昔話 受け継がれる偃月刀
2014/2/22 指摘のあった誤字脱字を修正しました。
ノマージは10歳になる前に親に捨てられ、孤児として奪い奪われを繰り返す貧民街で必死に生きていた。隙を見せればすべてを失う世界で、ノマージは短剣を手に3年の月日を過ごした。既にこの時点で貧民街の中でもノマージに手を出す者はいない。持前の運動神経と貧民街で鍛えられた野生の勘で、奪おうとする者は返り討ちにし、不必要な危険は素早く避ける。そして自信を持ったノマージは貧民街の外の獲物に目を付け始める。街の中でカモになりそうな者を見つけ、スリをしたり脅して金品を奪ったり。殺すまではしなかったが、ノマージの悪名は貧民街ではかなりの物になっていた。そして次第にノマージ自身も絶対に負けないと思う様になっていた。その日もノマージは街を歩く人々を眺めながらカモとなる人物を探していた。
「お、来やがった」
ノマージは冒険者ギルドから出てくる男を見る。男を見つけたのは数十分前、見た事も無い形の槍と酒瓶を手にフラフラと歩く初老と思しき男は、数匹の動物を縄で括ってギルドに入って行った。括られた動物は近くの森に生息する肉食獣で、武器を扱いなれた者でなければ倒すのは難しいと思われる動物だった。だが一般的な冒険者なら難なく狩れる。ノマージもそれは知っていた。実力がある者なら数十匹は狩れるという事も。
(つまりあの男はそれ程実力があるわけではない。それにあの酔いっぷりなら絶対にやれる)
相変わらずフラフラと歩いて行く男の後ろをノマージは距離を置いてつける。見た事も無い鮮やかな緑の刺繍が入った白い服のおかげで見失う事も無く、街の外へと出て行く。そのまま男は近くの森へと入って行く。
(まだ狩りをするのか? いや、もしかしたら住んでるのか?)
一瞬躊躇ったが、ノマージも森へと入って行く。少し行くと半壊した民家があった。男はその中へ入って行く。
(やっぱりここに住んでるのか……)
ノマージは近くの物陰からしばらく様子を伺う。酔いっぷりから寝始めるのだろうと踏んだノマージはある程度時間が経った後、忍び脚で民家に近づく。中からは大鼾が聞こえてきた。
(よし……)
ノマージは音を立てないように扉を開ける。手には既に短剣がある。3年前に酔いつぶれた冒険者から奪い取った物で既に錆や刃こぼれがあった。使えなくなったらまた奪えばいい。そう思い手入れなどは一切しなかった。
こちらに背を向けて豪快に眠る男にゆっくり近づく。金の入っていそうな袋が枕元に置かれているのが見える。ノマージは男に注意を払いながら袋に近づく。そして手を伸ばそうとした瞬間だった。
「儂の金に何か用か?」
「っ!?」
男の声に驚き、素早く後ろに下がる。男はクルリと起きてこちらを向く。老人とは思えない軽やかな動きだった。手に持った槍で肩をトントンと叩きながら大あくびをしてノマージを見る。
「なんだ。えらいちっこい賊だな」
男はボサボサに伸びた髭を撫でながらニカっと笑って見せる。その余裕のある行動に、冷静さを取り戻したノマージは苛立ちを覚えた。貧民街で生き抜いてきたノマージはその辺の冒険者には負けないという自信があった。
(こんな酔っ払いに負ける訳無い)
しかも初老の酔っ払いなら当然と思い、ノマージは短剣を突き出す。
「死にたくなければ金を寄越せっ!」
ノマージがそう怒鳴りつけると、男は大声を上げて笑い出す。
「ダハハハハハハハ! 一丁前に言うじゃねぇか」
そう言って笑い続ける男を見てノマージの頭に血が上る。
「笑ってんじゃねぇっ!」
ノマージは短剣を引くと駆け寄る為に一歩を踏み出す。だが踏み出した瞬間、目の前に銀色の物体が男から突き出された。
「うっ!」
ノマージの目前に突き出されたのは男の持っていた槍だった。柄の先に付いた曲刀の切っ先に驚き、思わず尻餅をついてしまう。
「へっ、だらしねぇな」
男は片手で槍を支えたまま鼻で笑う。ノマージは改めて男を見る。刃も柄も金属で出来た見た事も無い槍。相当な重さがあると気付く。そしてその槍を片手で、まったくぶれる事無く維持している事に。ノマージは相手の実力が格段に上だとこの時気付いた。
驚いているノマージを見て、男はニヤリと笑って見せる。
「お? やっと自分との差がわかったか?」
「な、何だよ。その槍は……」
「こりゃ、偃月刀って武器だ」
男は偃月刀を再び肩に掛け直して近くにあった酒瓶に口を付ける。ゴクゴクと音を鳴らした後、深く息を吐く。
「ぷはぁ。"彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず"って奴だ。相手の実力と自分の実力をちゃんと把握してりゃ負ける事はねぇって事だな。覚えておけよチビ助」
男に言われ、ノマージは慌てて立ち上がる。
「い、今のはちょっと油断しただけだ!」
(そうだ、こんな酔いどれ爺に負けるわけがない!)
「おう、そうかい」
男は軽く聞き流す。その様子を見てノマージの顔は真っ赤になる。自分が負けたという事が納得いかないノマージは、男に指を指す。
「くそっ! 今日は油断しただけだ。次はぶっ倒してやる!」
既に金を取る事より相手を倒す事で頭が一杯になってるノマージを見て男は少し驚いた表情をするが、すぐに笑顔に戻る。
「そりゃすげぇ。もし倒せたならこの金はチビ助にやってもいいな」
男は置いてあった袋を手に取り「ほ~れほ~れ」と振って見せた。ノマージは更に怒り出す。
「絶対にぶっ倒してやるっ!!」
ノマージはそう言って家を飛び出して行った。その様子を楽しそうに見送った男は再び眠りに入った。
それからほぼ毎日ノマージは男に勝負を挑むようになった。だが、その度にあっさりと敗れ、小言を言われて帰って行く。負けて戻ったら何がいけなかったのか、どうすれば勝てるのかを考える。そんな日々を繰り返していた。
「くそっ! また負けた」
その日もノマージは短剣を弾き落とされ負けていた。疲れて尻餅をつくと、腹がグゥと鳴る。
「なんだ、飯食ってねぇのか」
男は呆れたようにノマージに聞く。ノマージは男に勝つために自主訓練に時間を割くようになった、おかげでスリや強盗をする時間が無く、稼ぎが少なくなっていた。
「別に腹は減ってない!」
ノマージは強がってみるが、再び腹の虫が鳴る。
「しゃあねぇな。チビ助付いてこい」
男はそう言うと、偃月刀を片手に森の中へ入って行く。ノマージもしぶしぶ付いて行った。
「よし、この辺でいいか。チビ助、あの辺に立ってろ」
「は? なんでオレがそんな事……」
「飯の為だ」
「?」
「いいから行けって」
男に言われ、ノマージは言われた場所に立つ。しばらく待っていると木陰でガサガサと音がした。
「っ!?」
ノマージが音のした方を見ると、動物が3匹ゆっくりとこちらに姿を見せる。それは前に男が狩っていた肉食獣だった。
「マジかよっ!」
ノマージが短剣を構えると、先頭に居た1匹が大きな口を開けてこちらに飛び掛かってきた。中型の犬程ある肉食獣に短剣のみで戦うのは狩り経験の無いノマージには厳しい物だった。焦るノマージだったが、ノマージの後ろから拳大の石が飛んで来て肉食獣の頭に直撃する。すかさず男が飛び出してきて偃月刀で止めを刺した。残り2匹もあっという間に倒される。
「よし、とりあえず3匹でいいな」
男は満足げに狩った獲物を縄で括って行く。
「……って、爺! オレを餌にしたのか!!」
間を置いて状況を理解したノマージは男に食って掛かった。
「まぁ、いいじゃねぇか。これでお前も飯が食えるんだ」
「は?」
「お前にも取り分をやるって言ってんだよ。いいからこれギルドに売りに行くぞ」
男はそう言うとそそくさと街へ向かってしまう。呆気にとられたノマージもその後に続いて行った。その後、獲物を売ったお金は2人で等分された。今まで奪う事でしか食べて行けなかったノマージには衝撃だった。狼狽えているノマージに男は笑いながら言う。
「どういう生活してたのか、わざわざ聞かねぇが。分け合うって考えもあるってこった。尖って生きるより、笑って生きてる方がいいと儂は思うがね」
「……」
それからノマージは男に勝負を挑み、その後一緒に狩りをする様になった。
「お、なんだそりゃ?」
男はノマージの持っている物を見て首を傾げる。ノマージは自分の身長ほどの木の棒を持っていた。その先にはいつも使ってる短剣が括りつけられている。
「槍だ!」
「いや、槍は見りゃわかるがよ」
男はなぜ武器を変えたのかが気になった。
「……じじ、爺さんの偃月刀に勝つには短剣じゃ長さが足りないからだ! 悪いかっ!」
男は「へぇ」と頷くと、偃月刀を構える。
「付け焼刃じゃどうにもならんと思うがね」
男は馬鹿にするように呟くと、ノマージは怒鳴る様に応える。
「今日は無理でもいずれオレが勝つ!」
ノマージの言葉を聞いて男の顔は綻ぶ。
「そうかい、じゃあさっさと使いこなせよ」
そう言って打ち合いが始まった。
「爺さん、それじゃ行ってくるよ」
ノマージは墓の前で呟く。
ノマージが男と出会って数年後、男は病でこの世を去った。ノマージと出会った頃から病にかかっていたのかもしれない。今となっては分からない事だが、男の病を治す術は見つける事が出来なかった。大金があれば治せたのかもしれないが、そんな金があった訳でもないし、男も既に治す意志が無かった。男はノマージに自分の持っている技術をすべて託してこの世を去った。
「爺さん……師匠、あの世で見ていてくれよな。アンタの弟子がどんな生き方をするのかさ」
鮮やかな緑の刺繍の入った白い道着を着たノマージは笑顔で偃月刀をクルリと回すと、墓を後にした。
「さ~~てっ、それじゃとりあえずは冒険者として頑張ってみますか!」
ノマージは大きく伸びをして森を進む。手にした偃月刀は日の光でキラキラと輝いていた。
と、言うわけでノマージと師匠の出会いでした。
次回は本編の続きになります。
次回もよろしくお願いします!