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走馬劇場

「あなたの記憶は戻りそうですか?」


 道を歩きながら唐突に探偵がそう言った。猫の描かれた看板に見惚れていた私が振り返ると、探偵は空を見上げながら飛び跳ねていた。


「いいえ。もしかしたら落し物として届いているのかもしれないので、後で警察に行ってみようかと思っています」


 探偵は飛び跳ねるのを止めて私を見つめてきた。憐れむような目をしていた。


「無いでしょう。落し物は全て確認していますがあなたの記憶が届けられた事はありません」

「そうですか」

「お気を落とさずに」


 無い様な気はしていたので、私は何も感じなかった。けれど探偵は苦悶の表情を浮かべている。私を憐れんでいるのだろうか。少し大げさな気がした。


「申し訳ありません。手伝ってもらってばかりで。あなたの事件を優先するべきなのでしょうが」

「いいえ。町を騒がせている事件の方が優先度は高いです。私は事件の鍵なのでしょう?」

「そうだと思うのですが」


 考え込む様に俯いた探偵と共に角を曲がると、そこにカーミラと杏奈が居た。カーミラは鉢植えを持って、杏奈は風船を持って、こちらへ歩いてくるところだった。


「おや、依頼人さん」

「お姉さん、こんにちは」

「こんにちは、カーミラさん、杏奈さん」

「探偵のお兄さんは何をやってるの?」


 振り向くと、空に向かって手をかざしていた。何をやっているのだろう?


「太陽に手を伸ばしているのです」


 杏奈とカーミラが溜息を吐いた。


「何でこうなっちゃったんだろうね」

「本当にね」


 杏奈の言葉にカーミラが同意した。探偵がばつの悪そうな顔を二人に向けると、杏奈が懐かしむ様に言った。


「探偵のお兄さんも昔は大人しくて可愛かったのに」

「ちょっと、杏奈ちゃん、そんな昔の話は」


 探偵が眼鏡を外した。


「探偵さんと杏奈さんは昔からの知り合いなのですか?」

「そうだよ。私はね、探偵のお兄さんの一世代前の親なの」


 探偵が恥ずかしそうにそっぽを向いたのを見て、杏奈はまた溜息を吐いた。


「お腹を痛めて産んだのにねぇ」

「お腹は痛めてないだろ。戸籍の登録だけだ」

「そうは言っても、色々と世話を焼いたのに。小さな頃は可愛かったのになぁ」


 そう言って杏奈は親指と人差し指を触れる程狭めて大きさを示した。その大きさだと胎児という事か。


「それが今は……もう全然駄目。そもそも何でお姉ちゃんと別れちゃったの?」


 息を呑む音が聞こえた。探偵と、それからカーミラから。


 探偵が私に目配せをしてきた。厳しい目つきだ。言うなという事か。私が口を閉ざしてカーミラを見ると真剣な目で探偵の事を見つめていた。


「それは……いまは関係ないだろ」

「関係なくなくない! さあ、言いなさい!」

「嫌だ」

「嫌じゃない」

「しつこい」

「しつこくない。もう探偵のお兄さんてば何でこうもふてぶてしくなっちゃったんだろう」

「今日はやけに突っかかるな。酒でも飲んで酔っ払ってるのか?」

「子供はお酒を飲めません。もう、探偵のお兄さんがあやふやしてるから」


 ふっと杏奈は目を細めると、溜息を吐いて、私達の傍を通り抜けた。


「まあ仕方が無いか。それじゃあ、またね。探偵のお兄さん、次は白状させるから」


 そのまま振り向きもせずに先へ、後にカーミラが続いた。


「じゃあね、二人共」


 探偵を見るカーミラの眼には険がある。


「ふう、参ったな」


 二人が曲がり角を曲がったのを見て、探偵は息を吐いた。眼鏡を掛けて、空を見上げる。


「私が探偵になった理由は秘密にしておいてください」

「話しても問題無いのでは? いえ、そもそも、カーミラさんには探偵になった理由を伝えていないのですか?」

「ええ、まあ」

「何故です? カーミラさんはとても心配しています」

「巻き込みたくないから……だけじゃないんですが、良く分かりません。何故言えないのでしょう。自分でも良く分かりません」

「そういうものですか?」

「そういう、ものなのでしょう」


 探偵の瞳は酷く悲しそうに歪んでいて、でも何処か嬉しそうにも見えた。一体探偵さんはどんな気持ちなのだろう。探偵自身ではない私ではそんな事分かり得ない。


「さて、それじゃあ、何処に行きましょう。とりあえず警察にでも行きますか? もしかしたら記憶が届いているかも知れない」

「いいえ。探偵さんの言葉を信じます。記憶は届いていないのでしょう?」

「ええ、恐らく」

「なら、別の場所に行きましょう」

「そうですか。何か、ほんの些細な拍子に、いいえ、すぐそばを探せば、あなたの記憶は見つかる気がするのですが」

「それはどんな推理ですか?」

「いいえ、探偵の勘です」


 探偵の手元に何処かから飲み物が放られた。探偵が二つ共受け取って、一つを私の手元へ。バナナの味がするのだろうかと思って、飲んでみると、やはりバナナの味だった。ならば探偵の方は蜜柑の味がするのだろうか。やっぱり分からない。中には何が入っているのだろう。


 ふっと閃きが私の脳をかすめた。かりかりと脳が高速で処理される。


「分かりました」


 思わずそう言っていた。探偵が嬉しそうににっこりと微笑みながら、私へと向いた。手には飲み物を持っている。髪の毛は撫でつけられて、ぴったりと頭に張り付いている。太陽の光で金色に輝いている。眼は、眼は閉じているので、瞳の色は分からない。口を開けたり閉じたり、ぱくぱくと、何をしているのだろう?


「何が分かったのですか?」


 私にも良く分かっていなかった。何故そう言ったのだろう。頭がかちかちと高速で回転しながら自分の事を理解しようと過去の私を見つめている。ああ、成程。つまり、


「今回の連続殺人を惹き起こした方法が分かりました」

「ほう」

「恐らく、ですが」

「構いません。では密室に就いてお聞かせ下さい」


 探偵が豪華なデスクに肘を就いて、両手を組み、顎を乗せ、悠然と私に微笑を投げた。そんな幻影が見えた。白いドレスの少女が私と探偵を見て、笑っている。私にその様子を話しながら、私に向かって微笑んでいる。

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