第12話 1年2組の天才とリーダーと女王様
大事な事を言うのをすっかり忘れてました。
あけましておめでとうございます。
「それじゃ、僕達はそろそろ行くよ」
叔父と呼ばれた男達が見えなくなってからシャワルがハジメ達にそう告げる。
「そっか。また時間が取れたら遊びに来いよ」
「ああ、ハジメ達も勉強がんばって」
「それでは失礼する。がんばってくれ」
シャワルの後にヨークソンもそう言うと後に続いて行った。
「シャワルと話してたおっさんなんかエラそうだったな。叔父って事はシャワルの親族だろ? 雰囲気っていうか、あまり似てないな」
シャワルがいなくなった後ヒルナンが先程の男に対して思った事を言う。それにはラニアンが答えた。
「さっきの人はルビカス様って言って国王オルティダ様の腹違いの弟だよ」
ルビカスは側室の子で王の血を引くが現国王は健在で後継者のシャワルもいるので王位に就く事はない。家臣達はどこか領地を与えようとしたが、厄介払いと思われたくないというオルティダの意向で王都に屋敷を構え、外交の仕事をしていた。
「へぇ、よく知ってるなぁラニアン」
「いやぁ、結構国中知れ渡ってる話なんだけどね」
「あ、そうなんだ。オレ達村から出ることなかったからなぁ。そういう話は疎いんだな、しょうがない、うん」
ヒルナンが納得という顔をしている。話を聞いていたハジメはある疑問が出てきたのでラニアンに聞く。
「もしシャワルがいなかったらルビカスが次の国王になってたって事かな?」
「え? うーん・・・そうなるかな。ルビカス様はオルティダ様より10歳若かったはずだし、オルティダ様に子供がいなかったらルビカス様、そしてそのまま王位はルビカス様の子供に行く事になる・・・のかな」
ラニアンが考えながら答える。するとヒルナンが思いついたように席を立ち喋りだす。
「わかった! 前シャワルを襲ったのってルビカスなんじゃね!? 王になりたかったんだよきっとさ!」
「ええええっ!? 襲われたって!?」
ヒルナンの発言に驚きを露わにするラニアン。するとエルレアがヒルナンに注意をする。
「証拠がないのに決めつけてはダメ」
「む、たしかに証拠がねぇなぁ。お?」
「えっと・・・襲われたっていうのは?」
「あ~、それは後で説明するぜ。とりあえず食堂開いたっぽいし話の続きは食堂でしようぜ」
ヒルナンは食堂の方を指さす。食堂が開いたようで生徒達がゾロゾロ食堂に入っていくのが見えた。4人は話を中断して食堂に向かう事にした。
食堂で席に着き食事を始めながら3人はシャワル達との出会いとその時起きた事を簡単にラニアンに説明した。ラニアンは説明を聞いた後考え込む。
「へぇ・・・大変な事が起きてたんだね。でもそんな事があったら国中に知れ渡りそうなんだけど」
「誰かが口止めしたんじゃないか? 王かシャワルか家臣か・・・」
「そっか・・・うん、そうだろうね。公になったら大問題になるからね」
ハジメの考えにラニアンも納得して頷く。
「ま、ヨークソンさんいればシャワルは大丈夫だろ。それじゃ次はラニアンの話にしようぜ!」
「え? 僕?」
突然ヒルナンから話を振られたラニアンはキョトンとしている。
「おう、ラニアンはなんでここに来ようと思ったんだ?」
「あ、それはね。僕の両親が商人をしてたのだけど僕が3歳の時に死んじゃって。それから祖父の住む村で暮らしてたんだ。港町の近くにある小さい村なんだけどね。僕も商人になりたいと思ってたんだけど、それなら学園に通って勉強したほうがいいって祖父に言われて。魔法もちょっとは使えるから魔法科に入ろうと思ったんだ」
「なんか悪い事聞いちゃったな。すまん」
ヒルナンが謝るのとラニアンは「気にしないで」と慌てる。
「商人になるなら学術科の方がいいんじゃないか?」
ハジメが思った事をラニアンに聞く。
「商売の事は祖父が一から教えてくれる事になってるんだ。商人は色々な街を行き来する事もあるから身を守る術を持ってる方がいいって言われて。剣術は僕には向いてなかったから魔法科にしたんだ」
そう言われてハジメは納得した。商人が取引の為に他の街に行く事は少なくない。そうなるとモンスターや盗賊などに襲われる危険もある。ある程度財力のある商人は代わりの人間に行かせたり護衛を雇ったりできるが、小規模の商人はなかなか難しい事だった。出費はできるだけ抑えたいので自分の身は自分で守るしかなかった。
「御祖父さんも商人なのか?」
「うん、この国の商人ではなかったらしいけどすごい商人だったって聞いてるよ。今は引退しているけどね。魔法も使えて現役の時は護衛をほとんど付ける事はなかったって。僕もそんな風になりたいなと思ってるんだ」
祖父の事を嬉しそうに話すラニアンを見て3人も笑顔になった。
「そういえば」
ハジメが思い出した事をヒルナンに聞く。
「ヒルエさんからヨークソンさんへの手紙ってなんだったんだ?」
ヨークソンが強制的に話を打ち切った事だった。エルレアも興味があったのかヒルナンを見て答えをじっと待つ。ヒルナンはニヤニヤとした顔をしていた。
「あれはラブレターだな」
「は?」
ヒルナンの答えにあっけにとられるハジメ。エルレアは「やはり」と納得の顔だった。ちなみにヒルエを知らないラニアンはニコニコと話を聞いているだけだった。
「ヨークソンさんが村に来てた時に騎士達の世話してたのが母ちゃんと姉ちゃんだったろ? ヨークソンさん姉ちゃんに一目惚れしたみたいでさ。姉ちゃんもそうだったみたいだけど。村にいる間結構2人で話してたみたいだぜ。んで、手紙のやり取りの約束してたってわけだな。あれはヨークソンさんからの手紙の返事ってとこ」
「返事って、ヒルエさんいつ手紙もらったんだ?」
この世界では手紙のやり取りはほとんどされていない。街の外はモンスターや盗賊などがいるので郵便のシステムがちゃんと機能するのは難しい事だった。
「ああ、入学試験の時ヨークソンさんに会ってさ。その時に渡されたんだ。2日目の選択科目試験の時に居てさ。仕事の休憩中だったらしくて渡してすぐ帰って行ったけどな」
「あの人そんな事してたのか・・・」
「姉ちゃんにも遅い春が来たって事だな。よかったよかった」
ヒルナンは「うんうん」と手を組んで頷いている。
「お前の立ち位置がよくわからんが、まぁそれはいいとして村と王都じゃ遠いよなぁ。手紙のやり取りしかできないし、それも厳しいだろ」
「そこなんだよなぁ・・・。なにかいい方法ないかなって思ってんだよな」
「あ、あの・・・ちょっといいかな?」
考え込んでる3人にラニアンが話し掛ける。
「お! ラニアン、何かいいアイデア思いついたか!」
「あ、いや、そうじゃないんだけど・・・。そろそろ時間だし教室に行った方がいいんじゃないかな」
そう言われて3人が周りを見るとほとんどの生徒がいなくなっていた。
「うお! やべぇ、行こうぜ! で、教室ってどこ?」
ヒルナンは急いで食堂を出ようとするがどこへ向かえばいいかわからず立ち止まり後ろにいる3人に聞く。
「初等科棟の入り口に組分けの張り紙があるから」
エルレアの答えを聞いて再び走りだす。その後ろを3人は歩いて行った。
初等部棟入口に貼ってある張り紙の前には新入生の人だかりができていた。ハジメ達は少し離れた所で立っていた。
「やっぱりここからだとよく見えないな。無理してでも前に行くか」
「待って。たぶん、ヒルナンが見てきてくれてる」
人だかりに入ろうとするハジメをエルレアが止めた。ヒルナンは一足先に来ていて人だかりに突っ込んでいったようだった。
「そうだな、とりあえずヒルナンを待ってみるか」
ハジメ達が待っているとヒルナンが人だかりをかき分けて戻ってきた。
「ぷはぁ、やっと出れた・・・。お! 3人ともこんなとこにいたのかよ!」
「おつかれ、組分けどうだった?」
「おお! オレ達みんな2組だったぜ!」
「へぇ、うまいことなるもんだなぁ」
「うん、よかった」
「せっかく知り合えたから一緒の組になれてよかったぁ」
「じゃ、行こうか」と教室に向かう3人をヒルナンが止める。
「ちょっと待て! お前等オレに見に行かせて待ってたのかよ!」
「ヒルナンならみんなの分見てくれると思ってな。これが信頼ってやつだな」
「その信頼はオレの知ってる信頼じゃねぇぞ!!」
「そんなことよりそろそろ教室行った方がいいぞ」
人だかりを作っていた生徒達がゾロゾロと初等科棟に入っていくのを指さしながらハジメが言うと、ヒルナンも渋々ハジメ達に続いて教室へ向かう。
初等部は1学年を3つの組に分けていた。分け方は受験番号順に3等分しただけというシンプルなものだったので3人は勿論、番号が近かったラニアンも一緒の組になることができたのだった。
教室に入り、各自席に座って待っていると教室に2人の男女が入ってきた。1人は白髪で50歳くらいの男性、もう1人は赤茶の長い髪を後ろで纏めた20代後半くらいの女性だった。
「えー、みなさん入学おめでとうございます。私がこの2組の担任をするフォケロと言います。よろしくおねがいしますね」
ニッコリ微笑んで一礼する。恰幅がよくすこしお腹の出ており、顔も温厚そうでずっとニコニコしていた。
「そしてこちらが副担任のレーネット先生です。」
フォケロは隣のレーネットを紹介するとレーネットは1歩前に出て挨拶をする。
「はい、副担任のレーネットです。みなさんよろしく」
レーネットは白のシャツに黒のロングスカートという服装で化粧っ気がなかったが美人の類に入るのは一目瞭然だった。
「選択科目はそれぞれ担当の先生がやりますが、共通座学は私達2人でやっていきます。なにか相談事などあればどの先生でも構わないので遠慮なく言ってください」
共通座学は組毎に授業を行うが、選択科目の授業はそれぞれ別教室に移動して行う事になっていた。同じ組だが授業の約半分はヒルナンとエルレアと別れることになる。だが、他の組の同じ科目を選んだ生徒とも知り合いになれるかもしれないと思うと不安や期待を感じるハジメだった。
通常授業が始まると4人は色々と注目を浴び学園内での知名度を上げていった。
ハジメは魔法の授業では<精霊魔法>を2属性扱え、他の生徒より格段に高い技術と知識を持っていたので天才扱いされていた。他の勉強もいつも上位の成績な上に見た目の良さといつも落ち着いた雰囲気から女子生徒の人気も高かった。まんざらでもなかったがそれが原因で一部の男子生徒から敵視されることもあった。それに対してはスルーすることにしていた。前世の記憶があるので自分に向けられる敵意はわからないでもなかったからだった。
ヒルナンはすぐ他の生徒とも仲良くなった。選択科目の授業でもずば抜けた腕前を披露した上に気さくな性格のおかげで頼れるリーダーとなった。ガキ大将と言った方がいいかもしれないが。そのおかげで他の組の揉め事まで引っ張り出される事もあったが嫌な顔せず「まかせとけっ!」とすぐに駆けつけるのでさらに頼りにされた。
ラニアンは他の3人ほど目立った事はなかったが、運動以外の成績は申し分なかった。小柄な体格と犬耳のおかげか、一部の女子生徒、特に上級生に「子犬みたいでかわいい!」と人気があった。
そして一目置かれたのがエルレアだった。エルフの彼女は成長が遅く、同年代より幼く見えるが誰もが認める美少女だった。そんな外見からすでに人気はあったのだが、彼女の立ち位置を決定付ける事が入学2か月目に起きる。事の発端はエルレアが仲良くしだした女生徒が同じ組の男子生徒に突き飛ばされ女生徒が泣いてしまうという事だった。原因は些細な事だったが男子グループと女子グループがもめ出したのでヒルナンが仲裁に入ろうとした時、エルレアがスッとその男子生徒の所に行った。それを見たヒルナンはすぐに元居たハジメ達の所に戻る。
「そんなとこに突っ立ってるソイツが悪いんだろっ! ・・・ってなんだよお前!」
女子達に注意され怒鳴っている男子生徒が目の前に来たエルレアを突き飛ばそうとした瞬間、スッと男子生徒の横に移動し、肩に手をかけ、膝の裏を軽く蹴って強制的に正座させる。あまりの早業に誰もが何が起きたかわかっていなかった。やられた男子生徒もすぐには何が起きたかわからなかったが自分が正座していることに気付きすぐに立ち上がろうとする。だが肩に置かれたエルレアの手がそれを許さなかった。肩に手を置いたまま男子生徒の前に移動したエルレアをキッと睨むがエルレアの眼を見てすぐ目を逸らしてしまった。凍りつくような冷たい視線が男子生徒に突き刺さっていた。さっきまで騒いでいた周りの生徒も完全に固まっていた。
「な、なんだよ! なんなんだよ!」
目線を合わさず虚勢を張る男子生徒にエルレアは言葉を口にする。普段と同じ声の大きさだが、トーンは低く拒否は認めないという意志が籠っていた。
「謝りなさい」
「え? なんでオレがあやま―――」
「謝りなさい」
謝らなければ助からないと錯覚をしてしまいそうなエルレアの重圧に男子生徒はブルッと震え、突き飛ばした女子生徒に向かって頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
男子生徒が謝るとエルレアの手がスッと離れる。男子生徒がエルレアを見るとエルレアは少し微笑んでいるように見えた。
「悪い事したら謝らなきゃね」
エルレアはそう言うと突き飛ばされた女子の方へ行った。ここまできて他の生徒のざわつきも戻ってくる。だがそのざわつきはさっきまでと違っていた。
「こ、こぇぇぇ・・・・。」
「あ、あんな目されたら謝る以外にねぇよ」
「氷のようだったわね」
「氷の女王って感じだったわ」
「女王様だな」
「でもかっこよかったよね」
「かっこいい女王様だな」
生徒達がそんな事を言ってるのを教室の端の方で聞くハジメとヒルナンとラニアン。
「やっぱ怒ったエルレアには近づかない方がよかった。オレの判断は正しかったな」
「判断っていうかヒルナンは過去に経験してるからだろ」
「え、ヒルナン君エルレアさんを怒らせたことあるの?」
「ああ、コイツずっと前にエルレアの本汚して読めなくした事があったんだよ。あの時は怒られてたなぁ」
「ああ・・・。まさか半日正座させられてずっと睨まれるとは思わなかった。しかも説教付きで・・・」
ヒルナンが昔を思い出すようにどこか遠いところを見つめて言った。
「・・・・・・僕絶対に怒らせないようにしよう」
「それが賢明だな」
この日からエルレアに『2組の女王様』と言うあだ名がついたのだがそれを本人に言う生徒は1人もいなかった。
怒ると怖いエルレアです。
珍しくタイトルが先にできた話でした。