第14話 商人貴族マダム・シヨナ
2012/01/29 タイトル変更。貴族商人→商人貴族。どっちでもいい気がしたけど気になったので。
2012/07/20 指摘のあった誤字を修正しました。
ハジメ団結成後、休日はヒルナン、ラニアンもシアン達と遊ぶようになった。最初ハジメ団の事を聞いたヒルナンは爆笑。ハジメの事を事あるごとに「ボス!」と呼んでからかっていたが、ハジメは徹底的にスルーしていた。ハジメ団の紅一点リニスもエルレア達女子学生と仲良くなっているようで〔黄天亭〕で集まっては女の子トークに花を咲かせていた。
カバン盗難事件を解決させ、犯人であるシアン達を改心させたハジメはクラスでの人気が格段に上がった。被害者のラミィが友人達に話したおかげなのだが、そのおかげで女子生徒からの人気がうなぎ上りだった。一部の男子生徒からの嫉妬の眼差しを強くなった。
充実した学園生活1年目もあと数か月となったある日。休日という事でこの日ハジメは街に来ていた。特に用事があるわけではなかったが、商業区を適当に散策していた。顔見知りになった店の店員と雑談をしたりしながら大通りの方へ出ようとした時だった。ハジメの後方から叫び声が聞こえた。
「ど、泥棒! だ、誰か捕まえてくだされ!!」
ハジメが後ろを振り向くとそれなりの人通りの中を男がこちらに向かって走って来ていた。手には女性ものと思われるバッグを持っていた。
「ガキ! どきやがれっ!」
男は勢いにまかせハジメを突き飛ばそうとする。ハジメはそれをサッと躱し足を引っ掛ける。引っ掛ける瞬間バッグの取っ手に触れた。男はバランスを崩し慌てて体勢を保とうとするが、そのまま人混みに突っ込んでいった。周りの人々も「なんだなんだ」と男に注目する。男は急いで立ち上がるが手元にバッグがない事に気付き振り返る。そこにはバッグを持ったハジメが立っていた。ハジメは躱す瞬間<魔法の縄>を取っ手に繋げ、男が転ぶ瞬間思い切り引っ張り取り返したのだった。
「ガキ! どうやって・・・!」
男はバッグを取り返そうと近づくが、ハジメの後ろから聞こえる声が大きくなってきているのに気付き、舌打ちして走り去ってしまった。
「ま、待たんか、泥棒!」
大声を上げていた男がハジメの横まで来た。白い髪をキッチリオールバックにした初老の男性で丸いメガネを掛けてる。ラウに似た服装から執事だと思われる男は肩で息をしていた。ハジメはさらに追いかけようとする男を止めた。
「なんだね!? 早くしないと逃げてしまう!」
「あの、バッグならここにありますよ」
ハジメは持っていたバッグを差し出す。驚いた男は差し出されたバッグを受け取り確認する。
「たしかにこのバッグは・・・。しかしどうして・・・」
「さっきあの人転ばせる時に取っておきました。女性ものの様だしあの人のじゃないですよね?」
「うむ、先程の男はいきなり奥様のバッグを奪ったのだ・・・とにかく無事でよかった。奥様! 奥様!!」
安堵したのも束の間、後ろの人ごみに向かって大声で呼んだ。するとゆったりとした足取りで女性がこちらに向かって歩いてきた。男と同じくらいの年で白髪のショートボブで困った顔をして近づいてくる。おそらく執事と思われる男と女性の服装からして貴族であろうと推測できた。
「あらあらスカリー、泥棒さんを捕まえたの? あら? こんな子供だったかしら?」
女性は細い目をさらに細めてハジメを見つめて困惑する。口調や仕草からおっとりした女性だとハジメは思った。
「奥様、こちらの少年は犯人ではございません。犯人からバッグを取り返してくれたのです」
スカリーと呼ばれた男はバッグを女性に渡す。
「まぁまぁ、それはありがとう。中身は・・・大丈夫みたいね。この中にとっても大事なものが入ってたのよ。無事に戻ってきて安心したわ。本当にありがとう」
女性はニッコリと微笑む。やはり貴族なのか仕草の一つ一つが上品だった。ハジメもニコリと微笑む。
「いえ、たまたま出くわしただけなんで」
「それでも大助かりよ。あらやだ、私ったら名前も名乗らないで。私はシヨナ・バトマス。こちらは執事のスカリーよ。よかったらお名前教えて下さらない?」
「ハジメ・アメジストです」
「ハジメ君ね、何かお礼をしたいのだけど・・・」
「奥様」
お礼を考えるシヨナをスカリーが止めた。
「約束がありますのでお礼はまたの機会に致しませんか?」
「あ、そうだったわね。えーっと、ハジメ君は学園の生徒さんでいいのかしら?」
シヨナはハジメの腕章を見て確認する。
「はい、初等科の1年ですけど・・・お礼なんていいですよ」
「いえいえ、それはいけないわ。後日改めてお礼をさせてもらうわね。ハジメ君」
そう言ってシヨナ達は行ってしまった。
「別にいいのになぁ」
一人残されたハジメもとりあえず学園に戻ることにした。
次の休日の日ハジメは街の広場にある貴族区への門の前に立っていた。
前日授業が終わった後に担任のフォケロからバトマス家から呼び出されていると告げられた。何かしでかしたのかとフォケロは心配したが事情を話すと安堵していた。フォケロの説明によるとバトマス家は貴族の中でもかなり上位に位置する名族だった。シヨナの夫はすでに他界しており、当主は息子であるコンディ・バトマスでこの国唯一の港町ナディーユを治めている。シヨナは元々大きな商家の1人娘で嫁いだ後もナディーユとバスティアでいくつも店を経営していた。
「聞けば聞く程すごい人なんだもんな・・・なんか緊張してきた」
緊張の面持ちで門番に事情を説明するとしばらく待つように言われた。それからしばらくすると執事のスカリーが現れた。
「お待たせしました。ハジメ様」
そう言ってお辞儀をするスカリーを慌てて止める。
「いえいえ、全然待ってないです。というか様はやめてください」
「そうはいきません。奥様の大事なお客人ですので」
「は、はぁ・・・」
「それでは参りましょう」
スカリーに案内され貴族区に入る。貴族区は商業区や住民区よりさらに綺麗に舗装され、高級そうな服を着た人々ばかりだ
った。
(これが身分の差ってやつかぁ・・・)
そんな事を考えながらキョロキョロ周りを見ていると目的のバトマス家に着いた。想像より格段に大きな屋敷に圧倒されるハジメ。前世のテレビ番組で見た海外の億万長者の豪邸が目の前に建っていた。
「こちらでございます」
豪邸に入り応接室に向かう。案内された部屋のソファーに座って待つように言い、スカリーは部屋を出る。飾ってある物など興味があったが大人しくソファーに座り待っていると、シヨナとスカリーが入ってきた。ハジメは立ち上がってお辞儀をする。
「いらっしゃいハジメ君。わざわざ来てもらってごめんなさいね」
「いえ、こちらの区には来た事なかったのでいい経験ができました」
「あら、これからはいつでも来てもらって構わないわ。何なら門番には話を通しておくから」
「いえいえ! 大丈夫です!」
ニコニコとそんな事を言うので慌てて止める。
「まぁ遠慮しなくてもいいのに」
残念そうな顔をするシヨナに苦笑いをするハジメ。シヨナは話を変えてハジメの事を聞く。
「ハジメ君はよく街に来てるのかしら?」
「ええ、〔黄天亭〕には入学試験でお世話になったので今でもよく行ってます。街の子達とも仲良くなったので休日はよく遊びますね」
「あら、カシルちゃんと知り合いなのね」
「カシルさんを知ってるんですか?」
「同じ商人仲間だし、子供の頃から知ってるわねぇ。いい女将さんになってる?」
「とってもいい人ですよ」
「ふふふ、よかった」
シヨナが嬉しそうに笑っていると、ドアをノックする音がした。スカリーが部屋の外に出て少しすると部屋に戻ってきた。
「スカリー、どうかしたのかしら?」
「店の方から新メニューの進展状況の報告でございました」
「あ、忙しいのでしたらこの辺で・・・」
ハジメが立ち上がろうとするのをシヨナが止める。
「せっかく来てもらったのにそんな事は出来ないわ」
「はぁ・・・」
「スカリー、新メニューは候補がいくつか出来上がってるのよね?」
「はい、ですが今一つなようでして・・・」
「そう・・・」
少し考えて何か思いついたように手をパンと叩く。
「ハジメ君、まだ時間大丈夫?」
「え? 大丈夫ですけどなにか?」
「一緒にお店行きましょう。社会勉強もかねて新メニュー開発を見学してみるというのはどうかしら」
「え? でも、邪魔にしかならないと・・・」
「あら、大丈夫よ。そうと決まれば準備しないといけないわね。スカリー支度をお願い」
「畏まりました」
(シヨナさん、おっとりしてるけど結構押しが強いんだな・・・)
呆気にとられているハジメを余所に支度を整える為部屋を出ていく。支度を終えたシヨナ達と一緒に商業区にある料理屋〔バトマス〕に向かった。
〔バトマス〕は本店が港町ナディーユにあり、こちらは支店だが支店オリジナルの料理を作ろうと料理人達が試行錯誤を繰り返していたのだが、なかなか納得のいく物ができていなかった。ハジメ達が付いた頃には料理人達は考えが煮詰まっている状態だった。シヨナ達も一緒になって考え始める。
「うーん、今までの料理と違ってもっと手軽に食べられるものがいいのよねぇ」
「そうなるとパンとかそういうものでしょうか」
「他の店にはない独創性のあるパンとなるとなかなか難しいですね」
「手軽に食べられて栄養もあるものがいいわね」
「え、栄養ですか・・・」
料理人達が必死にアイデアを出そうとしているのを離れて見ていたハジメは、そこに並んでいる食材を見ながらあるものを思いつく。それは前世でハジメがよく学校帰りに友人と食べていた物だった。
「あの・・・」
ハジメが声をかけると料理人達は一斉にハジメを見る。一瞬たじろいでしまったが、気を取り直して続きを話す。
「ハンバーガーなんてどうでしょう?」
「ハンバ・・・なんだねそれは」
「丸いパンを切って間に肉や野菜を挟んだ料理です。たぶんここにある食材でできると思いますよ」
「ハジメ君、よかったら作ってみてくれないかしら?」
「ええ、いいですよ」
(実際の調理法はわからないけどハンバーグ作る要領でパテさえ作ればあとはどうにかなるだろう)
ハジメはうろ覚えの記憶を頼りに薄いハンバーグを作り、店にあるソースからケチャップに近いものをかけ、野菜を数種類挟み、手作りハンバーガーを完成させた。料理人達は切り分けられたハンバーガーを食べる。
「ほぉ、調理方法は簡単だがなかなかうまいもんだな」
「これなら手軽に食べられますね。野菜とかいろいろ入って栄養バランスもよさそうだ」
「他の店でも見たことないしな」
好感触だったのでハジメはさらに補足をしておくことにした。
「あと、ソースや挟む具材でいろいろバリエーションが作れるのも強みですね。その場合○○バーガーと名前が変わったりしますね」
「なるほど・・・オーナー、これいいんじゃないですか?」
料理人の1人がオーナーであるシヨナに確認する。ハンバーガーを食べたシヨナも頷く。
「ええ、これでいきましょう。ハジメ君、レシピ作ってもらえるかしら。できれば料理人達に直接教えてもらえると嬉しいわ」
「わかりました」
それから数時間料理人達にハンバーガーの作り方を教えた。作り方と言ってもやる事さえ教えればプロの料理人なのですぐハジメより旨く作れたのだが。さらに一緒にアレンジをいくつか考え終了した。
「それじゃ、そろそろ帰ります」
「ハジメ君ごめんなさいね。お礼をするつもりで呼んだのに手伝わせてしまって」
「いえ、いい経験ができました」
「今回の事も踏まえてお礼はきっとするわね」
ハジメは笑顔でお辞儀すると玄関に向かう、料理人達も笑顔で見送ってくれたのでお辞儀して外に出た。
「ふう、なんか疲れちゃったな。寮に戻って早めに寝るかな」
そんな事を呟きながら学園に向かっていると向こうから男が歩いてくる。男の顔に見覚えがあったので思い出そうとしているとハジメの前で立ち止まった。
「やっと見つけたぞガキ」
「えっと・・・どちら様でしたっけ・・・」
「人の仕事の邪魔しやがって、大人をなめるとどうなるか教えてやらぁ」
「あ、アンタあの時のどろぼ―――」
ハジメが言い終わる前に男は懐からナイフを取り出す。それを見た周りの人々も騒ぎ出す。
「マジか・・・子供相手に刃物出すのが大人かよ・・・」
「うるせぇ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
男はそう叫ぶとハジメに向かって斬りかかってきた。周りの野次馬から悲鳴があがるが、ハジメは難なく躱す。最初内心冷や汗ものだったが、ナイフを使い慣れてないようで動きは見え見えだった。
「くそっ! くそっ! なんであたらねぇ!!」
男はブンブン振り回すが当たる気配がない。
(これ以上やってると騒ぎがさらにでかくなりそうだな・・・。とりあえず気絶してもらうか)
ハジメは右手の指先に少し魔力を集め電気をイメージする。すると指先に電気がバチバチと走る。男が斬りかかるのを躱す瞬間スッと右手で男に触れる。
「あががががががっ!」
男は痙攣するとその場で倒れてしまった。周りの人達もいきなり男が倒れたので何が起きたかわからない状態だったが、襲われた少年が何かしたことはわかった。少し間が開いた後歓声が上がる。
「すげぇぞ、坊主! なにしたかわかんねぇけど!」
「ヒュー!」
「やるなおい! あ、衛兵呼んで来る!」
「コイツ縛っておかないとな。誰か手を貸してくれ」
こうして街の住民の歓声の中、泥棒の逆恨みは返り討ちに終わり衛兵に連れられて行った。
1年目があと数日で終わるという頃ハジメは悩みの種が増えていた。元からあったハジメ団という名前のことはもう諦めたが、シヨナの店に教えたハンバーガーが大ヒットした事が悩みの種だった。街で大人気になりその人気ぶりにナディーユでも発売が決まった。それ自体は問題ない。ただ、名前に問題があった。
「おい、ハジメバーガーがナディーユの〔バトマス〕でも発売だって」
「とうとう本店でも売るのか。うまいもんなアレ」
「なんか話してたら食べたくなってきた」
「明日休みだし食べにいこっか」
「お、いいね!」
クラスメイトが話すのを聞いて頭を抱えるハジメ。
「○○バーガーとは言ったけどなんでオレの名前にするかなぁ・・・」
ちなみにシヨナのお礼はハンバーガーの売り上げの一部を毎月もらえるというものだった。2%程だがそれでも学生が持つ所持金を大幅に超えるもので必死に断ろうとしたがシヨナは聞く耳持たず毎月お金を届けてくれた。
街での泥棒撃退もハジメの街での知名度を上げた。ハジメバーガーの事もあって街を歩けば様々な人に声を掛けられるようになった。それ自体は嫌ではなかった。街での買い物もしやすくなったし悪い事ばかりではなった。
頬杖をついて溜息を吐くハジメにヒルナンが声をかける。その顔はすでにニヤニヤしていた。
「なんだよ、溜息なんてついてさ。こういう時はうまいもん食うに限る。ハジメバーガーとかな!」
必死で逃げるヒルナンと右手に電気を帯びたハジメの追いかけっこはその日の日暮れまで続いた。
文字通りお手製スタンガンでした。
名前だけでてきた港町も後々また出てくる予定です。