのですか?何で、彼女はあんなにも謝り、そして泣くのですか?

 僕の質問に答えてくれる人はいない。何処にも、いない。



 「こらぁああっ!!!もう7時半よ!?」

 そんな怒号で、現実に戻された。…そんな怒らなくても。

 渋々着替え始め、Yシャツのボタンをとめてズボンを履き替える。少し髪に寝癖がついていたが、見えないふりをして下に降りる。何を隠そう、僕は高校生です。花の男子高校生ですよ。

 リビングに入れば、いつも通り新聞紙を読む父と、朝食で使った皿を洗う母がいた。すでに父は食べ終えているらしい。そして、僕に気付くと柔和に笑う。

 「おはよう、遥香。」

 その声に、母も手を止めて僕を見た。そして、呆れ顔で溜め息を吐くと、仕方ないなとでも言うように微笑んだ。

 「おはよう、遥香。」

 温かい家庭だと思う。思わず、口角を上げながら告げる。


 「おはようございます。」


 照れ隠しのように、再び手を動かし始めた母に「早く食べちゃいなさい。」と言われてしまった。だから、自然と決まっている席に着く。今日の朝食は、トーストと目玉焼き、薄いベーコンにサラダという非常にシンプルなもの。毎朝、朝食は、和、洋が交互に変わる。それらを食べ終え、「行ってきます。」と告げて家を出る。


 家の敷地内から出る前に、後ろを振り返り、斜め上を見上げる。そこには、カーテンが引かれた窓がある。不意に、カーテンが揺れ、儚い美しさを持つ妹がいた。兄というフィルターを除いても、妹は綺麗だと思う。

 僕は軽く手を挙げてみせる。すると、妹は薄く笑みを浮かべると、手を振ってくれた。気付けば、妹は、自室に引きこもるようになっていた。小学生のときは、間違いなく楽しそうに登校していたというのに。体が弱かったから、そのせいもあるのかもしれないけれど。酷いときは、入院したりしていたから。

 少し変わった兄と妹のコミュニケーションを終えて、音楽プレイヤーを弄りながら学校に向かう。イヤホンから流れる音楽は、クラシック。クライアイス作曲の世界の終わり。クライアイスは、天才奇才だとよくクラシックの番組で持て囃されているが、奇をてらうような曲調よりも、何と言うか、その奥にある想いに、酷く惹かれる。


 「おはよーっす!」


 右耳のイヤホンを外されたかと思えば、元気に挨拶をされてしまった。そのイヤホンを渡され、面食らった顔で受け取る。

 「お、はようございます。佐原くん。」

 「総始でいいって!相変わらず堅いな、遥香は。」

 人の心に滑り込んできながらも、自分の最低限のテリトリーには入れない。それが、僕から見た佐原総始という男だった。

 「席は前後だし、一番よく話してるだろ?」

 「ええ、そうなんですけど…なんとなく、気負いしてしまうと言いますか…。」

 「そうかぁ?」と、屈託なく笑われ、思わず苦笑いをしながらも顔を俯かせてしまう。人と接するのは、苦手だ。直したいとは思ってる。でも、何で苦手なのかも分からないから、直しようがない。

 「まっ、いーや。それが、遥香らしいっちゃあらしいしな!」

 僕らしい…。心の中でそう反芻させてから、佐原くんに薄く微笑む。彼は、太陽のようだ。近くにいると、温かくなれる。否、温かくしてくれる。

 「あっ、そーいや、今日は担任の山もっちゃんが休みらしいぜ?友人の結婚式に出てるんだと。式って、休日に挙げると思ってたからビックリした。」

 佐原くんは、自分の勘違いを恥じるように乾いた笑い声をあげた。

 「僕も、今少し驚きました。平日にも、挙げるんですね。」

 すると、佐原くんは数度瞬きを繰り返し、嬉しげに笑った。

 「だよな!だからさぁ、今日の数学は自習だぜ?嬉しくね?」

 「ええ。とても、嬉しいです。」

 そう、笑い合いながら、僕らは登校した。けど、



 事件は、三時間目の数学。自習の時間に起きた。

 先生が、血相を変えて駆け込んできたのだ。クラスメイトに囃し立てられる声にも反応せず、真っ青な顔色のまま、肩で息をしながら先生は口を開いた。


 「一之瀬遥香…!!君の、ご家族がっ、」


 嫌な予感が、僕の思考を支配した。

 そして、何か言われるよりも先に教室を飛び出していた。家に向かって、走る。息が切れても走り続ける。肺が痛んでも走り続ける。嘘であれと必死で願いながら、僕はただただ走り続けた。

 そんな僕を嘲笑うように、家に近付くにつれ、人が増えていく。野次馬、なのだろう。それらを押し退け、最前列に出る。多くの警察官が、人の家を家主の許可もなく、勝手に出入りしていた。

 呆然と立ち尽くす僕に、一人の男性刑事が話しかけてきた。

 「一之瀬遥香くんだね?話を伺っても?」

 覆面パトカーに乗せられ、隣に話しかけてきた男性刑事が乗り込んできた。隣の刑事は、まだ若く見える。童顔なのか、実際に若いのか、今の僕にとってはそれはどうでもいいことだった。

 「…家族は、みんな…?」

 「…あぁ、残念ながら。」

 つまり、妹も、か。母にも、父にも、僕にでさえ扉を開かなかった彼女が、誰に殺されたというのだろう。まぁ、蹴破られたりしていたら、仕方ないのかな。

 何処か、達観した気分になってきてしまった。自分の中の防衛本能が働いたのか、はたまた僕が冷たいだけなのかは分からないけれど。


 それからは、刑事の質問攻めに答えたり答えなかったりしてやり過ごした。そして、気付けば僕は夜の公園でブランコに揺られていた。雨も、降っている。体が酷く冷えているが、僕は何処に行けばいいのだろう?常識的に考えて、家は立ち入り禁止だと思う。

 …あ、そっか。


 僕って、本当に、独りなんだ。

 「楽しい?ブランコ。」


 突然、背後から声が聞こえ、振り返ってみるとビニール傘を差す黒い女がいた。肌が比較的白く、一瞬亡霊かと見間違えてしまった。ただ、その顔は端正に整っており、年齢は僕と同じぐらいに見える。

 女は、何も言わない僕を見て、不思議そうに首を傾げる。

 「どうかした?」

 声も、丁度いい高さだ。低すぎず、高すぎず。

 あぁ、何でだろう?涙腺が危うくなっているのは。今まで、無意識の内に気を張っていたみたいだ。

 「…貴女、は?」

 とりあえず、疑問をぶつけてみることにした。

 「ボク?ボクは、」


 空蝉 黒羽《うつせみ くろは》


 聞き慣れない名前だった。違う高校の生徒なのかもしれないが、私服のようで分からない。黒いYシャツに、黒っぽいジーンズ。Yシャツのボタンは二つ外されていて、鎖骨が見える。靴に至っては、ただの下駄だ。ファッションにこだわりはあまりないらしい。もしくは、この公園付近に住んでいて、雨に打たれながらブランコに座る僕を不審がって、ここまで適当な靴、すなわち下駄で来た可能性だってある。まぁ、結局は無意味な推察だと思うけどさ。

 「そういう君は、何処の誰かな?」

 後者の推察が適当かもしれない。

 苦笑いを浮かべながら、一気に有名になったであろう名を告げる。

 「一之瀬、遥香…です。」

 すると、空蝉さんは自分で聞いておきながら、興味のなさそうな顔で「そう。」とだけ告げた。

 マイペースな人間なのか、この微妙な空気を変えようとしたのか、社交辞令として尋ねたのか。僕的には、三番目だと思う。

 一応、二の可能性も危惧して、再び僕は口を開く。

 「空蝉さんは、何処の高校なんですか?」

 空蝉さんは、僅かに僕を見る目を鋭くさせたが、それは一瞬で、すぐに何処か死んでいる目に戻った。


 「聖隷校だったけど。それが?」


 僕は、目を見開いてしまった。想定外すぎる答えだったからだ。聖隷校は、此処で一番の有名進学校だから。入ったものは、将来が約束されるというとんでもないメリットがある。噂に寄れば、某有名会社の成り上がり社長はこの学校の出身だとか、極最近歴史的な発見をした科学者もこの学校の出身だとか…とにかく、とんでもない学校なのだ。だから、最近はよくニュースに取り上げられている。次世代のエース、とか、期待の新生、とかそんなありきたりな名前を付けられてはテレビに引っ張り出されていた気がする。スポーツも盛んなのだとか、何とかで。

 「えっと…だった、とは?」

 「辞めたんだよ。人を、テレビなんてものに出そうとするからさ。」

 成る程。彼女は、テレビに引っ張り出そうとされるぐらいには優秀な生徒であったらしい。だが、学校のものたちは彼女の扱いを間違えたせいで、彼女という優秀な人材を失ったのか。…全ては推察だけれど。

 まぁ、僕という第三者に贔屓をさせるぐらい、彼女という人間は人を従わせるような、まぁ、そんな雰囲気がある。

 「今日は、酷く寒いね。そうは思わない?遥香。」

 いきなりの呼び捨てを、僕は何故かすんなりと心の何処かで受け入れていた。そして、息を吐くように言葉を吐き出す。

 「ええ、そうですね。空蝉さん。」

 不意に、伸びてきた手が僕の雨に濡れる頭を撫でた。わしゃわしゃと、無遠慮に。


 「見たところ、君には住む家がないようだ。ねえ、どうかな?遥香。ボクの家に、転がり込むというのは。」


 思わず聞き返そうとしたのを抑え、僕は頭の中で言葉を反芻する。ボクの家、に転がり込む…?いろいろとアウトな気がするのは僕だけなのかな。あはは…。

 ただ、今夜の寝床がないのは事実。


 あー…うん。今日だけ、世話になろうかな。


感想などを頂けたら、この畜生は非常に喜びます。

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