第31話 黒い龍の紋章の2人
「おーい、こっちこっち」
応接室を出ると、窓口に立っているハジメが呼ぶのでクーネはそちらに向かう。窓口の向かい側にいたパラミノはクーネを確認すると話を始めた。
「それでは先程の続きですね。冒険者になられた御2人が実際に使う施設の説明からさせていただきます。ギルド内に入りますと、まずこのロビーがあります。ロビーには窓口、依頼掲示板、応接室がございます。1階が3級、2階が2級、3階が1級と、級毎にロビーが別になっています。そして依頼の受け方ですが、依頼掲示板に貼られた依頼から受けたい物を選び、貼られた用紙を持って窓口にお越し下さい。依頼掲示板は左から1つ星、2つ星、3つ星と別れています。基本、依頼は早い者勝ちですので、もしやりたい依頼を他の方に取られた場合は諦めるか、個人的に交渉してください。この交渉にギルド側は関与いたしません。あと用紙を取ってから受けるか決めるというのは他の方の迷惑にもなります。悪質な場合は罰則がありますのでご注意下さい。受けると決めてから用紙を取る。これが原則ですね」
「あの~」
クーネが軽くてを上げる。パラミノはニコッと笑顔で応える。
「はい、なんでしょう?」
「マシュメ支部はいいとして、他の支部で依頼を受ける時って私達の事わかるんですか?」
「はい、それはこれを使います」
パラミノは目の前に置かれた2つの装置を指した。1つは直径5cm、長さ15cm程の筒状の物、もう1つは片側が直径5cm、反対側が直径15cm、長さ20cm程の円錐台の物だった。
「これは?」
「こちらの小さい筒の方が"押印筒"、円錐台の方が"読書筒"と言います。冒険者の方々は体のどこかに押印筒で紋章を書かせていただきます。そしてその紋章に読書筒で個人情報を記入するわけですね。個人情報は紋章内に暗号化されて書かれる為、読書筒を使わないと読めません」
(バーコードみたいなもんかな)
「紋章ですが、複雑でなければどんな絵柄でも大丈夫です」
「え? 自分で決められるんですか?」
「はい。同じ目的や、気の合う仲間と組んで出来た集団を"チーム"と言うのですが、そう言う方々は皆で同じ紋章にするのが主流ですね。あと、絵柄はいつでも変更できます。それと、洗って落ちることはありませんので何かしらの理由で消したい場合は、最寄りのギルドをお尋ねください」
「絵柄かぁ・・・どうしたもんかな。オレ絵ってそんな得意じゃないし」
「私もそれほどうまくはないわね」
悩んでいるとパラミノが提案をする。
「どんなものにしたいかさえ教えていただければ、こちらで作る事もできますよ」
「本当ですか?」
「あまり複雑でなければですが・・・」
苦笑いをするパラミノ。自分で描かなくてよくなったハジメ、クーネは絵柄をどうするか考える。ふとハジメは肩に乗っていたパルを見て思いつく。パルは「キュイ?」と首を傾げている。
「あの、このパルを絵柄にできませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。あと何か要望があれば聞きますよ?」
「それじゃ、パルの横から見た姿で。飛んでる感じがいいですね」
パラミノはパルを見ながら、そしてハジメのリクエストに沿ったデザインを描いて行く。
「こんな感じでどうですか?」
大きな翼を広げ、パルが空中で留まっている時の姿を簡略化した絵だった。手を前にだし、口を空けているので威嚇しているようにも見える。
「おお! いいですよ。カッコイイです。こんな短時間でよく描けますね」
「いえ~、これも職員の必須技能なんで」
そう言い「エヘヘ」と照れるパラミノ。そしてずっと黙っていたクーネがハジメに話しかける。
「ねぇ、ハジメ」
「ん? どうした?」
「あの・・・私とチーム組まない?」
「クーネと?」
「うん。私もハジメと同じで、世界を見て周ってみたくて冒険者になったんだ。これも何かの縁だと思うのだけど。どうかな?」
「オレは構わないけど、仲間がいれば旅も楽しいだろうし。だけど・・・」
「だけど?」
「パルがいるとしても、2人で野宿とかする事になるだろ? そういうの大丈夫か?」
「ハジメが私を襲うかも?」
「だ、誰が襲うかっ!」
ここまでのやり取りを聞いていたパラミノがクスクス笑いながらクーネの提案に賛成する。
「たしかに女性の1人旅はとても危険ですね。チームを組む事は私もオススメします」
「ほら」
「ほらって、別に反対してないぞ」
「それじゃ決定という事で。よろしくね、ハジメ」
「ああ、よろしく」
「それでは2人とも同じ紋章でよろしいですね。次に体のどこに入れるかですが。毎回読み取りをするので上半身、腕とかやりやすい所がいいですね」
「じゃあ、オレは左腕で」
「私は右の二の腕にします」
パラミノは押印筒の片側に紋章を描いた紙をセットしてハジメの腕に押し当てる。パラミノが両手でしっかりと押さえ詠唱を始めると、筒に精霊文字が浮かび上がり、筒の中が光り出す。5秒程して筒を離すと腕には黒い龍の紋章が描かれていた。それを見てパラミノが何か思い出したかのように「あっ!」と声を上げる。
「あの、色も指定できた事言うの忘れてました・・・」
「あ~・・・オレは黒でいいですよ」
「本当にすみません。・・・クーネさんはどうしますか?」
「私も黒でいいですよ」
ちょっと落ち込んでいるパラミノに笑顔で応えるクーネ。先程と同じようにクーネの二の腕にもあっという間に紋章が描かれた。
次に読書筒を持つ。円錐台を逆様にした状態で持つと底の面が黒い板になっていた。パラミノはそこに、緑の石が先に付いたペンで、スラスラと文字を書き込んでいく。内容は応接室でハジメが用紙に書いた自分の情報だった。黒い板の上には緑色の文字が書かれているが板の表面に書かれたというより、板に文字が浮かび上がっているように見えた。すべて書き終わると読書筒を紋章に押し当てる。そしてパラミノが筒に魔力を込めると、筒に精霊文字が浮かび、黒い板に書かれた文字がサラサラと下に落ちていくかのように消えて行った。
「はい、これで完了です」
「あ、そうですか」
ハジメは腕の紋章を見たが、特に何か文字が書かれた様子はなかった。不思議そうにしていると再び腕を出すように言うパラミノ。出した腕に再び読書筒を押し当て、筒の中心部分を半回転させて魔力を込める。すると黒い板に先程書かれた内容が浮かび上がってきた。
「おお、本当に書き込まれてる」
「こういう風に毎回本人確認や情報更新をします」
「なるほど」
その後クーネも記入してもらい、説明は一通り終了した。
「登録に関する説明は以上です。これで晴れて冒険者です」
「「ありがとうございます」」
「このまま依頼を受けてみますか?」
「あ、いいんですか?」
「はい、3級1つ星なら半日で終わる内容の物もありますよ」
パラミノはニコリと答える。
「それじゃ早速依頼を受けましょうよ」
「ああ、そうだな」
「決まったらまたこちらにお越し下さい」
「「はい」」
パラミノにお辞儀をして2人は依頼掲示板の方へ向かう。
依頼掲示板の前は沢山の人が集まっていた。その中をすり抜けて1つ星の依頼が張ってある箇所の前に立つ。掲示板にはビッシリと依頼が張られていた。
「沢山あるんだな。え~っと・・・庭の草取り・・・屋根の修理・・・店番? こんな事までやるのか」
「冒険者って言うより何でも屋って感じね。もっと冒険者っぽいものがいいわ」
「どうせなら外に出てみたいよなぁ」
「ん~・・・あ! これどう? 薬草集め。えっと、街の南側・・・街を出てすぐの所に生えてるらしいから半日で済みそう」
「お、いいんじゃないか?」
ハジメの同意を得たのでクーネは依頼用紙を取り、2人でパラミノのいる窓口へ向かう。
「決まりましたか?」
「はい、これにしようと思います」
「フムフム・・・薬草集めですね。薬草1つにつき銅貨1枚で買い取らせていただきます。あと、注意事項ですが、岩熊の縄張りが近くにあります。岩場の方へは近づかない様にして下さい」
「岩熊・・・」
ハジメは泊まっている宿屋〔岩熊のねぐら〕に掛かってあった毛皮を思い出した。
「それ以外にも街の外には危険な動物が多数いますので細心の注意をして下さい」
「「はい」」
パラミノは用紙に書き込みをして判子を押す。
「それでは申込みはこれで完了です。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます」
「行ってきます」
お辞儀をしてハジメ達は外へ出て行った。
その様子を掲示板前にいる3人組がずっと伺っていた。そのうちの1人は港でゲンマーやハジメに絡んできた男だった。その男の隣にいた細身の男が話し掛ける。
「アイツ等、街の南に薬草取りに行くって言ってたな。どうすんだ? ハーン」
「あ? 決まってんだろ。後追うぞ」
ハーンと呼ばれた男は怒りの表情で入り口に向かう。他の2人も慌てて後を追う。
「別にいいけどよ。追ってどうすんだよ」
「オレをコケにした事を後悔させてやるんだよ。街の外なら衛兵もこねぇしな」
「い、嫌な予感するなぁ」
「だよな。オレもだ」
太った男が弱気な声で呟くと、隣にいた細身の男が頷く。港で2人はハーンとハジメのやり取りをただ見ていた。肩に手を置かれただけで、ハーンがその場に倒れた様子を見て、相手がとんでもない奴だと本能で感じていた。当の本人であるハーンはまったく気付いていなかったが。
「うるせぇぞ、テシン! チュカ! 黙ってついてこい!」
ハーン達が後を追っていくと、2人は宿屋〔岩熊のねぐら〕に戻って行った。それを確認したハーンはテシンとチュカに指示を出す。
「アイツ等これから準備して街を出るんだな。南の薬草が取れる所って1つだよな?」
「ああ、薬草集めはオレ達もやった事あるしな。同じ場所だろ」
「よし、オレ達は先回りするぞ。おい、チュカ。お前肉屋に行って兎か何かをいくつか買ってこい。血抜きしてないやつな」
「え? そ、そんなのどうすんだ?」
「へっ、街の外がどんだけ危険か教えてやるんだよ」
ハーンがニヤリと笑う。
(あ、コイツすごく小物臭い事考えてんな)
チュカは呆れた顔をしてハーンを見ていた。
またほぼ説明回になっちゃいました。次回は初仕事になると思います。小物臭が凄いハーン含む3人組もどう絡んでくるのか。
次回もよろしくお願いします。