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追悼人造

 駆け寄る男の手が鈍く煌めいた。どうやら刃物を持っている。打ち倒してしまおうかと身構えたが、そんな必要は無かった。すぐに男の身体に闇が絡みついた。


「あんまりうるさいのもね。今は夜なんだから」


 闇に締め上げられた男が呻いて、辺りに乾いた音が響いた。道にナイフが転がっていた。


「おやおや、最新式のナイフを使って一体何をしようとしていたんだか。これは主婦の味方だよ? 人殺しのお供じゃない」


 カーミラの声に合わせて男が地面に叩きつけられた。そのまま地面に押しつけられて男は声を発する事も出来ずに苦悶の表情を浮かべている。だが闘志は失っていない様で、血走った目をそこら中に這わせて獲物を探している。


 ふと客との会話を思い出した。何故人を殺すのか。目の前の男はまだ若い。肉体の年齢は二十を超えたか超えていないか。若気の至りというには血走った目が余りにも必死過ぎる。身なりは小奇麗で金銭に困っている様には見えない。一体何故この男はナイフを持って身を隠していたのだろう。私にはいまいち判別がつかない。誰かと会う為か。他人の私が推し量ったところで分かる事でもないのだろうが、推量を打ち切ろうとすると客との会話が思い浮かんでどうしても気になってしまう。


「何なんだろうね、こいつは。依頼人さんは分かるかい」


 カーミラが右手の人差し指で宙をなぞった。警察を呼んでいる様だ。


「まさか。分かる訳がありません」


 その時、丁度道に少女とそれを連れた母親がやって来た。すると突然男がカーミラの影を抜けださんと暴れ出し、血走った目で殺してやると叫び始めた。親子はその叫びに驚いて立ち竦んだ。カーミラが一つ叩きつけると男は気絶した様で大人しくなった。


「どうぞ」


 恐怖がありありと浮かんだ様子で親子は道の端を、出来るだけ私達から遠い場所を通って抜けて行った。カーミラが悲しそうな顔をしていた。


「あの親子を狙っていたのかね?」

「分かりません」


 男が起きた。カーミラが陰を使って頬を叩いたからだ。男はしばらくぼんやりと私達を眺めていたが、やがて胡乱な表情になってカーミラを見つめ始めた。カーミラが男に何かしたらしい。


「何をしようとした?」

「人を、人を殺さなくちゃいけないんだ」


 カーミラの威圧的な言葉に男は更に表情を弛緩させて答えた。完全に腑抜けた表情だ。


「何故そんな事を?」

「手紙が、来たんだ。手紙が」

「手紙? どんな?」

「右のポケットに入ってる。人を殺さなくちゃいけないんだ。お願いだ殺させてくれ」


 男の体の下から滑る様に一枚の紙が現れて、そのままカーミラの手元に収まった。横から覗き込むと、そこにはとても短い単語がたった一つだけ書かれていた。


『殺人』


 それだけだった。何が目的なのか分からないし。何が言いたいのかも分からない。


「脅されていたのか?」

「脅されていた?」

「この手紙に心当たりがあるんだろう?」

「心当たり? どういう事だ? 俺は人を殺さなくちゃいけないんだ。そう言う事か?」

「いや」


 埒が明かない。カーミラもそう思った様だ。頭を振って私を見た。私もそう思う。この男に何を聞いても無駄だ。何を聞いても理解が出来ない。私もまた首を振って否定の意志を伝えた。


「何で人を殺したいんだ」

「俺は殺人を犯さなくちゃいけないんだ。そうしないと俺はいけないんだ。だから殺させてくれ。お願いだ」


 段々と語調が荒くなっていく。興奮してきている。


「カーミラさんこれ以上聞いても」

「まあ、そうなんだろうけどさ。これじゃあ、全然分からないよ。何の為に捕まえたんだか」

「殺させてくれ! 殺させてくれ!」


 カーミラがまた地面に叩きつけると、男は白目を剥いて黙った。丁度、警察がやって来た。昼に見た警部も居た。カーミラが犯人を引き渡すと、警部は礼をした。顔を上げた瞬間、私を見た気がした。あまり良い感情を持っていない様だ。そんな目付きだった、様な気がする。


 何だろうと思っていると、警察は去っていった。去り際に私達は灯りを受け取った。点けると辺りがぼんやりと明るくなった。人を殺したがった男も警官達も消え去って後には闇の降りた涼しい沈黙だけが残り、私とカーミラはお互い顔を見合わせてから、町中の巡回を続ける事に決めた。


 歩いてすぐにカーミラが嫌そうに言った。


「早速だったねぇ。いや、恐ろしい町になったもんさ」

「あれが犯人なのでしょうか?」

「犯人ちゃあ犯人だけど、多分連続殺人全体の犯人て訳じゃないね。人を殺した訳でもないし……犯人候補だったのかな」

「どういう事ですか?」

「分からないよ。殺人事件のそれぞれの犯人は捕まるんだ。でもね、そいつを捕まえても次々と殺人が起きる。異常な程ね。だから多分裏で操っている黒幕が居るんだろうね」

「黒幕ですか」

「そう、私は馬鹿だから見当もつかないけど」

「そういえば、朝のあのトラックの事件はどうなったのでしょう?」

「あいつが解いたらしいよ」

「探偵さんが?」

「そう。何でも町の反対側から地下を潜る糸を使ってトラックを引っ張って、自分が犯人だって分からない様にしたみたいだけど。良くそんな事に気が付くもんだよ。しかもあんな短時間でね。変人だから変な事が分かるんだろうね、あいつは」


 笑うカーミラの顔は誇らしげに見えた。


「凄いんですね」

「うん、あいつに解けない謎なんてそうそう無いよ」


 カーミラが空を見上げた。何処か懐かしむ様である。昔の探偵が解いた謎を思い出しているのかもしれない。


「それだけ今回の事件が難しいという事でしょうか」

「さあね。私はあいつの謎を解く能力は信頼している」


 カーミラの手に力が籠る。その仕種には感情の奔流が宿っていそうだが、表情はほとんど変わらずむしろ穏やかでもあった。必死に心を押さえつけようとしている様だ。


「だからあいつが一年掛かっても解けないっていうのがどうにも信じられないんだ。だからあいつは疑わしい。そんな事思いたくないけどね」

「探偵さんはそんな事をする風には見えませんでしたが」

「私だってするとは思っていないさ」

「でしたら」

「とにかくはっきりさせて安心したいんだよ。あいつの無実をはっきりさせて」


 信じているのなら何故そんなにもつらそうにしているのだろうか。信じているのなら、分かり切っているのなら、家でじっと待っていればそれで済むはずなのに。


 ふと道の先の建物の陰にピエロ姿の男が入って行った。何となく気になった。どうやら男は暗い狭い路地へと入っていった様だ。そういえば、ピエロ姿の男は灯りを持っていなかった。怪しい奴だ。


 隣を歩くカーミラを見上げたが、どうやらピエロには気付いていなかった様だ。他の事に気を取られているのだろう。


 だから私はカーミラを率先する形で、その横合いの路地に入って行った。


「あ、ちょっと、何処へ」


 背後から聞こえてくるカーミラの声を背に暗い路地を進んでいくと、すぐに灯りの点いた看板と、その下に屯す人々の灯りが見えた。人々はすぐに私達に気が付いて、その内の一人、ピエロ姿の男が声を荒げた。


「おうおう、ここはヒュッドは立ち入り禁止だ! あんた等」


 そこでピエロ姿の声が途切れた。顔が驚きに固まり、目が見開かれている。私が何だろうと思っていると、カーミラが前に進み出た。


「あれ? ホーマーじゃないか。こんな所で何やってるんだい?」

「姉御!」


 どうやら顔見知りらしい。ホーマーと呼ばれたピエロの様子に、他の仲間達が訝し気に眉を顰めた。中にはあからさまな嫌悪感を滲ませる者も居る。カーミラと敵対しているのだろうか。


「おい、ホーマー。お前の知り合いだか何だか知らねえが、こいつはヒュッドだろ。さっさと追い出せ」

「いや、姉御はヒュッドじゃない。吸血鬼だから」

「吸血鬼だか何だか知らねえが、結局テンネルだろ。ヒュッドと一緒じゃねえか」


 何か諍いが始まりそうだったが、一触即発とまでは行かずに、ホーマーが不承不承と言った様子でこちらへとやって来て、申し訳なさそうな表情でカーミラの前に立った。


「姉御、悪いんですがね。ここは」

「おい、何弱腰になってやがる!」

「分かってるよ! つまり、ここはヒュッドは来ちゃいけねえんで」

「さっきからヒュッドってのはなんだい?」

「ヒュッドはヒュッドだ! 知らねえんなら黙ってろ!」

「お前こそ黙ってろ! すまねえ、姉御。つまりヒュッドってのは人間の事で、俺達の間のスラングでさぁ」

「でもカーミラさんは吸血鬼で人間ではないのではないですか?」


 ふと気になって、思わず口を挟んでいた。ホーマーは初めて気が付いた様にこちらを見た。


「あんたは」

「この子は……知り合いだよ」

「はあ、成程。それで、ですがね、確かに姉御はヒュッドって訳じゃないんですけどねぇ、どちらにしても、テンネルだったとしても、みんなあまり良い顔はしねぇ。ヒュッドもテンネルもここに入っちゃいけないんでさぁ」

「テンネルっていうのは何ですか?」

「テンネルっていうのは、自然に生まれた人の事で」

「自然に? あたしは突然生まれた場所に現れたんだけど」

「まあ、とにかく人に作られていない奴って事で。人に作られていない奴が入ってこようとしたら、ゲンツされちまうんですわ」

「ゲンツってのは?」

「だからあんた等に教える事はねえんだよ! ホーマー! さっさと追い出せ!」

「ゲンツってのはつまり寄って集って殴るって事で。とにかくここに来られちゃまずいんですわ。何かこの先に用が?」

「いや、別に何かある訳じゃないけどさ」

「だったら帰って下せぇ。俺達だけで静かに暮らさせて欲しいんですわ」


 ホーマーが必死に懇願している。カーミラは何か考えている。後ろの人々は気が立っている。私は気になっている。だから聞いた。


「何故ヒュッドを入れようとしないのですか?」

「それはですね」

「それはヒュッドが俺達の主人を殺したからだよ!」


 後ろでさっきから野次を飛ばしている男が叫んだ。それに合わせて、他の人々もそうだそうだと口々に言った。それぞれが憎悪を発している。この場の誰にでもない。恐らくこの世の何処かの見た事も無い誰かに対してだ。


「あんた等、そうか、みんな今回の連続殺人で主人を殺されたのか」

「うるせえ分かった様な口を聞くんじゃねぇ!」


 そこで漸く私は気が付いた。そこに集まっているのは皆、ロボットやアンドロイド、つまり人工的に作られた人々だ。中には犬と猫を掛け合わせた様な生き物も居る。恐らくあれもまた人の手で作られた物だろう。


「フドロな学者はシヘッドで俺達の事を奴隷だなんだって言って、解放だなんだって叫んでたけどな、俺達にとってタテツカは生きる目的なんだ! それが主人なんだ! それをヒュッドが殺しやがった! 俺は絶対にヒュッドを許さねえ。勿論、お前みたいなテンネルもだ」

「そんな人間全体で一括りにされてもね。そもそも犯人はそれぞれの事件で違う訳だろう。実際にそこのあんたの主人を殺した犯人とそっちのあんたの主人を殺した犯人は別なはずだ。それを人間で一括りかい? それにこの事件には黒幕が居るって話じゃないか。そいつが人間かどうかは分からないだろうに」

「うるせえ、お前は喋るんじゃねえ! 犯人は別々かもしれねえが、そいつ等は皆ヒュッドだった。人を殺すのはヒュッドだけだ。だからヒュッドは悪なんだ!」

「確かに今回の事件では犯人は全員人間らしいけどさ。人間の中にも殺していないのは沢山居るし、人間以外にも人を殺したやつは幾らでもいるだろう」

「俺は今回の事件の話をしてるんだ! だから人を殺したのは全員ヒュッドなんだよ! 糞っ垂れたヒュッド共全員が犯人なんだ!」


 何か引っかかる。少し考えてその原因に気が付いた。彼等が敬愛している主人もまたヒュッドなのではないだろうか。彼等は主人まで恨んでいるのだろうか? カーミラもまたそこが気になった様だった。


「そうは言ってもお前らの主人だって人間だろうに」

「だから喋るなって言ってんだろ! そんな事は分かってるんだよ! でもな、最近のヒュッド共は何かおかしい。何か町全体がおかしくなってやがる。それもこれもお前等の所為だ!」

「そう言われてもね」

「それに主人はもう死んじまった。この世にはもう居ないんだ。今のヒュッドとは関係ねぇ! 後はオハクなヒュッドだけだろうよ!」

「また生き返るだろうに」

「その──」


 そこで激昂する男は言葉に詰まった。恐らく感情が高ぶり過ぎて処理が追いつかなくなったのだ。横合いの仲間が口を挟む。


「その考えがフドロだって言ってんだよ! あんた等ヒュッドは皆、死んでも生き返るって……絶対にそんなのおかしいよ! だってヒュッドはそのまんま直される訳じゃないんだよ? 変わっちまうのに! 性格も記憶も! 何でそれを笑って受け入れられるのさ! 昔は感情の無い奴をロボットだなんだって言ってたらしいけどね、今のヒュッドの方がよっぽどそうだよ!」


 生まれ変わった人間は本当に生まれ変わる前の人間と同じなのか。それは私も感じていた疑問だった。恐らくカーミラもまた感じている。でも、カーミラはその考えに少しだけ慣れていて、だからこそ肯定と否定の狭間で揺れている。生まれ変わった回数に因るのかもしれない。私や目の前の人工物達は人間の様な蘇り方をした事がない。カーミラは極端に寿命が長いので蘇った事が少ない。そして町に住む多くの人々は何度も蘇りを繰り返している。だから町全体ではその異常さを認識していないのではないか。きっと、異常、という言葉自体が決して当てはまらないに違いない。


 会話が途切れた所で、ホーマーが割り込んできた。


「姉御、悪いが本当に帰ってくれ。とにかく俺達はここで静かに暮らしたいだけなんだ」


 カーミラは何か言いかけたが、結局何も言わずに背を向けた。ホーマーはほっと息を吐いて、私を見つめてきた。申し訳なく思ったが、ここで帰る訳にはいかなかった。何か手がかりが欲しいのだ。事件の手がかりを。事件を解けば私の記憶も見つかる。何故だかそんな気がしていた。


「今、この町では殺人が起きています」

「知ってるさ」


 さっき口を聞けなくなった男が回復した様だ。吐き捨てる様にそう言った。


「これからもまだ続く可能性が高いです」

「だから何だ」

「あなた達には人間を守る義務があります。人類を守らないのであれば存在価値はありません」


 一同が口を半開きにして私を見つめていた。数瞬、沈黙が下りた後に、さっきまで激昂していた男が笑った。


「はは、懐かしい説教じゃないか! え? 嬢ちゃんは婆さんか何かか?」

「いいえ、私は……私は探偵の助手です。今回の事件に就いて調べています。だから協力しなさい」


 人々は顔を見合わせて、困惑気味に聞いてきた。


「いや、そりゃあな、解決してくれるって言うんなら嬉しいが、具体的に協力ってのは何だ? 俺達はもうヒュッドと関わるのは嫌だぞ?」

「ですが、町中でホーマーさんを見かけました。他にも何人か見かけた顔が居ます。もしかして事件を調べていたのではないですか?」


 人工物達が気まずげに顔を逸らした。やがて一人が言った。


「確かにそうだが、結局何も分からなかった。町中の人々を監視する何て事もやってみたけど。それぞれの犯人は分かるけど、結局それを操る黒幕っていうのは分からなかった」

「今でもずっと監視しているのですか?」

「いや、でも監視してた時は一週間位はずっと監視してた。一カ月くらい前に」

「そうですか」

「な? それだけやっても分からなかったんだ。結局この事件を解決するなんて無理な話なんだよ。嬢ちゃんも誰か大切な人が居るならその人を守る事だけ考えてた方が良い。解決しようなんざ、無意味だ」

「そんな事はありません。探偵さんは重要な事を掴んだ様です。私もこの事件は決して解けないものではないと思います」

「何故そう言える」

「世界はそういうものなのです」


 完全に無根拠な言葉だった。いや、根拠はある。いわゆる印象というもので、それが他人に対して説得力を持たない事は分かっている。人々が真意を正しに詰め寄って来た時、カーミラが私の手を引いて、空を飛んだ。人々が手を伸ばして、私に追い縋る。私はそれを掴む事無く、そのまま昇っていく。人々はすぐに小さくなり、次の瞬間には消えた。私達が別の区画へと移動したのだ。


「良くもまああんな事を言ってのけたね」

「私は解決出来ると信じています」

「そうでもあの状況で言い切るのはまずいだろうに。逃げられなかったら最悪殺されていたよ?」

「大丈夫です。あの人達は他人を殺す様な人達ではありません」

「そうかもしれないけどさ」


 高度が少しずつ降りていく。


「何処へ行くのですか?」

「前を見てごらんよ」


 言われた通りに前を見ると探偵の家が近付いてきていた。


「何だかあんたの言葉を聞いてたら、私もあいつの事を信じたくなってさ」


 だから会いに行くというのは良く分からなかったが、私は口を挟むべきではないと思って黙っていた。ゆっくりと身体は着地して、『探偵の探偵事務所の事務所』と書かれた看板の前に立った。


 カーミラが扉に手を掛けてゆっくりと開いて、そこで凍り付いた。私が気になって、カーミラの体の隙間を縫って中を覗き込むと、そこに泥酔した探偵の姿が居た。


「おお! 麗しき我が妻よ」


 そう言って、駆け寄って来た探偵は非常に酒臭い。


「臭い! 離れな! 何だってあんたが酒を飲んでるんだい?」

「いやあ、警部が慰労に上等な酒をくれたからさ」

「あんた下戸だから酒飲まないだろうに」

「そうは言っても折角貰ったんだから飲まなきゃ悪いだろ。そうだ、カーミラも飲もう」


 そう言って、探偵は走って酒瓶を取り、怒っているんだか呆れているんだか分からないカーミラの所へと戻って来て、酒瓶を押し付けた。


「止めろ! 臭い! 酒を飲むのなんて人間だけだ!」

「まあ、まあ。その慣習がおかしいんだよ。飲めない訳じゃないんだからな。ほら、とてもおいしいらしい。俺は酒の味は分からんが、何やら良い気分になれた」

「やめい!」


 カーミラが探偵を投げ飛ばすと、探偵は酒瓶と共に転がって、そのままへらへらと笑いながら、今度は私へと目を付けた。


「おお! お嬢さん! どうです? 僕と一緒にお酒を飲みましょう!」

「いえ、私は結構──」


 ばたんと扉が閉まった。


「です」


 私が言い終えて、横を見ると、カーミラが息を荒げて、扉に手を掛けていた。やがて私の視線に気が付くと、笑って言った。


「さあ、帰ろう」


 探偵の事にも触れず、笑顔でそう短く言った。怖かった。


 そのままカーミラが疲れたと言って家に戻るというので、今日の巡回は終わりになった。


 夜は更けて行く。今日の所はもう御終い。結局何も分からず終い。けれど気になる事が幾つか生まれた。明日はまず探偵さんに色々と聞いてみよう。過去に何か秘密がありそうだし。問題は、探偵さんが明日喋れる状態かどうかだ。体調を悪くしてないと良いけど。

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