逢瀬
瀟々と煙る雨の中、鬼が顕れる。
巫女に打たれた左の腕はついに成さず。
鬼のなす熱気に風が道を空け、雨がその巨躯を浮かびあがらせる。
たかが、一匹の化生に気づかれるはずもないという慢心は、粉と微塵に打ち砕かれる。用を成さぬ左腕を血塊として、鬼は門を打ち砕く。
轟、誰何の声を挙げる暇もあらばこそ、蹂躙は、一瞬、紫のヒト型のみを残して鬼が通り過ぎる。
暗闇の中、その怜悧なる巫女の口の端が、内から沸く歓喜を抑えきれずにゆうっくりとゆうっくりとつり上がる。
進み行くに鬼の身に数多の鬼を調伏した呪縄が、鬼に十重二十重に絡みつく、されど無人の野を行くがごとく、鬼はそれを術者ごと切り捨てる。
陰陽の僕となった怪異の顎を引き裂き、牙を叩き折り、そうしてがくりと膝をつく、みれば、その右の脚が気づかぬ闇に絡め取られていた。ずぶりずぶりとその身が闇の中に沈むか思った矢先、るるおぅ、るるおぅ、るるおぅと鬼が啼き、当てられた者どもが一人、二人と倒れ伏し、かなわぬと思った者どもが算を乱して逃げ惑う。
鬼はそれらを一顧だにせず、ただの土塊と化した闇から己が足を引き抜き、ただ一点を見据える。その瞳に浮かぶのはいかなる思いか
その視線に応えるかのように、闇の中に巫女の姿が浮かびあがる、手枷、足枷を填められ、自由とならぬその珠のような肌には幾重もの傷が刻みつけられていた。
それは鬼と巫女の三度目の逢瀬
鬼が求めるかのように、その手を伸ばす。緩やかに女が艶めき、闇の中からその身の自由を取り戻す。




