第39話 迷い込んできた侍
※兵衛の言葉使いはあくまで侍言葉っぽいもので正しい言葉使いではありません。
「いやはや、トウン殿のご子息と連れの方々とは知らず、失礼しました」
侍の恰好をした男は深々と頭を下げる。
村の入り口での誤解は、リバと村人のおかげですぐに解け、ハジメ達は村長の家に皆集まっている。男が謝ると、隣にいた壮年の男がハジメ達に挨拶をする。
「遠い所をご足労頂いてありがとうございます。私はこの村の長トウンと申します。そちらのリバの父です」
村長トウンが自己紹介し、ハジメ達も一通り挨拶をする。そして最後にトウンは侍の恰好をした男を紹介する。
「それでこちらの方が…」
「改めて、拙者二藤部兵衛と申す。修行の旅をしている浪人にござる」
20代前半といった整った顔立ちで、髪は黒の総髪、厚手の紺の着物に黒の袴、素足に草履と言った服装で、腰には大小2本の刀が差してあった。
「兵衛さんは先日盗賊が来た時にたまたま通りかかり、盗賊を追い返してくれた方でして。それから村の護衛をしていただいております」
「ござる? さる?」
「名前といい、恰好といい、言葉使いと言い、本人目の前にしてなんだが変わった人だな」
サニーが兵衛の語尾に首を傾げ、ハーンが率直な感想を言う。
「たしかにこの辺りでは某は珍しいようでござるな」
「ニトベ・ヒョウエ…さん」
「おっと、こちらの方々風に言えば兵衛・二藤部。兵衛が名前でござる」
「あ、なるほど。じゃあ兵衛さんですね」
クーネがニッコリと微笑む。そしてハジメはどうしても兵衛に聞きたい事があったのでそれを聞く事にした。
「兵衛さんはどうやってここに?」
「ここ…とは?」
「あ、えっと…どこの出身かなぁと」
「おお、某は尾州の出身でござる」
「ビシュウ?」
「何処だそりゃ?」
「さぁ聞いた事無いな。東部の方か?」
兵衛の出身地を聞いて皆首を傾げる。
「それが某にも分からぬので…」
「は?」
「旅の途中だった某は山を歩いていたのでござるが、足を踏み外してしまい転げ落ちたと思ったら次の瞬間この村の近くに居まして…。見た事も無い風景に見知らぬ身形をした人…もしや冥府とやらに迷い込んだかと思いましたが、そうでもなさそうでなにがなにやら…」
「何か厄介な事情がありそうだな」
「故郷が何処にあるか分からねぇんじゃ戻りようもねぇしなぁ」
皆がお手上げといった様子の中、ハジメだけが真面目な顔で考え込んでいた。
(尾州が何処かは分からないけど、日本の昔の地名っぽいよな。と言う事はこの人本物の侍って事か? 何かの拍子にこっちの世界に来ちゃったって訳か)
兵衛は一人黙って考え込むハジメをジッと見つめていたが、すぐ話題を村の事に移す。
「まぁ某は流浪の身、それほど深刻な事ではござらぬ。それより村の事で大事な話がある様子。そちらを進めて下され」
「おう、オレ達もそれで来てるしな。オレ達は村に来る盗賊を追い返すって仕事を受けて来た訳だが…」
そこでハーンはリバを見る。トウンも何かあったのかという顔でリバを見る。リバは困った顔をしながら口を開いた。
「実は父さん。領主様の船が何者かに襲われたらしくて、その犯人が村に来ていた彼等だろうと」
「なんと…」
「それで彼等を捕まえて奪われた荷物を取り返せとの命令が」
「その彼等ってのが船を襲った犯人か確証も無いんだけどな。犯人捕まえに行くなら依頼内容と異なる。こちらは問題無いが…」
ハーンはハジメ達に目で確認する。ハジメ達は頷き、ハーンは話を続けた。
「領主と言っても部外者からの変更だ。依頼主のアンタ達に許可得ないといけねぇ」
「領主様のご命令ならそちらを優先しないといけませんな。彼らを捕えれば結果的にこちらの願いも叶うわけですし」
「まぁそうなんだがな」
「それじゃ、その盗賊だか海賊だかの捕縛と荷物の奪還が目的になるわけだな。アジトを探さないといけないな」
チュカがそう言うと、トウンが口を開く。
「村に来ていた者達はおそらく海沿いの崖の下にある洞窟を根城にしているのではないかと…」
「洞窟?」
「はい、ここから南、マシュヴェリ河の河口近くに大きな崖があるのですが、その下が船が入れるほどの大きな空洞になってまして」
「海蝕洞ってやつだな」
「なんだそりゃ」
チュカのつぶやきにハーンが問う。
「海蝕洞ってのは波で崖が削られてできる洞窟だ。船が入るくらいデカイなら船ごとそこに隠れてるのかも知れないな」
「行ってみる価値はありそうですね」
「それじゃ、早速行ってみる?」
「そうだな準備してから行ってみるか」
「ちょっとよろしいか?」
兵衛が席を外そうとするハジメ達を呼び止める。
「某も連れて行ってはくれませぬか?」
「え?」
「いや、アンタは冒険者じゃねぇんだから村に居ろよ」
「某も村には恩がある身。恩返しに手伝わせてくだされ。足手まといになりませぬゆえ」
「って言ってますけどどうしますか?」
ハジメがハーンに問うと面倒臭いそうに頭を掻く。
「しょうがねぇ、それじゃ嬢ちゃん達は村に―――」
「私は行きますよ」
「サニーも行く!」
ハーンが言い切る前にクーネとサニーは首を横に振る。
「いや、だけどな…」
「すみません。オレからもお願いします」
ハジメもクーネ達を連れて行くことを願い出た。ハジメはコクメー村の依頼の時にクーネ達が攫われたこともあり、出来るだけ別れて行動する事を避けたいと考えていた。
「…わかったよ。じゃあ、チュカとテシン。わりぃが村の護衛頼むわ。アジトにはオレとハジメ、クーネ、サニー、それと兵衛の5人で行く。それでいいな?」
「かたじけない」
「ありがとうハーンさん」
「ありがとうございます」
「ありがと!」
「行くからには足手まといになるなよ! 特にハジメと兵衛。いざって時お前等は全力で嬢ちゃん達守れよ。死なれちゃ後味悪いからな!」
不機嫌そうに言うとハーンは村長の家を出て行った。ハジメ達もクスクスと笑いながら後に続いて外へ出て行く。
必要のない荷物を置いて出発の準備をするハジメ達。すると兵衛がハジメに話しかけてきた。
「ハジメ殿、少々よろしいか?」
「何ですか?」
「ハジメ殿はここの出身でござるか?」
「え?」
「いや、ハジメという名は某の居た所でも馴染みがござってな。こちらの方々の名に比べたら親近感があったので気になりましてな」
兵衛はニコリと笑う。ハジメは内心ドキリとしたが、表には出さず笑顔で応える。
(ど、どうする。前世の記憶があるんですなんて言っても信じてもらえるか…。クーネ達もいるし、ごまかすか…)
ハジメは横に居るクーネとサニーを気にして、ごまかすことにした。
「オレは生まれも育ちもここから北西にあるグァロキスクって国ですよ。小さい島国ですけどね」
「そうでござるか。いや、失礼した」
「兵衛さんはずっと村に居る予定ですか?」
横に居たクーネが聞いてきた。兵衛は笑顔でそれに応える。
「いや、修行の旅は続ける所存でござる。右も左もわからぬ地だが、見聞する旅もいい修行になろう」
「見聞かぁ。私達も似たような物よね」
「ん? ああ、そうだな」
「仲間だね!」
「む? ハジメ殿達も?」
「はい。オレ達も旅して周るつもりで冒険者になったんですよ」
「ほう、冒険者という職があるのでござるか」
「興味があるなら説明しますよ。旅するならなってて損は無いと思います」
「サニーも教えてあげる!」
「おお、かたじけない。それは助かる」
「おい、お前等そろそろ行くぞ!」
入り口の方からハーンの呼ぶ声が響く。
「それじゃ道中に説明しますね」
「よろしくお願いいたす」
ハジメ達が村長の家で話している時、村から少し離れた所から村の様子を伺っている2人の男が居た。草むらに隠れ、1人は小さな望遠鏡を片手にジッと様子を伺っていて、その後ろの男は肩のあたりを押さえている。
「イタタタ…あのへんな恰好した奴に叩かれた所がまだ痛むぜ」
「まぁ、お前が喧嘩腰だったのも問題あるがな」
「そ、そりゃ売り言葉に買い言葉みたいなもんでな」
肩を抑える男を見て軽く笑うと、村の方へ向き直り軽くため息を吐く。
「それにしても面倒な事になったな。詫びいれて終わりかと思ったら変な奴が護衛してるし、今度は冒険者連れて来たみたいだぞ」
「は? なんでだ?」
「そりゃ、オレ達を捕まえにじゃないか?」
「…それって不味くないか」
「ああ、とにかく急いで団長に報告だな」
男達は素早い動きでアジトに帰って行った。
[海蝕洞内のアジト]
「ほう、冒険者が…」
松明の明かりのみの薄暗い洞窟内、十数人の男達が集まっていた。中央には先程の2人の男、その2人の前には1人の男が立っている。その周りで屈強そうな男達が静かに話を聞いていた。
「はい、すぐにここに来ると思います」
「ふむ、どうしたものか…」
「やっちまいますか?」
「馬鹿、それはまずいだろ」
「でも捕まるのはもっとまずいだろ」
「金渡して帰ってもらうか?」
「帰ってくれるか?」
周りに居た男達がざわつきだす。だが男が手で制するとピタリと静まる。静まった事を確認すると男は振り返り、1歩引いたところで木箱に腰掛けている女に話しかける。
「どうしますか? 団長」
団長と呼ばれた女はニヤリと笑う。
「そうだね…適当に時間稼いで逃げちまおうか。船はもう出せるのかい?」
「整備もすぐに終わると思います。それが終われば」
「そうかい、それじゃアタシが時間稼いでる間に準備済ませてとんずらしちまおう。それでいいかい?」
「了解。わかったか、お前達。すぐに取りかかれ!」
「「「「了解!」」」」
蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの持ち場に戻って行く男達。それを確認すると男は団長と呼んだ女に話しかける。
「団長自ら時間を稼がなくても私がやりますが?」
「いや、副団長もやることあるだろう? 部下達が優秀だとこういう時一番暇なのは団長なのさ」
「ふふ、わかりました」
そう言うと副団長と呼ばれた男も一礼してどこかへ行ってしまった。それを確認して女は腕を組んで考える。
「村からなのか…この前襲った船繋がりか…さて、どんな冒険者なのかねぇ。ひさしぶりに手応えのある相手だといいけど」
女は楽しそうに微笑んでいた。
「海賊らしく、目指せ一繋ぎの大秘―――」
「団長、それはもう居ます」
「そうなのかい? それじゃカリビアン的な…」
「それもアウトです」
「…じゃあ、思い切って宇宙海賊キャプテンハー―――」
「それ以上はいけないッ!」
次回もよろしくお願いします。