第42話 至宝の旅団
「はぁ~、やっと着いた~」
クーネは王都マシュメの正門を潜り、伸びをしながら言う。クェーメン村を出発して10日で王都に到着した。既に昼を過ぎていて、街も一番賑わっている時だった。
「なんか久しぶりだな。この賑やかさ」
「20日近く経つと懐かしくなっちゃうわね」
「おお、なんと賑やかな…。京の都の様じゃ」
(京? ああ、京都の事か。兵衛さんっていつの時代の人なんだろう?)
ハジメがそんな疑問を考えていると、兵衛が周りを見渡しながら首を傾げる。
「どうも行く人々が某を見ている気がするが…なぜでござろう?」
「やっぱり服装のせいかしら? 兵衛さん珍しい恰好をしているもの」
「そうでござるか? 某から見れば、皆の方が珍しいが…お互い様でござるかな」
「そういう事ですかね」
ハジメ達が話していると、先を進むハーンがこちらを呼ぶ。
「おい! さっさとギルド行って報告するぞ!」
「あ、はい!」
ハジメ達は小走りでハーン達に追いつき、ギルドへと向かった。
ギルドはいつも通り冒険者達で賑わっていた。中に入ると、パラミノの居る受付へ向かう。
「あ! 皆さん戻ってこられたんですね! おかえりなさい」
「おう、無事終わったぜ。で、依頼の他にちょっと話があるんだが…」
「お話ですか? では、応接室て伺いますので、そちらへどうぞ」
「分かった」
そう言うとハーン達は応接室へと向かった。
応接室で待っていると、すぐにパラミノが入ってきた。
「それでは改めてお仕事お疲れ様でした。依頼主からの証明書は貰ってますか?」
「ああ、これだ」
ハーンはトウンから貰った証明書をパラミノに渡す。パラミノは一通り目を通すと、持って来ていた書類の中に仕舞った。
「はい、それではこれで依頼は達成です。報酬のお支払いは受付の方で行いますね。あ! あと、お話と言うのは?」
「それなんだけどよ」
ハーンは鞄の中から金塊と注文書を取り出した。
「…これは?」
「盗賊のアジトで見つけたもんなんだが、あそこの領主がヴェリカーキンと裏取引してる証拠だ」
ハーンは手に入れた経緯をパラミノに説明した。
「ちょ、ちょっと拝見しますね…」
パラミノは注文書を広げ、中身を確認する。読み終わるとその表情は困惑していた。
「え、ええっと…。ちょっと私では対応出来ないので、上の者を呼んできますね。少々お待ちください」
そう言うとパラミノは急いで部屋を出て行った。
「…慌ててましたね」
「そりゃ、事実なら国際問題だからな。実際事実だしよ」
「大事になっちゃうのかしら」
パラミノの慌てっぷりに不安になる一同。しばらくすると2人の人物が入って来る。フォードンとパラミノだった。
「いや、どうもどうも。お待たせしました。私、2課課長フォードンと申します。ハジメ君とクーネさん、それにパル…さん、でいいのかな? お久しぶりですね」
フォードンは相変わらずニコニコと挨拶をする。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。フォードンさん」
「キュィイイ!」
ハジメ達が挨拶に応えるのを確認すると、席に付き注文書を手に取る。
「なるほど、これですか。…ふむふむ、たしかに取引があったようですね。金塊も実際にあると…」
フォードンはメガネを手で直すと、ニッコリと笑顔でハーン達に話を始める。
「これは、上の方と一度話し合わないといけないですね。申し訳ないですが、この2つはこちらで預からせてもらいますが?」
「ああ、それは問題ない」
「ありがとうございます。それと国の問題になりかねませんので、他言無用に願います」
「わかった」
フォードンは全員に確認をすると、金塊と注文書を手に取って立ち上がる。
「それでは結果は後日という事で。パラミノ君、後はよろしくね」
「は、はい!」
そう言うとフォードンは一礼して部屋を出て行った。
「それでは報酬の支払いを致しますので、受付へお越しください」
「パラミノさん」
「はい?」
扉を開けようとしたパラミノをハジメが呼び止める。
「あの、冒険者の登録をしたいんですが」
「登録? あ、そちらの方ですか?」
「はい」
「二藤部兵衛と申す。よろしくお願いいたす」
兵衛は深々と頭を下げる。それを見たパラミノも慌てて頭を下げた。
「パラミノです。ご丁寧にどうも。それじゃ、報酬の支払いと一緒に登録もしますね」
受付へ行くと、それぞれに報酬の銀貨2枚が渡された。それを受け取ると、ハーンがハジメ達に話しかける。
「よし、それじゃオレ達は一旦戻るからよ。また夕方にギルド前に集合だ」
「え? 何かあるんですか?」
「まだやってない事あったかしら?」
ハジメ達が不思議がると、ハーンが呆れた顔をする。後ろに居たチュカとテシンは笑っていた。
「お前等…。依頼が終わったら打ち上げに決まってるだろうが。冒険者の常識だぞ」
「打ち上げ?」
ハジメ達がキョトンとしていると、チュカがハーンに教える。
「ハジメ達に酒はまだ早いんだから打ち上げなんてしてないだろ」
「あ? ああ、そりゃそうか。とにかく、一仕事終わったら皆で打ち上げするもんだ。オレが奢ってやるから夕方来いよ」
「おぉ、わかりました!」
「楽しみだわ」
「うちあげ! うちあげ!」
「楽しみでござるな」
嬉しそうにするハジメ達を見て、ハーンは少し照れた様子だったが、そそくさとチュカ、テシンを連れてギルドを出て行った。
「それじゃ、登録よろしいですか?」
受付からパラミノがこちらを伺っている。
「これは申し訳ない」
「いえいえ。それではこちらに記入をお願いします」
「うむ…。むむ?」
兵衛は用紙を手に取ると、凝視したまま唸り声を上げる。その様子を見てパラミノもハジメ達は首を傾げる。
「どうしました?」
「これは何が書いているのか…。どうも某の知っている言葉では無いようでござる」
「え? 兵衛さん文字を知らないの?」
「サニーは読めるよ!」
驚くクーネ達。ただハジメだけは納得できた。
(オレも子供の頃1から覚えたもんな。やっぱり文字は別なんだ…)
「そうなんですか!? それじゃ、記入はこちらでしますので、質問にお答えください」
「おお、そうしてもらえると助かる」
パラミノは兵衛から用紙を受け取ると、順番に項目を埋めて行った。ただ、出身地は兵衛以外知らない地名だったので、首都マシュメという事にしておいた。
「それでは、紋章を入れますね。ハジメさん達と同じ紋章でよろしいですよね?」
「よろしくお願いいたす」
紋章の事は事前にハジメ達から聞いていたので、兵衛はすぐに右腕を出した。パラミノは押印筒を腕に押し当て、紋章を入れようとするが作動しない。
「あら?」
「む?」
「どうしました? パラミノさん」
「紋章を入れられないわ。…あ! ひょっとして」
パラミノは引き出しから野球ボール程の大きさの白と黒の石、"魔力|検石<けんせき>"を取り出した。
「兵衛さん、こちらの石を持ってみてもらえます?」
「む? わかった」
兵衛は言われるがまま、石を持つ。
「魔力を流してみてください」
「むむ!? 魔力…と言われても、某そのようなモノ持ち合わせておらぬと思うが…」
「あ、自覚があるんですね。石も反応が無いようですし」
「魔力が無ければ登録は無理でござるか…」
「魔力が無い人っているのね…」
落ち込む兵衛を見てクーネが呟く。だが、パラミノは笑顔で首を横に振った。
「確かに紋章を定着させるにはご本人の魔力が必要ですが、まれに魔力を全く持たない方もいらっしゃいます。そんな方の為に…」
パラミノは魔力|検石<けんせき>を仕舞うと、別の引き出しから小さな鉄板の付いた細い鎖を取り出しす。
「こちらの認識票に紋章を入れて、身に付ける形になります。首や手首に掛けると言った感じですね」
パラミノの説明を聞いて、ハジメは兵隊が身に着けているドッグタグを連想した。
「おお! よかった! ではそれを頼み申す」
兵衛の表情はパァっと明るくなった。
認識票に紋章を入れ簡単な説明を受け終えると、パラミノにお礼を言いハジメ達は〔岩熊のねぐら〕へと向かう。
〔岩熊のねぐら〕に着くと、ハクマーとゲンマーに兵衛を紹介し、部屋を取ってもらった。兵衛は手持ちの金が無かったので、ハジメが立て替えることになった。
夕方になり、ハジメ達はギルドの前でハーン達を待っていると、すぐにハーン達も現れた。
「おう、待たせたな」
「いえ、今来た所ですよ」
「そうか。じゃ行くか。こっちだ」
ハーン達が行く後ろをハジメ達は付いて行く。ギルドの裏に出ると、住宅や小さな店舗の並ぶ通りに出た。その通りを南に行くと飲み屋などが犇めく場所があった。その中でも賑わっている酒場へハーン達は入って行く。店の外観はお世辞にも綺麗とは言えず、外まで笑い声や怒声が聞こえ、店に出入りする人々は庶民や冒険者らしき人ばかりだった。ハジメ達は茫然と店の前で立ち尽くす。
「ならず者が集う酒場を想像したら丁度こんな感じだ。って看板が無いな…」
「ほ、本当に大丈夫なのかしら?」
「酔っ払いのおじさんがいっぱいだね!」
「こういう場所はどこも同じでござるな」
「おい、どうした?」
「ハーンさん、この店看板が無いですけど…」
「ああ、ここの親父が"呼びたいように勝手に呼べ"って言って名前付けてねぇんだ。だから常連からは〔なけなし酒場〕って呼ばれてるな」
「なけなし?」
「店は"名無し"で、親父は"毛無し"、来る客は皆ビンボー人、"なけなしの金"で飲みに来るってんで〔なけなし酒場〕」
「ひどい命名じゃのう」
「ちなみに親父の前で毛無しとか言うなよ。もれなく酒瓶が高速で飛んでくるからよ」
「…気を付けます」
「それじゃ行くぞ」
ハジメ達は店の中へと入って行く。喧しい店内を進み、カウンターに行くと大柄の老人が1人立っていた。ハジメ達は老人を一目見て「この人が店主だ!」と確信を持ったが、ギロリとこちらを見てきたので咄嗟に視線をそらしてしまった。
「親父、7人なんだけどどっか席空いてねぇか?」
「あ? こんなガキ共が来るとこじゃねぇぞ」
「そう言うなよ。コイツ等も歴とした冒険者なんだぜ? コイツなんて1人で岩熊も倒せるんだからな」
「なに? ホントか坊主?」
「ほ、本当です。〔岩熊のねぐら〕に行けば証拠の毛皮も…」
「ああ、それなら知ってるぜ。へぇ、テメェがなぁ」
「親父も知ってんのかよ」
「酒場の店主やってりゃそれくらい知ってる。席だったな。おい! テメェ等!! 広がって飲んでんじゃねぇ! 他の客が座れねぇだろ!」
奥で飲んでいた客に怒鳴る店主。客の方も怒るわけでもなく、ササッと席を移動した。ただ、クーネとサニーは急な怒声にビクリとしていた。
「ほら、空いたぞ。あの辺に座れ。後で注文聞きに行かせる」
「おう! ありがとな」
ハーン達は平然と席に向かうが、ハジメ達はこのやり取りが平常だとは知らないので緊張しながらハーンの後を付いて行った。
席に着くと、店員が注文を聞きに来た。ハジメとクーネ、サニーは果実のジュースを、ハーン達は麦酒や果実酒を、料理はハーンが適当に注文し、しばらくするとテーブルに揃った。
「よし、揃ったな。それじゃ、今回はお疲れさん。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
皆、杯を上げ、口へと運ぶ。
「おお、初めての飲むが…なんと旨い」
兵衛は果実酒を見ながら感嘆の声を上げた。
「お! 兵衛は酒がイケる口か。じゃんじゃん飲めよ。麦酒の方もうめぇからよ」
「あ、この料理おいしい」
クーネは料理を食べて驚く。
「だろ? ここは小汚いが料理は旨い。しかも安いしな。オレ達みたいな金の無い奴にはありがたい所だ」
「なるほど」
店の雰囲気にも慣れ、ハジメ達も食事と会話が弾んできた。
「そういえば…」
ハジメが思い出したように口を開く。
「ハーンさん達ってあの時なんであんなだったんですか?」
「あの時って何時だ?」
「港で初めて会った時ですよ。ゲンマーさんに怒鳴ってたじゃないですか」
「…ああ、あれな…」
ハーンは気まずそうに眼を泳がせた。それを見てチュカが笑う。
「あの時は相当イライラしてたからな。仕事は雑用みたいな仕事ばっかりだし、街での仕事を主にやってるから、依頼主達も3級のオレ達が大した事無い奴等だって知ってるしな。おかげで上からふんぞり返って命令する依頼主が多いし。あの時も依頼主が難癖付けて依頼達成を認めなかったんだよ。それでコイツ相当イライラしててな」
「う、うるせぇ! …八つ当たりは反省してんだよ」
そう言ってハーンは杯の酒を一気に飲み干す。チュカはやれやれと言った顔でハーンを見た後、ハジメに視線を戻す。
「そんなわけで腐りかけてたが、今はこの通り真面目な酔っ払いだ。許してくれよな」
(ホントはその後の岩熊の件がいい薬になったんだけどな)
ハーンが立ち直ったのはそれがきっかけだろうとチュカは思っていたが、その事を口にするのはやめた。
「全然気にしてませんから大丈夫ですよ」
ハジメがそう言うと、チュカもニコリと笑い酒を飲む。
「ハ、ハジメ君も凄いよね。岩熊倒しちゃうし」
「たしかにな。あの盗賊の女、相当強かったが互角に戦っちまうしな」
「いや、オレなんてまだまだですよ」
テシンがオドオドしながらもハジメを褒める。それにそれに続いてハーンも褒めた。
「名前もアメジストだし、こりゃ"至宝の旅団"の再来かもな」
「至宝の旅団?」
ハジメと兵衛、サニーは首を傾げる。ただ、クーネだけは気まずそうに視線を逸らした。
「なんだ、知らねぇのか」
頷く3人にハーンは呆れた。
「"至宝の旅団"ってのはな。300年近く前に活躍した冒険者集団だ。世界にある宝石の名前はこの旅団の団員達の名前が由来って言われてるしな」
「そ、そうなんですか」
(団員の名前が由来? でもオレの居た世界でも同じ名前だぞ? 逆だと思ってたんだけどな)
「"至宝の旅団"ってのは後々呼ばれるようになったんだが、とにかくとんでもなく強い連中でな。解散後、世界中に散ったんだが…そうだな、有名どころといったら、団長のラーブル・ダイアモンド」
「ゴフッ!」
ジュースを飲んでいたクーネがむせる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。なんでもないから」
「む、クーネ殿、杯が空でござるな。ハジメ殿も。某が持って来よう」
「あ、お願いします」
「すみません。お願いします」
兵衛がハジメとクーネの杯を手に取り席を立つ。お礼を言った後ハジメ達は話を再開した。
「んで、ラーブルは東の光の国、そこの女王の守護者になったな。今の光の教団はラーブルの子孫達がやってるって言うしよ」
「おいおいハーン、ラーブルよりギルドマスターを先に言うべきだろ。冒険者なら」
チュカが呆れた様子で割って入ってきた。
「おお、そうだった。初代ギルドマスター、ディアル・ルビー。ギルドの創設者も旅団の一員だ。たしか副団長だったかな」
「そうなんですか」
「ああ、旅団が解散した後、行くあての無い団員達と冒険者達を纏め上げ、今のギルドの元を作った。ルビーって名前は代々ギルドマスターが継いでるんだぜ」
ハーンの後にチュカも話を続ける。
それと同時に兵衛が戻って来て、杯をハジメ達の前へと置いた。ハジメ達はお礼を言い、チュカの話を聞く。
「あとは"天才"ジオニール・サファイア。世界最高峰のジオニール学術院創設者で、今じゃ学術院を中心に都市になってるな。ギルド本部とも隣接してるぞ」
「そんな人も旅団に居たんですか」
「ああ、いろんな分野で才能を発揮してて、様々な発明を残してるな。マシュメに来る馬鹿でかい豪華客船も彼の設計だったはずだ。あと紋章術の第一人者で、オレ達冒険者が付けてるこの紋章も彼の発明だ」
チュカは自分の腕についている紋章を指差す。
「え、これもですか!?」
「他にも大陸の東には大陸を縦断する乗り物もあるし、どうやって作ったのかわからない物は大体ジオニールじゃないかって言われてるくらいだ」
「あ、あとエルフ族のランステッド・エメラルドって人はその後族長になって今もまだ生きてるって聞いた事あるよ」
テシンがそう言うと、ハーンが反論する。
「実際は怪しいだろ? 何百年たってると思ってんだよ。いくら長寿のエルフでも死んでるだろ」
「う、うん。あくまで噂だけどね」
「だろ? …で、忘れちゃいけないのがオルタス・アメジスト。"至宝の旅団"最高戦力って言われてた魔法使いだな」
ハーンの言葉に「やっぱり」と心の中で呟くハジメ。
「なんでも千人近い敵を一人で倒しちまったって言うんだからな。解散後は西へ向かったらしいし、案外お前のご先祖様かもしれねぇな」
「そ、そうかもしれませんね。アハハハ」
(ご先祖というか父親だけどね)
ハジメは引き攣った笑いでごまかし杯に口を付ける。同じくクーネも杯を近づけるが、ピタリと動きが止まった。
「ん? これお酒じゃないですか?」
「何? ちょっと失礼」
兵衛はクーネから杯を受け取ると、匂いを嗅いでみる。
「む、たしかに。これは失敬した。似ているので気付かなんだ…」
「大丈夫ですよ。ね? ハジメ」
「………」
隣を見ると、ハジメは微動だにしていなかった。横からでも見る見る顔が赤くなっているのが分かる。
「ハ…ハジメ?」
クーネが肩を叩くと、ハジメはゆっくりとクーネの方を向く。満面の笑みを浮かべてきたので、クーネはドキリとした。だが次の瞬間、クーネの方へ倒れかかってきた。
「!!!!」
ハジメの頭はクーネの太腿で止まり、床に崩れ落ちる事はなかったが、膝枕状態になったクーネはピンと背筋を伸ばし硬直する。
「ちょ、ちょっとハジメ!?」
「だ、大丈夫でござるか!? ハジメ殿」
「ハジメ、どうした!?」
クーネ達が覗き込むと、ハジメはスヤスヤと寝息を立てていた。
「ハジメ、寝ちゃってるね」
「…大丈夫そうでござるな」
「ガキとはいえ、まさかこんなに酒に弱いとはな」
「体質なんだろう」
「あ、あのコレどうしたら…」
大事が無くホッとしたハーン達。だがクーネはシドロモドロになっていた。
「まぁ、害は無いし、しばらくそのままにしてやったらどうだ?」
「ああ、無理に起こすことも無いだろ」
「そうだそうだ。頑張ったご褒美だな」
「なっ…!」
ハーン達はそんな事を言ってニヤニヤしている。クーネは怒ろうと思ったが、心地よさそうに眠っているハジメを見てその気も無くなった。
(…ちょっとだけならいいか)
「テメェ! 今なんて言った!?」
クーネがハジメの顔を覗き込んでいると、少し離れた席から怒声が聞こえてきた。男2人が席を立ち睨み合っている。
「ああ? 何度でも言ってやる! テメェのそう言う所が前から気に入らねぇんだよ!」
片方の男がそう言うと、周りの客も「いいぞ!」「もっとやれ!」と囃し立てる。言われた男は相手の持っていた杯を思い切り手で弾き飛ばすと、杯はクーネの方へと飛んできた。
「えっ?」
「あぶな―――」
思いがけない事に誰もが反応を遅らせ、クーネに当たると思われた瞬間。ハジメの<魔力籠手>が杯を飛ばした相手に向かって弾き返した。杯は男の頭に当たり、男は頭を抱えている。
「ハ、ハジメ?」
ハジメを見ると未だに眠っていて、片方の<魔力籠手>だけが肩から伸び、宙で佇んでいた。ハジメの腕は<魔力籠手>から半分抜け落ちた状態でブラブラと吊り上げられたようになっている。
クーネが恐る恐る<魔力籠手>に触れると、スッとハジメの腕に戻り消えて行き、腕もゆっくりと元の位置に戻って行く。
「何が起きたの?」
「何だこりゃ…」
「ハジメの魔法か?」
クーネ達がハジメを見つめていると、客をかき分けてこちらに来る人物が居た。先程杯を弾き返された男だった。男は怒りで顔を真っ赤にしている。
「テメェ、よくもやってくれたな」
男はハジメに話しかけるが、ハジメは変わらず眠ったままだった。男はハジメに掴みかかろうと近づくが、その間にハーンが割って入った。
「まぁまぁまぁ、酔った上に寝てる奴のやった事だしよ。元はと言えばアンタがこの嬢ちゃんに杯投げたわけなんだから大目に見てくんねぇか」
ハーンは笑顔で宥めるが、男の標的が変わっただけだった。男はハーンの胸ぐらを掴むと顔を殴り飛ばした。
「ぐおっ!」
ハーンは床に倒れ込む。
「きゃっ!」
「ハーン殿!」
「あ~あ~…」
クーネ達は驚くが、チュカとテシンは「面倒な事になる」と溜息を吐く。そしてチュカはクーネ達に声を掛ける。
「嬢ちゃんと兵衛、ハジメ達連れてそっちの裏口から出ちゃいな」
「え、でも…」
「あ~、大丈夫。この店じゃいつもの事だから」
「え?」
クーネが驚くと、ハーンがゆっくりと立ち上がる。ハーンのコメカミには血管が浮かんでいた。
「こっちが下手に出てりゃ付け上がりやがって…」
「あ?」
「なんで俺が殴られなきゃなんねぇんだコラァ!」
そう叫ぶとハーンは男に飛びかかった。飛び掛かった拍子に他の客とぶつかる。ぶつかった客はまた他の客とぶつかり、そこでまた殴り合いが始まるという連鎖を引き起こし、冒険者や街の住民による敵味方の不明な大乱闘が始まった。
「けんかだー!」
「な…何これ…」
「ク、クーネ殿、ひとまず外に出るでござる」
「は、はい!」
兵衛がハジメを背負い、クーネ達は近くの裏口から抜け出し〔岩熊のねぐら〕へと戻った。
〔なけなし酒場〕で起きたこの大乱闘は暴れていた主要人物達を店主が次々叩きのめす事によっていつも通りに収拾した。
その後ハーンを含む当事者達は体中に青アザを作った状態で肩を組んで朝方まで酒を飲み交わしていた。後日その事を聞いたクーネ達は心底呆れた。
こういう酒場での話や乱闘とかいいですよね。書いていて楽しいです。酒場の親父をもっと活躍させてもよかったかもしれません。親父無双。
次は間話になると思います。
次回もよろしくお願いします。