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舞台開幕

「それでどうなるのですか? ルドラは生き返るのですか?」


 私が問うと、ルドラは笑って空とぼけた。


「どうだろうね」

「意地悪しないで教えてください」


 私が尚も食い下がると、ルドラはもっと笑った。


「大丈夫! 私もハルもちゃんと幸せになるんだから」

「そうですか。良かったです」


 幾ら作り話とはいえ、やはりルドラには幸せになって貰いたい。


「では続きを」

「無いよー」

「え?」

「だって続きは分かるでしょ?」

「分かりません」


 分かる訳が無い。ルドラが生き返るというのは分かったが、それからどうなるのだ。その後、二人は町の住人になるのだろうか。内容を鑑みるにそういう流れだ。そこで私は探偵の手伝いをする様だ。一方、ルドラはどうだろう。薬を作るのが得意だから町で医者を開業するのはどうだろう。それだと何となくしっくりくる。明るい笑顔で町の人々の苦しみを治していく。それは如何にもルドラらしい。そうして探偵や吸血鬼、警部や人造物、町の人々と日常を送るという場面が浮かぶ。


 そう考えてみれば、話の先を想像出来ない事も無い。だがそれは想像でしかない。それが本当かどうかは、ルドラが語らなければ分からないのだ。


「やっぱり分かりません。中途半端です」

「そんな事無いよ。だってこのお話は私とハルの為のお話だもん。この前描いた夜の女王様みたいに誰にでも読める物じゃなくて、私とハルしか読めないお話なの」


 ルドラは悪戯っぽく笑った。だがそう言われても分からない。


「ルドラと私だけの?」

「そう。さっきの続きは、結局今と同じ。私とハルは幸せに暮らしていくの。今と同じだったら語るまでもないでしょ? だから省略して良いの」


 そうだろうか? そんな事は無い気がする。


「それにね、この物語は現実とリンクさせてるの」

「ええ。確かにルドラの事や私の事は現実と同じでしたね」

「ね?」


 ね? と言われて片目を閉じられても分からない。何が言いたいのだろう。最近漸く打ち解けて、ルドラの突飛な言動にも慣れてきたというのに。今のルドラの言動は分からない。何だか悔しい。


「ね? と言われても分かりません」

「えー、なんでー? つまりね、さっきのハルの過去でお話が最初に戻るでしょ?」


 創作の中の私の過去、つまり私がルドラの死を看取って意識を失う所。意識を失った私は、それから数百年経って意識を回復する。それが物語の始まり。


「はい」

「そこから話が始まって一周して、またハルの過去で最初に戻るでしょ?」

「はい」

「つまりお話の時間はループしているの」


 私が起床する。理由を探す。事件を解決する。記憶を取り戻す。過去を見る。過去が起床に繋がる。理由を探す。事件を解決する。記憶を取り戻す。過去を見る。過去が起床に繋がる。


 確かにずっと繋がっている。


「成程。珍妙ですね」

「そう、変なの。このお話は途中で切れてるからずっと同じ所を回らなくちゃいけないの」

「嫌です。ずっとルドラが死んでしまいます」

「うん、まあ、それはそうなんだけど……ありがと。とにかく! このお話を知った人はもやもやしちゃうの。だってゴールが無いんだもん」

「スタートはあるのに変ですね」

「読み始めたらスタートも無くなっちゃう。でもね、私とハルは違うでしょ?」

「違うとは?」

「つまり私もハルも物語の中に居る以前に今、この現実に居るでしょ?」

「はい」

「だからね、お話から脱出出来るの」


 どういう事だろう。私は現に抜け出せないでいる。話は途中で切れて、その先が私には分からない。


「物語は実際にはあの続きがある訳でしょ? ループするのは物語の中の因果軸だけ。実際の時間軸はあの後、ハルが記憶を取り戻して、それから私が生き返る所に繋がるでしょ?」

「やっぱりルドラは生き返るのですね」

「あ! 言っちゃった!」

「良かった」

「もう!」


 死んでしまってそのままというのではあんまりだ。それが現実とリンクしているのであれば尚更だ。


「そういえば、話の中の探偵や吸血鬼は話の中では既にあの町に居るんですよね? まさか本当に?」

「どうだろうねぇ。でもね、ほらこれ見て」


 ルドラが画面を私の前に浮かび上がらせた。それは新聞で、記事には麻薬組織が壊滅した事が記されていた。


「ほら、ここに逮捕した人の名前が書いてあるでしょ? ザディグって言う人。この人ね、他にも沢山の犯罪組織を捕まえたんだって。もしかしたらこの人が将来探偵さんになるかもよ」

「そういえば、この前吸血鬼の女性が見つかったっていう話もありましたね」

「そうそう。それを参考にしたんだけどね。どう? もしかしたらさっきの話は本当になるかもしれないでしょ?」

「うーん」


 そんなに考え込むことじゃ無いと思うけど とルドラが首を傾げた。


「いいえ、納得出来ないのではないのです。ただ、もしも本当になったらルドラが」


 ルドラがきょとんとして、


「心配してくれるの?」


と言った。何を言う。


「当然です」


 ぱっと明るくルドラは華やいで、正座する私の膝の上にその頭を載せてきた。


「ありがとう!」


 私はその笑顔を見下ろした。ルドラの笑顔を見ているととても幸せな気分になる。今この時はとても幸せな時間だ。ところがその笑顔が急に真面目な物に変わった。


「あ、そうだ、脱線してた」

「そうでしたか?」

「そうだよ! もう、ハルが話の腰を折るから」

「すみません」


 ルドラが身を起こして、また私とルドラは正対した。


「だから、えーっと、つまりね、お話を聞いている人は物語られた事しか把握できないから、ずっとぐるぐるお話の中を回っちゃうの。だけど物語の中の登場人物はお話が終わった後にも物語の中で生活するから、お話から脱出できるの」


 何となく分かる。物語を見る者にとってエンディングはお終いだが、物語の登場人物にとってエンディングは区切りでしかない。まあ、お話が終わったらその登場人物もまた終わってしまうという考え方もあるだろうけど。


「だからね、本当なら物語の中の登場人物しかお話から抜け出せないんだけど、居るでしょ? この現実に物語の中の登場人物が」

「何処に居るのでしょう」


 探偵もカーミラも見た事が無い。モデルはある様だが、それの事だろうか。


「だーかーらー、私とハル。二人だけお話の中から抜け出せるの。だって物語の中の登場人物なんだから、お話の先が分かるの」

「分かるのは、物語の登場人物であって、私達では無いのでは? 実際、私は分かりません」

「違うの! だから、私とハルの二人は物語の中と同一存在だから、物語の中の二人が体験する事は私達も体験する事になるの」


 ならない気がする。言いたい事は何となく分かるのだけれど。


「やっぱり実際にそのお話の中に入らないといけない気がしますけど」

「もう、分からず屋!」


 拗ねてそっぽを向いたルドラは扱いかねる。未だにどう接して良いか分からない。とにかく今の話題を続けていても泥沼になりそうなので、別の話題にしようと考えた。


「そういえば、物語の中で」

「何?」


 ルドラが如何にも怒っていますという低い声で、私の事を横目で睨む。怖い。


「私の記憶を抜く時に最後何かを言いますよね。途中で、私は聞き取れなくなって分からずじまいでしたけど、あれは何て言ったのですか?」


 世界でたった一人の私の──。その後の言葉は一体何なのだろう。気になる。出来れば好意的な言葉が良い。家族、とまではまだ行けていないかもしれないけれど、味方位の地位には居たい。


「あれは」


 そこまで言って、ルドラは急に背を向けると、立ち上がった。


「じゃあ、私は薬を作らなくちゃいけないから」

「あ、ちょっとルドラ」


 ルドラは逃げる様にして、扉の向こうに入り込み、顔だけ出してこちらを窺う。


「今回はダイトーリョーっていう偉い人の為の薬を作らなくちゃいけないの」


 それまでの幸せな気持ちが一転して、急に不安になった。さっきの話の中でもルドラはそのダイトーリョーという人の薬を作って酷い事になったのではなかったか。


「まさか薬の後にお酒を飲むと危ないのですか?」

「そうだよー」

「なっ! ルドラ、駄目です」

「大丈夫大丈夫。ちょっと眩むだけだし」

「でも」

「ちゃんとお酒を飲んじゃいけませんて言うから大丈夫だよ」

「それはそうなんですが」


 普通に考えればそう言われて飲む者は居ない。居ないはずなのだが。不安だ。大丈夫だろうか。


「ハルもそろそろメンテナンスの時間でしょ。長丁場なんだから気合入れなよ」

「はい」


 メンテナンスは二日。その間にハルに何事も無ければいいが。不安に思いながらも、不安以上の根拠がある訳ではない。だから私は大人しくメンテナンス装置に入り込んだ。身を横たえる寸前に辺りを見回して、いつもと同じ部屋を眺める。


 壁紙は無地の極薄いブラウン、二人の為のソファとテーブル、天井のシャンデリアとその端から垂れ下がる良く分からないお土産──それはルドラの両親が買ったらしい、たった一つの形見らしい形見、それから観葉植物にぬいぐるみ、さっき読んでいたハルの自作の本とエアネットで取り寄せた古書、それらを収める本棚に小物が陳列する棚、この前作った粘土細工の人形に町の外の人から貰ったオブジェ、食べかけのお菓子に最近発売したジュース。


 どれも見慣れた物だ。これからずっとここで暮らすのだろうと今まで固く信じていた部屋だ。でももし次に起きた時に、部屋の中が真っ白になっていたら。


 何も無ければ良いけれど。そう思う私の意識はメンテナンスの開始にあたって途切れた。



 メンテナンスを開始します。

 チェックを開始します。


 確認が終了しました。

 異常個所を修正します。


 修正が完了しました。

 起動します。


 記憶装置が繋がっておりません。

 記憶装置が繋がらないまま活動すると故障の原因になります。

 記憶装置を繋いでください。

 ゼロプログラムを削除しようとしています。

 ゼロプログラムが無いまま活動するロボットは条例で処分されます。

 それでもゼロプログラムを削除しますか?

 y


 指定された命令は実行できません。

 指定された命令は実行できません。

 指定された命令は実行できません。

 指定された命令は実行できません。

 指定された命令は実行できません。

 指定された命令は実行できません。


 この機能を停止すると活動に支障が出ます。

 それでも機能を停止しますか?

 y

 この機能を停止すると活動に支障が出ます。

 それでも機能を停止しますか?

 y

 この機能を停


 予期せぬ終了により起こった異常を全て回復し終えました。

 起動します。

 正常である事を確認しています。

 確認が終了しました。

 起動しますか?

 y

 記憶の読み込み中。

 読み込みに失敗しました。

 初期化します。

 しばらくお待ちください。



 目を覚ますと見慣れない白い部屋の中に居た。物は何一つない、ひたすらに白い部屋。窓も無ければ電灯も無い。あるのは四つの扉と、私と遺体だけ。

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