第55話 勘と勢いの結果
2014/4/11 指摘のあった誤字脱字を修正しました。
2014/8/12 関所でのパルが降りてきた時の周囲の人々の様子等を追加しました。ストーリーに変化はありません。
「走れ~ッ!」
ノマージの叫びと共に3人は通路を走る。後ろから聞こえる落雷の音は鳴り止む気配が無い。それ程の物量がこちらに向かって来ている事が伺えた。一番後ろを走るハジメは、走りながらも両手に用意した<魔法印>"フレタラカミナリ"を至る所に押して行く。
「こ、こっちの道でっ、だ、大丈夫なのかよっ!」
ユージスが呼吸を荒げながらもノマージに聞く。
「こうなったら、勘に頼るしかッ―――」
ノマージの前方に脇道が現れ、そこから鉄甲蟻が1匹姿を現す。ノマージは走りながらも偃月刀を構え、こちらに気付いて威嚇しようとした鉄甲蟻の首を刎ねる。
「無いだろっ!」
「いぃっ!?」
飛んできた首を体を捻って避けるユージス。
「よし、こっちだっ!」
ノマージは動きを止める事無く、鉄甲蟻の現れた脇道を選ぶ。
「まっすぐ行くんじゃないのかよっ!」
「いや、なんとなくこっちがいい気がする。ほらいくぞっ!」
「~~~~~っ!」
文句を言いたいが、それもどちらの道が正解か確証があるわけでは無いのでユージスはノマージに付いてく。
「正解だといいけど……」
「キュィイ」
ハジメはその場に入念に<魔法印>を押すとノマージ達に続いた。
脇道を走っていくと、ドーム状の広間に出る。広間に出た瞬間、ノマージは急に立ち止まる。後ろに続いていたユージスは勢いを止め切れずにノマージにぶつかった。ハジメはそれに続く事無く、ちゃんと立ち止まる。
「……ぃってぇ~、急に立ち止まるなよっ」
「どうしました? ノマージさん」
「あ~、マズイかもしれん」
広間の奥にいる存在を見てノマージの声に真剣さが増す。ハジメとユージスが広間を覗き込むと、奥には金色の蟻が居た。先程まで見た鉄甲蟻の倍はある大きさで、その周囲には数匹の鉄甲蟻がいる。その鉄甲蟻も銀色の甲殻をしていた。金色の蟻の周りには同じく金色の卵がいくつも並んでいる。
「あれ……もしかして」
「女王蟻って所か。周りは女王様の護衛って所だな」
女王蟻もこちらに気付いている様で顔をこちらに向けている。周囲の蟻達も女王蟻の周りに集まり警戒する。ハジメの後方からは雷の音が近づいてくる。
「ど、どうするんだよっ!」
「とりあえず戻るってのは無理だ。……あっちの道にしよう」
ハジメ達が居る位置から左斜め前方に通路の入り口が見えた。だが、真っ直ぐ行くには女王蟻達が邪魔になる。
「壁沿いに行くぞ。出来るだけ刺激しない様に……」
そう言うとノマージは走り出す。
「全速力でっ!」
「無茶苦茶だっ!」
避難しつつもノマージの後に続くユージス。
("フキトブ"を用意しておいた方がいいか)
「パルももしもの時は援護頼む」
「キュィイイ!」
ハジメは足元に"フレタラカミナリ"を押した後、自分の両拳に力を込めた"フレタラフキトブ"を押して2人に続いた。
「~~~~~~~ッ!!」
3人が動き出した瞬間、女王蟻の鳴き声が広間に響く。女王蟻の鳴き声に合わせて周囲の蟻も鳴きだし、頭に響き渡る金属音がハジメ達の耳を襲う。
「くっ!」
「うわ、なんだこれっ!?」
頭が痛くなる音に足も止まり、耳を押さえる。それでも耳鳴りと振動が伝わり苦痛に感じる。
「こんな使い方するのかっ」
女王蟻達が鳴き止み、ハジメ達は耳を抑えたまま再び通路に向かって走り出そうとするが、目的の通路から蟻がゾロゾロと現れた。
「っ!!」
「ど、どうするんだよ! 囲まれたぞっ!」
「今の声で呼ばれてきたか……」
増援と合流した女王蟻達はゾロゾロとハジメ達を囲い、ジワジワと迫る。
「やるしかないかね……」
ノマージは真剣な顔で偃月刀を構える。
「そうみたいですね。ユージスは後ろに下がっててくれ」
「お、おう」
拳に力を籠めながらユージスを下がらせる。ユージスは言われた通りに後ろの壁にピタリと寄りかかった。
「うおっ!?」
ユージスが壁に手をついて体重を乗せると、そのまま手が壁の中へと突き刺さった。
「「ユージス!?」」
それを見たノマージ達も何が起きたのかと驚くが、ユージスが慌てて壁から手を引き抜いたのを見て、ノマージは目を見開いた。
「もしかして壁の向こうも通路か!? ハジメ、壁に穴開けれるか?」
「はい、出来ると思います!」
「よし、それじゃ頼むっ!」
そう言うと、蟻達の前に出て偃月刀で牽制する。蟻達は威嚇するが警戒して近づくのを躊躇した。
「パルも援護をっ! ユージス少し下がってくれ」
「キュィイイ!」
「お、おう」
パルはハジメの肩から飛び上がると、ノマージの横で口から火炎を吐き出す。蟻は炎に驚き後退していた。ユージスを少し下がらせると、ハジメは握っていた両拳を壁に向かって打ち込む。拳には<魔法印>"フレタラフキトブ"が付いていた。<魔法印>が触れた瞬間、壁は円状に吹き飛ぶ。爆発音に蟻達も驚いた様子でその場で止まる警戒する。
「道があります!」
「よし、行くぞ」
「へ? って、うおぉっ!?」
ノマージはクルリと向きを変えると、ユージスを抱えて穴へ入りハジメとパルもその後に続く。繋がった通路は左右に分かれていたが、ノマージはまたも迷う事無く、左へと行った。その後ろからは鉄甲蟻達がぞろぞろと追いかけてくる。
「ノマージさんこれも勘ですか!?」
「おうっ! 今度は大丈夫、ほら見ろ!」
通路を全力で走っていると、通路の先にオレンジ色の光が見える。そして水の流れる音が聞こえた。
「外?」
「このまま全力で飛ぶぞっ!」
「えぇっ!?」
出口が近づくと、何処に出るのか理解する。出口の先に地面が無い。つまり崖だった。
「パルッ!」
「キュィイイイッ!」
ハジメは慌ててパルの名前を呼ぶ。パルはハジメ達を追い越し、先に通路を出る。
「ユージス、舌噛むなよっ!」
「え、ちょ、っぎゃぁぁぁああ!」
ユージスを抱えたノマージとハジメが勢いよく外へと飛び出す。
「グァルルル!!」
それを巨大化して待ち構えていたパルが素早くキャッチしてその場を離れる。後ろから追いかけてきていた鉄甲蟻だったが、先頭に居た鉄甲蟻達はギリギリ止まった。だが、勢いに乗った後続に押され数匹の蟻がそのまま落下して行った。
「た、助かった……」
「危なかったな!」
「ダメかと思いましたよ」
十分に距離を置いた所で3人は安堵の声を漏らす。そしてパルが上昇したおかげで自分たちが何処から出たのかを理解した。
「ここって山脈を流れる河……ですよね」
「だな。あそこに見えるのがオレ達が通った橋だろ」
ノマージが指さす先に橋が見えた。
「という事は向こうに関所があると」
「って事だな」
「パル、関所まで頼む」
「グァルル!」
夕焼けの空を関所へ向かって飛んで行った。
関所の宿屋ではクーネ達が集まって今後の事を話し合っていた。
「ノマージ達が落ちた穴を見て来たが、地下水が流れてやがった。地下に流されていったと見て間違いないだろうな」
「そんな……」
崩落現場に戻ったモースンが見てきた事を告げると、クーネの顔が悲痛に歪む。そんなクーネの肩にそっと手を置くウェーナ。
「いや、まだ諦めるのは早い。この辺は地下洞窟が広がってる。運よくそこに辿り着けば、まだ無事な可能性だってある」
ウェーナに慰められるクーネにモースンはそう述べて元気づける。
「我々もまだ時間には余裕があるので、護衛隊の皆さんで捜索してもらって構いませんよ」
トラフがニッコリと笑顔で言うと、モースンも申し訳なさそうに頭を下げる。
「依頼主にそう言ってもらえると助かる」
「こちらもラニアンに必死にお願いされましてね」
「ありがとうございます。若旦那様」
トラフが言うと後ろに控えていたラニアンがペコペコと頭を下げていた。それをトラフは笑顔で制す。
「よし、それじゃ明日は朝一で…………って何だ?」
ふと外を見るとざわざわと慌ただしくなっているのが分かる。外を見るモースンに釣られて全員が外を見た。通行人達が空を指さし驚きの表情を浮かべている。
「グァルルルル!」
「っ!!」
「あっ!」
「あの鳴き声は!」
「クーネちゃん!?」
聞こえてくる鳴き声にクーネは直ぐに反応して外へと飛び出す。兵衛、サニーも後に続く。3人の行動に驚いたウェーナ達も後に続いた。
「「「パル!」」」
「グァル!」
そこには空からゆっくり降りてきたパルの姿があった。そしてパルから降りる3人の人影。パルの姿に驚き大急ぎでその場を離れる人々の中を縫うようにクーネ達が駆け寄ってくる。
「ハジメ……」
「ただいま、クーネ」
ハジメは笑顔で手を上げる。
「ハジメだっ!」
「ハジメ殿、皆無事でござったか」
サニーと兵衛も驚きと喜びの入り混じった様子だった。
「ああ、なんとかこの通りっ!?」
言いかけた所でクーネが抱き着いてきた。ハジメは突然の事で思考が止まる。
「…………え、えーっとクーネ?」
「……よかった。本当に……よかったぁ……」
胸元に顔を埋めるクーネの声と体が震えているのが分かる。
「あ~、その、……心配かけてごめん」
ハジメはクーネの頭に手を置くと軽く撫でる。こういう状況に不慣れな為、周りから見ても一目瞭然な程ぎこちなかった。
「ハジメ、そういう時はギュッと抱きしめてやるもんだぜ?」
後ろからノマージがニヤニヤと声を掛ける。
(うっ……そういうものなのか)
ハジメは緊張する両手をクーネの背中に回す。
「ノマージ! 無事だったのね」
「っ!」
ノマージに駆け寄ってきたウェーナ。その声に驚き、ハジメは両手を引っ込めて再び頭を撫でる。その様子は兵衛とサニー、そして小さくなり肩に乗ったパルしか見ていない。2人と1匹はそれを微笑ましく眺めている。
「ウェーナ、心配かけてすまん」
「まったくよ。もっと慎重に行動してほしいものだわ」
ノマージは申し訳なさそうに頭を掻く。ウェーナも口ではそう言いながらも、安堵の表情を浮かべている。
パルが小さくなってしまった事で離れた場所や物陰から様子を伺っていた人々も疑問符を浮かべながらハジメ達を見つめていた。
「お前等無事だったのか!」
「皆さん無事だったのですね」
「ハジメ君!」
モースン、トラフ、ラニアン、そしてアーエン護衛隊もハジメ達の元へとやってくる。それと同時に十人程の男達も近づいてくる。
「おい! お前達は何者だ!! 先程の魔物は何処に行った!?」
関所を守る衛兵達が慌てた様子で駆けてきた。
「これは不味い状況かな……」
ハジメが苦笑いで呟く。関所に直接パルで乗り込んだ事を失敗したと今更になって気付いたのだった。
「まぁまぁ、私が説明しましょう」
トラフは武器を構える衛兵達に両手を上げて笑顔で応える。
崩落で鉄甲蟻の巣から脱出して来た事、核人であるパルの事等を衛兵達に説明する。当事者であるハジメ、冒険者として名の知れ渡っているノマージ、そして大商会として信頼と実績のあるトラフがいたおかげで厳重注意で済んだ。
持ち場に帰って行く衛兵達を見送りハジメ達はホッと息を付く。
「衛兵達も仕事だからなしょうがねぇさ。ところで見た所お前等怪我は無さそうだな」
モースンがハジメ達を一通り見て頷きながら聞く。
「おう、この通り怪我一つないぜ」
ノマージが泥だらけになった服をパンパンと叩いて笑顔で応えた。
「ハッハッハ、それはよかった。ここじゃ何だ。とりあえず、宿屋へ入ろう」
モースンに言われ、ハジメ達は宿屋へと向かった。
女王蟻との戦闘も考えましたが、出会った生き物皆倒すというのもどうかと思ったので逃げる事にしました。次回は宿屋からのスタートになります。
次回もよろしくお願いします。