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鬼といふもの

 飢!! それは飢えていた。女子供のあらわす恐怖に、悲鳴に、その幸福を不条理に奪われる男たちの絶望に、立ち向かい、そのすべてがかなわぬと知ったときの言いしれぬ虚脱に、それは飢えていた。

 

 故に蹂躙する。立ち塞がる木々をなぎ倒し、横たわる川を飲み干し、それは蹂躙する。そこには破壊しか無い。生命いのちある全てを嬲り尽くすまでその暴虐は終わらぬ。

 

 八の手の一つ一つに生命を掴み、その一つをじっくりとねぶり、嬲り尽くした上で蹂躙する。その絶望と恐怖は伝播し、より深き絶望を産み出すのだ。


 亜呼ああ、それは、快楽、嗚呼ああ、それは享楽の悪夢


 轟!! それは荒れ狂う暴風雨、八の手を持つ化け物は腹の真ん中にその豪腕を叩きつけられた。

 

 絶望と恐怖を産み出すものを掴む手が緩み、それらが逃げ出すが、当然のようにそれは、それらを一瞥ともせぬ。

 

 疑問が浮かぶ、このものは何だ。と、しかし、八の手を持つ鬼の思考はそれだけ、立ち塞がるのならば、なぎ倒すのみ、それが魑魅魍魎われらだ!!


 八の手が唸る。その鋭きあぎとが、目の前に現れた赤銅色の肌にかぶりつく、呵々かかと八の手の鬼が笑う。容易やすしと


 その勝利への確信が疑問符へと変わる。八の手の豪腕は目の前の鬼を抱きしめているが、潰す事すら叶わず、その鋭きあぎとは、確かにその首筋に確と食いこんでいるが、目の前の鬼に髪の毛一筋程の変化が現れぬ。本能が警鐘を鳴らす。

 

 それが、八の手を振り解く、己に首筋に食い込むあぎとを押さえつけ、その膂力で、八の手の鬼の頸を引きちぎる。

 

 だが、その程度で滅びるようでは魑魅魍魎の名に恥じる。頸は頸、身体は身体で再びそれに相対する。

 

 初めて赤銅色の鬼に変化が現れる。それは歓喜、先刻、八の手の鬼が浮かべた、飢が満たされる事への渇望の歓喜


 ただ、おのうちしょうじる飢えを満たす。そのためだけにに()る。それが鬼といふもの。


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