第49話 闘斧団との決着
あけましておめでとうございます。今後もよろしくお願いします!
2014/1/1 指摘のあった部分を修正しました。
2014/1/9 指摘のあった部分を修正しました。
外からの怒声は家の中に居たハジメ達にも届いた。
「なんだ?」
ハジメは怒声という事もあり、真っ先に扉を開け外の様子を伺う。
「兵衛さん、何が……」
玄関を出て兵衛に話し掛けるが、兵衛の視線の先に居る集団を見てなんとなく察しが付く。
「あれってギルドに居た?」
「闘斧団が頭領を連れて来たようでござる」
「仕返しに来たってわけですか……」
「いや、どうもクチナ殿に用があるようでござるな」
「クチナさん?」
話をしていると、家からぞろぞろと全員出て来た。
「どうしたの?」
「クーネ、他の人も危ないから家に戻ってて」
「?」
「おお、クチナッ!!」
家から出てきたクチナを見つけバータルが声を上げる。呼ばれたクチナはバータルを見るが特に反応は無い。
「げっ、バータルじゃん」
「クチナちゃん追って来ちゃったのかな」
マフィーとコラットが困ったという表情をする。
「オレを無視して行っちまうなんてひでぇ事しやがる。だが、まぁいい。さぁ今日こそはいい返事聞かせてもらうぜ」
クチナを見て機嫌が良くなったのか、バータルはニヤニヤとしだした。
「今日こそは、とはどういうことでしょうか? 私は質問の答えを保留した覚えが無いのですが」
クチナは記憶に無いらしく首を傾げる。
「たしかに保留してないわ」
「殆ど避けてる上に即答で断ってるしね」
「私達が避けさせてるし、勝手に断ってるんだけどね」
バータルが直接クチナを口説いた事は一度も無かった。最初のうちはバータルの部下が来ていたので、座長が体よく断っていた。その後も部下が来る度に上手く避けていた。だが痺れを切らしバータルが直接来るようになっていたので限界だった。ちなみに仕事が終わり次第フロックス家族に影ながら付きっ切りだったクチナはその事をまったく把握していない。
「そんなつれない事言うんじゃねぇよ。オレの女になれってクチナ。悪いようにはしねぇからよ」
両手を広げ自信満々に言うバータル。本人は満足げだが、周りの人々、特に女性陣からは「うわぁ……」と嫌悪感の篭った声が今にも漏れそうだった。
「あんな事言う奴ホントにいるんだなぁ」
「公衆の面前で言うとは度胸だけは見上げた男でござるな」
「あんな言い方でうまくいくと思ってるのかしら」
ハジメ達も飽きれながら見ていた。当人のクチナは無表情のまま口を開く。
「"オレの女"というものが何かは知りませんが、私にはやるべき事があるので"オレの女"というものになることは出来ません」
淡々としたクチナの答えを聞いたバータルは若干顔を引き攣らせながらも食い下がる。
「オレの女になれば金の心配をせずに済むんだぜ? 遊んで暮らせるぞ?」
「金の心配は既にしていません。それと私にはやるべき事があるので"遊んで暮らす"というものを望んでもいません」
またもクチナは淡々と拒否をする。
「たしかにクチナはお金に困って無いわね。私達が誘わなきゃずっと掃除やら片付けやらしてるものね」
「動物達の世話も手伝ってくれるし、真面目過ぎだよ。貰ったお金殆ど使ってないでしょう?」
「ええ、ホント羨ましいわ。私なんて……」
「マフィーは酒代で消えちゃうものね」
「ぐっ……」
マフィーとコラットが玄関から外を覗き込みながらコソコソと話す。
「素直にオレの女になった方がいいと思うがな……」
まったく首を縦に振る素振りを見せないクチナに苛立ち始めるバータル。その様子を見ていたクチナは何を思い立ったか、玄関前から階段を下りた。その行動に皆驚く。
「おおっ! わかったかクチナッ!」
「あ、クチナさん!」
「戻ってクチナさん!」
自分の求愛に応えてくれたと喜ぶバータル。ハジメやクーネは慌てて戻るように言う。だがクチナは階段下からピクリとも動かない。
「ちょ、ちょっとクチナ!」
「クチナちゃん危ないよ!」
マフィーとコラットも思わず呼ぶ。するとクチナがクルリと振り返った。
「大丈夫です。マフィーさんに教わった言葉を思い出しました」
「は?」
クチナの言った事をまったく理解できないマフィー。クチナはバータルの方へ向き直る。全員が見守る静寂の中、クチナは以前に酔っ払ったマフィーから教わった"しつこい男を追っ払う方法"を口にする。一言一句間違えずに。
「吐き気がする面ぶら下げて気安く話し掛けんじゃないよ。相手が欲しけりゃ豚小屋でも行ってな、このxxx野郎」
抑揚の無い棒読みの言葉が静寂の中響き渡る。間を置いて周囲からドッと笑い声が聞こえてきた。
「ダッハッハ! いいぞっ姉ちゃん!」
「アハハ、言うじゃない」
「かわいい顔して言う事キツイなぁ」
「オレにも言ってくれぇっ!!」
「マフィー、アナタ何を教えてるのよ……」
「い、いやぁ~。あんな事教えたかなぁアハハハ……」
ジト目でマフィーを見つめるコラット。バツが悪そうに顔を背けるマフィー。
笑い声と拍手や口笛が鳴る中、コレを言えば相手が無条件で立ち去ると思っていたクチナは自分の想像する結果にならず、何か間違えたのかと考え込んでいた。
「うるせぇっ!!!」
怒声と共にガァンと音が鳴り響く。バータルが手に持っていた斧で石畳の地面を叩き割っていた。再び周囲に静寂が戻る。
「クチナァ。どうやらお前は躾が必要みたいだなぁ」
コメカミに血管を浮かべたバータルがクチナを睨む。そしてクチナに近づこうと1歩進むが声がかかる。
「こら、そこのアンタ! クチナちゃんに手を出すんじゃないよ!」
声の主フィラはスタスタとクチナに近づくとクチナの手を取り自分の後ろに行かせる。
「ちょ、ちょっと!」
「フィラさん! 危ないですよ」
「フィラさん?」
ハジメ達も驚いたが、クチナもキョトンとしている。クチナの横にはネモも立っている。
「クチナちゃんが嫌がってるじゃないか。さっさと家に帰りな!」
「なんだとババァ……」
バータルは斧を担ぎ上げ近づこうとする。するとフィラの横にオラリアが立った。
「オラリアちゃん?」
「お、お義母さんとお義父さんだけに危ない真似させるわけにはいきません。私も家族の一員ですから」
オラリアは引きつった笑いをフィラに見せる。
「お涙頂戴なんか求めてねぇんだよ」
バータルの顔が益々赤くなる。すると今度はフロックスがオラリアとフィラの前に立った。
「フロックス!?」
「か、かか家族皆が体張ってるのに、ぼぼ、ぼ、僕だけ後ろで見てるわけには行かないだろ……」
そう言うフロックスの脚はガクガクと震えていた。
「やっぱりいい子だわ。自慢の息子よ」
「それでこそウチの子供だ」
「フロックス……」
フィラとネモ、そしてオラリアがフロックスの勇気に感動して、そして周囲の観衆からもその家族愛に拍手が送られそうになる中、バータルはフロックスを指差す。
「フロックス……そうかテメェがフロックスか」
「ひ、ひぃっ!」
バータルに名指しされ、小さく悲鳴を上げるフロックス。
「テメェがオレのクチナに手を出したんだな。テメェが事の発端ってわけだ。ぶっ殺してやる」
怒りの矛先がフロックスに変わる。
「ヒィッ!」
その場に尻餅を付きそうになるフロックスの前にハジメが割って入る。
「ふう、なんか勢いに飲まれて出てくる機会失いかけてました」
「ハ、ハジメさん!」
「フロックスさん達は下がっていて下さい。ここからはオレ達の仕事です。クーネと兵衛さんは皆を守っていて下さい」
「わかったわ」
「気を付けて下され、ハジメ殿」
ハジメがそう言うとフロックス達は玄関まで戻って行った。クーネと兵衛はフロックス達の前に立ち一緒にハジメとバータルの様子を見つめる。
「なんだテメェは……」
怒りに満ちた目でハジメを睨むバータル。ハジメは平然とした様子で答えた。
「あちらのオラリアさんから依頼を受けた冒険者です。依頼主を守るのは当然の義務だから、オラリアさんが身を挺して家族を守るって言うなら家族ごと守らないと」
「なるほど……ギルドでウチの部下やってくれた冒険者だったか……」
「それはお宅の部下がゴロツキみたいな事してたからですよ。躾どうこう言うならまず部下の躾をちゃんとするべきじゃないですかね。っていうかあんな怪我してなかったと思いますけど?」
ハジメはバータルの後ろにいる部下の一人を見る。ハジメが追い払った時にはあの様な怪我はしていなかった。
「あれをやったのはオレだが、ああなっちまった原因がお前等な訳だ。じゃあ仇もオレが取らなきゃな」
「何、その理屈……」
ハジメは目の前の人間が本当に同じ、しかも自分より格上の冒険者という事を疑いたくなった。呆れた様子で見つめるハジメにバータルは苛立ち気に喋る。
「テメェ、3級か?」
「そうですけど?」
「3級の下っ端冒険者が……2級のオレ様に説教くれてるわけだ」
「……説教される2級冒険者に問題があるんだと思いますけど?」
「うるせぇっ!! 口の減らねぇガキがっ!」
バータルは斧を構えて腰を据える。それを見て周囲の観衆はザザザっと離れていく。
「調子に乗ってる下っ端冒険者に灸を据えるのも上級冒険者の務めってわけだ。二度と減らず口叩けないようにしてやるぜ」
(言ってる事とやってる事が三下なんだよなぁ。でも2級になるくらいだから実力はあるのか。気を抜かないでやらなきゃな)
そう考え構えようとすると周囲の人集りの中から声が聞こえてきた。
「こらっ貴様等何をしているっ!」
人集りから出てきたのは騒ぎを聞きつけた衛兵だった。衛兵はバータルの顔を見て眉をひそめた。バータルも衛兵を一瞥するとフンッと鼻を鳴らした。
「冒険者同士のちょっとしたイザコザだよ。問題になるほどの事じゃねぇからすっこんでろ」
「何ッ!? 貴様……」
「いちいち目くじら立てんじゃねぇよ。オレを捕まえたって無駄だって事は知ってんだろ。黙って見回りでもしてろよ」
そう言われて衛兵は何も言えなかった。バータルが街で問題を起こし、捕らえた事は何度もあったがすぐに釈放された。街の有力者達からの圧力があったという噂は下っ端の衛兵はおろか街の住人ですら周知だった。おかげで最近では見て見ぬ振りされていた。
「へっ! オレ様程の冒険者になるとそういう伝手も出来るんだよ。それが冒険者ってやつだ。分かったか3級の糞餓鬼」
「とりあえずアンタが反吐の出る種類の冒険者ってのは分かったよ」
ハジメは腰を落とし構える。魔力を全身に行き渡らせ、<魔力塗装>を強化する。
(二度と悪さ出来ないように懲らしめなきゃな)
構えるハジメを鼻で笑い。斧を持つ手に力をこめる。
人集りが出来ている通りに面した民家の一つ、その屋根の上にハジメとバータルを見つめる影があった。2階建ての民家の屋根なので周囲の人々がその影に気付くことは無い。
「よかった、まだ始まってないみたい。宿引き払うのに時間かかっちゃったもんなぁ」
ホッとした様子で屋根の上でうつ伏せに寝転がるカマル。屋根の端から覗き込むようにして様子を見ている。
「さって、どれくらい強いのか見させてらおうかなぁ」
カマルは楽しそうに足をパタパタさせているとバータルの怒声が響いた。
「何やる気になってんだ。オレ様に敵うわけ……ねぇだろうがっ!!」
言うと同時に振り上げた斧をまっすぐ振り下ろす。ハジメは素早く横に避けた。バータルは石畳を叩き付けた斧をすぐさま持ち上げ今度は横になぎ払う。ハジメは後ろに飛び退き、斧が通過した瞬間バータルの懐まで飛び込む。
「チィッ!」
なぎ払いから素早く振り上げる。懐に入ってしまっているハジメに刃を当てることは出来ない。バータルは柄の先をハジメ目掛けて突き下ろした。ハジメは1歩退き、突きを躱すが躱した所にバータルの拳が飛んでくる。
「ッ!」
「ハジメッ!」
両手で拳を受け止め後ろに跳ぶ。思わずクーネが叫ぶ。だが吹っ飛んだように見えるが、自分から飛んだだけなので特にダメージは無かった。バータルも拳の感触でダメージを与えていない事に気づく。
「チッ、格闘は得意ってか」
(やっぱ2流となるとその辺の3流とは動きが違うな。油断できないかな……)
斧を構え直し、仕切り直す。ハジメも構え直し拳に力を込める。
「力の差を見せてやる。避けれるもんなら……」
再び斧を振り上げる。
「避けてみなッ!」
先ほどより格段に速く振り下ろされる。
(はやっ! でも避けれる範疇っ)
ハジメは先ほど同様素早く横へ避ける。そしてまた同じように横に薙ぎ払う構えを見せる。
(そのパターンはもう見切ったよ!)
ハジメは斧を振り払う前に素早く後ろに飛び退き斧の間合いから離れるが、バータルは構わず斧を振り払う。バータルの口元がニヤリと歪んだ事に気付くハジメ。
「!?」
振り払われた斧が先程よりも長くなっており、刃がハジメの顔に迫ってくる。
「なっ!?」
「死ねぇっ!!」
ガキィン!
予期せぬ金属音に目を疑うバータル。
「なんだそりゃ……」
ハジメは<魔力籠手>で刃を防ぎ、先ほど同様に横に跳び威力を消した。そのまま転がり起き上がると構え直す。
「テメェ、魔法も使えるのか……」
「一応魔法使いなもんでね」
「ふざけた野郎だ……」
「アンタの斧も変わってるみたいだけど」
「へっ、この斧は最近学術都市で開発された特製品だ」
バータルは斧をポンポンと叩く。たしかに通常の斧とは違い、全体が銀色で所々文字が彫ってあるようだった。
(あれは紋章術か?)
「便利な斧だぜ。魔力を込めりゃ、長さを自在に変えれるんだ。だから間合いを図ろうなんて……」
そう言いながら再び振り上げる。
「無理なんだよっ!」
振り下ろした斧は再び伸びており、刃はハジメの頭上に落ちてきた。
「くっ!」
すぐに横に跳ぶ。そして落下する刃を見ると刃と柄が鎖で繋がれていた。
(鎖を仕込んでるのか。紋章術で長さを調整出来る訳だな)
ガシャンと鎖の引っ張られる音と共に刃がバータルの方へと戻る。そしてバータルが斧を振ると刃はハジメ目掛けて飛んできた。
(もう斧じゃないなこりゃ……)
バータルから一直線で飛んでくる刃を躱しつつハジメは両手に<魔法印>を用意すると自分の両拳に押した。
「避けてばかりかよっ!」
バータルがニヤリと笑いながら刃を戻そうとする。ハジメはグッと足に力を込めて体勢を低くする。
「言われなくてもここから反撃だよ」
刃が戻るのと同時にバータル目掛けて駆け出す。その速さにバータルは元より周囲の人々も驚いた。刃が戻るよりも先にバータルの前まで辿り着く。拳の届く距離まで。そして"フレタラフキトブ"と書かれた直径15cm程の魔法陣の付いた右拳をバータルの鳩尾目掛けて突く。
「チイッ!」
バータルは持っていた斧の柄で拳を受け止める。拳の魔法陣が柄に触れた瞬間光り輝き、柄を吹き飛ばす。持っていたバータルはその衝撃を押さえつけるが、あまりの威力に後ろによろめき踏鞴を踏んでしまう。その顔は驚愕していた。
(な、なんだコイツは……これで3級だと!?)
元々力自慢だったバータルだったが、彼の実力だけでは2級には上がれなかった。彼が2級に上がれたのは今手にしている斧のおかげだった。学術都市で開発中の試作品を運よく手に入れた。正確には盗んだ。元々この斧の性能を知っていたわけではなく、世に出回っていない武器は金になると思って盗んだものだった。試しに使ってみるとその性能に驚かされた。そしてこれを使えば自分の冒険者としての株を上げられると考えた。実力がすべての世界で闘う力を上げる事は出世する一番の近道だった。だが、盗んだ事がばれれば冒険者の資格をはく奪される。バータルは斧を隠ししばらく様子を伺っていたが、学術都市からは何も言ってこなかった。何故かはわからないがバータルには都合がよかった。念の為学術都市から離れた地域で斧を使い依頼をこなすようになり、2級へと昇格出来た。昇格してすぐバータルは仲間を引き連れてパマウィンまでやってきた。自分と同格かそれ以上の冒険者が滅多に来ない場所なら自分のやりたい放題に出来ると考えたバータルはその街の有力者とコネを作り幅を利かせるようになった。 そして今日も格下の冒険者を面白半分に痛めつけるつもりだった。勢い余って殺しても問題にはならない。そう思っていた。
「テメェみたいな……雑魚にぃぃぃっ!」
ガシャンと刃の戻った斧を振り上げハジメに振り下ろす。だがハジメは避ける事はせずに柄の部分に左拳のアッパーカットを打ち付けた。拳には魔法陣が付いているので当然発動して振り下ろした斧は振り下ろされた軌道に沿って勢いよく戻って行く。斧の反動に合わせてバータルの上半身も仰け反る。そしてがら空きになった鳩尾に向かって<魔力籠手>で強化された正拳突きが突き刺さる。魔法陣は既に付いてはいなかったが、魔力で固めた拳は鉄製の胸当てを簡単に歪ませ、バータルは苦悶の表情でくの字に折れ曲がる。
「ガッ……ッ!」
思う様に息が出来ずその場に倒れ込む。それを見てハジメは「ふう」と息を吐く。同時に周囲から歓声が上がった。
「すげぇ! すげぇぞ兄ちゃん!」
「ぶったまげたぜ!」
「バータルに勝ちやがった!! こりゃいいや!」
「きゃーステキっ!」
「うわっ、びっくりした」
ハジメは驚いてキョロキョロと周りを見る。皆が賞賛しているのを見て恥ずかしそうに会釈をする。
「ハジメ!」
後ろから声が聞こえ振り返る。クーネがこちら駆け寄ってきた。その後に兵衛やサニーも続く。
「大丈夫?」
「ああ、特に怪我は無いよ」
「お見事でござるな。ハジメ殿」
「ハジメかっこよかった!」
「ありがとう兵衛さん、サニー」
ハジメはニッコリと微笑む。
「あんなに強かったのね……」
「す、すごいね……」
「あんな魔法使い、東ディアベントでも見た事無いわよ」
「うん、なんかスゴイの見ちゃったかも」
離れて見ていたオラリアやフロックス達も驚いた様子だった。
「それじゃ、後は衛兵の人に任せて―――」
ハジメがそう言いかけた時、後ろでガチャリと金属音がした。クーネ達や周囲の人も驚きの声が上がる。
「グ、グフゥッ……テ”メェ……なんがに……ま”げる”がぁぁぁっ!」
「ッ!? このっ!!」
満身創痍の状態で立ち上がったバータルはハジメに向かって斧を振り上げる。クーネ達が居る状態なので無暗に避けられないハジメは素早く振り返る。振り返ると同時に両手をパンと合わせ魔法陣を作った。斧が既に振り下ろされている事も懸念して2m程の魔法陣、後ろにクーネ達が居た事と慌てた為にいつもより力の籠った"フレタラフキトブ"を叩き込む。
「!」
その結果、バータルは声を出す間もなく物凄い勢いで吹き飛んだ。河への落下防止に張られた金属製の柵に直撃し、跳ね飛ばされ、クルクルと回転しながら河へと落下した。吹き飛んだ途中に手から離れた斧だけが石畳の地面に転がっている。
先程までの歓声は消え、静寂が周囲を支配している。ハジメは叩きこんだ姿勢からゆっくりと振り返る。クーネ達はポカンとしているのを見て気付く。
(いけね、やり過ぎた)
よくよく考えたら冒険者同士の喧嘩だという事を思い出した。
(し、死んでないよね?)
さすがに殺人はマズイと、冷や汗をタラりと流しながら姿勢を戻すハジメ。すると再び歓声が響く。
「すげぇっ! 何だ今の!」
「とんでもねぇ兄ちゃんだ!」
「あんな魔法見た事無いわっ!」
「カッコイイ!」
「負けるとは思ってなかったけどさすがだなぁ。やっぱり」
カマルは屋根の上で寝転がっていたが、スッと立ち上がりハジメ達を見る。
「いいもの見れたし、ボクもやることやるかな」
そう言うとカマルは人知れず屋根から姿を消した。
思い思いの歓声が飛び交う中、我に返った闘斧団の男達は慌てて河に駆け寄る。
「団長!?」
「団長っ!」
団員達が河を覗き込むとバータルは仰向けの状態で流されて行った。
「お、おい! 助けるぞ!」
「お前等、そこの斧持って来い!」
「わ、わかった!」
言われた団員達は落ちていたバータルの斧を2人掛かりで担ぐと他の団員と共にバータルを追って走って行く。
「これに懲りたら悪さするんじゃねぇぞ!」
「二度と来るなっ!」
バータルが負けたとあって、人集りからも好き放題言う者がいる。
「倒した途端に強気になるのもどうなのかしら……」
クーネが呆れた様子で言う。
「まぁ仕方ないんじゃないかな」
「鬱憤が溜まっておったのでござろう」
ハジメと兵衛が苦笑いで応える。
「おい、お前達」
声のする方を見ると衛兵達がこちらに来ていた。
「事情を聞きたいのだが、詰所まで同行してもらっていいか?」
先程の戦闘のせいか衛兵は訝しそうにこちらを見ている。変に避けようとするのは逆に疑われると考えたハジメは素直に応じる事にした。
「わかりました」
「あの!」
オラリアがこちらに駆け寄ってきた。
「オラリアさん?」
「ハジメさん達は私からの依頼の過程で今回の騒動に巻き込まれたんです。その辺を説明させて下さい」
「そう言う事なら私達もだね」
マフィーとコラットとクチナもやってくる。
「バータルがここに来た理由は私達が説明した方がいいみたいだしね」
「そうだね」
「そうなのですか?」
クチナだけが未だに分かっていない様だった。
「アンタは分かって無いのに付いてきたのかい」
「あの男に対しての彼の行動に不備があったとは思えません。正当防衛の域です」
「そのとおりさ!」
今度はフィラがすごい剣幕で衛兵に詰め寄る。
「この人はあのゴロツキからウチの家族を守ってくれた恩人だよ! それを連行しようなんて許さないよ!」
今にも掴み掛ろうとするフィラをオラリア達が止めた。衛兵達は苦笑いを浮かべる。この街出身の衛兵達は小さい頃からの顔馴染みであるフィラの剣幕に困り果てる。
「別に捕えるとは言ってないでしょ。ちょっと話を聞こうと……」
「話ならここですればいいじゃないさ!」
「いや、ですがね……」
衛兵は「まいったな」という表情をしている。
「オレは詰所に行くのは問題無いですよ。あ、でもやっぱり街中で暴れるのはまずかったですよね?」
ハジメが気まずそうに聞くと、衛兵は笑いながら答えた。
「たしかに暴れるのは問題だが。今回はバータルに非があるのだろう。今回"も"になるか……」
うんざりという仕草をする衛兵。
「とにかく色々事情を聞きたいだけなのでな。協力願う。皆さんもよろしくお願いします」
衛兵が丁寧に願うのを見てフィラも落ち着いたようだった。ハジメ達は衛兵と一緒に詰所まで移動することになった。
パマウィンから少し離れた河辺にバータルは流れ着いていた。流されている途中で意識を取り戻し、自力で岸にたどり着いた。
「くっ……」
バータルは土を握りしめ、ワナワナと震えだす。
「くそがぁぁぁぁっ! 殺してやる! ぶち殺してやるッ!!」
掴んだ土を叩きつけ、わめき散らす。そこへ部下達もやって来る。
「団長! 無事でしたか!?」
声のする方へギラリと向くと団員達は小さな悲鳴を上げ、後退りした。
「オレの斧はどこだ!」
「は、はい。ここにあります!」
男がそう言い、後ろの斧を持った男2人に目で合図する。男達は斧を渡そうとバータルに近付こうとする。その時だった。
「はいはぁ~~い。ちょっといいかなぁ?」
不意に声を掛けられバータル達は声のする方を見る。岩の上にカマルが座っていた。岩の上で足をパタパタさせているカマルは笑顔でバータルに話し掛ける。
「おじさん、残念だったねぇ。まさか2級が3級に負けるとは思わなかったでしょ?」
「テメェ……」
傷口を抉る様な事を笑顔で言う少年を睨みつける。だが、まったく臆することなくカマルは平然と話し続ける。
「いやぁ、ここに来たのは本当に偶々だったんだけどねぇ。いいもの観れたし、思いがけない人に出会えたし、それにいいお土産見つけたしね」
そう言ってカマルは斧を指差した。
「何言ってやがる?」
「やっだなぁ。おじさん自分で言ってたじゃない学術都市の特製品って。諦めてたモノを見つけるなんて運がいいよねボク」
「テメェ、学術都市の奴か……」
「ちょっと違うかなぁ。でもそんなことおじさんに関係無いよね。とりあえず斧は返してもらうね」
「ガキ一人が何をとち狂った事を―――」
言いかけた矢先、バータルの横からカマルに向かって斧が飛んで行くのが見えた。斧は真っ直ぐカマルの手に収まる。
「なっ!」
バータルはものすごい形相で後ろを振り向く。
「テメェッ! 何渡してやがる!!」
「い、いやっ、オレ達は何もしてねぇ! 斧が勝手に……」
団員達も何が起きたのかわかっていない様子だった。それを見てバータルは気付く。2人掛かりで持っていたとはいえ、あの重量の斧があれ程真っ直ぐに飛ぶものだろうか。そして子供がそれを片手で簡単に受け取れるのか。バータルはゆっくりとカマルの方へ向き直る。
「テメェ……何者だ?」
「え~、教える訳無いじゃん。いやだなぁ」
小バカにした様子のカマルを見て歯ぎしりをする。それと同時に目の前の子供が本当に子どもなのかという疑問と恐怖を感じていた。
「おじさん、この斧の鎖を伸ばす所まではよかったんだけどねぇ。動きが遅すぎなのと攻撃が単調だよね。あれでしょ、自分より弱い奴としか戦ってないって感じ。技に工夫が無いもん」
「何だと……」
「まぁ、いいや。そんな事言ってもおじさんには意味無いよね」
「どういう意味だ?」
「おじさん、この斧奪う時人殺したでしょ? こっちもいろいろ理由があって盗られた事も殺された事も"無かった事"になったんだけど。やっぱり罰は受けるべきだよねぇ」
「罰だぁ?」
「うん、でもそっちは別に大した事じゃないんだ。もっと問題なのはおじさん、ボクをぶったよね」
そう言うとカマルは斧を構えた。構えると言ってもバットを振る様に。
「なんだ? 刃を飛ばすとでもいうのか?」
バータルは鼻で笑う。正体の見えない相手への虚勢だった。するとカマルも笑い出した。
「あはははは、そんなことしなくても……」
カマルは掌をかざしてニッコリと微笑む。
「おじさんの方から来るよ」
「何言って―――」
その瞬間バータルの体は見えない何かに引っ張られ、カマルの目の前でピタリと止まる。
「なっ…!?」
「ほらね」
カマルはかざした手を柄に戻し、斧を横に振りぬく。刃は明後日の方を向いており、柄がバータルの体へ食い込んでいく。肉と骨の潰れる音を響かせバータルは数十メートル先へ吹き飛んだ。数回バウンドして転がったバータルはピクリと動かない。
「う~ん、死んだかな?」
カマルはその場から目を凝らして見つめる。
「ひ、ひぃ~~~っ!」
「バ、バケモノだぁ~~~っ!」
「たすけてくれぇ~~!」
団員達は悲鳴を上げながら逃げて行ってしまった。
「バケモノは酷いなぁ。まぁ否定はしないけど」
カマルは手にした斧を見つめる。
「それにしてもこんな所で見つかるとはねぇ。試作品だったっけ? 持って帰ったら褒められちゃうかな。えへへ」
頭を掻いて照れる。既にバータルの事は頭に無かった。
「よし、それじゃ帰ろうかな。皆ハジメお兄さんの事教えたらビックリするかなぁ」
カマルは楽しそうに斧を振り回しながら歩いて行った。
予想以上に長くなっちゃいました。話の区切り方が相変わらず下手です。
次回からは次の話に切り替わっていく予定です。懐かしいキャラも登場するはず。
次回もよろしくお願いします。