恋し、恋し
彼は蹂躙する。飢!! 八の腕を持つ鬼を足蹴にし、飢!! 山のような体躯を持つ鬼を打ち倒し、飢!! 翼持つ鬼を地に引きづり堕ろし、飢!! 沼に潜む怪魚の腹を裂く 飢!! 飢!! 飢!! 飢!! 飢!! 飢!! 飢!! 飢!! 飢!!
飢!! 未だ己の内に生じる飢えはみたされず。嗚呼、あの宴が狂おしいほどに恋しい、あのとき己のうちに目覚め 満たし始めた激情は何故か、鬼は知らず。ただ、空虚なる胸の内を埋めるためにの巫女の元へと疾る。
目指す者の臭いは風が血の臭いとともに、轟と啼く彼の心は未だ誰も知らず。
恋し、恋し、鬼や恋しと風の言う。恋し、恋し、鬼や恋しと虫の楽が言う。
*
隔!! と言う音とともに、水の責めが彼女を襲う。戻った巫女に科せられるは、不定、不浄という名のざわめきと、清めという名の祓落とし。
その蹂躙を彼女はあえて許す。己より卑小なる力しか持たぬ者にその身を諾とするは、苦痛ではなかった。そこにしか己の居場所は無かったのだ、ならばこそ彼女は耐えられる。
浄化の名の下に打たれる隔夜の断絶も、断縁のもとに打たれる過炎の炎さえ彼女の芯までは至らず。ただその心に宿るは、炎の中でまみえた鬼の姿
氷とさえ言われた面貌にうっすらと笑みが浮かぶ。
嗚呼、恋し、恋し、鬼や恋しと雨が言い。嗚呼、恋し恋しと草が揺れる。




