第29話 始まりは出発と到着の交差点
新章突入です。気持ちも新たに頑張っていく所存なのでよろしくお願いします。
2012/7/1 感想でご指摘のあった点を修正しました。あと街の説明で一部東西を間違えて書いてました。いい歳して酷いミス。申し訳ありません。
2012/8/7 改行ミスを直しました。
2012/9/10 指摘のあった誤字脱字を修正しました。
[豪華客船"白金鳥"船内]
王都マシュメの港は灯台を中心に北に軍港、南に商業港と別れていた。そして商業港も灯台側が貴族や富豪の使う船、反対側は一般客船や商船が泊まるようになっている。
その商業港に停泊している客船の中でも一際目立つ船があった。他の船の倍程大きく、真っ白な船体にこれでもかと言うほどの豪華な装飾をしている客船。魔法による船体の強化、それを維持するために魔法使い、一流のスタッフ、一流の食材、賊対策の警備など、とにかく莫大な費用が掛かっており、乗る事が出来る客層がかなり制限される料金になっていた。つまり各国の要人や大富豪の乗り物だった。
そんな船の船内通路を白いローブを着た一団が通っている。先頭には少女と思しき小柄な女性、その後ろには更に背の低い老人、そしてその後ろに若い男女2人が続いている。全員フードを被っていて顔ははっきり見えないが、他の乗客は彼等を見るとすぐに道を開け、中には手を組んで祈る人もいた。
そしてある一室に差し掛かると、先頭に居た少女が足を止める。扉に書かれた番号と手にした鍵の札を見る。
「ここね」
後ろにいた男性から杖と荷物を受け取り少女は扉を開け中に入ろうとするが、後ろに居た老人に声を掛ける。
「爺や」
「何ですかな?」
「私ちょっと疲れちゃったからしばらく休むわ。食事の時間になったら起こして頂戴」
「わかりました。ワシ達は両隣の部屋に居りますでな。何か御用があればいつでも言ってくだされ」
「わかったわ」
少女はそう言うと部屋に入って行った。扉が閉まるのを確認して女が老人に話しかける。
「初めての長期の旅に御勤め、お嬢様もお疲れなのでしょう」
「ふむ、あのお転婆なクーネディアお嬢様が本当に立派になったもんじゃ」
老人は遠い目をしながら涙ぐみ始めたが、グッと堪えて厳しい顔をする。
「クーネディアお嬢様のお休みを邪魔してはいかん。2人とも部屋で静かにしておくように」
「「わかりました」」
3人は各自部屋に入って行く。部屋の中から聞き耳を立てていたクーネディアは扉の閉まる音を聞いてニヤリと笑う。
(よし、まずは第一関門突破ね!)
ベッドの上に荷物を広げ、いそいそと着替えを始めた。壁に掛かった鏡の前でセミロングの赤い髪を後ろで束ねポニーテールにする。美少女と言える整った顔立ちだが、祭りが目前に迫った子供の様に目をキラキラさせている表情は実際より幾分子供っぽく見えた。服装は紺色の七分袖のシャツの上に厚手の白い半袖ジャケット、ジャケットと同じ生地のハーフパンツに短いブーツを履いている。鏡で全体を確認して頷く。
(よし、次はコレね)
クーネディアは荷物の中から小瓶を取り出した。小瓶には"姿を消す魔法の薬"と書かれていて、使い方と注意書きも書かれていた。
(何々、"布にこの液をかければあら不思議。透明マントの出来上がりこれを被ればアナタも透明人間に!"・・・本当に大丈夫かしら)
マシュメに来る前に買っておいたイタズラ用の魔法道具だが、事前に効果を見ておけばよかったと今になって後悔する。だが、頭をブンブンと振り気持ちを切り替える。
(とにかくやってみなきゃ。このベッドのシーツでいいわね)
クーネディアはベッドのシーツは剥ぎ取ると、液体をシーツにかけた。すると見る見るうちに全体に染み込み透明になってしまった。
(わっ! すごい。ちゃんと透明になるのね。でも透明になっちゃうと、何処にあるか分からないわね・・・)
手探りで拾い上げ、頭から被る。鏡で確認したらちゃんと透明になっていた。一度シーツを脱ぎ、ローブと要らない荷物をベッドに纏めて上から布団を被せて偽装する。そして自分の肩の高さ程ある金色の杖を腰に差し、リュックを背負いシーツを被る。
(よし! それじゃ行動開始!)
ゆっくり扉を開け、外の様子を伺う。幸い人はいなかったので素早く外に出て扉を閉める。人にぶつからないように注意しつつ、船に乗り込んできた時の道を戻って行く。甲板に出ると出航の合図の鐘が鳴りだした。
(あ、出発! 早く下りないと)
足音を立てドタドタと降りて行ったが、出航の慌ただしさのおかげで周りの船員に気付かれることはなかった。そしてクーネディアが下りた直後、船は動きだして行った。
(ごめんね爺や。いつか帰るから)
申し訳なさそうな顔で港を離れていく船をしばらく見送った後、勢いよく振り返る。その表情は一変、期待と興奮に満ちていた。
「よし! それじゃまずはギルドね! たしか出口はこっちだったかしら」
クーネディアは白金鳥号が泊まっていた場所から一番近い通行口へと向かう。だが、通行口にいる衛兵を見て、途中で足を止めてしまった。
(呼び止められて身分を聞かれるのはまずいわ!)
慌てて違う通行口へ向かう。
(なんとかバレずに街に入れないかしら・・・)
次の通行口も衛兵が立っていたので素通りしてしまった。そして最後の通行口に差し掛かったところである事に気付く。
(あ、私今透明なんだから素通りできるじゃない)
「バカだな私」と少し落ち込みながら一番人通りが多かった中央の通行口へ向かおうとした時、水際の方から怒声が聞こえてきた。
「おいジジイ! テメェどこ見て歩いてんだ!」
声の方を見るとすでにゾロゾロと人だかりができ始めていた。
「何かしら」
クーネディアは自分が透明だという事も忘れて、ズカズカと人だかりの中を突っ切って行く。そして最前列に出ると3人の男が老人に因縁をつけていた。
「おい、どうしてくれんだ? テメェのせいで酒落としちまったじゃねぇか。あぁ?」
「わ、わしはちゃんと避けたじゃろ。それにアンタ、前も見ないで歩いとったじゃろ」
「あぁ!? オレが悪いってのか!」
男が老人に掴み掛ろうとした時、クーネディアは大きく息吸い、男を怒鳴りつけた。
[商船バトマス号前]
時間を遡る事数十分。マシュメの港に到着したバトマス号からハジメが降りてきた。岸に着くと、先に降りていた船長のレドンに挨拶をする。
「船長、本当にありがとうございました」
「なぁに、仕事のついでだ。気にする事ねぇよ」
レドンはニカッと笑ってみせる。それにつられてハジメも笑顔になる。
「そうだ、港の出口だがな。そこの通行口は商人と荷物の運搬用、真ん中が一般用、灯台のある方が上流階級用ってなってるからな。余所から来た一般の客や、冒険者は真ん中の通行路を通ればいいぜ」
「そうですか、ありがとうございます」
「おう! また故郷に帰りたくなったらバトマス商会に来な。オレが乗せてってやっからよ」
「はい! それじゃ」
ハジメは手を振ってレドン達と別れた。
港の中は人通りが多く、乗客、船員、商人らしき人やいかにも金持ちと言った風貌の人、鎧を纏った集団など多種多様な人。そして大量の荷物を積んだ台車などが行き交っていて大賑わいをしていた。そして灯台の方に泊まっていた巨大な白い客船も大きな鐘の音と共に出港していた。
「うわ、でかい船だなアレ。港自体の規模もナディーユとは全然違うし、街の方もどうなってるのか楽しみだなパル」
「キュィィ!」
人を避けながら中央の通路口を目指す。通行口の手前に差し掛かったところでいきなり怒声が響き渡った。
「おいジジイ! テメェどこ見て歩いてんだ!」
「ん?」
声の方を見ると、水際の方に人だかりができ始めていた。ハジメは人混みに入って行くか迷っていたが、自分の前方に人が通ったような隙間が出来ていく。まるで何かにぶつかったように人々が道を開けていくのを不思議そうに見る。
「なんだこれ? まぁ行けるなら見てみるか」
ハジメは人混みに出来た通路を素早く進み、最前列に来ることができた。そしてそこでは3人の男が老人に掴み掛ろうとしていた。
(なにやってんだアイツ等)
止めに入ろうとした矢先、誰もいないはずの前方からいきなり声が響き渡る。
「お年寄りになにやってんの! いい大人が恥ずかしくないの!?」
「あぁ?」
掴み掛ろうとした男も、その仲間も、老人も、周りの野次馬も、すべてが声のした方向を見る。そこには黒いマント羽織り、黒い鞄を持った若い男、ハジメが立っていた。
「へ?」
何が起きたのかさっぱりわからない様子のハジメ。しかし男は既に標的をハジメに変えていた。
「何だテメェ。女みてぇな声しやがって。なんか文句あんのか、あぁ?」
男がハジメに歩み寄ってくる。
(あれ? 何かオレの方に来るけど・・・。よくわからんが、とりあえず備えだけしておくか)
ハジメはマントの中の手に魔力を貯め、電気に変えた。
そして、この時点で実際の声の主、クーネディアも自分が透明だという事を思い出した。
(あ! 後ろの人が巻き込まれちゃった!?)
慌てて後ろを見る。自分より背の高いハジメの顔、正確にはハジメの目を見上げる。そして薄らだが紫色に輝く目を見てクーネディア思わず声を出す。
「え、その眼・・・」
だが、ハジメに掴み掛ろうとして勢いよくやってきた男に気付き、慌てて横に避ける。そして避けた拍子にシーツの端を踏んでしまいバランスを崩してしまう。
「キャッ・・・」
バランスを崩したクーネディアはそのまま海へ落ちてしまった。突然何もない所から声がしたと思ったら今度は海に何か落ちる音がして、ハジメは混乱しながら海を覗き込む。だが男に襟元を捕まれ強制的に男の方に顔を向けられる。
「テメェ、何海なんか見てんだ。舐めてんだろ?」
「・・・いや、もう何が何だかわからんが、とりあえずお前はうるさいから黙っててくれないか」
ハジメはとりあえず除外してもいいだろうと判断して男の肩にポンと手を置く。電気を帯びた手を肩に置かれた男は、一瞬体をビクンとさせ、白目をむいてグシャリと地面に崩れ落ちた。周りの野次馬から歓声が上がるが気にもかけず、ポンポンと襟を直して再び海を覗き込む。バシャバシャと何かが水面で動いているが何かいるようには見えない。
「何だ? 何かいるのか?」
ジッと目を凝らしていると、水中にチラリと足が見えた。
「もしかして人か!? パル、荷物見ててくれ!」
「キュイ!」
マントとベルト、手袋にブーツを脱ぎ捨てて急いで海へ飛び込む。周りに居た野次馬も何事かと海を覗き込む。そしてハジメがクーネディアを抱えて出てくるとバタバタと騒ぎ出した。
「おい! 女の子が溺れてるぞ!」
「誰か岸に上げるの手伝え!」
「おい、誰か医者呼んで来い!」
覗き込んでいた人たちの手を借りて岸に上がったハジメ達。そしてクーネディアの様子を見て人々が声を上げる。
「おい、息してないんじゃないか!?」
「なんてこった、ダメだったか」
「まだ若いのに」
皆の諦めた様子に呆れるハジメ。
(人工呼吸とかすることあるだろ! 何諦めてんだ!?)
多少苛立ちながら急いでクーネディアの様子を確認する。確かに呼吸が止まってた。
(え~~~っと。こういう時ってどうすんだっけ。たしか気道確保して・・・)
前世の記憶にある人工呼吸や心臓マッサージの方法を必死に思い出す。
(たしか合ってるはず。助かってくれよ!)
ハジメはクーネディアの口へ息を吹き込み、胸を一定のリズムで押す。周りの人間はハジメ行動の意味が分からないのか、不思議そうな目で見ていた。そして心臓マッサージを何度かしていると、
「・・・カハッ!」
クーネディアは飲んでいた水を吐き出し、再び呼吸を始めた。その様子を見ていた人達から歓声が上がる。
「おおおおお!」
「息吹き返したぞ!」
「何したんだ!?」
「よくわからんが、すげぇぜ兄ちゃん!」
歓声に包まれる中、なんとか助ける事が出来て深く息を吐くハジメ。落ち着きを取り戻し、周りの人に声を掛ける。
「あの、この人をどこか休ませられる場所ありませんか? 気を失ってるので」
「それならアタシ等に任せな!」
恰幅のいい女達が前に出てきた。前掛けと手袋をした姿からこの港で働く女達だとハジメは判断した。
「アタシ等の休憩所がこの近くにあるからね。濡れた服も着替えなきゃいけないし女のアタシ等のほうがいいだろ?」
「はい、助かります。それじゃお願いしますね」
「アンタは来ないのかい?」
「いや、オレは只の通りすがりなんで」
「通りすがりでここまでやるなんて大したもんだ! この嬢ちゃんにもちゃんと伝えておくからね!」
「はぁ」
女達にクーネディアを任せ、改めてハジメは自分の恰好を見る。服はビショビショに濡れてまだ水がポタポタと落ちていた。
「・・・まさか着いて早々こんな目に遭うなんてな」
「キュイ~」
「そういやあの絡んできた奴達どこいったんだ?」
電撃で気を失った男とその仲間達はいつの間にか姿を消していた。
「・・・ま、いいや。とりあえずまずは宿だな。着替えないと・・・っていうかこんな格好で泊めてくれる宿あるかな」
ブーツを履き、脱ぎ捨てた物を抱えて通行口へ向かおうとした時、声を掛けられる。
「あの~・・・」
「はい? あ、貴方はさっきの御爺さん」
先程男達に絡まれた老人が話しかけてきた。
「先程はありがとうございました」
「いえ、オレは特に何もしてないですよ」
「いやいや、貴方のおかげで暴力を受けずに済んだんじゃ。何かお礼させてはもらえんですかの?」
「お礼と言われても・・・。あ、そうだ。宿を探してるんですが、何処かオススメってありますか? できればそんなに高くない所で」
老人にそう聞くと満面の笑みで胸をドンと叩く。
「それならお任せくだされ! いい宿を知ってるんじゃ!」
ハジメは老人に案内され、街に入って行った。
王都マシュメは海沿いに城を中心にした半円の形になっていた。城の北には貴族の住む地区。東には上流階級の人間が住む地区。西には軍の施設、その先に軍港が繋がっている。そして城の南に隣接する中央広場から大通りが3方向に伸びており、灯台に続く灯台通り、南の正門に続く中央通り、東門に続く東通りとなっている。中央通りの左側は小さい店舗や宿がひしめき合っていて、右側には大店の建物や民家が並んでいた。
外壁の外には下級と呼ばれる住民達の家が年々増えて行っている。新たな住民が増え、その度に外壁を新たに作り直しているので、作り直す度に簡素になって行くのは仕方がなかった。街の中には今でも昔の外壁がいくつも残っている。
宿へ向かう途中に色々と街の事を説明されたハジメは、ゲンマーと名乗る老人の慣れた感じから観光案内の仕事をしているのかと聞いた。すると息子が宿を経営しているとの事で、初めてマシュメに来る宿泊客に毎回説明をしてるとの事だった。
「さぁ付きましたぞ。こちらが〔岩熊のねぐら〕ですじゃ」
小店舗が多い商業地区の中央を通る通称"商い通り"にある宿屋の中に入って行く。2階建ての建物は小さいながらも、隅々まで掃除が行き届いているようでハジメの印象は良かった。
「おぉ~い! お客さんじゃ~!」
ゲンマーが大声で呼ぶと受付の奥から男がやってきた。30代後半の大男で四角い愛嬌のある顔をしている。男はハジメを見るとニコリと笑いかける。
「おお、いらっしゃい! って、なんで濡れてんだい?」
男はハジメの恰好を見て首を傾げる。ハジメが答えようとしたが、ゲンマーが先に口を開いた。
「この方はのう、ゴロツキに絡まれとったワシを助けてくれた上に、溺れとった娘を海に飛び込んで助けた奇特な方じゃ」
「なんかすごい善人ってのはわかった。で、泊まって行くかい?」
「あ、お願いします。料金っていくらになりますか?」
「あ~、そうだった。それなら―――」
「ちゃんとサービスせんといかんぞ!」
ゲンマーの言葉にハジメは少し違和感を感じたが特に気にしなかった。
「わかってるよ親父。 それじゃ一泊銅貨15枚でどうだい? もちろん朝飯付きだ。夜は別料金になるがね」
(大体銅貨1枚100円くらいの感覚でいいはずだから一泊1500円。・・・無茶苦茶安いじゃん!)
ハジメはグァロキフスで生活している時から通貨の価値を円にして考えるようにしている。マシュメの都会っぷりを見て出費もかさむかと思っていたが、嬉しい誤算だった。
「そんなに安くていいんですか?」
「ハハハ、確かにウチは他の所に比べたらかなり安い部類だろうな。まぁ、それも親父のツテで食材とかが格安で手に入るおかげなんだけどな」
「そういう訳ですじゃ」
「なるほど。それじゃ5日分って事で」
ハジメはベルトに吊るした袋から銀貨を1枚出した。
「毎度あり! って名前を聞くの忘れてたな。オレはここの店主のハクマーだ。」
「ハジメ・アメジストです」
ハクマーは宿帳に記入するとおつりと部屋の鍵を渡し、2階の部屋に案内した。風呂は共同という事で、その場所と食事の時間の説明を受け部屋に入った。
「さて、それじゃ早速風呂に入ってくるかな。パルも行くか?」
「キュイイ!」
パルを肩に乗せ、着替えを持って風呂へ向かった。全身を綺麗に洗い、べた付きや潮の匂いは綺麗に洗い落とした。その後ハクマーに洗い場を貸してもらい、海水で濡れた服を洗わせてもらい干させてもらった。
全てが終わったころには日が傾いてきたので、ギルドには明日行く事にして1階の食堂で早めの夕食にする事にした。すると仕事が一区切りついたのかハクマーがジョッキを2つ持ってやって来た。ちなみに料理はすべてハクマーの妻が作っている。
「味の方はどうだい? アメジストさん」
「ハジメでいいですよ。こっちの料理は初めて食べましたけどおいしいです。あ、でもお酒は飲めないんで」
「おっと、そいつは残念だ。 おかわりは沢山あっから遠慮しないでくれよ」
「ありがとうございます。そうだ、あれってなんですかね?」
食堂の壁に掛かった大きな熊の毛皮を指差す。全体が灰色で手足の部分だけが黒い毛に覆われている。3m程あるので実際に目の前に現れたら相当な大きさに感じるだろうと思われた。
「おお、あれかい? あれがこの店の名前になってる"岩熊"さ。この地域に出る魔獣だな」
「魔獣?」
「なんだ魔獣を知らないのか?」
「名前くらいは・・・実際に見るのは初めてです」
「おお、そうかい。こいつは岩場なんかに住みついてる熊でな。敵に襲い掛かるときに手足に岩を纏わせるんだ。体の毛も硬くてコイツを倒すのには骨が折れるんだぜ」
魔力を持った動物を魔獣という事は学園で学んだが、グァロキフス王国には魔獣が居なかったので毛皮とはいえ見るのは初めてだった。
(土魔法を身に着けた熊・・・か。会ったら厄介そうだなぁ)
「ハクマーさんが倒したんですか?」
「ハハハ! まさか。この宿始めた時に記念に冒険者の知り合いに貰ってな。宿のいい宣伝になるってんで名前も〔岩熊のねぐら〕にしたってわけさ」
「たしかに印象に残りますね」
「だろ? そうだ、ハジメはこの国に来るのが初めてみたいだけど、何か用事かい?」
「いえ、世界を旅しようと思って。とりあえず明日ギルドに行って冒険者として登録しようと思ってます」
「へぇ! 冒険者か! そいつはいい。この街で活動する時は是非ウチを使ってくれよ。冒険者が有名になったら泊まってた宿にも注目が行くのは世の常だからな」
そう言いながら手にしていたジョッキを飲み干す。「仕事中じゃ?」と思ったが何やら嬉しそうなので黙っておくことにした。
「いやぁ、こんなデカイ街だからどうしても大通りの老舗に客持ってかれてなぁ。っと、いけねぇいけねぇ。客の前で愚痴ってたら親父にどやされちまう」
ハクマーは苦笑いしながら頭を掻いた。
「オレはこの宿気に入ってますよ。綺麗だし、安いし、旨いし」
「ハハハ! そう言ってもらえると嬉しいぜ! じゃんじゃん食ってくれよ!」
ハクマーは嬉しそうにもう一つのジョッキも飲み干す。ハジメもおかわりをして満腹になり部屋に戻った。
そして夜になり、ベッドに横になったハジメは気になる事を思い出していた。
(前々から気になってたけど"ギルド"に"サービス"って。なんで英語が存在してるんだろう。しかも日本人みたいな使い方だ。ノマージさんの御爺さんといい、向こうの世界の人がいるって事なのか?)
しばらく考えていたが答えが出ることはなく、いつの間にか眠ってしまっていた。
次の日の朝、ハジメは食堂で朝食を食べ始めようとしていると、入り口からドタドタと誰かが近付いてくる気配がした。
「見つけたわよっ!」
テーブルにバンッと両手を付き、ハジメを睨みつける少女。ハジメは何事かと思って少女の顔を見つめ思い出す。
「ああ、昨日の・・・」
昨日溺れた所を助けた少女、クーネディアが怒鳴り込んできたのだった。
新章のスタートなので短めにする予定がいつもよりちょっと長いくらいになってしまいました。
そして次回はとうとうギルドの話・・・になると思います。クーネディアの怒り具合によります。