絵本改訂
その国には夜の女王と昼の王が居た。夜の女王は色々な知識と大きな力を持っていて、お城の中で人々を助けていた。昼の王は何の知恵も力も持っていなかったけれど、皆から好かれていたので国を治めていた。夜の女王は昼の王に知識と力を与えて、昼の王はそれを使って国を治めた。皆は二人のお蔭で国が治まっている事に感謝していた。
でもある時、昼の王がやって来てこう言った。
「お前はもういらない」
夜の女王が理由を聞くと、昼の王はもう夜の女王に頼らなくても国を治められるからだと言う。それなら一人で国を治めてみろと夜の女王が力を貸さないでいると、昼の王と人々は本当に夜の女王無しで暮らし始めた。夜の女王はお城の中で一人ぼっちでその様子を眺めていた。
自分は必要とされなくなったのか。一抹の悲しさを憶えて城の中で座っていると、城の門が叩かれた。ほら見た事か。何か問題があったに違いない。夜の女王は嬉しくなって台座から飛び上がって門を開けると、そこには昼の王と人間達が居た。きっとどうしようもなくなって、助けを求めに違いない。夜の女王は得意になって、それでも出来るだけ平静を装って言った。
「何か用?」
すると怖い顔をした昼の王が前に出た。
「お前が居ると国が治まらぬ。出て行け」
夜の女王は耳を疑った。だが、目の前には怖い顔をした昼の王と人々が今にも飛び掛かって来そうな様子で夜の女王を睨んでいた。嫌われてしまった事は間違いが無かった。
「今までの功績に免じて、猶予をやる。すぐにここから立ち去れ」
そう言って昼の王達は帰っていった。独り取り残された夜の女王は泣きそうな面持ちで考えた。どうして嫌われてしまったのか。一体自分が何をしたのか。考えても一向に答えは出ない。沈鬱な心地で重たい足取りで門を離れて玉座に座って一息吐くと、外から声が聞こえてくる事に気が付いた。
出て行け。出て行け。
城の周りから聞こえてくる、その声はどんどんと大きくなっていく。恐る恐る小窓から外を窺ってみると城の周りは出て行けと叫ぶ人々に囲まれていた。これでは出ていこうにも出られない。元々出たいなんて気持ちは無かったけれど、出られないと知ると何だか酷く悲しくなった。
夜の女王は外の声が聞こえない様に窓という窓を閉めて回った。それでも微かに聞こえてくる。それはとても小さい音だけれど、とても耳に響く声だった。出て行け、出て行けと言っている。最後の一つ、いつも昼の王が忍んで来る窓だけは、閉めなかった。微かな期待を込めての事だった。
そうして夜が来た。昼の王はやって来なかった。外からはまだ出て行けと聞こえてくる。嫌になって耳を塞いでもまだ聞こえてくる。ごんごんと音が鳴る。始めの内は何の音だか分からなかったけれど、少ししてそれが投石の音だと知る。皆が石を投げている。夜の女王は自分に向かって投げられる石を思って──もう涙も出なかった。
夜の女王は薬を呷った。人を生かす薬は幾らでも作れた。その逆も勿論簡単だ。何日かして痺れを切らした人々が押し入って来て、そこで夜の女王だった物を見た。それから人々の間に死の病が広まった。誰も彼もが病で死んだ。掛かれば絶対に助からない。掛かった人は夜の女王と同じ様に人々から追い出され、石を投げられ、そうして一人で死んだ。夜の女王の意志が人々を殺して回った。人々は夜の女王を恐れて、夜間は必ず窓を閉ざした。何の意味も無い行為ではあったけれど、それでも人々は夜を恐れ、決して外には出ず、耐え切れない不安がやって来た時だけ門を開ける。そんな日がこれからずっと続いていく。
顔を上げると少女と目が合った。睨まれて視線を下に向けると少女の手に押さえつけられた絵本が開かれていた。荒々しい線で描かれたぐちゃぐちゃとした絵には憎悪が籠っている。再び恐る恐る顔を上げると、少女の涙が溜まった目にも絵本以上の憎悪が込められている。少女は唇を戦慄かせている。
「許せない」
私は何も言えずに頷いた。
「許さない」
涙がこぼれ絵本に落ちた。絵本を押さえつける手はぶるぶると震えている。
「みんな好きだったのに」
そこで声が途切れて、後は啜る音だけが聞こえてくる。
私は顔を直視できずに、絵本を見つめながら、ただその音を聞いていた。絵本には人々が苦しみ死んでいく様が、幼い稚拙な表現で描かれている。人々の明るい笑顔を上書きする為に、その下のハッピーエンドをバッドエンドで塗り潰している。