第6話 講座と勉強会での初日のやり取りとその後
2011/12/31 誤字修正しました。「迷惑気周りない」→「迷惑極まりない」 ご指摘ありがとうございます。
[ラウスペムスの体術講座]
「さぁ今日から坊ちゃんには体術を学んでいただこうと思います。武道ですので礼儀作法も合わせて教えさせていただきます。」
「よろしくお願いします。」
ハジメはそう言って一礼する。それを見て頷き「こちらこそよろしくお願いします。」とラウも一礼する。
「さて、なぜ体術かといいますとドルガン君から狩りや武器の扱いを学んでいくわけですが常に武器を使えるわけではございません。狭い場所での戦闘は武器を振れなかったり、街中や人の沢山いるところで武器を振り回すことなど迷惑極まりない事ですし、手元に武器がない時に襲われたりする事もないとは限りません。素手で素早く相手を無力化する術を持っているのが一番だと思うからでございます。」
「なるほど。」
そう言われて納得した。モンスターなどを狩るのは精神的にまだ何とかなりそうな気がしていたが(それでも日本の一般人からしてみればかなりハードなものなのだが)、人を武器で傷つけるまたは殺すというのはハジメには荷が重い事だった。だが盗賊など暴力でモノを奪うというものが存在するという話もハジメは聞いていた。日本にもそれはあったが人が人を殺すという事がさらに身近に存在するこの世界では「恐ろしくてやりたくない」では済まなくなる事が起こり得るのも理解はしていた。
「とりあえず最初の目標はこの辺にしておきましょうか。」
そういうと掌の異空間から物が出てくる。ハジメと同じくらいの大きさの石だった。それをひょいと持ち地面に置く。
「あ、ちょっといい?ラウ。」
「なんでござましょう?坊ちゃん。」
「手に乗る物なら何でも収納できるんだよね?」
「さようでございます。」
「具体的にどれくらいの大きさまでいいの?」
「そうでございますね。手で持ち上げられさえすれば大きさは問題ないですね。今収納されているもので一番大きいものは馬車、でございましょうか。」
「そ、そうなんだ、うん、ありがとう。」
(そういやいつも使い終わると馬車が消えてたけど仕舞ってたのか・・・。)
「それでは」とラウは話を元に戻す。
「坊ちゃんにはこれを目標にしていただきます。」
ラウは石の前に立ち構える。腰を落とし拳を脇の所まで引き「フッ」と吐くと同時に拳を突き出す。ゴォン!という音と同時に石は縦に真っ二つに割れてしまった。ラウがこちらを見たのでハジメは「無理無理!」と首を横に振るしかできなかった。
「いきなりこれをしろとは言いませんのでご安心下さい。鍛錬を重ねればこういうこともできるという事でございます。」
「そ、そうなんだ・・・ラウは誰かから教わったの?」
「いえ、私は本で学んで体得したのでございます。」
そういうと掌から様々な格闘技の本が出てきた。
(本読んでマスターって無茶苦茶すぎるだろっ!)
教科書マスターラウスペムスによる体術訓練が始まった。
[クラウの勉強会]
「それじゃ今日は読み書きと計算。お金の事と種族について勉強しようね。」
「はい、母上。」
家のリビングのテーブルで向き合って勉強を始めるクラウとハジメ。まずは前から少しずつやっていた読み書きと計算の続きから。文章は日本語と同じような構成だったので単語さえ覚えていけば特に問題はなかった。文字はローマ字に近かったが数はひらがなくらいに多かった。計算はさすがに高校生だったので5歳の計算なんて片手間でも余裕がある。最初の頃まったく間違えないのでクラウは喜んでいたが、あまりにサクサク解いていくので教え甲斐がないとふてくされだしたのを見て気を使ってたまにわざと間違えたりしていた。最近は5歳くらい上の子がやる計算をやっている。ちなみに教材はすべてラウが用意してくれている。ラウは本を集めるのが趣味で異空間には図書館並みに本があるらしい。たまにエルレアなどが本を借りに来ているので実際に図書館になっている。
「それじゃ読み書きと計算はこの辺にしてお金について勉強しましょう。」
そういうとテーブルに数種類硬貨を出した。
「まずこれが銅貨、一番価値が小さい硬貨ね。だいたい街とかでご飯を食べようとするとこれが5枚くらいいるかな。そして銅貨が100枚でこの銀貨が1枚になるの。そしてまたこの銀貨が100枚でこの金貨になる。わかるかな?」
(銅貨1枚100円くらいかな。食事1食約500円ってとこか・・・。ってことは銀貨は1万円、金貨は100万円と考えればいいかな。)
「たぶん大丈夫だと思います。」
「うん、そんなに難しい計算を使うわけじゃないから100枚で次の硬貨1枚と覚えておけばいいわね。」
そこからお金の計算問題をいくつか出され特に問題がなかったので次の話になった。
「次は種族の事についてだね。村の人たちを見てるからわかると思うけど『人間族』の他にも色々な種族がいるの。私が知っているのは『獣人族』、『エルフ族』、『ドワーフ族』、『竜人族』、そして私たち『魔人族』ね。ちなみに『人間族』以外の種族を『亜人』って呼んだりするわ。これは『人間族』が他の種族に対して呼ぶのがほとんどだけどね。この村ではまずありえないことだけど他の都市や街では『亜人』を差別したりする事があるのよ。とても悲しい事なのだけどずっとそうしてきた人々の考えを変えるのは難しくて、なかなかその差別をなくすことができないの。」
クラウはとても悲しそうな顔をしてそう言った。ハジメもそう言った人種差別がある事は前世で知っていた。だが日本にいてそれを実感する事はそれほどなかった。ただ「世界のどこかでそういう事がある」程度にしか考えていなかったが、今の友人達には『人間族』以外の種族もいる。そんな友人達がそのような迫害を受けるようならと考えるととても他人事にはできないとハジメは思っていた。真剣な顔で考えているハジメを見てクラウは優しく微笑んだ。
「それじゃ、各種族の特徴を教えるわね。まず『獣人族』は顔が動物の顔をしていて、身体能力も高いの。寿命は人間族と同じくらいね。それで『エルフ族』はとがった耳をしていて男性も女性は綺麗な顔をしているわね。寿命は300年くらいかしら。『ドワーフ族』は小柄で大人でも今のハジメくらいかしら。鍛冶などの物作りが得意な種族ね。寿命は200年くらい。そして『竜人族』は顔が爬虫類みたいになっていて体も鱗で覆われているわ。でも彼等にトカゲなどと言ってはダメ。これは侮辱になるからね。寿命は200年くらいかしら。どの種族にも言えるけど寿命はあくまで平均で例外は沢山いるからね。そして『人間族』に比べたらどの種族も人口が格段に低いの。」
『人間族』が主体となっている国や街がほとんどで他の種族が主体になる街は数えるほどしかなく、村でひっそりと暮らしているというのがほとんどだった。
「『魔人族』はどうなんですか?他に村とかはあるのですか?」
ふと思った疑問をクラウに聞いてみるとクラウは困ったような顔をして質問に答えた。
「これは大事な事だからオルタスがいう事なのかもしれないけど、『魔人族』はもう私達しか残っていないらしいの。」
その答えにハジメは驚愕する。世界で『魔人族』は3人だけ。まさに絶滅危惧種もいいところだった。
「詳しくはオルタスも話してくれないのだけどオルタスが住んでた村が小さい頃に滅んでしまって、残ったのがオルタスだけだったらしいの。その後オルタスは世界各地を回ったようなのだけど結局他の『魔人族』を見つけることができなかった。そう聞いているわ。」
「世界各地という事は父上は冒険者だったのでしょうか?」
「ええ、世界を旅していた冒険者だったわ。傭兵団に入っていた時期もあって私達が知り合ったのもその頃ね。」
クラウは昔を思い出すように嬉しそうに話す。
「え・・・ということは母上も冒険者だったのですか?」
「う~ん、冒険はあまりしていなかったし傭兵団に所属していたわけだから傭兵って言った方がいいかしらね。」
顎に指を当てて首を傾げて答える。可愛らしい仕草だが思いかけずクラウのバイオレンスな過去を知ってしまい「絶対に母上を怒らせないようにしよう」と心に誓うハジメだった。
[その後の各訓練の様子]
1年ほど練習を重ねたあたりで村の外に狩りに行く事になった。森は危険なので村を出て少し歩いた草原で獲物を探す。森に比べれば比較的弱いモンスターが多いからだった。それでも念の為ドルガンはもちろんラウや狩猟団のメンバーも数人同行していた。獲物を見つけ周囲に他のモンスターがいないか警戒、安全を確認してそれぞれ目で合図を送り行動に移る。練習を繰り返していたチームでの動きもスムーズにできた。結果、狩りは順調に終わり村へ無事帰還できたが初めて生き物を殺めた子供たちは各々表情が違っていた。達成感を感じて喜んでいるヒルナン、レットン、トナイ。淡々と本と比較しながら狩りで取れた獲物や薬草を吟味するエルレア。ハジメは表面は平常心を保っていたが内心は罪悪感に襲われて震えを抑えるのに必至だった。狩った獲物は小動物だったが刃物で刺した時の感触や事切れる様が脳裏から離れなかった。すぐにハジメの様子に気付いたオルタスに話しかけられそれを打ち明けると笑顔で頭を撫でた。
「生き物を殺める事に何も感じなくなる事が一番恐ろしいことだよ。ハジメは間違ってはいない。その感じたことを心の隅に留めておくんだ。留めた上で生きる為、守る為、いろいろな理由があるだろうけど『やり遂げる』という覚悟を持つことが大切だね。その為には心を強くしなきゃいけない。」
オルタスは真剣な眼差しでハジメにそう教える。ハジメはその言葉を噛み締めた。その後ハジメは少しずつだがその覚悟を持てるようになっていった。
魔法はハジメの覚えも良く、魔力のコントロールもだいぶ上達した。小さな火の玉や電気なども起こせるようになった。
「うん、いい感じだね。『魔人魔法』に大切なのは魔力でどんな事をするかというイメージ。魔力を使ってどんな現象を起こそうとしているのかはっきりイメージしていないとうまく発動しないんだよ。」
「人間の使う魔法はどう違うのですか?」
「あ、そうだねそちらも教えておこうか。」
ハジメは手を止めオルタスの話を聞く。
「人間は魔力で直接現象を起こせない。呪文や魔法陣などの補助が必要な上に自分と相性のいい属性の魔法しか使えないんだ。精霊の存在が必要不可欠だね。」
「精霊?」
「それぞれの属性には精霊がいてその精霊の力を借りて魔法が発動する。呪文で精霊にお願いして魔力をあげる、精霊はその魔力で現象を起こす。そんな感じかな。だから相性のいい精霊の魔法しか使えないというわけだね。ちなみに精霊と言っても姿形が見えるわけじゃないんだ。そういうものがいると考えた方がわかりやすいって考えておけばいいよ。」
「オレにも使えたりするのでしょうか?」
「うん、自分に合った属性なら呪文を唱えればできるよ。各属性の初歩魔法の呪文は知ってるからやってみるかい?」
オルタスから呪文を教えてもらい試してみたが発動したのは火と風だけだった。水、雷、土は使えなかったが、『魔人魔法』はどの属性も使えるので問題はなかった。
「ちなみに光と闇は特殊でね。『魔人魔法』でも使うことができないんだ。精霊とは別の存在の協力が必要だからね。」
「別の存在。」
「神様とか悪魔とかね。まぁこれも見えるわけではないので存在を確認できないけど。とにかくこの2つは相性がいい人のみ使える魔法だね。」
『魔人魔法』も万能ではなかったがそれでもイメージと必要な魔力さえあれば大概発動できるのはズルいのだろうなとハジメは思った。
(色々面倒なことになりそうだしあまり人に見せびらかさないようにしよう。)
ハジメはこっそりそんなことを考えていた。
ラウから学んでいた体術だったが思いのほか自分に合ってた。前世で刃物などの武器を使った事がなかったのと体術は前世でも馴染みのあるもの(実際にやっていたわけではないが)だったのと人を殺めず無力化できる術というのがハジメに安心感を持たせていた事が主な理由だった。もちろん鍛え上げれば素手でも簡単に人を殺められるのだが。
体術の鍛錬おかげで身のこなしなどもだいぶ上達した。道場でのヒルナン達との組手でも素早くトリッキーな動きで相手の翻弄して隙を作り攻める戦い方が自分に合ってる気がした。
「体術と剣と魔法を組み合わせて自分の戦闘スタイルを作れないだろうか。」
ハジメはオリジナルの戦闘スタイルを編み出してみようと考えるようになっていた。ドルガン、オルタス、ラウ、と相談しながら少しづつ形になっていった。
ちなみにラウの出した課題「石を拳で割る」はまだ成功していなかった。
勉強会にはトナイとエルレアとヒルダも参加するようになっていた。トナイは今まで読み書きと計算をあまり勉強していなかったからそれをやりたいという理由で。エルレアはラウから借りた本でわからないところをクラウやラウに教えてもらう為。そしてヒルダの理由はいたって単純でトナイが参加しているから。成長していくにつれてヒルダはトナイへの恋心を膨らませていて周りには完全にバレていた。残念ながらトナイには伝わっていないのが周りはもどかしかったがヒルダから「余計なことはしないでよね!」と釘を刺されているのでみんな見守るしかできなかった。
参加していないレットンとヒルナンは「勉強なんてごめんだ!」と断固拒否の姿勢を崩さず勉強会の時間は2人で道場で自主練習をしているらしい。そのおかげか年上のレットンと練習をするヒルナンはメキメキ実力を上げていた。ただし剣術だけ。
そんな日々を過ごしハジメは9歳を迎えようとしていた。
用語等を『』で囲ってみました。
生き物を殺める事に関してのオルタスの発言は人に教えを説くような事をしたことがないので的を得てない発言かもしれません。正解がなにか・・・難しいですね。